マイナス×マイナスはなぜプラス?

    【マイナスと基準】

     「マイナス」と聞いてまず何を連想されるでしょうか?電池の(プラスと)マイナスでしょうか。不景気な世の中を反映してカードで買い物しているうちに「預金残高がマイナスになった」なんていう話も出てくるかもしれません。冗談はさておき、その他にもちょっと気をつけてみると私達の身の回りには、いろんなマイナスが存在します。そして、そこには必ず「基準」というものがあります。例えば、温度計でのマイナスは、零度を基準としていますし、夏に雨が降らないときなど、ニュースで琵琶湖の水位がマイナス何cmになったというようなときも、水位計には基準となる位置があります。経済成長率がマイナス何パーセントというときも、必ず基準があります。

     小学校で扱う数は零と自然数(正の整数)および、数を数で割るという演算によって生じる分数、小数ですから、整数には負(マイナス)の整数も含まれることを学習するのは中学校からです。中学になれば、演算としての−(マイナス)と符号としての−(マイナス)が同時に存在することになる訳ですが、この2つの−(マイナス)についてきっちりと区別している生徒は案外少ないと思います。そこのところもポイントにおいていろいろと考えていきましょう。
     


    【昔の人はどう考えていた?】

     最初に符号のマイナスの概念を使ったのは7世紀以前の中国やインドであったといわれていますが、その頃の文献にはあまり論理的な説明は無いそうです。特にインド商人が会計上の理由から財産は正、借金は負で帳簿に記載するところからでてきたもので、さすが零を発見したインド人だなあと、その発想の素晴らしさに感激してしまいます。ヨーロッパでは15世紀になるまではマイナスは「理不尽な数」とよばれ、なかなか認められませんでした。「赤と黒」という有名な小説を書いたフランスの小説家スタンダール(本名アンリ・ベール1783〜1842)は自叙伝の中で、「マイナスの量をある人の借金と考えたとき、1万フランの借金に500フランの借金を掛け、それがどうして500万フランの財産を持つことになるのか?」と書いています。3次方程式の解の公式(いわゆるカルダノの公式)で有名なイタリアの数学者カルダノ(1501〜76)は「マイナス×マイナスがプラスという規則は間違いだ」と言っていますし、クラヴィウス(1537〜1612)は、「プラス・マイナスの乗法の規則を証明するのはやめた方がよい。この規則の正しい理由を理解できないのは,人間の精神の無力によるという他はない。」と、『証明することはやめて定義として覚えなさい!!』と言及しているのです。余りにも乱暴な話ですよね。

    ところで、現在では、中学1年生の数学から「マイナス×マイナス」の問題について学習することになっていますが、これに躓(つまづ)いてしまった子供達は、後々の文字式や指数の計算など様々なところで苦労することになります。しかし、本当は昔からこの問題は人々の頭を悩まし続けてきた問題なのです。それでは、この難しい問題をどう理解していけばよいのかについて考えてみましょう。



    【考え方いろいろ】

     数学の面白さあるいは素晴らしさとは、出発点(問題)があり、その到着点(解答)が決まっていても、それを結ぶ道がたくさん存在するということです。もっと根元的にいえば、正解できたか否かだけでなく、問題をどのように考えたのかを互いに発表していく中で、他の人の個性や発想を理解し、延いては尊敬しあえる人間関係を築くことにもつながるのです。それではどのような考え方があるか、そのいくつかをご紹介しましょう。


    【中学校の教科書では...(帰納と類推による方法1)】

     中学校の教科書では、数直線を利用して、現在いる地点(これを基点という)を決め、そこから東の方向へ進むことを+(プラス)、西の方向へ進むことを−(マイナス)とします。また、時間については、過去を−(マイナス)、未来を+(プラス)として、(速度)×(時間)=(進んだ位置)の公式に当てはめて、「マイナス×マイナスはプラス」を導く方法がとられています。それでは、下にその例を示します。

    【速度のプラス、マイナスについて】

    「基点から東の方向へ時速3kmで5時間歩くと基点からどれだけ離れた位置にいるか」は  3 ×5= 15(km)で、
    基点から東の方向に15kmの位置にいることになります。

    「基点から西の方向へ時速3kmで5時間歩くと基点からどれだけ離れた位置にいるか」は(−3)×5=−15(km)で、
    基点から西の方向に15kmの位置にいることになります。

    【時間のプラス、マイナスについて】

    「ある人が時速3kmで東の方向からずっと歩いてきて基点にたどりついたとき、5時間後には基点からどれだけ離れた位置にいるか」は (−3)×5=−15(Km)で、基点から西の方向に15kmの位置にいることになります。

    「ある人が時速3kmで東の方向からずっと歩いてきて基点にたどりついたとき、5時間前には基点からどれだけ離れた位置にいるか」は、(−3)×(−5)ですが、その結果は基点から東の方向に15kmの位置にいることが類推されるので、
    (−3)×(−5)=15(Km)となる訳です。



    数直線はフランスの哲学者、数学者、自然科学者デカルト(1596〜1650)が発明したといわれています。そんな彼でさえ、方程式の負の解を「偽の解」と呼んでいました。

    この説明は、例題自体があまり現実的でないことや、子供達が数直線の扱いに慣れていないことも手伝って、実際のところ、このような説明で「マイナス×マイナスがプラス」を理解できる子供はあまりいないと思います。例えばラザール・カルノーは、彼の著書『微分積分の形而上学について(1797)』のなかで、東への運動と西への運動でうまく説明できたとしても、それなら北東への運動や南南西への運動は計算上どんな符号を与えられるのだろう?と言っています。結果、「マイナス×マイナスがプラスだと丸暗記する」か、または、「なぜか分からずにずっと立ち止まってしまい、その先に進んでいけずに数学嫌いになってしまうか」ということになる訳です。



    【帰納・類推による方法2】

    下のように、計算の結果が3ずつ増えていく点に着目してみると、

    (−3)×(+2)=−6
              ↓ +3
    (−3)×(+1)=−3
              ↓ +3
    (−3)×  0 =0
              ↓ +3
    (−3)×(−1)=?
              ↓ +3
    (−3)×(−2)=?

    よって、(−3)×(−1)=+3、(−3)×(−2)=+6というように類推することができます。子供達は一応の納得はしますが、一般的な符号規則については類推の域を越えていないので、どんなときでもマイナス×マイナスがプラスか?ということについては説得力に欠ける方法です。


    【演繹による方法】

    分配法則 a(b+c)=ab+ac と、0=1+(−1)を利用して、

    0=(−1)×0=(−1)×{1+(−1)}=(−1)×1+(−1)×(−1)=(−1)+(−1)×(−1)

    よって−1を左辺に移項して1=(−1)×(−1)となる。

    この方法については、図形を利用して一般的な符号規則についての証明もできる、結構よい方法であると思いますが、四則演算の計算法則が定着していない中学1年生には分かりにくいかもしれませんので今回は省略します。


    【トランプゲームで体験?】

     今も昔も、子供達はやっぱりゲーム好きです。最近はファミコンやプレイステーション果てはパソコンゲームなど、テレビゲームが台頭していますが、ゲームボーイやNINTENDO64で有名な任天堂も元はといえばトランプや花札を作る会社だったのですから、その辺から話をしていけば子供達も興味をもって聞いてくれます。

    トランプを使って考えるには、例えば次のようにします。


    5人(適当でよい)で、トランプの各種類エースから5までの20枚のカードを用意します。
    まずは皆に4枚ずつカード全てを配布します。あとはババ抜きの要領で1枚ずつ(何枚ずつでもよい)カードを取っていき、5周(適当でよい)を終えたところでストップし、持ち札の合計点が一番大きい人が勝ちとするのです。

    【(±a)±(±b)の計算について】

    例として、(−1)−(−3)=(−1)+(+3)であることを説明します。

    (±a)については現在の持ち札の合計点
    (±b)については黒(スペードまたはクラブ)のカードはプラス
             赤(ダイヤまたはハート)のカードはマイナス
    演算記号の±についてはカードを取ることはプラス
               カードを取られることはマイナス
    と決めます。

    (−1)−(−3)=?

    Aさんの持ち札合計点は現在(−1)点です。ここからBさんに赤の3のカードを取られた場合、Aさんの持ち札合計点は3点増加して2点になります。よってAさんの持ち札合計点は(−1)−(−3)=2(点)になります。

    (−1)+(+3)=?

    Aさんの持ち札合計点は現在(−1)点です。ここへCさんから黒の3のカードを取った場合、Aさんの持ち札合計点は3点増加して2点になります。よってAさんの持ち札合計点は(−1)+(+3)=2(点)になります。

    どちらにしてもAさんの持ち札合計点は2点になるので、
    (−1)−(−3)=(−1)+(+3)がご理解頂けたと思います。


    【(±a)×(±b)の計算について】

    (±a)については黒(スペードまたはクラブ)のカードはプラス
             赤(ダイヤまたはハート)のカードはマイナス
    と決めます。
    (±b)についてはカードを取ることはプラス
                カードを取られることはマイナスと決めます。

    すると、それぞれ4つの式について、同様の説明がつきます。

    (+4)×(+2)=+8

    AさんがCさんから黒の4のカードを2回取った場合、Aさんの持ち札合計点は8点増加することを表しています。

    (−4)×(+2)=−8

    AさんがCさんから赤の4のカードを2回取った場合、Aさんの持ち札合計点は8点減少することを表しています。

    (+4)×(−2)=−8

    AさんがBさんから黒の4のカードを2回取られた場合、Aさんの持ち札合計点は8点減少することを表しています。

    (−4)×(−2)=+8

    AさんがBさんから赤の4のカードを2回取られた場合、Aさんの持ち札合計点は8点増加することを表しています。


    【(±a)÷(±b)の計算について】

    (±a)と(±b)の符号については【(±a)×(±b)の計算について】と同じです。

    すると、それぞれ4つの式について、同様の説明がつきます。

    (+4)÷(+2)=+2

    AさんがCさんから黒の4のカード分(つまり4の財産分)を2回で取った場合、Aさんの1回あたりの持ち札合計点は2点増加することを表しています。

    (−4)÷(+2)=−2

    AさんがCさんから赤の4のカード分(つまり4の借金分)を2回で取った場合、Aさんの1回あたりの持ち札合計点は2点減少することを表しています。

    (+4)÷(−2)=−2

    AさんがBさんから黒の4のカード分(つまり4の財産分)を2回で取られた場合、Aさんの1回あたりの持ち札合計点は2点減少することを表しています。

    (−4)÷(−2)=+2

    AさんがBさんから赤の4のカード分(つまり4の借金分)を2回で取られた場合、Aさんの1回あたりの持ち札合計点は2点増加することを表しています。


    【最後に】

     このゲームをすると、マイナスのカードを取られることは自分にとってプラスになるというのが実感できます。まあ、借金を誰かが肩代りしてくれたようなものでしょうか?とにかく、−(−1)=1とか(−1)×(−1)=1という感覚を理解する一助になるのではないかと思うのですがいかがでしょう?

     実はこのトランプゲームは、「マイナス×マイナスがプラスである」ことについて悩んだ先人の一人スタンダールの作品にちなんで、『赤と黒のトランプゲーム』と命名されています。3人でゲームをする場合はジョーカーを入れておき、それを持っている人が黒と赤の価値を逆転する権利があるとすればもっと面白いゲームになるのかもしれませんね?!

                        


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