■ピース・オブ・パシフィック、
 ピース・オブ・ファー・イースト

 太平洋戦争後の日本政府は、対戦国のアメリカ合衆国同様戦争の反動から次第に孤立主義へと傾倒していきます。
 当時の日本は、太平洋戦争による大きな利権の獲得と、その少し前より始まった経済の加速により、未曾有の経済成長を開始します。
 これは、内需の拡大はもちろんありましたが、満州獲得による市場と資源と新たな大規模投資先の発生により発生したものとすら言えました。
 なお、その資金源は、支那大陸の混乱による武器輸出の好調により調達されていましたが、機会主義者にして日和見な日本人にそんな事は全然関係ありません。
 また、アメリカよりフィリピンを事実上獲得した事も、投資先と移民先を増やすことになり、これも今後の経済成長を約束するものに写ります。
 しかも、先年の対戦相手のアメリカ合衆国とは、太平洋での完全な講和条約が締結され、当面軍事面での海軍の投資を少なくする事も可能で、浮いた費用を経済発展に渡欧しする事ができます。
 まあ、その他諸々の要因もありますが、つまりこの当時の日本は雪だるま式に経済が拡大を続けているという、ソビエト連邦すらビックリするほどの経済成長をしていると言うことになります。
 そして、日本政府としてはこれを何としても守って行かねばなりません。守っていくことが、日本の繁栄を約束しているのであり、守っていさえすれば、向こう半世紀は日本の繁栄は約束されるのです。その筈です。
 そして、日本を守る上で最も簡単な手だてが、世界のどことも戦争をせずどことも同盟を結ばない事です。世界から無関心で自分の殻にだけ閉じこもっていれば、あえて相手にする国もなく、戦争により今の繁栄が破壊されることもありません。
 しかも、アメリカ合衆国を打倒した現在において、日本にあれこれと強く言ってこれる国はありません。
 欲を言えば、今後のためにもう少し市場が欲しい所ですが、こちらはアメリカ合衆国と妥協してしまえば、市場の確保も問題ないように見えます。
 アメリカに対しては、自らの市場の一部を解放しておけば、取りあえずは表面的に仲良くしてくれるでしょう。それが、もともと戦争の原因であり、今現在は、経済のどん底のアメリカに対して、大躍進中の日本がこれを拒む理由はあまりありません。もちろん、市場開放はむしろ問題も多いと言えますが、日本にとって一大消費地帯であるアメリカが魅力的な事には変わりなく、これとの交換と思えば、多少目をつぶる事も仕方ないでしょう。
 また、列強との全ての同盟関係を結ばず、唯一国連の常任理事国にのみ属しているだけと言う、国際的には半ば孤立した状態を打破するためにも、どこかの国と結び付きを強くしておく事は、この混沌とした国際環境の中必然とでしょう。

 かくして、次なる日本の方針が決定しました。
 「ピース・オブ・パシフィック、ピース・オブ・ファー・イースト」です。これさえ維持すれば、日本は安泰です。
 今後の日本はこれを維持すべく、邁進する事になります。
 ただし、ここで一つ問題があります。それは、成長著しい共産主義国家ソビエト連邦と、アジアを引っかき回してばかりいるコミンテルンです。これは、日本=満州を枢軸として経済的繁栄のみを考える日本にとってゆゆしき事態です。
 これに対抗するには、満州に巨大な軍隊を常駐させ、中華ソビエトと対立する国府軍に様々な援助を行わねばなりません。
 そして、これは日本の新たなスローガンに合致することです。まあ、その側でアジアに膨大な武器輸出をしているのですから、何をいわんやと言ったところですが、全ては「円」のために許される事です。

 そして、日本側の誘いにアメリカも同調してくることになります。
 それは、合衆国が先年の戦争で殆どの外地の多くを失い、英国とも仲が悪いので、もはや何としてもアジアで市場を確保しなければ、自国が生き残るすべがないからです。それなのに、当面の軍備は敗戦でガタガタ、それを再建すべき経済もガタガタという目も当てられない惨状で、対外的に身動きがとれない状態です。
 それに、支那の利権を新たに獲得しようとしても、英国が明に暗に邪魔をしてそれすらままなりません。
 そうした時、日本政府が「お互い過去のことは水に流し、英国など欧州列強に成り代わり仲良くアジアを食い物にしましょう。」と声をかけてきたのですから、これに乗らない手はありません。
 日本政府の意図が、アメリカ市場とアジア市場のトレードである事は簡単に想像がつきますが、もともと日本より巨大な経済力を持つアメリカにとって悪い話ではなく、経済の暗転を何とかして脱出するためのカンフル剤としてなら価値は高いと言えます。
 かくして、180度転換した外交政策のもと、太平洋戦争では日本を悪し様にののしったマスコミに、東洋の正義の心溢れるサムライが、混乱続く支那大陸を安定させようとアメリカに握手を求めてきたと、言う論調で自国市民の思考を誘導出来れば、国内から日本を後押しする事に不満は少ないでしょう。
 この場合のアメリカは、悪漢と闘い苦闘するかつての敵を助ける正義のガンマンのようなものであり、正義の大好きな国民だから、義勇軍すら現れるかも知れません。フライング・タイガースは、日本の国府軍軍事顧問団と共に戦っているに違いないでしょう。
 ああ、もちろん先年の日本との戦争は、「過去の不幸な出来事」として、前大統領とその取り巻きを帝国主義的幻想に惑わされた悪者にして、当面葬り去る事も忘れません。全てはお金儲けのためです。
 ただし、アメリカにとっては日本とアジア進出のために手を組むのは、あくまで一時的な事であり自国の経済さえ復活すれば、その後はどうとでもしてよい外交政策でしかありません。
 もちろん、日本が再び英国などと手を結ばないように、両者の間に溝を作ることを忘れてはいけません。
 また、自らを叩きつぶした日本海軍の力を今後、他の列強にぶつけてさらに日本の権益を増大させれば言うことありません。この場合合衆国は、日本を物的、資金的にバックアップする事を忘れてはいけません。これなら、自国がかつてのように軍拡に転じなくても、日本の軍事力を利用すればいいのですから、便利なものです。
 とにかく10年、今後十年は日本と仲良くアジアを浸食するのが、合衆国の基本政策となります。このためには、ありとあらゆる障害を取り除くべく努力を行います。
 そして、その間に経済を立て直し、アジアでの経済的主導権を獲得し、日本に成り代わってアジア・太平洋の覇権を経済戦争で手に入れてしまうのです。
 なお、合衆国の反英外交は変化しません。彼らを含めた欧州植民地帝国に市場を牛耳られては、同じく10年先、経済が回復した後の自分たちの市場がなくなっている可能性が高いからです。もちろん、コミンテルンとの連帯も欧州の全体主義への迎合なども以ての外です。
 かくして、アメリカ合衆国政府は、ロンドン海軍軍縮条約以後、急速に親日協調路線を取り、日本外交の舵取りを始めます。
 と言っても、日本自らが日英同盟も日独同盟も断っており、これと言って合衆国がすべき事はないのが現状です。
 とりあえず、合衆国国内の思想誘導だけに専念して、親日感情を少しずつ作り上げる努力だけが行われます。
 また、支那進出も日本のペースに可能な限り合わせて行います。合衆国にとってこれは少し不本意ですが、現在の力感系を考えれば仕方のない事です。

 このアメリカの動きに満足するのは、当然日本政府です。特に外交関係者からすれば、太平洋戦争の勝利を外交的に完全なものとしたと、誇りにすら思う事でしょう。
 もちろん、政府としても軍としても、満州でのソ連の脅威が高いの確かだし、支那の混乱もこれ以上拡大してもらっては困るので、比較的近在の大国が味方に付いてくれるのならそれに越したことはないし、何よりアジア・太平洋がより安定するならこれを断る理由も特に見あたらないので、自ら行った外交の結果を日本は「なんとなく」受け入れます。
 ただし、日本としてはこの米国の極端な行動の裏には、必ず自分たちが奪い取った利権を一部でもいいから返せと言っていると取る可能性が高いので、そう言われた時、日本国内で再び反米感情が育つことになります。そうならないように、友好ムードが進めば、言われる前にこれを一部返す可能性もあります。そうなれば、反対に米国市民の親日感情は高まること請け合いです。
 しかし、この反共を掲げた日米協調に困るのは、日本にラブコールを送って、あえなくふられてしまったドイツ第三帝国です。
 ソ連の反対側にある日本と同盟する事で、西欧との対決のためにソ連の目を極東に向けさせ東方の安全を確保しようとしていたのが、その思い叶わず、日本政府は何を考えているのか、アメリカと仲良くアジア・太平洋の平和と安定だけを唱えています。
 まあ、それでも単独でソ連との対立姿勢を強くしています。
 ですから、取りあえず極東でソ連と激しく対立してくれているので、振られた怒りややっかみもある程度は収まります。
 一方、英国にとって、自分たちを差し置いての日米協調は、裏切り感が大きなものと映るでしょう。しかも日本は何を考えているのかさっぱりわかりません。
 英国から見ればどう見ても、国際常識を半ば無視して、勝手に同じく孤立しているアメリカとの関係を強化しているだけにしか映りません。英国から見れば一つ間違えれば、全体主義以上の脅威となりかねません。
 しかも、アジア・太平洋の安定をスローガンにすえて、それまでむしろ対立傾向にあった国府軍に莫大な援助を開始し、アジアでの共産勢力との対立姿勢を強くしています。
 ただし、とりあえず英国の利権をどうこうするわけでもなく、極めて個人的な経済繁栄だけと求めているだけです。
 もちろん、日本の経済繁栄はそれはそれで問題もありますが、英国にとって軍事・外交上、強大な日本を敵としてのアジア戦略は成り立ちません。ここは「グッ」と我慢して、何とか日本をなだめようとするでしょう。
 それに、アジアで勝手な動きをするのはともかく、反共に熱心なのは英国の利にもかなっています。英国としても欧州がまたきな臭くなっている以上、しばらくは日本は放置せざるえないのが現状ですので、このままとされます。

■第二次世界大戦開戦前夜とノモンハン事変