■産油国日本 軍用エンジンについて

 史実の日本製エンジンは、加工精度の不良や発展余地の少ない限界的な設計だったために、大戦後半にアメリカ製P&Wエンジンに完敗することになる。
 しかし、史実より豊富なエンジン製作経験、規格化による部品の共通化、豊富な熟練労働者と100オクタン燃料、そして贅沢にも余裕あるエンジン設計が採用されていたとしたら、史実のような問題は生じただろうか?

■史実エンジン諸元

wikipediaより抜粋。

エンジン名 生産年 排気量(L) 全長 直径 乾燥重量 離昇馬力 形式 採用機 メーカ 備考
神風(陸軍名ハ12) 1931 8.37 885 970 184 160 空冷星型7気筒 東京瓦斯電気工業 瓦斯電⇒日立
天風(陸軍名ハ13) 17.9 1236 1109 300 340 空冷単列星型9気筒 東京瓦斯電気工業
寿(陸軍名ハ1・ハ24) 1931 24.1 1021 1280 350 600 空冷星型9気筒 九七式戦闘機・九六式艦上戦闘機 中島飛行機
ハ5 1936 37.5 1335 1255 625 950 空冷星型複列14気筒 九七式重爆撃機・九七式軽爆撃機 中島飛行機 単列9シリンダーの寿(ハ1)を複列14シリンダー化したもの
ハ41 630 1260 空冷星型複列14気筒 鍾馗 中島飛行機 ハ5の発展型
ハ109 720 1500 空冷星型複列14気筒 百式重爆撃機 中島飛行機 ハ5の発展型
光(陸軍名ハ8) 1934 32.6 1245 1375 542 730 空冷星型9気筒 九六式艦上攻撃機 中島飛行機 ライト R-1820 サイクロンEの機構を参考
栄12型(陸軍名ハ25・105) 27.9 1472 1150 530 940 空冷星型14気筒 零戦・一式戦闘機 中島飛行機 プラット・アンド・ホイットニーのエンジンの影響
栄21型(陸軍名ハ115) 27.9 1630 1150 590 1130 空冷星型14気筒 零戦・一式戦闘機 中島飛行機
護(陸軍名ハ103) 44.9 1816 1390 905 1870 空冷星型14気筒 中島飛行機 天山搭載を目論む。僅か200基で生産中止
誉(陸軍名ハ45・ハ145) 1942 35.8 1690 1180 830 2000 空冷星型複列18気筒(9気筒×2列) 疾風・紫電・紫電改 中島飛行機 栄のシリンダー数を増やした。出力/排気量比高い
瑞星11型(陸軍名ハ26) 1936 28.02 1118 542 850 空冷星型複列14気筒 零式水上観測機 三菱 小型航空機用エンジン
瑞星21型(陸軍名ハ102) 1938 28.02 565 1080 空冷星型複列14気筒 三菱 金星の小型化版
金星(陸軍名ハ112) 1937 32.34 1646 1218 560 1060 空冷複列星型14気筒 九九式艦上爆撃機、零式輸送機 三菱 大型航空機用エンジン
火星11型(陸軍名ハ101) 1939 42.1 1575 1340 725 1530 空冷星型複列14気筒 三菱 金星をベースにしてさらに大排気量のエンジン
火星25型(陸軍名ハ111) 42.1 1945 1340 760 1850 空冷星型複列14気筒 一式陸上攻撃機、天山 三菱 水メタノール噴射装置を採用し高回転化、高ブースト化
陸海軍統合名称ハ42(陸軍名ハ104・ハ214) 1940 54.1 1842 1370 944 1900 空冷星型複列18気筒(9気筒×2列) 四式重爆撃機 三菱 海軍機採用なし
陸海軍統合名称ハ43(陸軍名ハ211) 41.6 2020 1230 960 2200 空冷星型複列18気筒(9気筒×2列) 三菱 火星より小型の金星を18気筒化
陸海軍統合名称ハ44(陸軍名ハ219) 48.2 2110 1280 1150 2450 空冷星型複列18気筒(9気筒×2列) 中島 寿を複列18気筒化したもの
R-1340(ワスプ) 22 1119 1305 542 空冷星型9気筒 P&W
R-2800(ダブルワスプ) 45.9 2241 1321 1000 2000 空冷星型複列18気筒(9気筒×2列) F4U、P-47、F6F P&W いわずと知れた名エンジン

 零戦にエンジンの発展余地が小さい栄を採用したことは、零戦の速度性能の進化の最大の障害となった。もし、金星エンジンをベースに機体設計をしていれば・・・・・・とは、誰もが思うことだろう。
 陸海軍からは資材を節約しつつ高性能な機材を、という矛盾したプレッシャーが常にかかるため、エンジンや機体の設計者がより限界的な設計を選ぶのは無理からぬことだろう。

 天鴎世界で堀越二郎技師が設計した九九式艦上戦闘機は、設計当初から金星エンジンをベースにしている。三菱が設計・生産したのだから当然だろう。ただし、後に中島飛行機が生産した同戦闘機には栄11型エンジンを搭載している(この世界の栄エンジンは金星エンジンと多くの部品が共通しており、直径も史実より70ミリ余り大きい)。
 燃費は史実の栄エンジンより大幅に悪かったため、作戦行動距離が制約された。その問題点を改良したエンジンが栄21型である。栄21型は圧縮比を向上させ、高回転化することで出力1300馬力に向上している。
 金星・栄ともにエンジンの改良余地が大きく、九九式艦戦22型では金星52型or栄21型を採用し、最高速度560km/hに改良された。

 大戦後半の二式艦戦では出力2000馬力の誉エンジンが採用された。このエンジンは直径1300mm、排気量42Lと常識的な線でまとめられており、冷却や加工上の困難は史実の誉よりも大幅に減っている。
 クランクシャフトと冷却周りを改良した2000馬力級火星エンジンは既に1940年から生産されていたが、大型であるが故に主に爆撃機に使用された。
 火星エンジンは、思い切って零式局地戦闘機”雷電”で使用され、流体力学に基づく層流翼の翼型の採用と併せ高性能を発揮するとみられた。しかし、プロペラ強度の不足が判明し、急遽改良した大径強化プロペラが開発された。
 局地戦闘機の配備は、戦域が本土から遠く離れているために優先順位が低かった。それでも1942年には最初の航空隊に配備された。1944年には排気タービン過給器装備の雷電が開発され、最高速度641km/hを発揮した。
 同時期には四式局地戦闘機”閃電”がロールアウトしはじめていたが、推進式であるが故に操縦性が特殊だった閃電よりも、雷電の最終改良型である雷電45型の方が操縦者には好まれたという。広い操縦席を有する雷電の方が、機内での食事や排泄、もしくは体のどこかが痒かったりしたときに楽だったからかもしれない。

 天鴎世界の日本製航空機やエンジンは無駄を寛大に許容することで、他の先進国並の設計・試作・量産が可能であった。もし日本国内にガソリンが溢れるほどなかったら、こうはいかなかっただろう。