■DOOMS DAY
1950年8月6日イングランド島南部の要衝ポーツマス、同8月9日オークニー諸島にあるロイヤル・ネイビー最大の拠点、スカパー・フローにて究極の新兵器が実戦使用された。 これによりロイヤル・ネイビーは半身不随となり、早晩英国はドイツの軍門に下るしかないだろうと、ドイツ総統が高らかにラジオ、テレビジョンで放送を行った。 なお言うまでもないだろうが、この新兵器は「Atomic bomb」や「Nuclear weapon」と呼ばれる、原子核の崩壊時に生まれる莫大なエネルギーを利用した爆弾の事で、この時使われたのは、プルトニウム型とされる爆弾で、破壊力は共に20キロトン(TNT火薬2万トン)あったとされる。 これを世界で初めて実戦使用したドイツは、5トンに達するウランを使用するため巨大になりすぎたが、それにあわせた大きさのロケットを使って敵地に投射し、始源の煌めきが発生した地域に未曾有の災厄を振りまいた。 だが、それは始まりに過ぎなかった。 しかもそれは終わりの始まりだった。
確かにこの新兵器の実戦使用により、英国の抵抗力は著しく低下したのだが、それまで蚊帳の外にいたアメリカと日本が活発な活動を開始したのがその発端だった。そしてその後は、坂道を転がるボールのように戦渦は広がっていく事になる。 アメリカがドイツの非人道な兵器の使用を激しく非難すると同時に英国に対する援助をチラつかせ、日米が揃って中東・インド洋地域の軍事力を増強し、ロシアへの無償軍事援助を大増加させる事を決め、これにドイツが必要以上に反応し、ドイツのさらなる動きに日米が刺激されて、その恐怖心から準戦時態勢を宣言した事で戦争の撃鉄は起こされた、と言ったところがその要約になるだろうか。 なお、この間僅か一週間に満たず、独英の局地戦争だった筈の戦いは、核兵器というパンドラの箱を不用意に開けたばかりに、急速に第三次世界大戦へと転がり落ちていく事になる。
今世界の関心は、ドイツと日米のどちらが先に手を出すかであった。 そして日米は、既に禁断の兵器に手をつけたドイツに対して、自らの剣を抜き放つことに何ら躊躇はなく、ドイツが初めて使用した核兵器を抱えた日米の戦略爆撃機が彼らの本土を大挙離陸した時点で、終わりの始まりが訪れるだろうと見られていた。 もちろん破滅的な戦争を避けるべく列強間での外交交渉も続けられているが、恐らく無駄だろう。 そしてこれから起こる戦いは、ドイツにとっての終わりを意味すると考える人が多いのか、ここベルリンでは大型トラックから徒歩に至るまで、その多くの民間交通手段によって人々のエグゾダスが始まっていた。 そう言えば、天井裏のネズミの声も昨日から聞こえないようだが、彼らの方が全て知っていると言う事なのだろう。 さて、私もそろろそ出発するとしよう。
BAD END 2