■フェイズ04:「傾向と対策4」

●人口

 我々の世界の日本の21世紀初頭の総人口は、最大で1億2700万人ほどだ。これを単純に十倍にすると、21世紀初頭のチャイナやインドに匹敵する数字となる。
 我々の世界では、150年近く前の明治初期の人口統計で約3400万人だった。ずっと遡って源平合戦の頃(12世紀)で700〜800万人で、この数字は12世紀頃の技術レベルでの人口飽和の数字となる。平安時代も同程度だ。
 戦国時代より以前だと、関東、東北の耕地開発がまだまだ過渡期のため、東に行くほど人口密度が低くなる。関東や越後、東北が地道な開拓や干拓で今の姿になったのは、ほとんどが江戸時代の事だ。

 戦国時代後半(16世紀)で1200〜1500万人、総人口が3000万人に達したのが江戸時代中期の18世紀初頭ぐらいで、3000万という数字も18世紀の技術レベルでの人口飽和状態になる。
 だからこそ江戸時代中期以後は、人口停滞が一世紀以上続いた。また戦国時代後期から江戸時代にかけては、政府(為政者)が民衆の生活を守る方向性が強まった事も、人口増加に大きく影響している。
 さてこの世界の話しに戻るが、単純に面積に対して人口を十倍にする事はできない。先に書いた気候や降水量の問題で、濃尾平野より東では水耕稲作はできず、関東平野までいくと完全に畑作中心となる。東北はより寒くなり、北海道は多くが極寒の地で日本的な農業は極めて難しい。
 当然だが、近代以前の人口包容力が大きく落ちている。単純に米と麦の当時の生産量を比較すれば、人口半減は間違いない。高緯度地域となった北海道に至っては、近代的な農業を始めたとしても多く見ても人口密度は我々の世界の十分の一程度だろう。
 また、江戸時代後期の東日本の人口は、日本全体のおおよそ3分の1程度だった。そして上記の条件を当てはめると、3000万人の場合は3分の1に当たる1000万人分が半減するので、大まかに2500万人という数字が出てくる。
 各地で育てられる農作物の関係で、ほとんどが濃尾平野以西の人口になってしまう。

 一方、地形の傾斜が緩やかになった結果、利用できる土地は全体の10%増えると想定している(※平地だけで見ると33%増えている想定になる)。ただし、森林は土地の保水や各種資源として非常に有用なので、単純に増えた平地を農地にして人口増加させるのは非常に難しい。だがそれでも、2割程度の人口増加は起きるだろう。これで先の想定から増やして、3000万人になる。
 一見数字は元に戻っただけだが、平地で比較した場合の人口密度は低下している。加えて西に行くほど人口が多い構図は、より鮮明になる。関東以東、以北の人口密度は、欧州並みになるだろう。
 そして亜大陸列島の日本では、単純に10倍すると18世紀初頭で3億人となり、この数字は清朝の最盛時のおおよそ6〜8割程度だ。何にせよ非常に多い人口なので、できればもう少し減らしたいところだ。

 人口を継続的に減らすには、発展させないのが一番だ。だが、天変地異の多い土地に住む日本人達は、基本的に停滞し続ける可能性が低い。
 人は逆境に対して、基本的に頑張ってしまう。勤勉なのにも理由というものがあるのだ。
 人口を減らす手段として有効なのは疫病(=パンデミック)だが、日本列島は熱帯系以外のたいていのユーラシア大陸由来の疫病に侵されている。まともに侵されていないのは、凶悪な感染力と致死率を誇るペスト(黒死病)ぐらいだ。
 人口調整をする場合は、中世ではこれを利用すればいいかもしれない。うまくいけば、13〜14世紀の総人口を3分の2にまで押さえ込める。
 しかも13世紀には中世温暖期も終わるので、農業生産の減退に伴った大きな変化(飢饉)によって、大幅な人口減少も合わせて期待できる。これにより農業生産を向上させる土地の開発を遅らせる事も出来るし、農業生産自体をヨーロッパのように労働集約から資本集約への変化(転換)も期待できて、その後の人口増加をさらに抑制できる。
 資本集約型の農業は、大きな人口がむしろ不要なので、自然な人口増加抑止に繋がりやすい。
 農業以外の人為的な変化で見ると、我々の世界の戦国時代には人口が大きく増加している。これは地方政府に当たる戦国大名達が、自らの富国強兵の必要から領民を手厚く保護したからだ。(※古来からの疫病のかなりが「風土病」程度になった影響も大きいと言われる。)
 そして領民保護=国力(収入)増大の考えは戦国時代の間に日本中に浸透し、江戸時代という大きな安定期でさらに拡大される。つまり、戦国時代から江戸時代の流れは、人口問題の上では出来れば起きない方が良い。だが起きなければ近世型国家の誕生は遅れるし、近代化に向かう事も難しくなる。痛し痒しだ。

 とにかく、近世の人口飽和は可能な限り遅く達成される方がよいかもしれない。また人口飽和が起きても、近代化後の人口爆発を誘発しやすい長期の停滞は絶対に避けたい。この時期の人口爆発といえる増加が、近代以降の食糧自給の一番のネックとなるからだ。
 しかし、発展させるためには、人口飽和は一度は達成されなくてはいけない。なぜなら、イギリス、フランスなどの歴史を見ると、人口飽和こそが文明を革新的に変化させた産業革命と市民革命のゆりかごとなっているからだ。
 日本でも飽和状態での発展と安定があったからこそ、急速な近代化が可能になったと言えるだろう。しかし人口飽和の期間については、できれば存在しないか出来る限り短い方が良い。
 一方では、人口が飽和しなければ海外進出が起きる可能性は低くなる。この点は海外進出も絡んでくるので、本編内で触れていきたいと思う。

 そして人口が爆発的に増える産業革命以後だが、我々の世界の日本は最終的に3倍以上、4倍近い人口増加を経験している。一時期(主に昭和初期)、政府が事実上の多産政策を取った影響も強く関係していると言われる。
 一方フランスは、フランス革命の少し前に人口飽和を迎えたが、この時期で総人口は2700万人程度。21世紀初頭の現在は6600万人ほどで、産業革命前の250%にも達していない。しかも海外移民もヨーロッパ一般から見ると非常に少ないし、現代の数字は他からの移民による増加(※移民率は約7.5%で400万人以上)がかなり含まれている。革命の混乱とナポレオン戦争による長期的な徴兵と動員など様々な要因はあるが、近代の入り口でフランス人が多産に向かわなかった結果だ。
 明治以後の日本の食糧自給率を考えたら、できればフランス程度の人口増加に押さえ込みたいところだ。もしくはイギリスのように、常に飽和人口を植民地に追い出せる形にしておけば、十倍日本内の人口増加をある程度抑制できる。両方が合わされば言うことはない。
 チャンスの形としては、人口飽和してすぐに混乱が起き、同時に近代化が進むという流れになるだろう。
 そうすれば、21世紀初頭の亜大陸列島・日本の総人口は6億〜7億人程度に抑えられる可能性が高まる。巨大な一国に統合するにしても、ヨーロッパ連合のような国家連合体を形成するにしても、食べ物や資源の事を考えると、この程度の人口に抑えておきたいところだ。チャイナやインドと似たような状態では、あまりにも多すぎる。
 今のところだが、10倍の土地に5倍の人口というのを一つの指標に据えたいと思う。

 この節の最後に、人口の少し細かい数字で見るてみよう。
 史実の総人口は「1870年:3400万、1910年:5000万、1940年:7000万、1965年:1億、1990年:1億2000万」で、増加数が「1870年:0、1910年:1600万、1940年:3600万、1965年:6600万、1990年:8600万」となる。
 これを近代化スタート時点で10倍、21世紀初頭で5倍の総人口へと置き換えると、人口増加数「1870年スタート、1910年:5000万、1940年:1億1000万、1965年:2億、1965年:2億6000万」。
 総人口は「1870年:3億4000万、1910年:3億9000万、1940年:4億5000万、1965年:5億4000万、1990年:6億」となる。2015年だとさらに3000万から7000万人程度は増えているだろう。
 この数字を一応の目標数値としたい。

●地下天然資源の補足

 10倍の土地に5倍の人口を目指すという一応の目標が出たところで、十倍日本の地下に眠る天然資源に戻ってみよう。
 とは言え、無印日本の15倍でも地球全体の3%でも、6億人の人が住む先進国と仮定すると足りない事に変わりはない。
 無印日本の5倍だと、一年間に10億トン強ずつの石油と石炭、5000億立方メートルの天然ガス、5億トン近い鉄鉱石が必要となる。
 とはいえ今回のコンテンツは、出来る限り「箱庭」としての十倍日本を見ていきたい。
 十倍日本がどのような状態で、どのような歴史を歩むのかを見るのを基本的な目的として、資源問題は二の次としたい。
 そこで、石油、石炭、天然ガス、鉄鉱石などの天然資源は、無印日本と同程度の輸入で済む程度で、金銀銅は地球全体の3%程度が眠っていると想定したい。これにより巨大な日本列島が日本以外の世界史を動かす可能性を大きく減らし、箱庭としての十倍日本によりいっそう視点を据えて見ていく事とする。
 もっとも今回のコンテンツでは、今のところ近代化以後の世界について取り上げる可能性は低いので、資源問題はあまり深刻に考えなくてもよかったかもしれない。
 資源問題については、近代以後よりも近代以前の十倍日本に、世界経済を根底から揺るがすような過剰な金銀を与えない為の方便だと思っていただきたい。

●知識、技術の補足

 人の数が十倍(※近代化以前は、ほぼ自動的に十倍となる)いると、それだけ知識の総量が増えるし、技術的にも新しい事を始める可能性が増える。
 だが一方では、中華国家のように、一つの意志(=中央集権政府)が統制や強制停止を実施してしまうと、知識、技術の発達は停滞どころか消滅する場合もある。宋朝時代の鉄の生産、明朝時代の造船技術が典型例だろう。
 逆に複数の国家が常に存在する場合は、それだけ可能性が増えることになる。アメリカ大陸を発見したコロンブスのように、ポルトガルが支援しなくてもスペインが支援してくれるようなケースも出てくるわけだ。
 また複数の国が併存している場合、必然的に淘汰と競争が発生する可能性が出てくる。そして競争は、知識や技術が発展する可能性を高めてくれる可能性を十分に持っている。うまく作用すれば、地中海世界、欧州地域のような向上が見られるだろう。
 逆に混沌としたまま停滞する、と言う想定も考えられるが、可能な限りネガティブな想定は避ける方向で進みたい。
 また一つの国家、特に儒教的統一国家があると、必然的に文官官僚以外が「力」を持つ事を抑止してしまう。「力」とは軍事力だけでなく経済力も当てはまる。特に経済力の場合、商人、資本家の資本蓄積を嫌う傾向がある。
 そして資本蓄積がなければ、産業の革新つまり産業革命の扉の一つを閉ざしてしまう事となってしまう。少なくともその可能性が非常に高まる。逆に明治日本のように、国が知識と技術の発展に力を入れる場合も存在する。