■フェイズ06:「十倍日本と歴史の比較1」

●もしも亜大陸日本史
  〜史実と似たような状況に対する傾向と対策〜

 さて、この世界を見ていく前に、今までの事を踏まえて、単純に我々の世界の日本列島が十倍の面積だった場合を想定してみたいと思う。

●「もしも、現代日本が十倍の規模だったら?」

 まず総人口だが、我々の世界が最大で1億2700万人ほどとなる。しかしこの世界では、関東以東、以北の人口は前近代の時点で人口密度の点で半分しかない。そして関東、東北の人口は、全体の3分の1程度となる。また北海道は開拓地として不適当となる。
 よって、概算での総人口は10億人程度になり、我々の世界の約8倍という概算となる。(※地面の傾斜が緩やかになる点は、自然環境との関係で相殺と判定する。)
 それ以外の数字も総人口の8倍が目安と想定すると、40兆ドル近いGDPになる。21世紀に入ってからのGDPは、チャイナの肥大化が激しいので相対的な数値では図りづらく2013年統計で60兆ドル程だ。
 だが、日本のGDPは21世紀に入ってから大きく動いていないので、2000年代始め頃の統計数字だと全体で50兆ドル程になる。
 どちらにせよ、十倍日本が巨大すぎることが分かるだろう。アメリカでも2020年統計で20兆ドル程度なのだから、ぶっちぎりで世界最強の経済力を持つ国家となってしまう。相対的に見て、1950年代のアメリカ並みのポジションだ。

 しかし、この超巨大な日本を維持するためには、毎年各15億トン以上の石油と石炭、1兆立方メートル近い天然ガスが必要となる。鉄などの鉱産資源も、ほとんどが我々の世界の8倍前後が必要となる(※輸出を考えたら、鉱産資源は最大で半分程度で済むものもある)。
 だが、こんなにたくさんの資源は、世界に流通するだけの余剰はない筈だ。それこそ巨大化した日本列島に、かなりの量の天然資源が眠ってくれていないと、何をどうしようと我々の世界と近似値の繁栄を謳歌する日本という姿は見えてこない。
 GDPと人口問題を脇に置いたとしても、どうにかして西ヨーロッパ的な安定した状態を、巨大な日本列島の上に構築しないといけない可能性が非常に高い。重厚長大産業主導の国家を、このサイズで作っては地球の資源がもたない。
 この事については、21世紀初頭の中華人民共和国の状態がよく表している。巨体である事は、ただ巨体と言うだけで周りにとっては非常に迷惑なのだ。

 だが、十倍日本の一番の問題点は食べ物、つまり食料自給率(カロリーベース)だ。
 21世紀初頭の我々の世界では、たったの40%。1960年代から80年代の高度経済成長期で50%程度だ。しかもこの世界では、気候の問題で北海道が食料生産地域として使えないので、さらに約8〜9%程度も低下する。
 人口が少ない分だけ農業用地が増えるが、そもそも宅地の利用率は5%もないので、半分にしたところで農地に使える面積がそれほど増えるわけではない。それれでも13%→15〜16%程度になり、農地は10%程度増える計算になるので、北海道抜きに考えると31%が36%になる。
 しかし、たったの36%だ。十倍日本だと、6億人分以上の食料が不足している事になる。世界標準の穀物で自給率を見ると、さらに酷い数字となる。
 この世界では東日本全体が小麦地帯になるので、欧米型の資本集約農業を徹底できればかなりの食料(穀物)生産が見込めるが、これが唯一の救いといえる状態だ。それでも現代日本との比較で言えば、食糧自給率は50%を越えないだろう。
 この世界の日本は、食べていく為に農業を重視しなければならない。減反政策などしている場合ではないだろう。
 そして21世紀初頭の中華人民共和国が膨大な食料輸入で喘いでいるのと同じ状況が、より酷い状態で十倍日本でも発生する事になる。3分の2以上の食料を輸入に頼るなど、通常あり得ないのだ。
 以上の数字から、総人口はやはり最大でも6〜7億人程度で抑え込みたいところだ。それでも多すぎるが、繁栄できる可能性を見いだすにはこれぐらいの数字でないといけない事になる。

●「もしも、第二次世界大戦頃に日本が十倍の規模だったら?」

 第二次世界大戦で十倍の戦力があればと言う想定は、多くの人が一度は妄想の翼を広げてみたくなる想定かもしれない。
 1941年12月時点の数字を単純に十倍にすると、開戦時で陸軍が動員兵数2000万人以上、師団数500個以上。海軍が戦艦100隻、正規空母60隻、駆逐艦1000隻以上、潜水艦500隻以上。第一線の航空機総数は2万機以上にもなる。数を半分にしてその分だけ質を上げても、5倍でもとんでもない数字だ。
 なんだか、1年も有れば当時の連合軍を降伏に追い込めそうな数字に思えてくるほどだ。数量重視の戦略系ゲームなら、チートプレイの必勝確実だろう。
 粗鋼生産力だって6500万トンとなり、同時期のアメリカに匹敵してしまうのだ。保有船舶量を十倍にしたら、史実での当時の世界の全ての船舶量より多くなってしまう。

 なお、1940年頃の状態を単純に人口と国力を十倍にすると、GDPという点で国力はアメリカに匹敵する数字となる。総人口は7億人を越える。効率が非常に悪く技術は少し遅れているが、数字は数字、数は力だ。
 少なくとも、アメリカは大戦の裏口参戦のために日本をダシに使おうとは、あまり考えないだろう。それ以前に、支那事変(日中戦争)で日本が中華民国を力まかせに押しつぶしている可能性が十分にあり、そうなると十倍日本にとっての第二次世界大戦は不透明となる。
 戦争に至るまでの近代史まで遡って考えると、ナチスドイツとの同盟も怪しくなる。最初から連合軍側の可能性すら十分にあるだろう。大戦を防寒して過ごす可能性もかなり高い。
 一方で資源問題から考えれば、史実と同じと仮定すると無理が無理を呼ぶ。仮に開戦して、首尾良く東南アジアを勢力圏としたところで、必要とする資源も史実の十倍必要なので、焼け石に水に近い程度しか手に入らない。石油だけで最低でも年間4000万トン程度必要だが、それだけの量は当時の東南アジアにはない。他の主要天然資源も同様だ。
 つまり開戦したくても出来ないのだ。それ以前に、近代日本の歴史と資源問題を考えると歴史が大きく変わっている可能性が高く、第二次世界大戦でアメリカと真っ向勝負という状況が成立しない可能性が非常に高いように思われる。

 戦争を想定する以前に結論が出でしまったが、巨大な国力と軍備でアメリカとの戦争に大勝利を飾るという妄想は、明治日本からの近代化という根底から成立しない事になってしまう可能性が非常に高いと言わざるを得ない。

●「もしも、明治日本が十倍の規模だったら?」

 最初に結論を書くが、江戸時代の日本列島内での完全な自給自足から脱却していく明治維新以後の日本近代史は、国際貿易、地下資源の問題以前に全く成立しなくなってしまう。
 仮に十倍日本の地下に十分な量の天然資源があったとしても、食料自給問題で自動的にゲームオーバー確定となるからだ。
 ちなみに1930年代の食糧自給率は、70%を少し越える程度だ。満州がなければ、たちまち食糧難になってしまう。史実での終戦前後の食糧事情が、その例となるだろう。
 史実と同じ人口増加率だと、無理ゲーどころの話しではない。
 何しろ約70年間で、3億人台から始まって7億人を越えるまでに拡大する人口を養うだけの食料を十倍の日本列島は生み出せない。近代化による国内の農業生産の拡大も、史実日本と同レベルだと想定すると足りていない。
 しかも十倍日本の北海道は極寒の地なので、農業生産はあまり期待できない。
 また、十倍日本が必要とする食料輸入を行えるだけの余剰食糧は、この当時の世界には存在しない。仮に満州全てを牛耳って、短期間で徹底的に移民と耕地開発をしても全然足りない。
 この時代の北米大陸丸ごとですら足りない程だ。
 この時点で、十倍日本は近代化出来ない事になる。
 日本列島内での農業の近代化、資本集約化を政府が強力に行っても、人口増加速度に追いつかない筈だ。現代のような自由貿易の時代ではないので、史実とは違う日本の需要に対応して諸外国が生産する、と言う可能性も殆ど無い。あっても、ごく僅かだろう。
 明治初期から人口拡大の抑止政策をしないと、早ければ明治時代のうちに破綻が訪れる。何しろ十倍日本の世界では、北海道開拓による国内移民政策すらほとんどできないのだ。
 仮に史実同様のペースで人口拡大が続いた場合、国民の多くが貧乏で腹を空かせた貧しい国のままとなる可能性が非常に高い。一時期の中華地域が、その例として挙げられる。
 そして既に全体の結論が出ているのだが、19世紀、産業革命を迎えるまでに広大な植民地や食料供給地を自前で持っていなければ、天然資源問題以前に人口問題に連動する食糧持久問題によって、繁栄する前に破綻と言うことになる。
 十倍日本が明治日本と同じ状態で近代化に突入するのなら、徹底的に人口拡大を抑止するという苦難以上の道のりを進まなければならないだろう。

 つまり、そのままの十倍日本の場合、明治維新とそれ以後が一番のボトルネックとなる。

●「もしも、江戸時代が十倍の規模だったら?」

 果たして、十倍の規模の江戸幕府は成立するのか?
 取りあえず食糧問題、資源問題をほぼ考えなくてよいので、近代以後と違ってハードルは低い筈だ。加えて、隣の中華帝国が成立したのだから、十倍日本も大丈夫だろうと安易に考えるのは実は甘い。
 問題は距離と地形だ。
 東北地方から九州南部の直線距離は、満州外縁からチベット西部よりも長い。距離の長さは、長ければ長いほど統一と統治の大きな妨げとなる。しかも各地は山や海で隔てられている。
 唯一の救いは島国で海路が使えることだが、この海路を安定した交通路、流通路、連絡手段として十分に使うには、出来れば竜骨を持った外航能力を有した高性能の帆船(出来ればガレオン船)が欲しい。何しろ距離が三倍に伸び、太平洋の荒波を何日もかけて越えていかないといけないので、竜骨もなく小型の千石船程度ではまったく心許ない。
 諸々の難問を乗り越えた仮に成立したとして、この世界の幕府は無印日本の江戸幕府よりも中央集権が強い中華帝国的要素を強めざるを得なくなるだろう。そうしなければ、広大な地域の統治が難しいと容易に予測できるからだ。

 そして江戸幕府の統治方法と言えば参勤交代だが、恐らく物理的に不可能だ。距離が三倍以上なので、大名達が一年おきに移動する事が不可能な地域が、移動時間と資金面を中心に出てくる可能性が非常に高い。フランス貴族のように、領主(+α)は江戸常駐になる可能性も出てくるが、それにも問題がある。
 近代以前の都市規模の限界は150万人から200万人で、これ以上は技術的限界から都市機能が維持できなくなるからだ。
 ローマ、バクダッド、長安、江戸、どれも100万都市以上には発展できなかったのは、技術面でボトルネックがあったからだ。突破するには、革新的な物流網が構築できる産業革命を待たなければならない。
 我々の世界の江戸末期でも最大で約150万人と推定されているので、十倍日本では日本中の大名と武士を江戸に住まわせるのは物理的に不可能だ。
 何しろ十倍の数となると、江戸に住む武士の数は単純に十倍にすると500万人になってしまう。参勤交代などで武士を集めるより先に、国家を維持するための役人としての武士だけで江戸の都市機能は一杯一杯になってしまう。
 こうした首都機能と都市機能双方の物理的な問題から、江戸幕府の統治の要である参勤交代は恐らく不可能だ。となると、どうやって大名達を統治するのか。
 地方に目を向けると、前田加賀百万国を十倍にしたら壱千万石になってしまう。つまり総人口1000万人の地方政府だ。これほどの規模になると、もはや独立国家である方が自然な規模となる。前田だけでなく、島津や伊達といった大大名も、軒並み当時の欧州諸国並の人口規模だ。
 普通に考えたら、史実の江戸幕府は、規模に対して地方に大きな権限を残しすぎている。だからこそ十倍日本では、中央集権が強まると想定した。
 統治以外にも問題はあるが、それでも成立できる可能性は比較的高いだろう。

●「もしも、戦国日本が十倍の規模だったら?」

 次は、日本の戦国時代頃を単純に十倍にしてみよう。
 東海の弓取りと言われた今川義元の領域が約1000万石、つまり東海三国だけで総人口1000万人になる(実際は100万国ではないが。)。そして戦国時代後期の大大名クラスは概ね1000万石クラスで、最盛時の織田信長の支配領域は8000万石になってしまう。
 もはや「どこの中華帝国ですか?」と聞きたくなる状態で、領域支配だけで大変すぎて、他の地域に大軍を派遣している余裕があるのか大いに疑問を感じるほどだ。
 日本列島の広がりと地形障害を考えれば、統一は物理的に不可能と考える方が自然だろう。

 戦闘の規模も、物語として伝わる中華大陸並になる。
 桶狭間の合戦で、織田軍2万が今川軍20万の大軍を退ける、というような数字になってしまう。
 戦国時代終末期だと、10万人規模の大軍がぶつかり合うのが日常茶飯事となり、豊臣秀吉の九州攻め、小田原攻めは総数200万以上の大軍になってしまう。関ヶ原の合戦も、東軍90万、西軍80万などという数字になる。戦国最後の大坂の陣だと大坂方100万、それを囲む徳川方200万というとんでもない数字になる。
 まさに「どこの三国志ですか?」状態だ。
 毛利水軍は一万艘になり、これを迎え撃つ信長の鋼鉄船艦隊は60隻もの大艦隊となってしまう。長篠の戦いの信長の鉄砲軍団も3万丁になり、ナポレオン時代の戦いでも始めてしまいそうな数字だ。
 攻城戦も、攻守両者が大軍過ぎるので、城塞自体も我々の世界とは違って大規模な戦闘に対応した要塞に変化しているかもしれない。
 我々の世界の惣構えを備えた小田原城や大坂城ですら、100万の大軍に対して小さすぎるのだ。それ以前の問題として、100万もの軍隊が籠城できる物資(食糧)を用意することが物理的に難しいだろう。包囲する側についても同様だ。前近代で行える規模を遙かに越えてしまっている。
 そして大坂城タイプの巨大城塞が主体になると想定すると、攻めにくい城なのは当然だが、街を丸ごと囲むタイプの城が主流になるかもしれない。
 各大名の領域拡大に伴って戦闘規模が瞬く間に巨大化していく筈なので、小規模戦闘しか出来ない山城も早期に廃れる可能性が高そうだ。平地が多く人口密度の低い関東平野だと、街ごと城壁や掘で囲んでしまう城塞が増えて、大砲が伝わってくる前に独自に投石機(カタパルト)などの攻城兵器が発達しているかも知れない。
 それ以前の問題として、果たして数十万の大軍を一カ所に動員できて、さらに軍隊として日常的に運用できるのだろうか。もし仮に出来るとするなら、軍隊の運営や制度が大きく発展している可能性が高そうだ。また軍隊を移動させるための交通網も、異常なほどの発展を強いられるだろう。
 ローマ街道並の高度な道を作らないと、数十万の大軍が道を進む事が非常に難しくなってしまう。船舶の移動でも、毛利水軍一万艘などが出現してしまう世界だから、規模だけでなく船自体の巨大化と能力の向上があるだろう。
 こうした点からも、この世界の日本が歩む歴史にはかなりの修正が強いられそうだ。