■小論「委任統治領日本の可能性」

 

 大日本帝国を滅ぼし、国際連合、アメリカ合衆国管理下の国際連合委任統治領にするという平行世界を見ていきたいと思ったのだが、極めて難しいというのが結論だった。
 一見簡単に見えて、国際政治戦略上で組み上げていこうとすると非常に難しい。
 少しばかり詳しく見ていこう。

 日本列島を連合軍(又は国連)の委任統治領とするためには、第二次世界大戦で日本が史実以上にひどく敗北すれば特に問題はないだろう、と言う意見が出くるかと思う。日本政府の統治能力がなくなれば、自然と国連そしてアメリカは日本列島を委任統治しなければならなくなると考える方も多いだろう。
 確かに、日本を壊滅させるのは難しくない。というか、史実同じ歴史のレールの上であるならば、1944年夏以後は容易い。
 この時代、総力戦モードがマキシマムになったアメリカに勝てる国など存在せず、ドイツとの戦いに見切りをつけた後のアメリカ軍ならば、日本を踏みつぶすことなど造作もない。それは間違いないし、確定事項だ。チート(狡い)などという生やさしい言葉で表現できるようなものでは断じてない。アメリカが日本に勝つという事は、基本設定や回避不可能なイベントのようなものだ。ゲームすら成立しない状況なのだ。
 加えてドイツが倒れると、ロシア人までがどん欲に日本に襲いかかってくる。この件も、フラグが成立してしまうと確定イベントとなる。日本の軍事的敗北は、避けようがないのだ。
 故に問題は、主に政治的要素となる。
 前提条件から、簡単に見ていこう。

 まず前提条件だが、史実と全く同じ道筋で第二次世界大戦が勃発し、アメリカが前面参戦しなければならない。でなければ、日本を物理的に滅ぼすことはできないからだ。アメリカ抜きには、ほぼ不可能と言っても問題ないだろう。アメリカ抜きの場合は、アメリカ以外の全ての列強が大同団結して日本に襲いかかるぐらいの努力が必要となってしまう。
 また、委任統治領という形を成立させるのだから、国際連合(UN)が成立しないといけない。故にアメリカがイギリスと深く連携した上で、本気で戦争を戦わなくてはならないだろう。加えて言えば、アメリカにとっての戦争が圧倒的優位に運ぶことが望ましい。
 ここまでは問題はないと思う。史実通りの歴史を歩んだ世界なら、特に問題点は存在しない筈だ。
 日本軍の力戦奮闘など、いかに架空戦記しようとも程度問題でしかない。蟷螂の何とやらだ。連合国が無条件降伏などの政治的要素を出している以上、戦争終了の時期が若干ずれるだけだ。問題は、日本側が土壇場で降伏するか徹底抗戦するか、さらには日本がいつ降伏するかだ。
 これが日本を委任統治領とする上で最初のハードルとなる。政治上では、日本軍の存在など基本的にハードルや障害物にもならない。
 では、日本が徹底抗戦するために邪魔なものは何か。
 日本の中枢部が降伏を決意するに至った要因を簡単に挙げると、原子爆弾の実戦使用、ソ連の対日参戦、日本軍事力の壊滅、本土決戦が不可能だと理解した日本のエリート全て、となるだろうか。また日本が、国体護持(日本の国家制度の存続)のためには本土侵攻を受けたら前提が成り立たなくなると認識していた点も重要だろう。
 一部の狂信者とパラノイア以外は、日本の限界点と日本の存続の為にやってはいけないことを認識していた。ソ連の参戦がなくても、他の要素が埋まっていれば日本は降伏を選択しただろう。
 では、それらを踏まえて次に進もう。

 原爆が実戦使用されると、その時点で日本政府が降伏を選択する可能性がかなり高まってしまう。原爆が、日本人達に戦い続けることを無意味と考えさせる可能性の高い兵器だからだ。1発で都市が壊滅する破壊兵器を首都中心部で使われたら、その時点で国が滅びることぐらいは馬鹿でも理解できる。仮に東京の中心部で炸裂したと考えれば、近代日本の根幹である皇族と高級官僚団が失われるのだ。
 そして原爆に象徴されるように、当時のアメリカ軍ならば日本に史実以上に壊滅的打撃を与えることは十分以上に可能だった。史実と同じ流れならば、1944年から1947年ぐらいまでなら日本本土侵攻も問題なく行えただろう。アメリカ軍の勝利も確定事項だ。
 しかし、ここからが問題となる。国際情勢が、日本を含む北東アジア情勢を大きく動かしてしまうからだ。
 正直なところ、日本本土侵攻により日本壊滅後に待っている国際情勢こそが、日本が無理矢理にでも再独立させられるか、委任統治領となるかの最も重要な要因となる。

 ナチスドイツが倒れてヨーロッパでの戦いが終わると、北からソビエト連邦が攻め寄せて、日本の領域をアメリカと二分してしまう可能性が極めて高い。史実でも寸前まで進んだのだから、否定される方も少ないだろう。
 そして日本人の領域が二分されてしまうと、アメリカの側に残された日本を再独立させて、自由主義陣営(アメリカ)の盾として使わざるを得なくなる。ソ連が占領した側も、アメリカの動きに呼応して別の赤い日本が成立させるだろう。もしくは逆の連鎖で、二つの日本が成立していく可能性が極めて高い。東西ドイツや南北朝鮮がその最たる例だ。米ソの対立境界線が日本列島になると、二つの日本が自然発生的に成立してしまう。ドイツや朝鮮半島という例も存在する。
 ここでも、日本が国家として立ち直れないほど破壊すればいいという意見もあるだろう。だが、たとえ日本の近代産業を一度全部破壊して、日本人の半数を死滅させたとしても、政治的、物理的ハードルが高すぎる。
 次の世界をリードしようとするアメリカとソ連の都合によって、北東アジアのキーポイントの一つとなる日本列島には、それぞれの橋頭堡もしくは防波堤となる国家を作らなくてはならなくなってしまう。
 委任統治のように独立国家を置かない統治は、統治側のコストが上昇しやすい。国家間の対立の最前線となれば尚更だ。しかもアメリカは、民主主義国家のため自国民から自陣営全ての民意を無視できない。それどころか、無視と言うよりは気を遣わなくてはならない。つまり史実と同じ戦争の流れの延長では、日本を委任統治下に置くことは政治上で難しいのだ。
 つまり、日本をアメリカの委任統治領とするには、大きく以下の要素が必要になると仮定する。

・史実と同じ、もしくは似た状況の第二次世界大戦の勃発
・適当な時期でのアメリカの全面参戦
・日本の惨敗(※日本政府の統治能力の大幅低下でもよい)
・ソ連の苦境継続もしくは滅亡(※極東でのパワープロジェクションが不可能もしくは極めて難しくなる)
・終戦時点での、アメリカにとっての北東アジアの安定
・可能ならば、欧州での不安定の継続(※何らかの形でのドイツ存続もあり)
・中華の安定もしくは極端な混沌化

 正直、これぐらいしておかないと、アメリカが日本列島を委任統治領のままほったらかしにする政治的状況が生まれにくい。
 加えて言えば、中華共産党の存在も邪魔だし、共産主義という点では北ベトナムも邪魔だ。邪魔ついでで言えば、中華民国の国民党も邪魔になる可能性が高い。イ・スンマンの朝鮮ですら邪魔かもしれない。まあ、最後のは半ばジョークだが。
 とにかく、可能な限り北東アジア、できるなら東アジア、西太平洋地域がアメリカにとって政治的に安定していない限り、日本列島及び日本民族を委任統治下に置く事は難しいのだ。
 無論、反論もあることだろう。しかし、「日本滅亡レベルの日本の惨敗」と「北東アジアの政治的安定」、この二つが成立しない限り、「委任統治領・日本」は殆どの場合成立しないと言って問題ないはずだ。

 ならば、第二次世界大戦勃発までの歴史、世界情勢を多少いじってしまえば良いという意見が出てくるかも知れない。ソ連が日本にまで、いや北東アジア情勢にまで手が出せないようにすればよいのだ。単純にナチスドイツにソ連が一度壊滅するといった変化があれば良いだろう。場合によっては、ソ連が事実上滅びた上で、ヨーロッパでナチスが残るような結末でもありかもしれない。その上でアメリカが日本本土侵攻してしまえば、状況がようやく成立するのではないだろうか。
 しかし、「委任統治領・日本」という、軍事や歴史よりも政治要素の強い平行世界を見たいのに、他の要素に大きな変更を強いるのは相応しくないと私は考える。何を今更とおっしゃる方もいるだろうが、この点は出来れば譲りたくない。
 私個人としては、ソ連ではなくナチスがデカイ面している世界でのアメリカによる日本の委任統治など、はっきり言って興ざめだ。

 確かに、歴史を大きく変えてしまえば、どうとでもできてしまう可能性が高い。しかしそれでは、「委任統治領・日本」という世界を覗くには物足りなくなってしまう。
 故に今回は、言い訳じみた小論という形で、私なりに平行世界構築に取り組んだ「委任統治領・日本」という世界を見ていくことを断念したいと思う。




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