■フェイズ62「現代15・トラフィックス・竜宮」

 竜宮の国土の過半は、北米大陸西岸北部とユーラシア大陸北東端部が占めていたが、人口面では依然として国民の七割近くが小さな竜宮本土に住んでいた。
 竜宮本土である竜宮諸島は、ユーラシア大陸寄りの北太平洋上に位置する、北太平洋上で最もまとまった陸地を持つ島だった。そして20世紀末で、域内人口4000万人近くを抱える先進国の首都も存在していた。一人当たりGNPも、常に先進国ではトップクラスを維持している。
 首都昇竜から旧都東都にかけて広がる都市圏の人口は2000万人に達し、竜宮ばかりか北太平洋全体で見ても、経済、情報の中心地の一つだった。国内経済の規模から証券取引所の注目度は近在の東京には敵わなくなっていたが、世界で一番最初に開く国際的な証券取引所としての地位を得ていた。
 国全体の社会基盤、社会資本、産業施設も充実しており、自国領が大きく北太平洋に広がっているため、空と海の交通インフラも発達していた。本土の陸地は北部は1970年代に敷設された高速鉄道(日本製の新幹線システムを輸入)を中心にした鉄道網で密接に繋がれ、近在諸島から北米大陸に至るまで航空網と船舶網で強固に結びつけられていた。空と海の交通網は自国だけでなく、日本を始めとした北東アジア、アメリカを中心とする北米大陸、オセアニア、東南アジア各地とも深く結びつけられていた。
 竜宮本土の事を、「太平洋のジブラルタル」と言ったほどだった。
 しかも1970年代以後は衛星通信を多用した情報通信インフラも充実させ、1980年代には早くも光通信の海底ケーブルも太平洋広くに敷設するほどだった。全ては「国内」での情報の均一化を目指したものだが、世界で最も広大な地域に国土に広がっているため、用いられた技術とシステムは常に世界最先端だった。国の発展がかかっているため、資金も人材も惜しげもなく投入された。
 そして北太平洋沿岸各地を結ぶ中継点としても、竜宮本土は格好の位置に存在した。
 しかもこれらの交通通信インフラは、竜宮王国が20世紀半ば以後継続して国策として行ってきた事だけに、非常に充実した内容となっていた。また情報通信産業は竜宮の基幹産業ともなっており、北米、北東アジアを中心にして大きな影響力を発揮していた。1950年代から、アメリカとは度々経済摩擦を引き起こしていたほどだった。
 しかも竜宮は、自国物流と北太平洋の物流拡大のため、1970年代から精力的に港湾機能と空港機能の充実に力を入れ、1980年代に入ると相次いで稼働を開始していた。アラスカのアンカレッジは、太平洋各地からヨーロッパへ向かう中継(ハブ)空港として発展した。北米西岸の冬霞、本土の首都昇竜近郊には、それぞれ巨大な国際空港が新たに整備された。4000メートル級の滑走路を複数(2本以上)備えた24時間空港をこの時点で整備した事は、大きく評価できる事だった。またこれらの航空インフラの充実は自国への観光誘致も兼ねており、気候が温暖な琉球、ハワイが保養地として北東アジア、アメリカから多数の観光客を集めるようになっていた。また国民の間の円滑な移動も兼ねているため、単に刊行だけでなく効率面での高さも際だっている。世界最大規模の国内航路も依然健在だったし、年末の里帰りや国家規模で行われる「国内留学」による大規模な人の移動と各地域住民同士の交流は、戦後竜宮の風物詩の一つだった。また物流面では、各地の巨大なコンテナヤードの存在も無視できない。そう言った社会資本と流通網、情報通信網を整備しなければ、先進国としての地位を維持する事が難しかったからだ。
 また北東アジアとアメリカの関係が様々な面で深まると、両者の中間点に位置することを利用して国際会議を積極的に招致するようになった。また北東アジアの中では、ソ連から最も離れているという事を利用して、安全保障の観点からも多くの施設や組織を招き寄せた。加えて日本経済が大きく躍進すると、日本を警戒した動きを東アジア諸国が抱くようになったため、その心理を利用して東アジアの政治の中心地としての地位を得るべく活発な活動が行われた。
 また竜宮本土がポリネシアに属するため、太平洋上つまりオセアニア(オーシャン)の国でもあるという向きを持たせることで、オーストラリア、ニュージーランドなどオセアニア諸国との関係も重視するようになった。ここでは、竜宮がかつてイギリスの強い影響を受けていたことまでが利用された。一方では、竜宮が宗教行事、伝統行事としても行っていた捕鯨について、オーストラリアと年中行事のように対立するようになったのもこの頃からだった。これも竜宮とオーストラリアが互いを強く意識するようになったからと言われており、経済面での議論そのものへの影響は小さかった。
 そうした下地があったからこそ、竜宮が中心になった環太平洋経済圏が真剣に議論されるようになったと言えるだろう。
 アメリカ合衆国は所詮北米大陸の国であり、アメリカの中心地は大西洋側だ。日本は北東アジアの国であるが、今ひとつ国際的には定見がなかった。この世界第一と第二の経済大国の間を取り持てる地理的、経済的、歴史的経緯を持つ竜宮の重要性は、極めて高くなった。しかも竜宮は、アメリカ、日本に比べると絶対的な総人口とGDPの点から突出することができないため、日米以外の国にとっても比較的安心できる国であった。
 竜宮自身もそれらのことを分かって行動したので、国際的な信頼度は高かった。また歴史的に諸外国との交流と交渉に比較的長けている事も、竜宮を環太平洋地域の重心地点として諸外国に認めさせる大きな要因となっていた。
 ではここで少し竜宮の国状について見て次に進みたい。

 知識の少ない者は、竜宮とは北太平洋上に浮かぶ小さな島国という認識しかしない。これは、竜宮が連合王国であり、地図上では竜宮のそれぞれの地域に王国という文字が記されるからだ。またヨーロッパを中心にした世界地図だと、竜宮の国土は日付変更線から地図の端と端に二分されてしまう。
 しかし1972年以後の竜宮は6つの王国が合わさった連合国家であり、大きく分けて竜宮諸島、北アメリカ大陸北西部、ユーラシア大陸北東部、ハワイ諸島、琉球諸島を領有している。国土面積は約520万平方キロメートルで、ソ連、カナダ、ブラジル、オーストラリア、アメリカ、人民中華に次いで世界第7位の広大な領土を有する。また非常に海岸線が長く、排他的経済水域の広さも世界屈指となる。さらには北太平洋全域に広がるため、広大な海洋覇権を維持しなければならない地理的条件下にある。
 しかし北半球北部に主な領土を持つため、永久凍土にツンドラ、タイガ(針葉樹林帯)、山岳部、氷雪地域など農業の出来ない不毛な土地が殆どを占める。国土の約90%が不毛の土地といえる。経度で言えば北極海の三分の一近い経済水域を主張できるといえば分かりやすいだろう。それほど北に領土を広げているのだ。竜宮は、世界有数の雪と氷の国でもあるのだ。
 また「本国」としての領土が各地に分散している形は、20世紀後半では非常に珍しい領土の形である。加えて、日付変更線をまたいでいる国も非常に珍しい。というよりも、事実上世界で唯一の例となる。竜宮は、世界で最初に日が上り、最後に日が沈む国ということになる。国内時差も大きく8つに区切られている上に、日付変更線を挟んで丸一日のずれが生じている。このため竜宮独自の時間軸、世界基準から12時間ずらす「竜宮時間」を設定する場合もある。
 経済、産業、人口の中心地帯は、竜宮本土と言われる竜宮諸島と、新竜王国の北米大陸西部沿岸部の一部に集中している。人口と国力の90%以上を、二つの地域が占めている。
 1990年の総人口は約6500万人で、竜宮本土が3800万人、新竜王国が2100万人、ルキア、アラスカが共に約200万人、ハワイ、琉球も共に約100万人ほどとなる。人口自体は、日本の約半分で西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に近い。
 国土全体での人口密度は1平方キロメートル当たり12人程度と低いが、総人口の6割が住む竜宮本土の人口密度は実に550人/平方キロメートルにも達する。同諸島が平地の多い安定した気候区分に有ることを考えても、人口過密地帯となっている。ただし竜宮本島は比較的大きくなだらかな島のため、隣国の日本よりは感覚的にも広く感じられるし、平地の比率が大きいためむしろ東アジアの他の人口過密地帯と比べれば実際の密度は低いぐらいである。竜宮主要部が、関東平野三つ分の平地に匹敵すると言えば、日本人には多少分かりやすいかもしれない。ただし、人口密度に対して年間降水量が十分でないため、水資源の対策が慢性的な課題となっている。平地に存在する無数のため池や山間部を中心にした保水森林群は、中世の昔から竜宮での一般的情景ですらある。
 国家としての人口規模的には、西ヨーロッパの大国とほぼ同じか少し大きく、新竜王国以外は移民をほとんど受け入れていない。竜宮本土では既に人口密度が高すぎるためで、他の地域も様々な要因で受け入れが難しかったり、アラスカとルキアの特定地域のように自然破壊防止のために移民を制限している地域もある。逆に新竜王国では、今でも積極的に移民を受け入れているし、国内からの移住も多い。人口増加率も、新竜王国が牽引していた。
 本土以外では、竜宮人と現地民族がほぼ半数ずつであるが、新竜王国の一部以外のほとんどが言語や習慣の面で竜宮化している。新竜王国は竜宮にとっての入植地として発展し、またアメリカ、カナダと隣接するため20世紀半ば以降はそれらの地域及びヨーロッパからの移民も受け入れられた。また1960年代までは、日本から多数の移民を受け入れていた。このため新竜王国は多民族地域であり、1950年代までは主に白人移民による民族問題も発生した。白人移民を中心にした民主化運動や独立運動、さらには王政打破の運動が行われた事もあった。1980年代からは、アメリカのカリフォルニアを経由してヒスパニック系の移民も少しずつ増えている。歴史的経緯から北米先住民族も多く、域内人口の1割近くが先住民系でアメリカに匹敵する数となる。
 主要言語はウラル・アルタイ語族に属する竜宮語で、公用語とされている。竜宮語は、日本語が一番の類似言語になり、文字は中華地域の漢字と日本の各種文字が源流となっている竜宮文字(通称「ロンジ」)が使われている。新竜王国では、イングリッシュが第二公用語とされている。またそれぞれの地域には地方語が存在しており、民族文化保護の観点から第三公用語(地方語)として国から保護されている。
 経済と産業の規模は人口比率にほぼ従っているが、ハワイ、琉球では観光産業以外の産業が貧弱で、サトウキビ、タバコ、漁業が主産業となっている。1970年代からは、琉球王国辺境に当たる尖閣諸島では、年産1000万トン程度の海底油田が採掘されている。

 鉱工業の中心は竜宮本土の中でも本島北部で、鉄、ボーキサイト、チタン、いくつかの重金属系の希少金属、石炭が豊富に産出されるため、自国で消費されるばかりでなく近隣の日本などにも輸出されている。それらの豊富な地下資源を使った重工業が古くから盛んで、地下資源の存在が竜宮を近代国家として発展させたと言われている。ただし、古くから採掘されているため、近年では産出量が減少している地下資源もある。逆に、1960年代から本格的な採掘が始まってチタンは質の高さもあって西側屈指の規模を誇り、竜宮の重要な輸出品目になっている。
 また第二次世界大戦頃から新竜王国の産業が大きく発展し、20世紀半ば以後はアメリカと連動した形で航空宇宙産業の中心地となっている。また新竜王国の地下資源も豊富で、金、銀、鉛、亜鉛、石炭、そして銅が豊富に産出される。近年では、内陸北部山岳地帯の天然ガスが注目を集めている。山岳地帯が主なため木材資源、水資源も豊富で、内陸部の広大な盆地は竜宮随一の穀倉地帯ともなっている。
 そして人口増加が移民と自然増加双方で一番多いのも新竜王国であり、新竜王国の首都である冬霞は1960年代に100万都市となった。21世紀半ばには、総人口と経済面の双方で竜宮本土のとの関係が逆転するという予測もある。一方では、新竜の自主独立が言われる事も徐々に増えている。ただし、分裂や独立を煽っているのが主にアメリカもしくはアメリカの息がかかった移民や勢力のため、現地を含めてアメリカへの反発にもつながっている。この代表的な言葉に、「もし独立しても、自分たちの王を仰ぎ続けるだろう」というものがある。
 なお地下資源という面では、アラスカを外すことはできない。1973年のオイルショック以後は、アラスカ北部の北回廊(ホッカイロウ)で産出される豊富な石油が重要な国家戦略を形成するようになっている。竜宮はここの石油だけで石油自給を達成するばかりか、アメリカ、日本にも輸出する産油国としても頭角を現すことができている。
 域内領域が二番目に広いルキア地域は産業面で最も振るわず、沿岸部での漁業、夏川(レナ川)東岸を中心としたトナカイ放牧、17世紀から続く金の採掘程度しか産業がなく、最も経済的に難しい状態が続いている。人口密度も極端に低い。ただし、開発が難しいが豊富な地下資源の存在が報告されてもいる。
 ただしルキアでは、20世紀半ば以後ソ連との国境線になっている夏川(レナ川)の竜宮側(東岸)などをはじめ各地で豊富な石炭が採掘されるようになり、技術の進歩による採掘量の増大に伴い輸出にすら回さている。その他の地下資源についても、厳しい条件を克服しつつ徐々に開発が進んでおり、21世紀には大きく発展するとも言われている。
 また一方では、1972年に独立したブルネイ王国、ブルネイ共和国との関係も良好であり、両国では石油と天然ガスを多く産出している。しかも独立から十年もすると、独立前よりも竜宮との経済、交流双方で関係が進んでおり、一部では連合王国への復帰すら言われるほど良好な関係を維持している。またブルネイ王家と竜宮王家は、古くからの姻戚関係にもある。
 そして竜宮は、地下資源が豊富な上に先進国として持つべきほとんど全てのものを有しているため、国全体は非常に豊かである。本国が孤立し国内の市場規模が限られているため、企業を中心にして海外進出にも熱心で、アジア地域、アメリカへの進出を早くから行い、様々な障害を乗り越えて次の段階へ進みつつある。また金融産業も、国内でほとんどを賄う体制が維持されている。こうした事から、経済と産業に死角なしと言われる事もある。資源面での弱点は、一部希少金属と国内産出量の少ないウラン資源だが、ウランはアメリカから買うものではないためアメリカの影響力はあまり働かない。アメリカに対して強い意見が言えるのも、アメリカへの経済的従属が小さいからだと言われる事が多い。
 そして豊かさの指標となる一人当たりGNPも高く、西ドイツとの三位争いが1970年代から続いている(※総人口が西ドイツとほぼ同じ)。
 また豊かな国であるため、近隣の日本、アメリカを中心にした国、企業からの注目度も高く、また貿易摩擦を避けるために積極的な貿易関係が結ばれている。しかし1970年代以後アメリカからの輸入が極端に減少しているため、貿易摩擦が慢性的な問題となっていた。竜宮は地下資源、食糧資源共にほとんどが国内自給できるため、アメリカから輸入すべき物産が限られているのに、アメリカは自ら製造業を衰退させたので竜宮からの輸入が増加し続けているためだ。
 一方では日本を始め東アジア諸国からの安価な製品が竜宮の生産業を圧迫しているため、こちらはこちらで竜宮と他の国々との間に問題を生み出している。
 その象徴こそが「OS戦争」だった。



●フェイズ63「現代16・OS戦争」