■インスパイア・ファイル11「超弩級要塞ヤマト」
 ・プロット1「劇場版的始まりからスタート」

 メカニカルな警報が鳴り響く中、巨大な鋼鉄の塊では様々な作業が同時進行で行われていた。今現在最も活発な活動を行っているのは、航空機運用区画だ。
「デルタ1よりスカル1へ、進路クリアー、発進どうぞ」
 日本語をベースとしつつも、各所に英語を取り混ぜた奇妙な会話の中、滑走路からは暴力的な装備を満載した小型戦闘兵器が、巨大な鋼鉄の塊から次々に高熱のフレアを放ちつつ発進していく。
 鋼鉄の塊の名は「ヤマト」。かつて東洋の島国の命運を託され誕生した戦闘兵器と同じ名を引き継いでいる。そして引き継いだのは、名前ばかりでなく戦闘兵器としての用途もそうだった。
 この「ヤマト」は、21世紀末に誕生した巨大な人工構造物で、最大長12,000フィート、総重量は2000万トンに達していた。
 世間一般にはメガフロートや浮体構造物と呼ばれる塊は、幾層にも分かれた巨大な鋼鉄の塊の集合体で、本来与えられた任務と機能は戦闘兵器ではなった。
 この構造物は、21世紀後半に入って採取の始まったメタンハイドレートを効率的に採取する、日本のエネルギー問題を大きく改善させる切り札として登場した移動型の巨大洋上ステーションだ。太平洋の平均4000メートルの海底から個体化したメタンを無尽蔵に採掘し、エネルギーとして日本本土に送り届けるのが主な目的だった。構造物として巨大化したのも、太平洋上で長期の活動を行うためと海底から採掘した大量のメタンを加工・保存するためだ。
 しかし、巨大な利益を生む存在に危険はつき物であり、混沌化したアジアの近隣列強からの挑戦や大規模テロを排除するため、ある程度の軍事力が常に同居するようになっていた。
 しかも「ヤマト」は長期間独自で活動するべく、メタンハイドレート採取機能ばかりでなく、精製施設、工業施設、港湾施設、発電施設、果ては乗員・職員のための大規模な居住区(疑似都市)や水耕プラントを兼ねた緑地帯、そして自己防衛用の軍事施設までも内包した一つのアーコロジーと化していた。その外見は、船や工業施設というより、要塞都市や移動基地といった方が相応しいだろう。
 なお本クラスは史上最大の船として日本列島で複数が建造され、名称には日本を現す言葉が使われている。同型艦には、「ミズホ」、「アキツシマ」、「キビ」、「フソウ」などがあった。
 しかし今現在、「ヤマト」は本来ネットワークを組まれている筈の同型艦に連絡を取ることは出来ず、あまつさえ日本本国との連絡も全く取れない状況にあった。
 しかし、「ヤマト」を運用する数万人の人々に混乱はなく、小型戦闘兵器の発進も日常業務の一つとばかりのスムーズさで進行していた。
 そう、「ヤマト」が今の境遇に追いやれてから、早くも半年の時間が経過しようとしていたのだ……。

 「ヤマト」に乗る人々にとって、突如彼らが放り込まれた境遇は、まったく受け入れがたいものだった。
 何しろ、折からの紛争が激化した末に某国から降り注いだ複数の大型核弾頭が頭上で炸裂したと思ったら、心理的には全くの異世界に飛ばされていたからだ。
 異変の直後、全ての人々が死ぬ直前におかしな白昼夢でも見たのかと考えたが、どうやら頬を抓っても痛いし、足も付いているので幽霊の類にもなっていないらしい。しかも「ヤマト」そのものは、核爆発時の電磁パルスを受けた箇所の電子機器こそいくつかが破損していたが、それ以外は五体満足だった。
 しかし、大きな変化もあった。
 最大の変化は、「ヤマト」以外の外部は全くの別世界、いや別の時代になっていた事だ。
 生き残りの装置から電波を拾うことは出来たが、拾えるは微弱な無線とわずかな短波ラジオ放送だけ。衛星通信も太陽発電衛星からの送電もなし。それどころか、微弱な無線と短波ラジオを解析した「ヤマト」の中枢電算機は、周りの境遇を1942年6月某日の北太平洋上と判定した。
 つまり、複数の核爆発が生み出した莫大なエネルギーによるワームホールに陥った結果、150年近くもタイムスリップしたというのだ。人々が受け入れられないのも当然だろう。

 「ヤマト」の現在位置は、彼らにとっての現代のハワイでの整備と補給を受けたばかりだったので北太平洋上で、タイムスリップ後もほぼ同じ場所と推定できた。時間は動いたが位置は動いていなかったのだ。
 しかし、この頃の主戦線とあいまいに記憶されている南太平洋や欧州から遠く離れている事が分かって安堵した人々に、ハンマーで殴りつけるような衝撃が襲いかかる。
 生き残りの全ての電波、無線情報が、付近海面で多数の小型機が飛行し、大きく二つの勢力の大艦隊が戦闘状態にあると伝えたからだ。しかも折り悪く、数十機の編隊がほぼ頭上を飛行しており、時速数百キロながら急速に接近しつつあるというのだ。それだけならまだ事態解決が可能だったかもしれないが、事態はさらに悪い方向に進む。
 何しろ「ヤマト」は日本国に属する施設であり、施設各所には大きく日の丸が描かれ、そこら中に日の丸の旗もはためいていた。そして、日の丸を確認した未確認編隊が、とまどいを隠せないながらも「ヤマト」に攻撃を開始した。攻撃してきたダークブルーの機体には、白い星がマーキングされている。
 これに対して「ヤマト」各所に設置された自動防空兵器は、電子機器が破壊されなかった生き残りの全てが迎撃に参加する。タイプスリップ前の攻撃に対する、完全自動迎撃命令が生きていた為のミスだった。
 結果、各所に設置された対空ミサイル、レーザー・ファランクス、対空レールガンが、五月雨式に押し寄せた約50機の小型単発レシプロ機全てを極めて短時間で全機撃墜してしまう。
 殲滅されたのは、「ミッドウェー沖海戦」において南雲艦隊に痛撃を与えたマクラスキー少佐率いる急降下爆撃隊だ。
 この時点で、確実に歴史を書き換えてしまった事になるが、未来に属する筈の自分たちには何の変化はなかった。
 つまり、仮に何らかの時空移動があったとしても、同じ時間軸には存在しない可能性がある。もしくは、歴史を書き換えたところで、自分たちが突然消える可能性も低いという事だ。
 目の前の事態に、さらに混乱を深くする人々。
 そこに中央電算機が次なる判定を下す。自分たちが元いた世界に帰るには、同じだけの物理現象を引き起こすか、逆にこの世界に送り込まれた切っ掛けとなる歴史的事象そのものが発生しない状況を作り出すしかない、と。つまり、巨大な核爆発を間近でもう一度起こす危険を冒すか、核爆発を引き起こした張本人である某国を事前に地上から抹殺しろと、新世代のシステムを持つ中央電算機は回答したのだ。
 そして人々は決断する。
 某国を地上から抹殺しようと。
 そうすれば、自分たちの頭上で核爆発が起きたとほぼ同時に、祖国を襲ったであろう史上最大の惨禍も避けることができるかもしれない。それどころか、この世界と自分たちの世界が繋がっているのなら、破滅的な戦争そのものが発生せず、もう少し安穏とした21世紀がもたらされるかもしれない、と。
 だが、決断したからといって、問題がないわけではない。
 なにより、共産主義とそれに連なる勢力を滅ぼすとはいえ、枢軸国を勝利させるような戦争は許せざるものだからだ。悪魔を倒したところで、魔王が残っては元も子もない。
 安易に未来の軍事力と科学力で某国の芽を地上から抹殺してしまうと、自分たちの「日本国」が誕生しない可能性も無視できない。何しろ時間軸が繋がっている可能性もあるのだ。そして、未来の日本人にとって軍国日本は受け入れられるものではない。
 しかも船内には純粋な日本人とは言えない帰化日本人や、外国から出向してきている技術者、軍人なども多く乗船しており、彼らの意見も無視できない。
 短時間での議論の結果、枢軸同盟、共産主義の全てが倒れる方法を模索する事になった。こんな結論が出たところは、21世紀末でも日本人は日本人という事だろう。
 しかし、歴史は既に変化している。自分たちが変化させてしまったものだ。
 その証拠として、すぐ側で行われている日米の決戦は、歴史とは違って日本が勝利しつつある事を伝えていた。微弱な無線電波からは、エンタープライズという名を持つ空母が日本軍の攻撃によって沈みつつある事を伝えていた。
 「ミッドウェー沖海戦」は、歴史上の日本の大敗ではなく、アメリカの大敗へと変化しつつあるのだ。

 一旦は決意した「ヤマト」の人々だったが、物理的な面でも問題は山積みだった。
 確かに、食料、水は自己完結をモットーに作られたメガフロートのおかげで、ある程度の期間の活動は問題なかった。エネルギーの過半も、海底のメタンハイドレートと天然ガス(メタン)発電所の生み出す無尽蔵の電力によって賄える。内包する各種プラントのラインを少しばかり改造すれば、この時代で十分以上に通用する兵器の生産、修理すら可能だ。自己完結したアーコロジー型の居住施設によって、洋上にあったままでも一種の独立世界を維持することすらできる。
 しかも、元いた世界が戦争間近と言われていたため、「ヤマト」に駐留する軍事力は通常より大規模なものとなっていた。
 事態悪化により緊急増設された2基の軍用の固定設置型メガフロート(ARMD1、ARMD2)には、日本本土への輸送任務も兼ねていたため、日米双方の多数の航空隊が配備もしくは乗船していた。他にも対空、対艦戦、対ゲリラ戦を目的とした陸上部隊も多くが「ヤマト」に乗船しており、要塞という以上の機能を持っているほどだ。軍人・軍属の数も、航空隊を中心に2万人に達する。備蓄弾薬も、作戦目的のため豊富だった。
 しかも、送電用のマイクロウェーブ発振装置の出力を危険値まで引き上げれば、戦略的な破壊すら可能な巨大レーザー砲に転用可能だ。
 要するに強固に武装した都市国家が、太平洋上を移動しているようなものなのだ。
 しかし、何かを生産するには原料資源が必要だし、食料や医薬品など補給が全く不要というわけではない。補給した直後とはいえ、5万人の民間人プラス2万人の軍人の全ての生活を長期間維持することは不可能なのだ。
 「ヤマト」が他を頼らず活動できる時間は最大で約2年。最短だと1年程度しかない。
 その短い時間の間に、某国の温床となった共産主義を殲滅して某国発生の芽を摘み、その上で枢軸国側を「歴史通り」敗北に導かねばならないのだ。しかも、全てを成し遂げたからといって、タイムスリップなどという非科学的な現象が再びもたらされるとは限らない。
 だからと言って、このまま座視するワケにもいかない。
 しかも、今この時代に生きる人々の大多数と自分たちが、価値観を共有する事は不可能だ。

 かくして未来人たちは、自らの介入で歴史が変わってしまった歴史をどう修正していくかの議論を始める。最初の議題は、目の前で凱歌を挙げる南雲艦隊を歴史通り殲滅するかどうかだ。既に滅ぼされた米機動部隊はしかたないにしても、これ以上日本軍を勢いづかせては、アメリカがナチスドイツに兵力を振り向けられなくなる恐れがある。
 それは、「ヤマト」に乗る人々の望むところではなかった。

 未来から過去へと飛ばされた人々の、絶望的なまでの戦いの火蓋が切って落とされる。
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 タイムスリップ系の架空戦記では、現代の日本から何かがタイムスリップするのがお約束となっているが、たまには近未来から近過去へのタイムスリップというのも面白いのではないだろうか。
 しかも不本意な方舟に乗った近未来人たちは、彼らの都合により大日本帝国にとっても敵となるのだ。
 個人的には一度腰を据えて取り組んでみたい気もする。
 もっとも、架空戦記というよりはSFの要素が強すぎるかもしれないが。

 なお個人的には、技術格差、文明格差の開きすぎた戦争は、どれ程言い繕おうともレベルの高い側の虐殺・屠殺にしかならないので私の趣味ではなく、どうにも気乗りしないのは否定できない。