長門型戦艦
新造時
同型艦
長門 | 1917年11月就役(第一次改装後1936年10月) |
陸奥 | 1918年7月就役(第一次改装後1937年1月) |
要目(新造時)
項目 | 数値 | 武装 | 数値 |
基準排水量 | 37270t | 主砲 | 45口径41.0cm砲 連装4基 8門 |
全長 | 213.4m | 副砲 | 50口径15.2cm砲 単装20基 20門 |
全幅 | 29.0m | 高射砲 | 50口径 8.8cm砲 単装4基 4門 |
機関出力 | 80000馬力 | 艦載機 | なし |
速力 | 26.5ノット | 水線部装甲 | 305mm |
航続力 | 16ノットで5500浬 | 甲板装甲 | 76mm+70mm |
備考
八八艦隊最初のクラスとして計画建造された。同クラスはジュットランド海戦の結果他のクラスが共に大幅な計画変更を強いられたのに対し、このクラスだけは沈没した扶桑型の代わりに建造が急がれたため八八艦隊中唯一、初期の計画通り建造されている。
伊勢型をタイプシップとしたバランスのとれた高速戦艦だったが、計画通り就役したのがかえって災いし、八八艦隊の他のクラスに比べるとその存在が疑問視されている。特に弾薬投射量において、伊勢型とさして変わらない点はこの艦の意味が小さいと軍令部では見ていた。
このためか16インチ砲戦艦であったが有名な『マジェステック12』からは外れている。
その後、戦雲急を告げる1940年末より、前回の改装が不徹底だったとしてさらに改装工事が施され、太平洋戦争を迎えている。さらに戦後、徹底した改造が施され、新しく就役した戦艦と行動を共にできるようになっている。特に長門は1950年中頃まで現役にあった後、長年の友好国であったタイ海軍に譲与され長く現役を勤めている。
扶桑型系列の最終型に属するだけにその完成度は高く、運用実績も良好で、運用側の将兵からの評判もよかった。また、比叡において実験され有効とされた1930年代以降標準とされた塔型艦橋の最初の装備が行われた為、1920年代の特徴であるパゴタマストとは違った雰囲気を作り出している。
要目(1941年時)
項目 | 数値 | 武装 | 数値 |
基準排水量 | 41500t | 主砲 | 45口径41.0cm砲 連装4基 8門 |
全長 | 221.4m | 副砲 | 50口径15.2cm砲 単装12基 12門 |
全幅 | 35.8m | 高射砲 | 65口径10.0cm砲 連装6基 12門 |
機関出力 | 136000馬力 | 艦載機 | 3機 |
速力 | 29.0ノット | 水線部装甲 | 305mm |
航続力 | 16ノットで10000浬 | 甲板装甲 | 76mm+70mm |