最上型二等巡洋艦
同型艦
最上 | 1935年7月就役 | 鈴谷 | 1935年10月就役 |
三隈 | 1935年8月就役 | 熊野 | 1935年10月就役 |
要目
項目 | 数値 | 武装 | 数値 |
基準排水量 | 13000t | 主砲 | 60口径15.5cm砲 三連装5基 15門 |
全長 | 189.0m | 高射砲 | 50口径12.7cm砲 連装4基 |
全幅 | 19.4m | 魚雷発射管 | 61.0cm 4連装4基 |
機関出力 | 156000馬力 | 艦載機 | 3機 |
速力 | 35.0ノット | 水線部装甲 | 100mm |
航続力 | 18ノットで8000浬 | 甲板装甲 | 35mm |
備考
伝統の偵察用巡洋艦の後継艦。近年の各国の巡洋艦(特に重巡洋艦)の整備が進んでいる状況を鑑み、これを撃破することを目的に強大な攻撃力を付与された大型偵察巡洋艦。
その装備された新型の砲は、単位時間当たりの弾薬投射量は重巡洋艦を凌ぎ極めて有力であったため、本型で採用後、他の多くの艦でも採用され、はては重巡洋艦だった8000トンクラスの青葉、古鷹型の近代改装の際にも搭載されている。しかし重巡洋艦を撃破しうる本型の就役により従来の重巡洋艦の存在意義が薄くなり、これが条約明け以後装甲巡洋艦の復活の呼び水ともなっている。しかし、本型の最大の特徴は軽巡洋艦だったため装備された強大な雷装だった。そのため、本型のことを世界最大の教導駆逐艦と呼ぶ者もいる。
また、この姿こそ妙高型の流れを最も強く受けた姿と言えるだろう。もしくは、本来の妙高型の姿と言えるかも知れない。