■長編小説「煉獄のサイパン」

●あとがき……終戦そして戦後について

「テレビの前の皆様、この歓声をお聞き下さい。ここ南樺太は、1945年の終戦以来アメリカの委任統治領として占領統治を受けて参りましたが、本日午後零時を持ちまして日本に復帰しました。この歓声は、全住民が日本復帰を喜ぶものです!
 今私どもは、今まで日本人として入ることが難しかったかった場所、南樺太随一の都市にして占領統治中は自治政庁が置かれていた豊原市中心部に立っています。現在の豊原市の人口は約30万人。極東米軍の司令部の一つと郊外に巨大な軍用飛行場、駐屯地が置かれた基地の街です。しかし今この場所は、豊原市民を始め南樺太から集まった住民約10万人によって埋め尽くされています。南樺太全体の人口が60万人ほどだと言えば、規模の大きさが分かっていただけるでしょうか。
 また、ご覧の方の中には、東京や大阪などでのベトナム反戦運動並びに反米運動を思い起こさせる方もいらっしゃるかも知れません。自衛軍の撤退問題は、もはや国際問題とすら言えるかも知れません。
 しかし、しかしここでは日本本土復帰を喜ぶ声、日本政府に賛意を叫ぶ声で埋め尽くされています。
 これはひとえに23年にわたるアメリカの占領統治が住民にとって精神的に重荷であったかの現れであり、長らく日本人とは自ら名乗れなかった事への感情の大きさを現しているのでしょう……」
 日本人家屋の平均よりかなり大きな居間に据えられた大型家具のようなテレビからは、その日の正午日本に返還されることになった南樺太と千島列島に関連するニュースが流れている。
 ほんの少し前までベトナム戦争のテト攻勢での損害と政治的影響で日本政府を激しく糾弾していたはずの日本マスコミ集団は、今はオホーツクの領土復帰を祝うお祭りに熱狂している。
 放送局や新聞の中には、政府やアメリカに批判的な記事やニュース、コメントは多い。だが、それでも今は南樺太・千島の本土復帰を祝い、長年復帰交渉を行ってきた日本政府に対する評価で埋め尽くされている。占領を続けてきたアメリカに対する好意的な意見、評価すら見られるほどだった。
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 と言う風なエピローグを、歴史的側面からの「オチ」として最後に付けようかと思っていました。しかし、終戦の時点で小説としては終わっているし、戦記が目的ではないので、結局今回「終章」は置かない事にしました。
 戦記としては、戦争の結果や戦後を書かない事は竜頭蛇尾かもしれませんが、作品内の目的は達成されていると考え、少なくとも本編においては戦後については書かないことにしました。
 なお、あえて終戦前後の混乱を列挙すれば、色々史実とは違ってくるでしょう。史実より早い降伏。ドイツ降伏前の終戦。ソ連の対日不参戦。無条件講話の行く末。極東での米ソの駆け引き。満州占領に関する、アメリカの事実上の抜け駆け。満州問題に絡んだ国共内戦の変化。米ソのベルリン競争など、様々な事件があります。
 戦後すぐも、米軍による日本外地全ての一括占領、米海軍・海兵隊が中心となるによる日本本土進駐、米陸軍が押し掛ける満州情勢、中華大陸での国共内戦、朝鮮半島の独立など事件が目白押しです。冷戦中も、史実同様に米ソの激しいつばぜり合いとなるでしょう。そこに戦後日本もアメリカ側の一員として深く関わってきます。
 こうした戦後については、機会を改めて戦後を描くという点を皆様に予告しつつ、今回は最後にしたいと思います。
(※終戦前後から戦後すぐの情勢については、同人誌版に掲載しています。)

 ああ、あとサイパン壊滅後の戦争の道筋ですが、お分かりの通り物語的要素が強くなっています。
 国体護持が連合国から早期に認められない限り、普通に状況を構築していけば原爆投下まで日本は降伏しないと思います。
 もう、どうにもならないんですよね。


●最後に

 皆様、今回も長のおつき合い誠にありがとうございました。これを持ちまして、週間連載架空小説第二回を終幕させていただきたいと思います。

 さて今回は、史実の大和特攻と東京大空襲をあたりをガジェットとした、「末期戦」をテーマにしました。無論、私の知る限り同じ事を誰もしていないと言うのも、今回の作品を送り出した理由になります。
 とは言え、私自身残虐な描写が苦手なので、オブラートに包んだ末期戦と言えるかもしれません。ですが、「末期戦」を書く以上、一般人の目線からも戦争を見なければならないと考え、破壊と米軍の占領が約束されたサイパン島に登場人物を据えてみました。
 また、「戦闘」ではなく「戦争」に少しでも重点を置きたかったので、今回のような作品になりました。
 作品の内容自体も「架空戦記」としては地味だとは思いますが、手前勝手ながら満足しています。
 一方で、サイパン島戦での万歳突撃やバンザイ・クリフでの悲劇を書かない点は、筆が逃げているのではないかと思われるかも知れません。その点に関する限り、まさにその通りです。私の筆力程度では、到底史実同様のあの場所での悲劇を書くことはできません。
 一方、架空戦記小説としてはかなり不足気味な戦闘描写や登場兵器ですが、特に登場兵器は史実からの逸脱は最小限としました。「末期戦」をテーマとして据え、「戦闘」ではなく「戦争」に重点を置く以上、ガジェットとして必要のない「すーぱー・うぇぽん」を出す気がしなかったからです。ドイツ帰りの潜水艦を最初に出したんだからとおっしゃる方もいるかも知れませんが、不利で貧乏な側はなるべく「知恵」と「勇気」で乗り切らないといけませんからね(笑)
 そうした中で、今回の私のお気に入りは序盤での《伊29潜》と《信濃》の使い方でした。《信濃》なんて、無事就役できた場合の最良の使い方とは思いませんか(笑)

 それでは、また次の作品で会いましょう。
(末期戦ですら娯楽作品に仕立ててしまう、宮崎駿はやっぱり偉大だ(笑))

2008年卯月某日 文責:扶桑かつみ