■日本の周辺諸国
この作品では、日本周辺の事についてあまり触れられていない。 満州に国民党が落ち延びている他は、幾つか軽く触れられている程度だ。 恐らく意図的に触れていないのだと思われるが、ここで少し見ていこう。
まずは作中の触れている項目からだ。
・満州(東北部)に国民党(中華民国)がある。 ・米軍が満州に大部隊を駐留させ、さらに有事の際は増援を送り込む為に日本の九州の佐世保を拠点としている。 ・満州有事の際は、日本の自衛隊もまとまった数の部隊を派遣する。 ・共産中国とソ連は、最低でもベトナム戦争の頃までは良好な関係を維持している。 ・ソ連と満州は国境問題を抱えている。 ・香港は1997年に共産中国に返還されている。 ・東側陣営崩壊の頃に、最後の逃げ場所として北日本に多数のロシア人が資産を持ち出して移民している。 ・北日本崩壊前に、多数の中華系の移民が発生している。 ・共産中国では、21世紀を迎える頃に富裕層が形成されつつある。
・日本(本土)の総人口は1億2000万人。 ・北日本の人口は公称2200万。推定2500万人。
見つけた限りでは、恐らくこの程度になる。 この中で重要なのが、国民党(中華民国)とアメリカ、日本がほぼ間違いなく「安全保障条約」を結んでいる事と、史実と違って共産中国とソ連の友好関係が継続する事だろう。 果たして、北東アジア情勢はどうなっているのだろうか。
西側諸国は中華人民共和国を認めているのか? 中華民国(国民党)は、国連から追放されているのか? 日米など西側諸国と中華人民共和国は国交を開いているのか? 台湾(島)の主権はどこに? 朝鮮半島は・・・まあ、どうでもいいか。
この辺りを国ごとに見ていきたい。
■満州(中華民国=国民党) 前提として、満州国はいつ完全消滅したのか。 国民党(中華民国)が満州に逃亡してくるのが恐らく1951〜53年くらいで、その後の引き渡しの際に正式消滅しているだろう。 お飾り皇帝の溥儀も退位して亡命、といった辺りで歴史の表舞台から退場するのだろう。
そして満州国が無くなり、現地の日本人達が居なくなると、中華民国としての新たな満州の歴史が始まる。 果たして、政治的立ち位置はどうなるだろうか。 史実では、台湾に逃げた中華民国が国連を追放されたのが1971年。アメリカ、ニクソン大統領の訪中が1972年。 そこから半世紀の長きに渡って、国連から独立国と認められていない。今後も難しいだろう。
しかしこの世界では、中華民国が逃げ込んだ満州に米軍の大部隊が共産中国に対して展開し続けている。 史実の台湾とは非常に大きな違いだ。 果たして史実通り、もしくは史実に近いように歴史が動くだろうか?
史実での1970年代の米中接近は、中ソ関係の悪化とアメリカを中心とする西側諸国によるソ連包囲網の強化が主な要因だ。 一方この世界では、極東で最もソ連と国境を接しているのは満州(中華民国)になる。 共産中国も、モンゴルから中央アジアで長く国境を接しているが、人口密度が非常に低く戦略的価値も低い内陸の辺境なので、アメリカ(西側諸国)にとって旨みがない。 しかも1960年代半ばからの「文化大革命」で、国が半ば崩壊した状態だと見られていた。 国力、軍事力、戦略性、全ての点で満州が勝る。
ソ連にとっても、満州近辺の方がずっと重要だ。 作中でも、ソ連と満州の国境問題が取り上げられている。 ソ連を包囲するためにも、この世界のアメリカ(+日本)は、満州に陣取る中華民国の「味方」で有り続けなければいけない。 共産中国に対抗するという点は、少なくとも米ソ冷戦構造崩壊までは、二次的な目的もしくは表向きの理由になってしまう。 米軍が満州にいるのは、ソ連に睨みを効かせるため、もしくはソ連から満州を守るためだ。
なお、在満州米軍の規模は、史実の在極東米軍と日本軍(自衛隊)の即応部隊数からある程度推測できる。 この世界の自衛隊は、佐世保を中心に九州北部に5個師団を即応部隊を待機させている。 陸上自衛隊全体で30個師団保有と紹介されているが、恐らくは師団編成は史実同様のペントミック編成だろう。 そこから、陸自の即応部隊は恐らく5〜6万人と仮定。 米軍の即応部隊は、順当にアメリカ海兵隊の第3師団だろう。 となると満州に布陣している米陸軍部隊は、最低でも1個軍団(2個師団基幹)。加えて、空軍もある程度置いている筈だ。在日米軍が佐世保だけでは、日本に空軍基地を確保できない。 史実の在韓米軍も当初は2個師団いたので、編成的には似ているかもしれない。空軍も史実の在韓、在日米軍を併せた4個航空団くらいが駐留しているだろう。
この戦力は、本来なら直にソ連に向けたいところだろうが、ソ連を刺激しすぎても問題なので、建前も含めて人民解放軍に向いている可能性が高そうだ。 冷戦最盛期には恐らく100万を越える中華民国軍も、少し型オチの米軍装備で溢れかえっている事だろう。 また、この世界の日本なら、アメリカと並んで中華民国(満州)に兵器を売ったり譲ったりしているかもしれない。
一方で、1994年以後の中華民国(満州)軍は、周りの大半が敵なので兵力不足に悩んでいると触れられている。 そしてその補完として、元北日本軍将兵数万名をPMCを介した実質的な外人部隊として雇用している。 ソ連がロシアになって脅威度は減っているが、共産中国の軍事的圧力が強まっていると考えるべきだろう。 また、史実台湾のように少子化が進んで、徴兵できる若者が減っているかもしれない。
それはともかく、中華民国(満州)に米軍が駐留し、日米が有事に即応部隊を送り込む約束を交わしていると言う事は、間違いなく国家同士の軍事同盟(安全保障条約)が存在している。 仮に、日米が満州戦争の影響で「国連軍」だったとしても、史実での台湾と日米の関係のような事はあり得ない。 つまり、国交を絶つ事も国連から追放する事も普通出来ない。
さらに二つの中国は、互いを独立国と認める可能性はゼロだ。絶対にあり得ない。 作中では、2000年に政変があって「満州独立」の話しが持ち上がっていると触れられている。 史実の台湾のオマージュ(1996年の選挙か?)だが、満州が中華民国を止めてしまう事は、「中華世界」の視点から共産中国の認めるところではない。 共産中国としては、相手が中華民国なら国共内戦の延長で、あくまで中国の一部、独立していない連中、不法占拠、内乱が継続中として扱える。 建前では全て「内政問題」でしかない。日米がやっている事も「内政干渉」という扱いだ。
そして中華民国(満州)は共産主義陣営に撃ち込まれた深い楔になるので、アメリカが見捨てる可能性は極めて低い。日本も自らの安全保障に密接に関わるので、積極的に助けるのは当然だ。 史実の大韓民国は「盾」だが、この世界の満州(中華民国)は「矛」だ。しかもかなりでかい「矛」で、ソ連の喉元とは言わないが、かなりの急所に向けられている。 アメリカにとって、冷戦時代の間の満州(中華民国)は必要な武器となる。
だから世界は、当初はそれぞれの陣営の国だけを認め、共産中国は史実より長く国連に加盟できない可能性が高いのではないだろうか。 史実での東西ドイツのように、互いに承認すれば共産中国の国連加盟は叶うが、そうなれば今度は常任理事国の椅子の奪い合いとなるのは間違いない。 だが、このままだと史実の近似値に至れない。
しかし互いに承認しなくても、北朝鮮のように国連や他の国が独立国と認める事例は史実にも存在している。 だから、史実とほぼ同じ時期(1970年前後)に、共産中国の国家承認という流れが存在していても問題はないだろう。 しかし、中華民国(国民党)が常任理事国の椅子を持っていた場合、これを自ら渡すことはあり得ない。 作中で共産中国とソ連の関係が維持され続けていると触れられている以上、アメリカなど西側陣営の国益にも反してしまう。 冷戦時代なら、この点は確実だろう。
共産中国にとって、中華民国(満州)との逆転のチャンスは冷戦崩壊時だが、1990年だと満州の方が依然として国力、軍事力は上回っていると予測できる。 そして不利な共産中国としては、ソ連が崩壊してもロシア人との友好関係は一定程度維持しないといけない。 そうなると、アメリカが中華民国(満州)見捨てる可能性が低いままなので、共産中国は常任理事国になれないだろう。 共産中国の国際政治上での立ち位置は、史実での台湾より少しマシと言ったところだ。 そして恐らく総人口が1億人に達するであろう満州は、中華民国として西側陣営、米ソの同盟国の地位を維持し続けるという流れになるだろう。
作中でも、冷戦崩壊後も21世紀になっても在満米軍と日米軍の即応部隊が存在すると触れられているので、中華民国の地位は冷戦時代と大きく違っていないと考えられる。 また、アメリカと共産中国の関係の悪さも、「満州独立」問題の時に紹介されている。 一方で、ソ連が無くなった分、満州の軍事力を中心とした力が共産中国に向かうので、21世紀初頭でも中華民国優位な状況の可能性が高いだろう。 次に、この地域の安全保障を担保してくれる重要な要素となる国力面だが、少しだけ見ておこう。 史実の満州国の総人口は、終戦時で4400万人程度。内戦で負けた国民党系の人達が、ざっと200万人。 この世界だと、地続きなので大量に流れ込む敗残兵と難民、流民が、丼勘定でプラス1000万人。 さらに朝鮮半島からも、日本に再渡航出来ない筈なので、さらに多くの流民が流れることが予測される。 そこに約半世紀の人口増加を加味すると、21世紀初頭の総人口は最低でも1億人に達する。 開拓と食糧増産が比較的容易なので、多産政策を取る可能性も十分にある。 場合によっては、もっと多い可能性もある。
経済成長の方は、史実台湾のオマージュだと考えると史実日本の10年から20年遅れくらいのペースになる。 社会資本、重工業の基礎は日本がかなり作り上げていたので、史実の台湾と同じかそれ以上に経済発展をする可能性は高い。 そして21世紀初頭に、史実の台湾同様に一人当たりGDPが2万ドルに達した場合、その国力は世界の10位以内になる。 仮に総人口が1億5000万人だったら、米、日、独に次ぐ順位になる可能性すらある。 OECD加盟どころか、サミットに出られるレベルだ。 常任理事国五大国でも、文句を言う国は(一部を除いて)無いだろう。
そして総人口が1億人だとして、史実の同時期(2001年頃)の共産中国の二倍近い数字になる。 (※1990年代以後の史実中国の経済成長は凄まじいので、数年後に並びそして上回る数字になってしまうが。) 全ては仮説の上だが、1980年代、90年代の北東アジアで大きな存在感を発揮できる可能性は非常に高いだろう。 最後に軍備だが、ほぼ確実に自力で核兵器の開発をしているだろう。 それが可能なだけの国力を有しているし、原爆開発のハードルは工業国になっていればそれほど高くはない。 アメリカが見捨てる可能性もゼロではないし、最悪共産中国とソ連に自力で対向する事を考えないといけない地理環境なので、アメリカが何を言っても開発を強行するだろう。 保有時期は1970年代くらいだろうか。
通常軍備は、海軍を沿岸警備隊程度に抑え、陸軍と空軍に集中すればいい。 また、在満米軍と日本からの援軍が期待できるので、基本的には全国境線での防衛だけを考えていればいい。 経済発展するまでは、陸軍は張り付け前提の歩兵中心で、徐々に機械化を進めていくだろう。 空軍は、防空目的の戦闘機中心になるだろう。地上支援は空中戦もできる戦闘攻撃機だけで、純粋な攻撃機、爆撃機を持つ余裕は無いだろう。 何しろソ連が崩壊するまで、ソ連と共産中国の二つの敵にほとんど国の周囲を囲まれている。 冷戦崩壊後はロシア向けの軍備を大幅に減らし、徐々に国力を増している共産中国にシフト。 互いに大戦力を、万里の長城を挟んで向け合っているのではないだろうか。
■共産中国(中華人民共和国)
単に満州が自国領に含まれず、それどころか満州に中華民国が存在している。そして日米の援軍が満州側に必要なほど対立している。 しかし、史実との違いはそれだけだろうか。 順に見ていこう。
一見、史実との違いは、史実の数年遅れで建国(1952年か53年)し、満州を領有できていない点だ。 そして北京のすぐ向こう側が敵地になるので、首都が北京ではなく南京になっている。(※首都じゃないので「北平」のままかもしれない) その後1997年には香港が英国から返還され、2000年頃には富裕層が誕生しつつある事が示されている。 また、ベトナム戦争の後に、ベトナムにちょっかいを出して負けている。(史実の「中越紛争」か?) あと、1980年代後半から1994年にかけて、一部労働者が北日本に来ている。そして恐らく数百万人の富裕層が、抱えられるだけの資産を抱えて国外脱出を果たし、北日本に移住(逃亡?)している。
作品中で紹介されているのはこの程度だろう。 他に何が違うだろうか。 主要言語が、北京語ではなく上海語になっていたりするのだろうか。 大きいのは、やはり経済面だろう。
第二次世界大戦前、中国の近代産業、近代資産の90%は満州と台湾、つまり日本の統治下にあった。 日本人が、せっせと作り上げたからだ。 そして、それぞれの地域のまともな資本主義を経験した住民も、共産中国が取り込めないという悪条件も重なるので、経済発展は史実より確実に遅れる。 少なくともスタートラインは、史実よりかなり悪い状態だ。
さらに、満州の日本資産を分捕れないので、共産党は史実よりかなり貧乏からのスタートとなる。 (※史実の中国共産党は、建国当初から金持ち政党。) そして金が無いと言う事は、各地で大きな勢力を持つ地方軍閥に対するアドバンテージが小さくなる。 日本勢力下だった蒙古自治連合を取り返せていたら、阿片の製造・販売で多少は潤うくらいだろう。
その上で、史実同様の無茶苦茶な経済政策と無軌道な多産政策、そして破滅的な政治闘争を行うのは変わらないだろう。 毛沢東が独裁者として君臨する限り、状況が多少史実と違っていても否定する要因が見あたらない。 満州の存在が、史実の台湾と比較にならないくらい重圧だという状況であっても、基本内向きの政策なのでしないという選択肢がない。 それどころか、史実より派手に(酷く)なる可能性が十分にある。
しかも、政治闘争(文化大革命)がピークに達して国が荒廃した頃は、満州(中華民国)が統一のチャンスと見て戦争を吹っ掛ける可能性すらある。 それが無かったとしても、満州(中華民国)に史実台湾と違って国力があるから、互いに史実より激しく対立する可能性が高く、政治的不安定さはさらに増しているだろう。 第一の仮想敵が史実より遙かに大きい上に地続きなので、軍事の負担も史実の比ではない筈だ。 作中では、首都が満州に近い北京ではなく南京にある事で現されている。
毛沢東が死んでトウ小平が改革開放政策(※史実では1978年から。=社会主義市場経済)に舵を切るまで、史実以上のどん底状態を乱高下する可能性が高そうだ。 建国が史実より数年遅く、毛沢東時代の「大躍進政策」と「文化大革命」、さらに多産政策を否定する要因が殆ど無い。 その上、満州に大きな敵を抱えている。 アメリカと日本も満州側で敵対国だ。
スタートラインの国力、経済力がかなり劣るので、核兵器(原爆)の開発も史実の1964年より遅れるだろう。 最低でも建国が遅れた年月(4年)は、後ろにずれている筈だ。 作中でも、北日本崩壊時に共産中国に流れ込んだ核技術者によって技術が大きく向上したと、核兵器は保有しているが技術が低い点に触れられている。 人口1000万の国に、人口10億の国が技術で負けているのだから、かなり悪い状態なのではないだろうか。 どちらもソ連と友好関係を維持していることも含めると、相当経済状態、国力が芳しくないとも受け取れる。 (※北日本に、ソ連崩壊時に大量のソ連の技術者が渡った可能性もあるので一概には言えない。)
それでも1978年以後の経済の改革解放で、経済と国力が上向く点は間違いない。トウ小平の政策と外交、そして何より内政面での政治力がチート級に優れているのは勿論だが、世界全体がグローバル化の端緒として、安価な労働力を世界に求める時代に入っていくからだ。 満州の方が、アジアNIESとして先に経済発展するだろうが、共産中国も遅れてだが発展していくだろう。 (※トウ小平は20世紀後半の中国で最強チート。習近平までの歴代為政者を、遺言で全員指名していたとすら言われる。どこの孔明だ?)
ただし、どれだけ楽観的に想定しても、史実ほど発展は出来ると考えられない。 なぜなら、本節内の「■満州(中華民国)」で先述したように、共産中国はアメリカを始めとした西側、自由主義陣営の敵の一つであり続ける。 そして特に、日米は共産中国の「敵」となる。
改革解放後は、経済的には西側諸国も徐々に進出するだろうが、西側諸国が借款や援助をするハードルが史実より数段高くなっている。 特に満州と安全保障関係(=軍事同盟)を結んでいる筈の日米は、自分の軍事負担、外交負担が高まる事は出来る限りしたくないし、企業にもさせないだろう。 特に米ソ冷戦時代は非常に厳しい。 COCOM(共産圏への輸出規制)にも、共産中国は引っかかり続けるだろう。
日米が共産中国に経済進出するには、最低でも東西冷戦の終結を待たなければならない。 また、史実で日本が賠償金代わりに膨大な額を献上したODA(円借款、技術協力など)も、史実での朝鮮半島の事実上の賠償問題のように、片方の中華民国(満州)に全て流れ込んで終わりという可能性も十分にある。 少なくとも冷戦構造崩壊まで鐚一文払えない。 そのうえ共産中国は、建国後すぐに使える近代産業と地下資源がある満州を持っていない。 (※満州抜きでも中国はかなりの資源大国だが、それ以上に人口が多すぎる。) そして先述したように共産党が史実より貧乏なので、中央の統制力も弱い。
以上、史実と比べるとマイナス要因だらけだ。 プラスは、ソ連との関係が維持される事くらいだろうか。
そして1990年代でも経済が史実より低迷している推論となる作中の表現として、北日本に流れ込む中国系移民(流民)の存在がある。 冷戦が崩壊に向かっていた時期に、北日本に400万人以上流れ込んでいる。把握できていない数を含めると、最大で560万人。餓死者を含めると600万人に達する可能性がある。 600万という数字は、当時の香港の総人口に相当する。 香港からの脱出者だけでないのは確実だ。
なお、史実の香港の返還前の脱出者は約50万人。しかも返還後にかなりが香港に戻っている。 逃げ出した先も日本ではなく、アメリカ、カナダ、オージーだ。 しかもイギリス籍を持つ人は300万人居たと言う。
この世界で香港から北日本の大量脱出者が出ているのなら、共産中国に返還される事を香港市民の多くが相当恐れていた事になる。 しかし作中での香港の様子から、史実と違わない様子がうかがえる。
北日本への移民者は、日本国籍欲しさに移住したと表現されているが、どこから流れてきたにせよ、別の事情を抱えた共産中国の人々と考えざるを得ない。 香港や華僑との関係は、彼らが根無し草になる事と、脱出時に香港を経由したなどの繋がりと解釈すれば良いのではないだろうか。 作品中では、旧北日本内で使われている言葉が広東語なのも、幅を利かせているのが香港系と華僑だからなのだと考えれば辻褄も合いそうだ。 もしくは表向きは香港人なので、表示板の表記が広東語なのかもしれない。 また、日本国籍欲しさで脱出したのなら、共産中国と北日本に移民した人々の関係はかなり悪いのではないだろうか。
ここからは、北日本に流れた中華系の大半が共産中国出身との仮定しての考察だが、共産中国から大量の事実上の海外逃亡が出るという事は、少なくとも冷戦崩壊前後の共産中国の経済が思わしくない証になる。 何しろ経済的な勝ち組が逃げ出しているのだ。 もしくは、経済以外の理由で脱出したのかもしれない。 史実での「六四天安門事件」(史実は1989年)のような民主化要求とそれに対する弾圧と、諸外国の強い経済制裁があったのかもしれない。
一方では、共産中国の発展が史実より遅れるのに対して、人口規模的に史実の台湾の5倍ほどある筈の満州が先に発展している。 この結果、中華世界及び世界経済の規模自体は、我々の世界と大差ないと言うのが、20世紀末から21世紀初頭での中華情勢の経済面での結果となるのではないだろうか。
では、21世紀前半の共産中国の発展はあるのか? これは「ある」と考えて問題ない筈だ。 トウ小平の社会主義市場経済、改革解放路線は、西側世界にとってそれだけ魅力がある。
作中でも、史実と同じ1997年に香港が返還されているので、共産中国の国際的な存在感は十分高まっていると見て良いだろう。 21世紀に入る頃には、富裕層が形成されつつある事も触れられている。 そして何より、満州抜きでも12億(2003年時点)の人口を抱えている。 史実より少し遅れるだろうが、経済発展、国力拡大自体を否定する要素は少ない。
ただし、今まで進めてきた考察と仮説に従うと、史実ほど先行きが明るいとは言い難い。 経済発展速度も史実を下回っているだろう。 毛沢東の無計画な多産政策とその後の所謂「一人っ子政策」をしていれば、人口推移も史実と同じ状態になるので、発展が遅れた分だけ人口ボーナスの恩恵を受ける事が出来ない。 建国時のスタートラインも確実に悪い筈なので、それも後々まで大きく影響し続けるだろう。 しかも、史実の台湾とは比較にならない規模の中華民国が満州に存在しているので、軍事負担が大きくなる。 満州が大きい事、地続きな事は、内政不安にも少なからず影響するだろう。 日本、アメリカとの関係が史実より悪い事も、影響し続けるだろう。
少なくとも、史実の2010年代のような大きな隆盛、発展には至れない可能性は非常に高いと言わざるを得ない。 丼勘定だが、21世紀初頭の段階で史実より10年以上の経済発展の遅れとなるだろう。 ただ、共産中国の発展が遅れると、2008年の世界金融危機後に大規模公共投資で世界経済の牽引する事が無理になってしまう。
■台湾
台湾については、作品内で一言も触れられていない。 どこに属しているのかすら不明で、日本の総人口の中に含まれていない事が分かるのみだ。 「敗戦」で放棄が決まり、その後満州同様に帰属を決める話が行われた後、日本の手から離れたと考えるべきだろうか。 しかし満州に逃げ込んだ国民党(中華民国)では、維持できる可能性が非常に低い。 東アジアのシーレーンの要の一つなので、アメリカが共産中国(東側陣営)に明け渡すとも考えられない。 米軍の占領統治が一番無難であり、可能性が高いだろう。 史実での沖縄に近い立ち位置と考えれば分かりやすいだろうし、沖縄と同じ流れなら1972年に独立となるのではないだろうか。 しかし、自主独立だと国民党(中華民国)が文句を言うのは確実なので、名目上だけ自治州程度に落ち着かせるかもしれない。 もちろんだが、中華民国の自治州としてだ。 そして日米と安全保障条約を結び、台湾内に少しでも米軍が駐留しておけば、共産中国は軍事力を大幅に拡張するまで軍事的には何も出来ない。
また国力や人口その他は、内戦後に流れ込む国民党とその関係者が満州に向かうので、その分低くなる。 世界中の華僑も満州に力を注ぐだろうから、自ずと台湾の経済発展も遅くなる筈だ。 単純に人口は最大でも史実の70%程度で、国力は史実よりかなり低い可能性が高いだろう。
■朝鮮半島(大韓民国?)
朝鮮半島情勢については、作品内で一言も触れられていない。 国名すら定かではない。
この世界の北東アジア情勢から見れば、軍事独裁だろうと日本と断交していようと、西側陣営なら日米にとって文句はない。 朝鮮半島に最も求められるのは、満州と日本の通路としての役割で、次に満州の後背地だ。 だから間違っても赤化させてはいけない。 一方で、史実のように分断国家になる可能性はゼロに近く、ほぼ確実に半島丸ごとで統一国家だろう。 その他の多くの事は「■戦後の日本の領土」で触れているので、ここでは割愛する。
内政面だが、北朝鮮は存在せず統一国家の筈だ。そうなると、国内を左派工作する勢力は小さいか、弾圧されて存在しない事になる。 外敵は、ごく僅かに国境を接するソ連と黄海の向こうの海空軍力に乏しい共産中国なので、軍備にあまり金を掛ける必要もない。 軍人の権威、権力は小さく、官僚が強いか、政治家の独裁傾向が強くなるのではないだろうか。 また、国内左派の跳梁を阻止し、独裁体制を強めるため、警察権力が強い可能性がある。
そして国内の情景だが、朝鮮戦争に当たる戦争は起きないので、戦前に日本が作った諸々が維持されているから、この点では史実よりずっと状態は良い。 何より民族分断していない。 当然頭数も多く、半島内のリソースも有効に使える。 一見良いことづくめだ。
だが、史実のように経済発展するかについては、かなり厳しいと考えざるを得ない。 日本とアメリカは、朝鮮半島よりも満州を大切にするのは確実だ。在韓米軍もいない筈なので、アメリカとの関係も希薄になる。 そして李承晩が権力を握っている限り、日本との友好関係はあり得ない。
一方で、日本にとっての第二次世界大戦の終盤が、史実と違いすぎている。 朝鮮半島を含めた近隣に対する日本の態度が大きく違うのは確実で、朝鮮半島に対する罪悪感なども相当低くなるだろう。 対して、朝鮮半島内の日本資産の無償引き渡しを、朝鮮半島の国家は一方的に求める可能性が非常に高い。 そして動かせない資産で相手が何も支払う気がないのだから、日本としては対処のしようがない。 恐らく、国連(=連合軍)の仲介で無償譲渡という形で終わるだろうが、諸々が穏便にかつ理性的に話しが進む可能性は非常に低いだろう。 加えて、李承晩が朝鮮半島内の日本人を早々に追い出すのも確実だろうし、資産持ち出しは可能な限り邪魔してくるだろう。
だがそうなれば、この世界の日本は少なくとも朝鮮半島の国家に対して、借款などの事実上の賠償金は支払わないのではないだろうか。 何しろタダでくれてやる資産価値だけで、賠償金の価値をはるかに上回ってしまう。 日本人の感情と態度も、戦争への罪悪感が低い分だけ朝鮮半島に対して悪くなる。 日本本土も史実のような混乱と占領統治がないので、在日朝鮮人の日本での影響力も史実と比べるとかなり低い筈だ。
そしてその後も、日本の手取り足取りの支援と援助がなければ、朝鮮半島の発展度合いは大きく変化する。しかも大きな下方修正で。 何しろ日本から金も技術も貰えなくなる。 アメリカも朝鮮より満州の維持を優先し、あまり相手にしないだろう。
そして作中のアジア通貨危機では、韓国(もしくは別の名の朝鮮半島国家)の名前が挙がっていない。著者があえて名前を出すことを避けたのかもしれないが、金融危機すら迎えられない程度の経済力しかないとも取れてしまう。 だが、日本の電気メーカーが将来家電で総崩れになると触れられているので、史実のように朝鮮半島も発展しているのかも知れない。
一方で、史実の北朝鮮並みの酷い経済状態という事はないだろうし、朝鮮戦争での荒廃がないから史実の韓国の一時期(世界最貧国待遇)ほど酷いことはないだろう。 だがやはり、史実ほど発展していないというのが、この考察を進めている時点での結論だ。