■戦後世界、戦後日本

 果たしてこの世界の日本は、表面上同じに見えて何が史実と違っているのだろうか。
 まずは違いをおさらいしよう。

 
・太平洋戦争(大東亜戦争)は、1944年10月に終戦。
・日本は「降伏」であって「無条件降伏」ではない。
・日本は戦争終盤に枢軸陣営を離れて連合軍に参加。
・日本はGHQ(=連合軍)の占領統治を受けていない。
・日本は殆どの海外領土を放棄。
・極東国際軍事裁判、もしくはそれに類する(事後法による)軍事裁判が行われていない。
・史実戦後の改革の一部が行われていない。
・華族、財閥が存続。
・連合軍の軍事裁判を警戒して、華族には不逮捕特権が追加されている。
・枢密院は拡大する形で残るが、貴族院は参議院に変化。
・国家神道は、連合軍の手によって廃止。
・「統帥権」問題は、陸海軍を解体して、新たに設立した警察予備隊(自衛隊)を内閣の下に組み込む事でクリア。
・陸海軍は1950年頃に解体。新たに自衛隊が設立されて合流。
 さらに兵部省を新たに設立?(陸海軍省は解体)。
・内務省は解体。
・警察(警察庁)は内閣府管轄。
・戦前の日本が領有していた場所のその後が大きく異なる。

・1953年、樺太島に北日本民主主義人民共和国(=北日本)が成立し、そして1994年に崩壊して日本に併合。
 
 
 以上がこの考察の最初の方で取り上げた史実との違いだ。
 しかしこれだけではない。
 変化によって他にも史実と違っている面があるので、もう少し挙げてみよう。
 まずは見た目の景色から。
 
 
・米軍による日本本土空襲が殆ど行われていないので、都市部の建造物や資産が無傷。加えて、港や海峡も機雷封鎖されていない。
・老朽化していた工場が空襲で破壊されずに残っている。
・都市部の古い建物が数多く残るので、世界遺産に登録される城跡などが複数増えている可能性が高い。(※名古屋城や廣島城など)
・逆に都市が空襲で更地になっていないので、戦後の大胆な都市開発が難しい。
・一方で、戦後すぐの都市部の焼け跡のバラックの街も出現していない。
・主に不法占拠による都市部の主要駅周辺、繁華街の小さすぎる店舗住宅の区割りも成立しない。
 
 
 そして景色以上の変化として、都市無差別爆撃がないと史実戦後の東京一極集中が史実ほど進まない可能性が出てくる。少なくとも、遅れる可能性がある。
 なぜなら戦前の政府は、大阪を商都として扱うなど国家全体の発展と危険分散の為に東京一極集中は避けていた。
 空襲で街が破壊されないので、この流れはある程度であっても維持される筈だ。
 史実では、戦中の総力戦体制の強化と空襲で街が焼けてしまった事が、首都一極集中を促進させた。
 そして本作品内でも、史実同様に東京一極集中が進んでいった事が触れられている。
 何故だろうか。
 
 東京一極集中は、確かに戦時中にも進められた。この流れが戦後も継続したと考えるのが一番妥当だろう。
 加えて、戦後から満州戦争にかけての国内の混乱は、理由の一つとなるだろう。通貨(円)の価値が実質100分の1に下落したら、思うところも多いだろう。
 他には、破壊されなかった都市の再開発が、東京中心に行われたと考えれば良いかもしれない。
 また戦後の政府の方針として、集中することで経済発展を行うという史実と似た動きがあった可能性は高い。

 そして史実での最大の要因として、戦後の交通インフラの発達と情報通信技術の大幅な向上がある。
 この世界でも、結局は技術の波に乗ったのだろう。


 ■史実と違う地方 

 史実と違う地方行政区の一つに、千島列島がある。
 作中では「千島県」とされている。(※一瞬、千葉県と読み違えたのは内緒である。)
 地域の広さは十分以上だが、人口希薄な地域なので、一つの県にするには問題があるだろう。
 なにしろ、史実のソ連領は2万人以下。戦前の日本領時代も同程度で、どちらも大半が無人島だ。
 しかし、戦後すぐの南樺太とセットの扱いだったとしたら、日本政府としては千島を北海道にはくっつけずに、一つの単位とする事に意味が出てくる。
 日本政府としては、北日本のある南樺太も千島県の一部とでも解釈できるからだ。
 広いが人のいない地域が「県」なのは、そうした政治的な背景があるのではないだろうか。

 なお、自然が非常に厳しく経済的には漁業資源が豊富な事くらいしか産業がないので、戦後に人口が増えるどころか過疎化が進む可能性が高い。
 日本全体としては、豊富な海の幸が史実以上に日本の食卓にもたらされるのが、違いと言えば違いくらいだ。
 加えて、北海道東部の防衛がはるか北に移るので、軍事的、政治的安定度が高まる。

 ただし、合わせても「町」レベルの人口から国会議員が選出されてしまうと、一票の格差どころではなくなってしまうので、国政選挙は北海道とセットだろう。
 しかしそれでも「県」なので、人口が少な過ぎるから一人当たり地方交付税も高額になるなど恩恵も多いだろうし、歪な状態も多いことだろう。
 政府もそうした優遇で、千島に人を呼び込もうとするのではないだろうか。

 また、史実と違うであろう場所に沖縄(本島)がある。
 史実では激戦地となって多くの犠牲が出た。
 史実の戦後は、沖縄だけでなく日本の南の島々は長らくアメリカの占領統治を受けた。沖縄返還は1972年だ。
 今現在も島の多くの場所が、米軍基地として使われている。

 だがこの世界では、戦場がそれらの地域に及ぶ前に戦争が終わった。だからアメリカ軍が攻めてくる事も、その後に居座る事もない。
 ごく普通に、日本の辺境の一部としての歴史を歩むだろう。
 そして米軍の「ベース」がないので、沖縄本島は史実とは異なっている筈だ。
 スパムを使った料理やタコライスもないだろう。
 観光地としてある程度の注目は集めるだろうが、それ以外の産業に乏しい場所として過ごすことになる可能性が高そうだ。(※米軍基地の土地代も入らないし、政府からの膨大な地方交付金もないだろう。)
 ついでに言えば、冷戦崩壊後すぐに左巻きな人達が多数移住するスケジュールが変わってくる可能性が高い。彼らが沖縄移住を進めるのは、恐らく1990年代ではなく2000年代からだ。(敢えて理由は言わないが。)
 逆に、国策のサトウキビ栽培(しかも国の手厚い保護付き)以外に産業に乏しい為、沖縄からの人の流出が非常に多くなるかもしれない。
 沖縄本島にロケット打ち上げの大きな宇宙基地が出来れば多少は沖縄経済に貢献するだろうが、種子島を見る限りは余程大規模でない限り望み薄かもしれない。
(この世界の宇宙開発は、『征途』に近いところがあるのだろうか?)

 また奄美大島や小笠原諸島なども、史実ではアメリカの占領統治を長らく受けていた。この世界ではそう言った事はないだろう。
 だが他の点で史実と違うという事はないだろう。

 ■日本人の精神面

 多くの日本人にとって、戦争が破滅的になる前に両手をあげ、しかも戦国時代の降将のような立ち位置ながら、勝ち馬に乗った形で戦争が終わっている。
 史実のイタリアと違い連合軍として派兵、戦闘までしているので、国連加盟の為だけに宣戦布告する国より扱いは上になる筈だ。
 戦争を仕掛けた側だが、血を流して戦った事を無視したら国際政治上での問題になりかねない。
 かといって正式に戦勝国には入れず、枢軸陣営で敗戦国の扱いだろう。

 また、史実と違い連合軍(GHQ)の占領統治がない。
 それでも、日本の「民主化」と「軍国主義者の追放」などの為、多少の連合軍は東京などに乗り込んで来るだろうが、武器を持った軍隊はいない筈だ。
 しかし作中を見る限り、どうも満州戦争中にアメリカが日本に色々させている様子がうかがえる。だが、「降伏」から戦後すぐにかけてしないと、したくても出来ない改革もある。
 これは、日本が「降伏」後もごねまくるが満州戦争でどうにもならなくなって、アメリカがようやくねじ伏せたと見るべきだろうか。

 一方では、連合軍の求める日本の「民主化」というお題目の一環で、共産主義者などの政治犯が釈放されている筈だ。
 その結果、日本国内のインテリ層とマスコミ業界で左派が大きく勢力拡大を行うという、史実と似た情景が生まれるだろう。労働組合などの組織も、政治の自由化や民主化のお題目の下で拡大するだろう。
 日本の政治の民主化自体も、連合軍の指導や要請で大幅に進められる筈だ。
 その結果が、「立憲政友党」だ。

 立憲政友党は、史実の自由民主党(自民党)に当たる政党で、自民党は自由党と民主党、戦前の政友会と立憲民政党が合流して出来た政党だ。
 どちらも基本的に保守に属し、その保守陣営が大同団結しなければならないほど、左翼政党、左派勢力が拡大していることを示している。
 この世界も史実とほぼ同じだと端的に示すガジェットだが、見えないところで違いが多いと考えられる。

 何より、日本国民全般の心理面として、戦争に対する罪悪感、忌避感が小さいのは確実だ。
 何故なら、連合軍(GHQ)の占領統治がないから、日本人への罪の意識の刷り込みが行われない。(=戦争責任の刷り込み。)
 また多くの日本人にとっての戦争自体が、沖縄の戦い、カミカゼ特攻隊と言った悲惨な事が少ない。
 大規模な本土空襲や原爆投下もない。
 日本人全体にとっての戦争の殆どは、日本の外で行われ、そして終わってしまっている。
 史実世界で当たり前の夏の光景はかなり地味な筈だ。
 欧州戦線を含めた終戦は8月なので、終戦記念日があるくらいだろう。

 しかし、100万人近い戦死者、戦没者を出した戦争が悲劇なのは変わりないので、相応のマイナス感情はあるだろう。
 何より「降伏」による敗戦であり、日本近代史上初の敗北だ。
 それでも、史実のような自虐にまでは至らない筈だ。
 そして日本人全体が史実のような決定的な敗戦で意気消沈しないのだから、日本を貶めようとする左派への反発が非常に大きくなるのは間違いないだろう。

 一方で、ソ連と北日本の政治工作、浸透工作の形で、旧日本軍や大日本帝国の線から貶めようとするだろう。
 だがこれでも、史実と違って個々の日本人の表立っての反発が強いだろうし、北日本の工作に対しては日本政府自体が強い行動に出る筈だ。
 社会主義国家という以前に国体護持を揺るがす存在なので、西側国家として以上に日本として許してはいけないからだ。
 この世界での日本は、94年に電撃的に北日本に軍隊(自衛隊)で乗り込んで併合してしまう。北日本内での動きに連動しての事だが、北日本が出来てから常に潰す機会を狙っていたと考えるべきだろう。
 それくらい北日本の存在を疎んでいた筈だ。
(日本史で考えれば殺意MAX で当然だ。)

 それに北日本が出来た事自体が、日本国内の左派にとってマイナスもある。
 分断国家の西側の国なら、普通なら共産党及び共産主義者の活動を非合法にするからだ。
 戦後に一度共産党が成立するであろうこの世界の日本でも、史実と違い戦前の色をかなり残したままの日本政府なので、史実のように監視だけという緩すぎる事もないだろうし、スパイ活動防止法なども相応に作られる筈だ。
 連合軍の強い指導があり、特高、治安維持法などが無くなったとしても、強い措置をしなければ分断国家ではない。ましてや、地域覇権国家とは言えない。
 だから日本国内の共産主義者は、合法的に存続、活動出来たとしても、史実より肩身は狭いだろう。
 共産主義者、社会主義者は、史実での西側諸国の事例を見る限り個人としても一部の職種に就けない可能性も十分にある。
(作中を見る限り、この辺が全然史実と同じっぽいのが、「覇権国家(笑)」に思えてしまう。覇権を目指すのに、流石に史実と同じでは緩すぎるでしょう。)

 なお多少余談だが、極東軍事裁判がないので「戦犯」がいない事になる。ドイツでは連合軍による軍事裁判が行われるが、日本では言葉すら生まれないかもしれない。
 近い事があったとしても、本当の意味での戦争犯罪者を裁くだけになっているだろう。それも、イタリアのように日本人が裁いている可能性が高い。(※国際法上で、他国人が裁くと問題ありありになってしまう。)
 当然だが、九段の某神社が特定の国から非難される可能性も非常に低いだろう。仮に何か言われても、日本政府がマジギレする筈だ。
 それ以外の「歴史問題」も史実より低調だろうが、国内左翼が拡大しているので皆無にもならないだろう。
 教科書問題などでも、この世界でも某新聞社は似たような事をしているかもしれない。

 ■戦後すぐの経済

 次は戦後すぐの経済面。
 何より財閥解体が行われていない。
 他でも触れているのでこれ以上書くことも少ないが、幾つか見てみよう。

 この世界は本土空襲を殆ど受けていない。
 このため日本の都市部には、既に老朽化した工場、工作機械が残されている。
 そして残っている以上、使おうとするのが人情だ。特に日本人なら尚更だろう。
 一方史実では、工場ごと無くなったので最新設備を買わねばならず、これが国際競争力を高めさせ、高度経済成長を大きく助長させた要因の一つとなっている。
 果たして町が焼けてないこの世界で、史実のような革新的な事は起きるのだろうか。
 作品内の情景を見渡す限り史実とほぼ同じとしか感じられないので、どこかで大幅な革新があった筈だ。
 もっとも、戦前の日本の工場、機械のかなりが古かったり精度が低かったりと良い事が少ないので、経済発展を始める満州戦争辺りから一気に更新が進んだと解釈すれば良いだろう。

 次に、軍備制限が史実より緩ければ、「航空機禁止令」が無くなる可能性は高い。そうであれば、戦前の飛行機会社がそのまま存続し、国産航空機の開発も行われる。
 とは言え、作品内で「財閥」以外に変化を見ることがない。富士やSUBARUっぽい会社名も見かけない。中島飛行機はどうなったのだろう。
 この点は、史実の英国など欧州の国々がそうだったように、作品内の時間までに飛行機製造会社の多くが規模を縮小しているか、消えてしまっているからかもしれない。
 それでも、欧州のエアバス社のようなものは無理だろうが、ある程度は中小型機は国産の旅客機が飛んでいるかもしれない。
 自力開発した旅客機が、双発のレシプロ機1種類だけという事はないだろう。とはいえ、ボーイング、エアバスには歯が立たないのも確かだろう。

 次に農業だが、政府が左派の温床となる小作農に怯えていたと表現されているなど、「農地改革」がされていない。作品内では、他でも触れられている。
 占領軍が来ていないのだから当然だ。
 というのも占領軍の農地改革は、日本の本当の意味での「土豪」と言える地主層、つまり農村の伝統階層を解体して叩き潰す事にあった。もちろん、日本の力を弱めるためだ。
 だから、占領軍の来ない日本で農地改革される可能性は殆どない。
(※共産主義革命でも起きれば話しは別だが。)

 そして小作農の一部は北日本に流れ、多くは日本の発展に伴って農村を去って都市と工場へと流れていく。
 そうして農村に残されるのは、自作農と名主、庄屋などの地主達だ。
 この世界の日本は、史実と比べると大規模経営の農家が比率、規模共に大きくなる筈だ。そうなると、食糧自給率が史実より多少高い可能性がある。
 自作農や名主、庄屋は、単に農業従事者というだけでなく経営者でもあるからだ。それが、小作農との決定的と言える違いだ。
 農協は存在しているようだが、小作農から転向した自作農が少なく地主層が残っていれば、史実とは少し違った面を持つ組織になるだろう。
 少なくとも地主層の影響力が強い筈で、史実と違い企業化の妨げにはならない可能性が高い筈だ。
 一時期以後は、農業の企業化も進んでいる事だろう。

 また、都市近郊の地主達は、高度経済成長の住宅地の拡大の時期、さらにはバブル経済の時期に相当儲けているかもしれない。
 逆に先祖伝来の土地と考え、容易に用地買収に応じないかも知れない。

 ■軍事と兵器輸出

 次は軍事に関する事を見てみよう。
 私の第一印象は、「ポチ(自衛隊)と言う名のドーベルマン(アメリカの番犬)」だ。

 戦後からしばらくは、連合軍から厳しい軍備制限を受けるだろう。有力な軍艦などの兵器も、幾らかは賠償で差し出さないといけない筈だ。
 措置としては、イタリアより厳しくなるだろう。
 しかし状況は満州戦争で一変し、満州戦争以後の日本は経済発展面では史実をなぞるが、史実と違う点が一つある。

 国防費、防衛予算だ。

 作中ではGDP2%と触れられている。
 史実で1%目安になったのが、1960年くらいから。だがこの世界の日本は度々戦争当事者になるので、その都度GDP2%以上になるのは確実だろう。特別会計とか臨時予算を編成している筈だ。
 そして国家予算のうち、史実の二倍の額が国防費に回ると、他にしわ寄せがいく。
 経済発展にも影響を与えてしまうのだが、史実日本の戦後の経済発展には少ない国防予算は不可欠だった。
 その上で史実日本と同じもしくは似た状態と言うことは、この世界の日本は史実より国力がほんの少し高いことを示しているかも知れない。
 勿論、史実の西ドイツのように、国防予算がGDPの3%近い状態で経済発展した例もあるので一概には言えない。だが、この世界の日本が、史実の日本と全く同じという事はないだろう。
 国防の具体的な事については次節に譲るとして、日本全体の考察を続けよう。

 その後、高度経済成長からバブル経済にかけては、日本の経済成長自体に大きな違いはないと見られる。そしてこの間に、史実に近い日本の情景が形成されたと考えれば良いだろう。
 若干の違いは、満州から一定時期まで資源が流れてくる事だ。一定時期までなのは、満州が経済発展すると輸出する余力が無くなるからだ。
 一方、この世界の日本には史実と違う産業が一つある。
 兵器産業だ。
 満州戦争、ベトナム戦争への参戦の影響もそうだが、特に兵器の輸出だ。
 作品内でも、北日本の兵器を併合後の日本が販売しているが、これは北日本併合以前にも日本が海外向けの兵器販売をしていると考えて良いだろう。
 史実と同じだったら、売却ではなく破棄で終わっている筈だ。

 そしてこの世界の日本は、史実の日本とは違って日本人の軍事への忌避感情が低く、占領軍が来てない。
 軍需産業自体も、完全には解体されていない筈だ。
 そして日本政府は、国民を食べさせる為にも兵器を輸出しないといけない。
 世界中の多くの国が、あまりうまくいかない貿易収支を何とかするために兵器の輸出に熱心になるように、この世界の日本も兵器輸出には相応に熱心だろう。(※輸出はそれなりに儲かる。)
 そして兵器産業こそが、史実の二倍になる国防予算を、史実より余分に作り出す重要な要素になっているのではないだろうか。
 武器輸出三原則とかあり得ないだろう。

 とは言え、日本の兵器輸出をすると言っても、戦前の兵器は欧米と比べると劣る物が多い。
 となると値段勝負しかなく、戦争で作った膨大な兵器を安価で売りさばく事から始めるだろう。中華民国(満州)などは、良い顧客になってくれるに違いない。
 そして兵器輸出だと、安い以外に日本には少しだけ優位な点がある。
 欧米以外、白人以外の国という事だ。
 世界の嫌われ者の英米と正面から戦い、かつてはロシアとも戦争したという勲章を持っている。
 そうした心理的要素で、日本兵器が海外で愛される可能性はそれなりに高い。

 そして高度経済成長で兵器の質を向上させれば、さらに継続して売れていく事だろう。
 史実とほぼ同じ経済成長を、GDP2%の防衛予算を差し引いた状態で実現しないといけないので、史実とは違う儲け口にはかなり頑張ってもらわないといけないだろう。
(※史実でも、実質兵器となる製品の輸出は普通に行われている。)

 兵器輸出と並行して、この世界の日本は世界各地の戦争、紛争に実戦部隊を送り込んでいる。
 「満州戦争」、「ベトナム戦争」、「湾岸戦争」、「イラク戦争」が、作中で主に挙げられている。
 PKF(PKOではない)にも、頻繁に自衛隊を派遣している可能性が高い。

 そして戦争がなくても、何かあれば空母機動部隊をどこかの海に浮かべ、パワープロジェクション、プレゼンスの展開も行っているのだろう。それが派遣を求める行動の一環となる。
 一方では満州防衛を始めとして、東アジアの安全保障にも深く関わっている。
 北日本を飲み込んだ影響で、90年代半ば以後はPMC(民間軍事会社)という形で傭兵大国にすらなってしまっている。アフガン、ユーゴ内戦以外にも、恐らくベトナムにも行っているだろう。

 こうして列挙すると、大日本帝国時代より物騒な国(民族)に見えてしまう程だ。
 やはり、ポチと言う名前のドーベルマンだ。
 そしてこうした姿勢があるのだから、アメリカとの関係はより対等に近くなる筈で、アメリカは史実以上に日本を粗略には出来ない。
 冷戦崩壊以後、欧州でEUが出来たら尚更だろう。
 だからこの世界の日本は、外交的にも史実より優位にあるのは間違いない。

 もっとも、外交が史実と違わないのなら、極端に国際的地位が高くなる事もないだろう。
 度々大軍を海外に派兵するので、戦前のイメージと合わせて軍事国家として見られている可能性も十分にある。
 それに史実のアメリカは、20世紀の間はほぼずっと日本を警戒し続けていた。日米安保も、日本に対する首輪と鈴と紐だ。
 この世界では、アメリカの日本への警戒感は内心さらに高いだろう。

 それでも西側の大国としての度々の大軍派兵は、特に冷戦時代は別の収入をもたらしてくれる。
 海外出兵に伴うアメリカからのご褒美だ。
 「満州戦争」、「ベトナム戦争」では、戦争特需だけでなくアメリカから援助金と技術をかなり分捕れている筈だ。
 特に日本は、度々大軍を派遣してアメリカ側に付いてくれるのだから、アメリカとしても粗略には出来ない。
 戦争中は一般貿易でも優遇してもらえるだろう。

 ■発展

 1955年から以後40年間という時間は、「戦後日本」を形成する上で非常に重要だ。
 戦後日本は民族分断国家になったが、基本的には史実同様に「戦後復興」、「高度経済成長」、「一億総中流社会」を経て「エコノミック・アニマル」となり、「バブル経済」によって頂点を迎えていく事になる。
 「ジャパニーズ・ビジネスマン」が、太平洋戦争での日本軍のように世界を席巻するのだ。

 そして「戦後復興」、「高度経済成長」、「一億総中流社会」、「バブル経済」を経る事なく、史実と近似値の平成時代を語ることは絶対に無理だ。
 とはいえ、作中での経済成長自体は史実と同じというイメージしか感じ取れないので、ここでは特に書くことはない。

 ■南北統一

 バブル経済崩壊後、日本経済がのたうち回り始める頃に、北日本の崩壊と併合という、この世界の戦後日本史で最大級の事件の一つが発生する。
 一度は分断した日本人社会が一つに戻るのだから、戦国時代以来のビックイベントだ。
 しかも「分断国家」の再統合なので、世界史的にも冷戦崩壊後のビックイベントと受け取られるだろう。
 朝鮮分断がない筈なので、南北日本の統合は冷戦の完全な終結を象徴する歴史の1ページになるかもしれない。

 そして依然として内心日本を警戒しているアメリカなどは、日本(本土)が貧乏な北日本を抱える事による様々なマイナスを計算して、諸手を挙げて賛成、賞賛する筈だ。
 だからこそ作中では、「南北統一」で北樺太を分捕られたロシア以外はどこも文句を言った表現がされていない。作中でも、日本が史実での統一ドイツと同じ状態に陥る事に触れている。
 もちろん近隣諸国を中心に文句を言う国もあるだろうが、アメリカとの間に北日本の核廃絶の約束(と恐らく監視がセット)が交わさた事も併せて考えれば、実質的に非難するのは共産中国と朝鮮半島に存在する国くらいだろう。
(※共産中国は同じ陣営で、朝鮮半島はいつものこと。)

 なお、北日本を実質的に飲み込んだ1994年、日本のGDPはバブル経済と円高の影響でドルベースで最高額に達する頃だ。
 実質5兆ドル近く(1994年統計で4.9兆ドル)にまで一時的に膨れあがる。この世界では総人口が700万人少ないので、ここでは4兆6500万ドル程度と仮定する。
 対する北日本は、短期間で膨れあがった分を除外した総人口が1100万人。一人当たりGDPは、東側陣営の平均くらいと仮定すると3000ドル程度。
 東ドイツ並みだと名目で8000ドルから1万ドルだが、冷戦崩壊後にソ連からの援助、同盟国価格の資源輸入が途絶え、既に湾岸戦争後で東側兵器の売れ行きが落ちている筈だから、3000ドルすら怪しい。
 ここでは一人当たり3000ドルとして、GDPは330億ドル。
(※冷戦崩壊後の流民は除外。)

 一人当たりの差だと、38750ドルと3000ドルで約13倍。
 人口差は11倍なので、GDP差は実に約140倍となる。

 北日本の人口が短期間(約5年)の大量の流入で人口が二倍に膨れあがっていたとしても、容易に飲み込めると南の日本が考えても不思議ではないだろう。
 しかも当時の日本人達は、まだバブル経済の残滓を浴びた自信満々な連中だ。政治は混乱しているが、日本全体で見れば些細な事と捉えている可能性もある。
 統合したらバブル再びで、今度は世界一のGDPを目指すとか考えてそうだ。
 そうでなくても、日本で減少が始まっていた生産年齢人口を(一時的にかつ急速に)引き上げる効果はあるだろう。加えて、「二級市民」でも巨大な消費層が一気に二割り増しになる。

 また、北日本貨幣の日本への対応、併合時のご祝儀的一時期、生活保護、さらには日本企業の北日本への進出などで、北日本の一人当たりGDPは一気に日本の半分程度には引き上げられるだろう。
 そうなると南北統一後の日本のGDP自体が、質はともかく量は一定程度上昇する。全体としては一割程度の上昇という辺りで落ち着くだろうか。
 史実にはドイツの事例くらいしかないが、経済の総体が少し大きくなるのは確定だ。

 なお、経済の話しついでに続けると、北日本に日本の人、モノ、金が流れ、生産工場までがかなり北日本に向かうので、当然だが割を食う国、場所が出てくる。
 たいていは東アジアの国々で、北日本を浮き上げる分だけ史実より経済が縮小している事になる。
 さらについでだが、日本の経済と株価が史実より頑張っていると、日本以外では得する人より損する人の方が多い筈だ。
 ただし、日本の旧海外領土がどうなったのか不明点が多すぎて推測すら難しいのでこれ以上触れるのは避けたいと思う。

 話しを戻すが、作中の北日本はかなり「やらかした」国なので、日本の予測の斜め上をいく。
 当然だが、日本の経済と社会に少なくない混乱をもたらす事になる。
 そして混乱を助長するのが、冷戦構造崩壊の頃から北日本に大量に流れ込んできた、ロシア系と中華系だ。
 併せて最低で1100万人、最大で1400万人。この上に、かなりの数の餓死者が加わる可能性があると触れられている。

 一方で、史実での在日外国人は、1994年で140万人程度。2003年で190万人程度。(※2020年に300万人を越えた。一時滞在を含めると400万人程度。)
 しかもこの世界では、戦後すぐの(朝鮮系の)不法流入がないと仮定すると、最低でも20万人から40万人少なくなる。その後は北朝鮮への数万の帰国者はないが、逆に日韓関係が悪いままなら朝鮮半島からの日本への移民(と帰化)も減っているだろう。
 また、在日米軍が佐世保だけで数も少ないのは確実なので、さらに数万人減少している事になる。
 北日本併合頃の在日外国人総数は、100万人いないかもしれない。
 作中で1997年時点で200万人が既に北から南に流れ込んだと触れられているが、日本の社会が普通に受け入れられる限界数とも言える。

 そしてこの二つの数字から、幾つか見えてくる事がある。
 極端に言えば、南北統合後の外国人の実質的な流入遮断だ。最低でも、厳しい制限が設けられる筈だ。
 低賃金で働いてくれる労働力が唸るほど手に入ったので、これ以上外から入ってきてもらっては困る。
 特に既に北日本に入り込んだロシア系、中華系が、これ以上呼び込めないようにしないといけない。
 さらに後の話しだが、技能実習生と言う名の一時的低賃金労働者も不要だ。
 だから、既に北日本に大量に入り込んだ中華系はともかく、他の国から低賃金労働者の流れ込む余地がない。ブラジルの日系なども、史実より早く減少傾向に入るだろう。
 歓楽街ではフィリピンパブではなく、ロシアンパブが幅を利かせているかもしれない。史実での2010年代のベトナム系移民は、呼び込む事すらされないだろう。

 一方で、北日本時代からの半ば政策として、ソマリアへの移民が行われている。
 紛争を半ば利用して一部地域を文字通りジェノサイトした場所を、行くアテのない北日本人達の移民場所としているのだ。
 ただソマリアは、紛争の原因の一つが大旱魃だったりと、多数の人が住める自然環境ではない。産業もロクにないしインフラも乏しい。しかも内戦で経済は壊滅状態だ。(だから海賊が横行するわけだが。)
 さらに、一部地域をジェノサイトしたと言っても、その地域を独立させるわけでもないだろうから、ソマリアの他の地域との強い軋轢も起きるだろう。
 北日本人口の一割も吸収できれば御の字ではないだろうか。
 結局、大半は日本列島に流れ込んでくるだろう。

 1400万人の外国人、異民族は、平成の黒船とでも呼ぶべき心理的衝撃になるかもしれない。
 特に800万人を越えるロシア系は、見た目が日本人が思い描く白人なので相当インパクトは大きい(※ソ連系ならアジア系も色々居ただろうが、ここではスラブ系と仮定)。
 ぶっちゃけ、白人の数が観光客を除いて今までの約百倍に増えるのだ。しかもこの世界は在日米軍が少ないから、インパクトはさらに大きいだろう。
 10人に1人が日本民族以外、20人に1人が白人なのだから、混乱の大きさは史実からは想像すら難しい。
 2003年時点ですら、多くのロシア系が日本本土に流れている事になるので、相当大きな見た目の変化をもたらしているのではないだろうか。
 そして日本国内の「3K」業種、低賃金労働には、有り余る人的資源がなだれ込んでいる事だろう。
 逆に、作中では日本企業が労働賃金の安さに目を付けて、続々と工場を進出させつつある。
 
 だが、樺太島は人が住むには厳しい自然環境な上に、日本本土からの投資と援助なくして北日本経済に大量の流民を抱える余地も余裕もない。
 時間が経つと共に、北日本の人の多くが南の日本列島各地に移住していく事になるだろう。
 作中でも、北日本から流れてくる人々の事が度々触れられている。
 日本本土に流れた北日本人は、2003年時点で400万人に激増している。
 そして今後もさらに大きく増加すると予測される。
 最終的には、北日本の住人の大半が日本本土に移住していく筈だ。
 だが首都圏、京阪神などの大都市だけでは受け止めきれない。最悪、一気に増えすぎて、都市機能の麻痺すらあり得る。
 船の上に一時的な町を作ったり、巨大ジオフロント都市の建設までしているが、どう考えても焼け石に水だ。
 日本各地の寂れて人口が大きく減少している地域で、大量の受け入れと地域全体の文字通りの再構築を行わないといけないのではないだろうか。

 また一方で、実質的な流民である彼らに対して特に問題なのは、日本人としての諸々を権利として保障しないといけないことだ。
 何しろ難民、流民ではなく元北日本国民だ。この事が、問題をより大きく、そして深刻化させている。
 二級市民だとしても日本国民となるのだから、皆保険制度、教育の提供(義務教育含む)など、金と面倒がかかる面倒ごとも多い。

 教育一つとっても、どこから手を付けるべきか考えさせられてしまう。
 人が増えるのが、日本で子供の人口、若年人口が減り始めるのが1990年代に入ってからなので、学校などは教師の目処さえ付けば受け入れは可能かもしれない。
 だが、一定期間はロシア語、広東語の教育すら必要になるので、その対策だけでも問題山積みになるだろう。
 
 
 そうして一世代、2、30年程度経過すれば、北日本の人々も相応の生活を営むようになっていくのだろう。
 それが日本全体の次の発展に繋がっている事を祈るばかりだ。