第五回・「太平洋の嵐」

著 者:田中崇博

発行日:1997年11月07日〜2001年05月07日

発行所:学習研究社

「太平洋の嵐1」
「太平洋の嵐2」
「太平洋の嵐3」
「太平洋の嵐4」

◆異聞・あらすじ

 さて、同作品を端的に分類するならどうなるでしょうか。
 私が取り上げる以上、基本は「歴史改変型」です。これに、「天才出現型」、「トンデモ艦隊型」が加わるでしょう。これだけなら荒巻氏系列の作品と何ら変わりありません。ですが忘れてはならない要素が「ライトノベル型」もしくは「銀英伝型」です(笑) よって小説の体裁は、「架空戦記」と言うよりも「ライトノベル」に近くなります。
 つまり、主人公やライバルを中心とする物語の中心キャラの過半が架空の人物であり、これらを多少ライトノベルっぽくアクの強いキャラクターとして描き上げることで物語がつづられていきます。こういうアプローチは珍しいと思い、私も続けて読んでみました。
 まあ、「ライトノベル型」はサクサク読めますので、読み直すのも楽だったので読む気になったのですが、これしか出していない作家の作品ですので、発行部数も少ないでしょうから、あらすじから順に見ていきましょう。
 ああ、そうそう、最後に念を押しますが、基本は「銀英伝」です。これを忘れないようにしてくださいね(w
 当然、田中芳樹氏の「銀河英雄伝説」を読んでからこれを読むと十倍面白い「かも」しれません(笑)

あらすじ

1〜2巻
 日本は、ワシントン海軍軍縮条約以後、かなり徹底した軍縮を断行し、さらに「五カ年計画」とされる計画的な土木業、重厚長大産業を中心とした国力の増強に努め、海軍休日の終了した1938年(日本は条約を自主的に1年延長)に風雲急を告げる時代を反映した巨大な海軍力(軍事力)の建設を開始。
 ここで第四次海軍補充計画により「改大鳳級」空母6隻以下、200隻にも及ぶ多数の艦艇を整備、史実より巨大な海軍力を以て、ナゼか史実通り発生した大東亜戦争に突入。
 イゼルローンもとい真珠湾に対する奇襲攻撃は、史実の南雲艦隊ではなく、主人公となる春日井三郎中将麾下の新設の第2航空艦隊(以後「K部隊」)の行うところとなり、沈着冷静な天才(つまりポカもするけど万能な指揮官)、春日井提督のプランが強く反映された史実より徹底したものとなり、山本五十六の原案である太平洋艦隊の撃滅だけでなく、真珠湾の石油タンク、工廠施設などもあわせて破壊し、さらには作戦以後ハワイ海域での通商破壊も継続的に行い、7カ月もの長きにわたり真珠湾の軍事的価値を封殺する事に成功する。
 その後は、史実のほぼ「南雲艦隊」の半分の戦場で戦い、ほぼ同じ行動をして戦っていき、「K部隊」の晴れ舞台となったインド洋で作戦では、ソマーヴィル提督以下の英東方艦隊を完膚無きまでに撃滅し、爾後の通商破壊と合わせてインド洋の制海権と帝国の後方の安寧を確立する。

 なお、春日井提督以下「K部隊」には、空母機動部隊戦に精通した提督に相応しいライバル、「太平洋の金狐」ことマックスウェル提督が合衆国にはあり、ハワイでの敗退以後合衆国軍の先鋒となり、少ない兵力で日本軍を翻弄し、米軍の本格反抗までの時間を作り出していく事になる。

3巻
 勝利におごる連合艦隊主導で、「MI作戦」ならぬ、拡大「FS作戦」(FS-MI-AL作戦)が日本軍の間で起草され、未曾有の大艦隊と化した連合艦隊の総力を挙げ、太平洋上に残存する米軍拠点の制圧と、マックス提督麾下の空母艦隊を撃滅すべく大作戦が発動される。
(一見、大規模なミッドウェー海戦であるが、実は「銀英伝」に対するオマージュで、イゼルローン要塞陥落後の帝国領侵攻としか思えない。(黒島先任参謀=フォーク准将))
 作戦は、「K部隊」をミッドウェー方面で陽動作戦に使い、最重要拠点の前哨基地たるハワイ前面を脅かされた米軍が「K部隊」に殺到するであろう間隙を縫って、南雲艦隊でニューカレドニア攻略を行うという、誠に日本らしい手前勝手な必勝戦術だが、米軍の情報収集能力の前に作戦を看過され、南雲艦隊は相手空母1隻をしとめるも大敗を喫し空母4隻を喪失、日本軍の攻勢は終焉を迎え、ここに大東亜戦争の攻守は逆転する。

4巻
 この巻では史実とほぼ同じ経緯を辿り、イゼルローン回廊の戦い・・・ではなくて、ガダルカナルを巡る戦いが始まる。
 ただし、史実とは違い南方戦線は「K部隊」と第八艦隊が海軍の中核になり、春日井提督が同方面の最上位の指揮官に任じられ、自らの機動部隊や第八艦隊のみならず潜水戦隊、基地航空隊、陸戦隊までを事実上の指揮下におさめるという、陸軍で言うところの「支隊」とでも称すべく強大な軍備を以て戦いに挑む。
 しかし、FS作戦完遂と米豪分断による短期講和を考えていた海軍(山本五十六)は、博打的な兵站戦を展開しすぎてFS作戦までに全ての備蓄燃料を消耗しており、1942年6月以降しばらくはまともに大艦艇が動かせない状態となる。
(これだと、FS占領後の兵站維持用の燃料をどう考えていたのか、小一時間問いたくなるが・・・)

 なおガ島を巡る戦闘は、史実よりも強固な防衛体制を布いていた日本軍に対して、米軍が史実とほぼ同じ規模を以てガ島に上陸、これに対して史実は編成の違う第八艦隊がルンガ泊地に突入、輸送船団撃破を含む大戦果を上げる。
 以後、史実とは攻守逆転したガ島攻防戦が半月近く行われるが、日米双方とも自軍の不利を十分に理解しており、双方の陸軍部隊の大規模な増援及び補給を企て、増援ののための支援活動として双方の空母部隊が進出、ここに「第二次ソロモン海戦」が発生する。
 だが、燃料不足は「K部隊」にも影響を与え、作戦参加母艦は通常の6隻から4隻に減り、しかも戦闘末期の追撃ができないという結末を生み、双方痛み分けの状態で海戦も終息、ガ島を巡る攻防は次なるステージを迎える事になる・・・

以下続刊??
(と言っても3年も停止しているので、打ちきりと見るべきでしょう)

論評・批評?

 今回は「ライトノベル型」と先に評した通り、人物描写重視のライトな架空戦記ですが、それだけに非常に「華」があります(ただし、女性キャラは皆無です(笑))。登場人物は「銀英伝」、「ライトノベル」的な要素を無視すれば、日米双方とも非常に魅力が溢れています。史実上の人物の描き方も他の作家に比べると独特です(しかも過半は知的でクールな描き方です)。ですから、私としてはこの物語が完結しなかったのが、この人物を中心とした物語(小説)だった、という点において非常に残念に思います。
 というワケで、いつもの物語の解体です。
 さて、何から取りかかりましょうか・・・と言っても、まあいつも通りとりあえずは艦艇、日本の国力、日米の軍事力、国際情勢、登場人物といったカテゴリーごとに見ていきますか。

 さて、お立ち会い。
 まずはみんなの大好きな、軍艦から見ていこう。

 この小説では、何と「改大鳳級空母」が6隻も建造されています。基準排水量4.3万頓、全長278m、機関出力18万馬力、搭載機数は1942年の時点で常用約80機で、しかもこれを全て格納庫内に納められるサイズとなっています。当然防空火器も、長10サンチ16門から謎の特設機銃(おそらく37〜40mm級)に至るまで実に豊富です。
 嗚呼、なんてゴージャスな艦艇なんでしょう。まるで叶姉妹が6人並んでいるようです。(ウッ、チョット吐き気がしそうな情景が浮かんでしまった(脂汗))
 しかも恐ろしいのは、この世界の日本は、この豪勢な超大型空母を同時に6隻も建造し、1938年1月1日から1941年6月の建造期間で順次完成させている事です。
 ちなみに、史実の「大鳳級」空母建造期間が約970日なので、これを単純に1.5倍と考えると1450日程度かかる筈なのに(大和級は約1600日)、建造期間は最長で1200日〜1300日程度で「全艦」出来上がっている事になります。しかもこれは、1月1日に竜骨を据えて、と言う条件で、場合によってはアメリカの「ミッドウェー級」並の建造期間になってしまいます。
 ま、それもその筈、この世界の日本の各工廠は能力が異常な程拡張されており、呉と横須賀には「長門級」が同時に4隻建造可能なドッグが、佐世保と舞鶴には同時に3隻建造可能な超大型ドッグが備わっているそうです。しかも、そこのガントリークレーンなどの施設は、小説内の描写を見るかぎり史実の1960年代初頭並に充実している印象を受けます。
 つまり、マンモスタンカーが建造できそうな15万頓軍用ドッグと10万頓軍用ドックがそれぞれ2本ずつあり、それ以外にも史実のアメリカ並の建造速度を誇っている施設がいくつかある計算になるので、「改大鳳級空母」の同時6隻建造などお茶の子サイサイ(死語)なワケです。
 では、ここでこの世界が建造した史実とは異なる大型戦闘艦艇の一覧を見てみましょう。
(建艦スケジュールの変更を含む)

 改大鳳級空母:6隻(4.3万頓・艦載機80)
 蔵王級巡洋戦艦:2隻
 伊吹級重巡洋艦:2隻
 阿賀野軽巡洋艦:2隻
 秋月級防空駆逐艦:12隻
 島風級駆逐艦:4隻
 (夕雲級駆逐艦:4隻〜)

 1941年12月の開戦時点で、史実の艦艇以外にすでにこれだけ揃っています。しかも、「翔鶴級」空母以下、「大和級」戦艦を除いた第三次海軍補充計画もほぼ同時に進んでいるご様子です。
 さらに、1922年以後日本軍全体は、小説内の歴史改竄により史実以上の軍縮をしている筈ですので、第三次計画までの大型艦艇の多くも、第三次計画実行の頃に一斉に建造されていなければなりません。でないと、日本の国力をこの時点までに肥大化させる事など無理だからです。
 では、ここで艦艇の買い物競争をして、軍事予算を逆算してみましょう。
 まずは「改大鳳級空母」ですが、コイツの値段を史実の「大鳳級」空母の単純に1.5倍とすると、何と「大和級」戦艦ほぼ同じ1億5000万円になってしまいます。これが6隻合計なので、これだけで9億円、量産効果と建造期間の短縮を考えてザックリ1割引としても8億円以上、史実の第三次計画の建艦費用に達してしまいます。
 これに、基準排水量3.6万頓の「蔵王級巡洋戦艦」(3.6万頓・15インチ×8・長10サンチ×20)が加わり、これを諸外国の同規模の艦艇や「金剛級」代換艦程度と考えると2隻合計で1.7〜2億円程度。これに重巡:2、軽巡:2、大型駆逐艦:16なので占めて3.2〜3.5億円。
 つまりこの小説で明確に数字が出されている、史実以外の艦艇の建造予算だけで最大約14.5億円、最低でも13億円程度が必要になります。しかも、小説では第四次計画は、戦艦、空母、巡洋艦は14隻で、それ以外の海防艦、潜水艦を主力とした合計数は約200隻になり、この中には上記のような豪勢な大型駆逐艦も多数含んでいる上に、高速補給艦など支援艦艇も多数含んまれているそうです。
 ちなみに、史実の第四次計画は、戦艦2、空母1、巡洋艦6隻を根幹とした計画で、これですら日本という国を考えれば十分以上に規模の大きな計画でしたが、ここまで巨大ではありません。また、史実の第三次計画の建造予算8億のうち半分は「大和級」と「翔鶴級」建造に食われています。
 ここから逆算すると、この世界の第四次計画における建艦予算は、最低でも18億円程度、最大25億円近く史実の二倍以上の規模に膨れ上がる事になります。
 その上すさまじいのは、史実では1944年近くまでかかった同計画の完了がなんと1942年初頭までに終わっているらしいので、軍事技術水準も最低2〜3年は進んでおり、建造速度は最盛時のアメリカ造船能力と同程度です。
 また、史実と違って佐世保と舞鶴に新たに大型艦用建造ドッグ(史実では戦艦整備用のみ)があり、呉と佐世保の規模が二倍であったとしてもドッグ・船台の数が合わず、ここから民間造船の規模も史実の1945年次の完成予定程度は存在し、それ以外に計画のあった泉南のドッグなどが有り、しかも史実の倍ぐらいの規模の大型ドッグの全てが海軍工廠と同程度の能力を持っている事になります。でないと、「改大鳳級空母」6隻、「翔鶴級」空母2隻、巡洋戦艦2隻、巡洋艦8〜10隻の同時建造は不可能になってしまうからです。
 そして、ここから導き出される概算は、史実アメリカの半分程度の造船能力が、日本帝国に備わっている事になります。
 何とも羨ましい世界ですねぇ・・・。

 アラアラ、軍艦の事を考えていたのに、気が付いたら国力計算にまで及んでいたね。ま、ついでなのでこのまま続けましょう。

 さて、再びお立ち会い。
 2年間の艦隊建造予算が二倍という試算が出てきましたが、ここから単純に日本の国力を二倍にしても良いでしょうか? いいえ、世の中そこまで甘くありません。
 小説では、日本の国力増進は特に重厚長大産業の分野と基礎的な人材(工員)育成に重点が置かれていた、というような説明になっており、電探や無線機など弱電関係は史実とほぼ同じぐらい貧弱な技術レベルにしかありません。
 陸重視と海重視の違いはありますが、当時のソヴィエト連邦と似ていると考えればよいでしょう。
 また、この世界は満州事変は起こしていますが、日華事変には及んでおらず、支那大陸は蒋介石と汪兆銘による日米の代理戦争という形になっており、日本が汪兆銘を大々的に支援して、支那の覇権の多くを握っておりこちらが南京政府とされ、アメリカが支援する蒋介石は劣勢に追い込まれ重慶政府となり、これに満州国と中華ソヴィエトが加わった形になっています。日本は大正軍縮で陸軍を縮小しすぎて、大陸では大規模な行動にでれなかったのでしょうか??
 ま、疑問がなくもないのですが、代理戦争をさせて日華事変になっていないのは日本の経済と財政面において実に結構な話しで、これも日本の国力増大(もしくは維持)に大きく貢献している事になります。
 なお、史実の日本は1937〜38年に大きな経済成長を開始したとされ、日華事変とそれによる戦時増税がなければ、そこから戦後の高度経済成長のような経済発展に勝手になったいたとされており、過半の統計数字がこれを雄弁に物語っています(中共の陰謀は、彼らの思惑はさておき実に絶妙のタイミングと言えますね)。
 つまり都合良く考えれば、1920年代に史実と同じかバブル崩壊後のような無定見な政策を日本政府がせずに、長期的視野にたった産業育成、経済政策をおこなっていれば、けっこう簡単に日本の国力を史実以上にする事ができます。
 そして、この世界ではこれがワシントン会議以後の「五カ年計画」、日華事変不介入という言葉で代弁されています。実にシンプル・イズ・ベストです。
 そして、ここから単純に考えると、日本の国力は史実の1.5倍程度(鉄鋼、造船、機械工業は3倍程度)という折れ線グラフが見えてきます。
 また、この世界でも陸軍は史実と同程度の装備しか有していないようですし、規模も日華事変をしていないので大東亜戦争開戦時の50個師団規模ではなく、満州防衛を考えてもせいぜいその半分程度(恐らく史実同様の17個師団体制から三単位改変状態になったような規模(17×1.25=22〜24個師団))と見るべきでしょう。
 つまり、軍事予算の7〜8割が海軍に突っ込まれている事が容易に想定可能で、建艦予算が史実の二倍以上であっても、国家予算そのものはせいぜい1.5倍程度という概算が出てきます。

 ただし、ここで問題が一つ。日本は1937年以後日華事変をしていないと言う事です。
 これは重要です。センター試験に出てもおかしくないぐらいです。
 つまり、1938年からの増税と国債の大発行による膨大な軍事費の増大は存在せず、国家予算の規模も1930年代初頭のペースで緩やかに増大している事になります。小説内では莫大な軍事援助と、事実上の紛争介入などの軍事行動も行われていますが、史実ほど極端にはならない筈です。
 これは、湾岸戦争の頃の米軍の戦費と日本の戦費肩代わりを見ていただければ、実際戦う時の軍事費の膨大さの一旦が容易に想像できると思います。
 にもかかわらず、海軍予算は1939年の時点で史実の二倍以上の規模の艦艇整備計画を発動させており、どう考えても対米戦争を考えた兵備を無理矢理にでも揃えようとしているとしか見えず、往年の「八八艦隊計画」を昭和において成そうとしているとも見えます。
 また、「K部隊」は総員1.9万人だそうですから、人材面でこの膨大な数字をどうしたのかも説明して欲しいです。軍縮していたのに、海軍兵学校はずいぶん前から満員御礼だったのでしょうか。
 しかも、1940年には「大和級」2隻と「雲龍級」多数(おそらく1ダース程度)を含めた、アメリカとの戦争を考えているとしか思えないさらなる軍備拡張を行っています。(1942年の改第五次計画と同規模で、抑止力としての軍事力を通り越えている。)
 この事から仮定すると、最初に想定した1.5倍という数字以上のものが存在する仮定も実は成立します。

 また、確かに日本全体が史実以上の国力を持っている事は、艦艇以外のいくつか兵器の面からも見えてきます。
 箇条書きに挙げてみましょう。
 ガ島戦では大量の土木機械が投入され5月末には航空隊がすでに進出(日本に大規模な機械化土木産業が存在する)、零戦の20mm機関砲が開戦時で既に多くがベルト給弾式(史実は52型から)、開戦時の海軍航空隊が史実の2倍近い規模で生産(K部隊の分が別にあるという事)、海軍陸戦師団が2個編成され陸軍の三倍の輸送船舶を必要とする重装備を持つ(しかも重機は13mmなど米軍と同程度の装備レベルと見られる)、「彗星」が42年6月の時点で爆撃機として大量に量産配備(航空機の開発・生産技術が高い)、「一式戦車」という詳細不明の戦車が42年の時点で前線に量産配備(詳細は全く不明だが、量産配備されている時点で、史実以上の車両製造能力や予算配分の存在が確認できる)、SB艇(和製LST(二等輸送艦))や海防艦などが開戦時に大量配備、長10サンチこと65口径10cm砲が開戦時ですでに大量に生産されており、大戦を通じて陸海の主力対空砲になる・・・など、パッと目に付いただけでこれだけあります。
 ここから、史実よりも国内の機械工業、土建業、航空産業が大きく発展している事が伺え、一般工業製品の技術レベルは開戦時で史実の2、3年先にあり、製造力は数倍あると想定できます。
 でも、なぜか弱電と発動機に関しては史実より少しマシ程度です。製油業も史実ほどでないにしても、備蓄はどう見ても1000万頓程度ありそうなのに、かなり貧弱みたいです。ナゼでしょう。じっくりこの世界の統計数字を拝んでみたいものです。
 また、「FS-MI-AL作戦」における作戦規模、トラック環礁での大規模独立部隊の配備などから、高速給油艦以下の支援艦艇が史実の数倍の規模で存在する事も確実です。きっとトラック環礁には、海軍最強のメイドさんである「明石」の姉妹達が何隻もたむろして、米海軍のサーヴィス部隊のように皆さんのお世話をしているに違いありません(w

 とまあ、数え上げればキリがないぐらい、この小説はこういった面について「全く」触れていないのですが(小説全体の方向性としては正しい。「銀英伝」もこういった面はほとんど扱ってませんからね(笑))、実は謎は日本軍だけではありません。アメリカ軍も謎はたくさんあります。
 真珠湾が艦隊と軍港双方を完膚無きまでに粉砕され、しかも大規模な通商破壊まで行われ開戦7カ月ものあいだ拠点としての機能を喪失したとされているのに、1942年6月には史実と同規模のミッドウェー防衛部隊を配備した上に、ニューカレドニアにその倍の規模の部隊を送り込み、しかも遠隔地に大艦隊(CV4隻基幹)を遠征させています。
 史実でもミッドウェー防衛は、米軍にとっていっぱいいっぱいの防戦だったのに、この米軍の戦力はどこから湧いてきたのか? また、史実より数の多い空母艦載機を開戦時からどうやって維持していたのか? 史実の数倍の規模の日本軍をどうやって阻止したのか?
 実はこの謎は、ある仮定により簡単に解けます。
 つまり、アメリカ政府が強大な日本軍を見て、日独に対する自らの国力配分の変更を行った、と言う事です。
 史実では1943年半ばまで日本に向けられていたアメリカ(連合国)の国力は、僅か15%に過ぎません。アメリカの国力が単純に日本の10倍と仮定すれば、日本軍は1.5倍の国力相手のアメリカの片手と精一杯殴り合っていたのです。(ま、だからこそ均衡していたんですけどね。)
 ですが、この小説の日本は支那戦線という第二の戦線は抱えてなく、その国力は最低でも史実の1.5〜2倍あります。これをアメリカ政府のシンクタンクが突き止めれば、リソースの配分を変更する可能性は極めて高くなります。それはナゼか?
 史実と同じ15%では、米軍は手もなく敗退を重ね簡単に太平洋から叩き出されてしまい、最悪の想定では開戦半年で日本との条件付き講和という事態になりかねないからです。しかも、この世界の日本はせっせと通商破壊をしたりと、戦略的にも頑張る始末に負えない相手です。
 恐らく倍の30%程度の国力配分に変更されている事でしょう。単純に数字を求めても、配分を倍ぐらいにしないと日本軍を押し止めるのは不可能です。
 これを小説内で示す端的な事例として、「インディペンデンス級空母」のネームシップが1942年6月の段階で太平洋艦隊にやって来ている事が上げられます。彼女の建造が日本の空母重視艦艇建造により、早期に軽巡から空母へと改装が決まったとしても、建造に対するリソース配分と建艦計画そのものの変更をしない限り、これ程早期の実戦配備には繋がりません。
 つまりは、この世界の日本は史実より巨大な国力を持ち、それが生み出した軍事力をアメリカに叩き付ける事で、彼らの首を自らの方向により多く向けさせてしまったのです。

 とまあここでようやく国際情勢を見れるワケですが、史実と同様に真珠湾奇襲をしている割には、この世界の日本はかなり違った歩みをしています。
 箇条書きに挙げると、「国力増進の為の15年わたる計画的な国力増大政策」を基本政策とした「ワシントン会議以後の五カ年計画による産業育成」、「大恐慌以後の大幅な軍縮と内需拡大による経済再建」、「海軍軍縮条約の自主的な1年延長」。そして政治的には「日華事変の不勃発」、「中華内戦での親日勢力(汪兆銘政権)への膨大な軍事援助」、「厦門事変(日支事変不発?)」、「米内光政の暗殺に象徴される陸軍の暴走」という違ったルートを辿っての枢軸同盟への加盟となるでしょうか。
 ここから想定できるのは、日本政府が当初は来るべきアカ共との戦いのため懸命に国力を引き上げようとしていたが、中華内戦での政治的流れの変化から急速に対米戦重視に傾倒し、1937年の海軍休日終了以後、異常なほどの海軍拡張に転じた・・・という事になるでしょう。
 もっともそれなら、日本陸軍がもう少し強化されて、日本の政策も海軍力の整備は抑止力としてのレベルに止めて、陸軍の近代化と増強に多くの労力を割き、ドイツと一緒に一斉に殴りかかる方が利に適っているように見えるんですけどねぇ・・・
 ま、「ライトノベル型」架空戦記なので多くを言っていけないんでしょうけどね。

 では最後に、その「ライトノベル型」架空戦記の華である人物について見てみましょう。
 もっともこれは、余興のような登場人物に対する評価・・・もとい感想です。
 なお、これが私の脳内における彼らの「銀英伝」キャラでのキャスティングです(笑)

 春日井三郎提督=ヤン・ウェンリー(これは確定)
 沖田仁(副官)=ユリアン・ミンツ(?)
 風間参謀長=ムライ参謀(常識家繋がり)
 永瀬航海参謀=フィッシャー提督(艦隊運用の名人)
 加藤航空参謀=パトリチェフ提督(ムードメーカー)
 瓜生飛行長=イワン・コーネフ(もしくは逆)
 田原飛行副長=オリビエ・ポプラン(もしくは逆)
 富樫陸戦隊司令=シェーンコップ(?)

 高田大佐(黒島の後任)=キャゼルヌ(同じセリフ吐いてるので)
 緒方提督=アッテンボロー(?)

 山本五十六=シトレ本部長
 黒島先任参謀=フォーク准将

 マックスウェル提督=ロイエンタール?
 ケーン・ヒルズ=ミッターマイヤー?
 ハルゼー=ビッテンフェルト?
 スプルアンス=アイゼナッハもしくはメックリンガー??
 キング=ラインハルト???

 田中芳樹氏の「銀河英雄伝説」との人物対比から見ると、だいたいこんな感じになると思います。ま、これは半分ジョークですが、エリートのくせに書生提督ぽく見えるという春日井提督の風貌・言動が、これを容易に想像させてしまいます。小説内のやり取りの幾つかも、確実にオマージュになってますしね(笑)
 ですが、小説としては、架空戦記の中でそれだけ人物が描かれている証拠の一つだと思いますし、単なる戦争というより敵味方に分かれた人間同士による知的なやり取りという構図は、作品を上品な、それこそスペースオペラを連想させるようにすら思えます。だからこそ「銀英伝」ぽさが余計目につくんでしょう。
 ただし、人物が描かれていても、彼らの住む世界があまりにもぞんざいにしか説明されていないのが、この小説で私が最も気に入らない点です。
 だからこそ、今回こうして背景世界の解体を試みたと言うワケです。

 では、次の作品で会いましょう。