著 者:鷹見一幸
発行日:2001年11月6日〜2002年7月5日
発行所:学研(学習研究社 歴史群像新書)
大日本帝国第七艦隊1 発動!太平洋欺瞞作戦 大日本帝国第七艦隊2 勃発!ウェーク島争奪戦 大日本帝国第七艦隊3 激闘!ウェーク島沖海戦
はい、第七回目です。 今回は、ライトノベルを主に執筆している方の作品を採り上げます。 と言っても、人物描写だけで軍事面や政治面が全く書けていないかと言うと、そんな事はありません。むしろ、架空戦記の作家として考えても、その戦略的展開はかなり上位ランクにあげてよいと思います。 少なくとも初期段階での戦略状況の展開は、なかなかに見事ではないかと思います。 また、当時の日本(海軍)が抱えている問題を、ディフォルメ(誇張)した形で表現しており、アプローチのかけかた、材料の使い方は巧いとも感じました。
もっとも私自身は発売初期、「あ、羅門氏の『愚連艦隊』の二番煎じか」と思いスルーし、今回リクエストを受けて初めて読んでみたのですが、その初期印象は間違いだったと知らされました(『愚連艦隊』の評価が低いわけではありません。かなりの色物ですが、あれはあれで娯楽作として成立していると思います)。 ただし、地味でした。全般的に地味です。「大和」も「ゼロ戦」も「山本五十六」も活躍しません。「連合艦隊」なんて最初の決戦で米太平洋艦隊と共倒れで壊滅のくせに、大海戦シーンはほとんど箇条書きで経過が書かれているだけです。 ですが、海軍が壊滅した事で、逆に海軍内部の改革を進めてしまうなど、戦闘を手段としているとすら見える点が興味深いですね。 では、少し見ていきましょう。
あらすじ いまだ開戦に至っていないも緊迫した関係の続く日米だったが、一人のアメリカ海軍士官の暴走により、試験航海中の「大和」が史実の「信濃」のように、呆気なく沈没。 物語は、この衝撃的なシーンから始まる。 だが、これに対する日本海軍の対応は、「大和級」戦艦の建造数を当初の3隻から2隻に書類変更してしまい、3番艦の「信濃」を「無かった事」にして切り抜けてしまう。そして、「信濃」分の予算の帳尻を合わせるために、通称「第七艦隊」が誕生。 ただし、この艦隊は帳尻合わせのために間に合わせの廃艦寸前の艦艇ばかりを集めた旧式艦を少し手直ししただけの、対潜水艦戦闘以外行うことは不可能に近い(これすら厳しいが)まさに「日本的誤魔化し」の最たる存在として成立する。 以後この艦隊は、「蘭印進駐」などを行う輸送船団の護衛にかり出され、事実上の海上護衛艦隊として活躍をしていく事となる。 しかし、「第七艦隊」が活動を始めた頃、南洋では日米海軍による文字通り総力を挙げた決戦が、暴風雨の吹き荒れる中、遭遇戦のような泥試合の形で行われ、この結果双方の艦隊の過半が大破・撃沈し、事実上の相打ちにより消滅してしまう。 だが、アメリカにはまだ大西洋艦隊があり、日本海軍は海軍の都合で降伏しないため戦闘の継続が決まる。 そして、連合艦隊が再建されるまでの時間稼ぎのために「第七艦隊」がその矢面に立つ事になる。 そして、連合艦隊再建のため「第七艦隊」に第一線級の資材が提供される事はないため、兵器として員数外の試作兵器、旧式兵器がかき集められ、型どおりの侵攻を行う米艦隊を何とか一時的後退に追い込む事に成功する。 しかし、態勢を整えた米軍は再度の侵攻を行い、ここで「第七艦隊」を中心とする海軍は、自らも大きく傷つきながらも、ついに米軍の撤退を決意させるまでにこぎ着ける。 もっとも、海軍は18年春にならなければ連合艦隊の再建は無理なのに、米軍は17年末には再度侵攻が可能で実際侵攻を開始し、結局「第七艦隊」の努力も水泡に帰すかと思えたが、新連合艦隊司令長官の腹芸(?)や軍令部の一部将校による確信犯的事実曲解、海軍、引いては日本を憂う軍人達の活躍(?)で、海軍の文字通り全ての戦力のフィリピン集中を行い、海軍首脳に勝っても負けても自らにロクな未来はない事を教える事で、彼らに停戦の言葉を吐き出させ、その言葉を待っていた日本首脳部を始めとする様々な勢力が動きだし、太平洋戦争は呆気ない結末を迎える。 そしてその後、再編された「第七艦隊」は、第一次世界大戦の「第二特務艦隊」という名称を引き継いで、欧州の戦場へと進んでいくのであった。
論評・批評? さて、どう評すべきでしょうか。 あらすじを簡単に書くと、「開戦前の新型戦艦撃沈を無かった事にするためにでっち上げられた第31戦隊(老朽艦寄せ集め、通称「第七艦隊」)が、なんやかんやあって第七艦隊に昇格。なし崩しにアメリカと戦って・・・」って話になり、その艦隊も「今使ってる装備は配備しない」と上層部に言われた第七艦隊首脳部が、あちこちから旧式機や制式採用前の兵器などをかき集めて来るので、「第七艦隊が通った後はぺんぺん草『だけ』生えない」と言われるようになる、という内容に要約できるかと思います。 つまり、地味です。無線誘導弾なども出てきますが、複葉機や旧式駆逐艦ばかりが出てきて、どうにも貧乏臭さが目に付きます。ま、それを意図しているんでしょうけどね。 そして戦術面では旧式兵器を多用、活躍させる、という以外は実に平凡です。と言うか、やっぱり地味です。戦闘シーンも手に汗握るという点やカタルシスの解放という、この手の小説に必要な要素はかなり低く感じます。 ライトノベル中心とは言え人物を描き馴れているので、人物描写はなかなか面白いのですが、架空の人物中心に話が進みすぎている点もこの手のジャンルとしては、評価を低くせざるをえません。みんなの「知っている」キャラクターが出てこないと、それこそお話になりませんからね(笑) だからこそ、このジャンルで鷹見氏の次の作品を見ることができないのでは、と邪推してしまいます。 これでは、サラリーマン読者は付きませんね。
ですが、最初に書いた通り、戦略面ではかなり高い評価をしたいと思います。 特に時間犯罪を、いくつかの外交アプローチだけでねじ曲げてしまっている点は、「技あり」と言ったところでしょう。 米内総理による援蒋ルートに対するちょっとした外交要求と独ソの謎の密約が、三国軍事同盟流産、ABCD包囲網不成立、日本のなし崩し的孤立(中立)状態にまで発展してしまう点は疑問を感じなくもないですが、それも小説として割り切れば、なるほどと納得させられます。少なくとも佐藤大輔氏の大ボラよりは、納得しやすいです(w ただし、戦争の幕の引き方は、かなり無茶を感じました。 恐らく最後のシーンを最初からここに置いていたんでしょうし、お話としてはそれなりに面白い幕引きですが、架空戦記と考えるならやはり荒唐無稽に過ぎるかと思います。戦争を無理矢理終わらせるための手法に見えますし、また人物中心に物語を進めすぎたしわ寄せが最後にきてしまったとも取られかねず、これだけはいただけません。物語が竜頭蛇尾に見えてしまいます。同じようなエンディングに持って来るにしても、もう少し上品なアプローチがあったのではと思います。 もっとも、少し目に付いた人物描写も、日本の小説に付き物の「悲壮感漂う」人たちは全般的に少なく、かなり前のめり気味ではありますが、前向きに上だけ向いている姿勢は、読み物として楽しませる点で成功だと思います。もっとも、鷹見氏の他の小説は読んだことないので、この点異論はある方もいるでしょうが、架空戦記小説として気楽に読める、という事は良作の証だと思います。 誰しも、悲壮感に満たされた世界だけを見たいわけじゃないし、わざわざ現実逃避しているのに、鏡の向こうに行ってまで苦しい思いなどしたくはないですからね。 あと、個人的に英蘭の植民地の人たちの書き方が面白かったです。こういう描写はあまり見かけませんね。シンガポールで船の整備ばかりする英国紳士の群や、蘭印攻略戦でのやり取りを借家と大家の関係にしてしまったのは、恐らくこれぐらいでしょう(笑)
さて、ぐだぐだ感想を言ってても仕方ないので、そろそろ戦略的解体を始めましょうか(w と言っても、1巻を読んだ時に思ったより、ずっと見るべき点は少なかったです。
基本的にこの世界は、1940年の米内内閣成立までは史実通りです。 つまり大日本帝国は、支那大陸での戦争の泥沼に首まで浸かった状態です。ハッキリ言って国家破産3秒前、絞首刑台に至る13階段も残りわずかです。 ですが、米内内閣による援蒋ルートの英国に対するちょっとした外交要求が、日本の行き先を大きく変えてしまっています。 また、ソ連の行動も歴史に大きな波紋を及ぼしており、全体的な影響から考えるとこちらの方が影響は大きくなります。 そして、先ほど触れましたが、米内内閣が戦争で苦しむ英国の足下を見た結果、日本陸軍の影響力が少し低下し、日本に親英米政権が続いた事で英米の態度も少し変化していきと続き、結果として三国軍事同盟流産、ABCD包囲網不成立にまで発展し、日本を明確な「敵」と考える勢力が支那各勢力とアメリカだけになります。しかもそのアメリカも、史実以上に欧州参戦のための切符程度にしか日本との戦争を捉えておらず、かなりお気楽な世界のように見える構図になっています。 一方の欧州は独ソ開戦はなく、独ソは表面上睨み合いを続けながら、ドイツは英国との戦いに専念し、ソ連は極東地域を虎視眈々と狙うという姿勢に変化しています。 また、戦闘内容を除外すればごくありきたりに開戦してしまった日米戦争も、すったもんだの挙げ句1942年内に停戦し、停戦の条件で日本は支那からの撤退も受け入れ、日本軍の連合国参戦も決まっているようなので、戦後史を知っている読者からすれば、なし崩し的なバラ色の未来が見えているようにも見えます。 ただし、多少強引ですがこの後の展開は、高貫布士、林 譲治共著「大日本帝国欧州電撃作戦」に近いと言えます。 というより、初戦での日本海軍壊滅から日米停戦、日本の連合国参戦、独ソ戦なしという大きい流れは同じで(タイムスケジュールもほぼ同じ)、しかも三国同盟も成立せず、欧州諸国とも戦火を交えていない事を思うと、かなりスムーズに「連合国」としてやっていけそうにすら思えてきます。 いや、この世界の日本はおそらく「勝ち組」としてこの戦争を乗り切る事でしょう。国家状況はともかく、米英に次ぐ軍事力を持つ国家ですからね。 そう考えると、作者がこの後の展開をどう考えていたのか、少し興味がありますね。
・・・う〜ん、後はあんまり書く事はないですねぇ。この世界の日本の大戦略的展開は、本コンテンツの「突然最終回 第二回の「大日本帝国欧州電撃作戦」」で紹介した事を多少地味にしたもの、と要約できますし、もともとお話自体が短期間の出来事な上に一部の架空の人物中心に語られ過ぎていて、戦略的展開は面白いのに、いまいち手の付けようがありません。そう言う意味では、ライトノベル作家らしい作品と要約できるでしょう。 もちろんこれは、小説としての方向性が「第七艦隊」とそれを取り巻く人々を中心に据えている以上間違っていないのですが、私のような人間にとっては少し不満の残る作品でした。
と言うわけで、リクエストを下さった方には申し訳なく、また私自身多少不本意ですが、今回はここで終えたいと思います。
では、次の作品で会いましょう。