第八回・「軍艦越後の生涯」

著 者:中里融司

発行日:2001年3月10日〜2001年12月4日

発行所:学研(学習研究社 歴史群像新書)

軍艦越後の生涯(1)大艦巨砲の宴大艦巨砲の宴
軍艦越後の生涯(2)碧空の死天使
軍艦越後の生涯(3)戦乙女の残照

 物語としてはきれいに完結している話しではありますが、やはり、これを採り上げねばならないでしょう。
 今回は、架空戦記界随一の異色作です。
(注:志茂田氏の作品は異色を通り越えていますから、除外します(笑))
 また、私がこれを最初に見たのは、小説ではなく「コンバットコミック誌」に掲載されていた飯島祐輔氏によるコミックスになり、この小説はコミックスの原作を書いた中里氏による小説化になります。そういう点でも異色作と言うべきかもしれません。
 しかし、「ある要素」を除外してしまうと、中里氏の作品としては、極めてオーソドックスな架空戦記となっています。著者もあとがきで「軍艦長門の生涯」(阿川弘之)に影響されたというか、オマージュみたいな事を書いているので、その点推して図るべきというところでしょう。作風自体も意識しているようで、いつもと少し違います。また、日本戦争映画のオマージュやパロディもちらちら見かけたように思います。しかも、海軍軍人の生活面に多くのスポットを当てており、「ある要素」さえ除外して、戦争をよく知らない人に紹介すれば、これが当時の戦争と兵隊さんだよ、と騙せてしまいそうなぐらいの要素も持っています。
 数ある架空戦記の中で、当時の生活を紹介している作品が希だと言うことを思うと、この点の評価はかなり高くしてよいでしょうね。
(「再生太平洋戦争」(井上秀夫著)も生活面描いている点では同類でしたね(これ、表紙だけで買っちゃいましたよ(汗)))

 そして、「ある要素」を除外して紹介すると、以下のような勇ましい内容になります。
(とある、電子書籍サイトより転載)

■1巻解説
 昭和10年、中国大陸における日本海軍機の米艦誤爆事件は、経済破綻で疲弊したアメリカに、対日開戦の格好の口実を与えることとなった。合衆国海軍は対日渡洋作戦『皇帝の道』を発動!それを迎え撃つは、世界最大にして日本海軍最強の戦艦『越後』!「モンタナ」の16インチ砲と「越後」の51サンチ砲が激突する――!!海軍軍縮条約が締結されなかった世界を舞台に、米国のダニエルス・プラン戦艦と大日本帝国海軍の八八艦隊の艦隊決戦が繰り広げられる!

■2巻解説
 昭和10年の対米戦において、艦隊決戦で薄氷の勝利を果たした大日本帝国。だが、その後も国内は混乱し、世界は次なる大戦に突き進んでいた。そして昭和16年、公表された「コノエ・ノート」を契機に、アメリカ合衆国は大日本帝国に宣戦布告――。昭和16年12月8日、日米は再び激突することとなる!米軍は史上空前の航空攻撃隊を投入。トラック諸島の日本海軍根拠地を襲う!! 帝国海軍最大の戦艦「越後」は、またも太平洋の戦場に向かう…。

■3巻解説
アメリカ軍によるトラック基地奇襲攻撃に始まる第二次太平洋戦争は、ミッドウェー、ソロモン、マリアナ、レイテの海戦における聯合艦隊の奮戦も空しく、大日本帝国の敗色が濃厚となっていた。主要艦艇を次々に失い、米軍の本土への来寇を許した日本海軍は、ついに乾坤一擲の沖縄特攻“菊水作戦”を決断した! 帝国海軍最強最大の戦艦「越後」は、姉妹艦「大和」とともに、残された戦艦部隊を率いて、最後の戦場へ向かう――!!

 嗚呼、なんと「普通」な架空戦記なんでしょう。
 これが、中里氏の作品かと思うと、ある種の感動すら覚えそうになります。ああ、もちろん中里氏が確信犯的トンデモ架空戦記作家なのは承知していますよ(笑)
 駄菓子菓子! ひとたび表紙をめくると驚天動地な衝撃が襲ってきます。なぜか架空戦記の挿し絵に飯塚氏の手による、可愛らしい少女が微笑んでいます。しかも、3巻になると美少女ゲームも吃驚の数の少女達が見開きで並んでいるではありませんか・・・。
 何気なく手にとった読者たちが、同作を「萌え系仮想戦記」と納得させられる瞬間です。
 もっとも私自身は、これ以前に発表された「コンバットコミック誌」の作品を知っていたので(たぶん今も手元にあります(自爆))、「ああ、遂にやりおったか」ぐらいの気持ちでしたが、この作品を許容した市場には、少し驚かされましたね。
 故にこれを書店で見た時の私の心象風景は、
「萌え系仮想戦記っ!!」
「知っているのか雷電!」(以下、民明書房の解説が続く)
でした(W

 さて、本作は、先述した通りネット上では「萌え系仮想戦記」とすら言われ、古来船には「船魂」が宿り、船は海外では女性にたとえられるというところから、この世界の軍艦には少女の姿をした「船魂」が存在して、彼女たち(?)が物語の重要な要素として登場します。
 つまり、架空戦記の皮を被ったライトノベルです。
 そしてその「船魂」たちは、生い立ちや時代背景などに沿った、実に様々な姿をとり、希に見ることの出来る人の前にその姿を現します。
 ちなみに主役の「越後」は、百合模様の着物を着た純情可憐黒髪+手毬付少女(挿絵有)、日本に捕獲された米軍の戦艦「ヴァーモント」(日本名「対馬」)が金髪グラマーそばかすの(プレイメイト風)ウェスタン少女(挿絵有)。
 その他、りりしい海軍第二種軍装の姿をした「大和」(挿絵有)、男装の剣豪姿の「武蔵」(挿絵有)、巫女装束の「比叡」、カッフェのウェイトレス(挿絵有・どう見てもアキバ系メイド、眼鏡・三つ編みおさげ+ほうき付)の「榛名」、モガ(大正時代のモダンガール)姿の「長門」、巫女装束の「比叡」、その他セーラー服+三つ編みなど、もう選り取りみどりです。足りないのは猫耳ぐらいでしょう(自爆)
 しかもヒロインの越後は、初代艦長斉藤二郎を想って「私の艦長さん」などと言って、「船魂」を見ることのできる艦長もまんざらでもないご様子という、架空戦記にあるまじき展開が見られたりします。
 もっとも逆に、同じく「船魂」を見ることができる神重徳は、船が沈む前に「船魂」が船を下りるのを知って、沈む船をあえて過酷な任務に投入するというような事もしています。このあたりは、お話としてのバランスが取れていてむしろ好感が持てましたね。
 「船魂」をヒロインとした物語としての終わり方はきれいなものです。また、中里氏の作品の中では、架空戦記としても屈指の名作と言ってよいでしょう。訳の分からない展開と兵器の多い数多のトンデモ系作品よりは、話しも分かりやすく感情移入もし易いと思います。
 少なくとも、架空戦記と美少女ゲームを愛好する方なら必見・・・の筈です。

 と、ここから「船魂」美少女と巨大戦艦について、パトスとリビドーをほとばしらせつつ語ればよいのでしょうが、あいにくとその手の話しは苦手ですので、いつもの物語の背景世界の裸体図を見てみましょう。
 ここから萌えな要素を期待する人は、ページを閉じましょう。理屈くさくいきますよ(w

 さて、お立ち会い!
 史実の国力で「八八艦隊計画」は実現可能だったのか?
 大艦巨砲主義者なら一度は取り組む命題であり、夢見る対象ですが、実現のためには当時の国家予算の半分が軍事費に消えるという厳然たる事実を突きつけられると、ニントモカントモという気持ちに襲われ、たいていはスゴスゴと引き下がらざるをえません。
 それが現実であり、実際行おうとするなら、日支事変頃より少しマシな財政状況を10年間大日本帝国に強要しない限り、「八八艦隊計画」を完遂する事は不可能です。
 そして、ごく順当に考えれば、昭和7年頃に艦隊ができた頃、日本の財政は火の車になり、国家的破産が待ちかまえ、それを避けるには一か八か(ヤケクソ)の大戦争を遂行するしかない、という結末が見えてしまいます。
 まさに本末転倒です。
 一つの妙手としてシベリア出兵がなかった、もしくは小規模な派遣に終わり、そこで使われた莫大な軍事予算(約10億円)が全て艦隊建設に使わていれれば、と少しご都合趣致的な想定ができるかもしれません。しかも、シベリア出兵縮小が、アメリカがもっと早く日本の派兵に文句を付けてきたからという理由にすれば、早期の日米開戦もかなり納得のいく展開ができる事でしょう。
 それでも少しお金が足りませんが、史実の展開だと私としてはこれしか手はないと思います。(「八八艦隊1934」の初期プロットの一つもこれでした。)
 もっとも、この作品は軍縮条約が全て流産しているという事以外、史実とほとんど何も変わっていないようです。
 つまり、史実で必要な分以外の年間2〜4億円の軍事支出をどこからか絞り出し続けなければならず、これなくして「八八艦隊計画」は完成しませんし、その維持も不可能です。
 そしてこれを実現するには、所得税率を2%程度引き上げ、さらにかなりの額の国債発行をしなくてはいけません。細かい数字は出していませんが、多分それぐらい必要な筈です。
 ・・・そりゃ、貧乏になるわな。
 しかも、この世界では満州事変に続いて、史実より2年早く日支事変に突入しており、1936年には「第一次太平洋戦争」とでも呼ぶべき、日米主力艦隊同士の殴り合いに発展しています。
 ただし、国家予算面から考えると、「八八艦隊計画」を完遂してしまうと、日本の国庫には大陸で大規模に陸軍を動かすお金などどこにもなくなり、史実以上に生産力も造船に投入されるので、大陸での火遊びなどしたくてもできない筈なんですよね。この辺りは、横山氏の方が扱い方は上手でしたね。

 そして、この世界の経済面での不思議は、「八八艦隊+越後」を作り上げた日本だけではなく、アメリカも同様です。
 この世界のアメリカは、ルーズベルトが大統領当選直後に暗殺され、フーバーがそのまま大統領を続け、彼の経済政策はことごとく失敗しているとされています。そう、この世界は史実以上にアメリカの経済は低迷しているんです。しかも、無理矢理「三年計画」を完遂させたうえに、不景気を何とかするために日本に殴りかかるも、16隻中13隻もの新鋭戦艦を喪失するボロ負けぶっこいて、太平洋の島嶼のいくつかも失い、挙げ句の果てにフーバー大統領は辞任に追い込まれ、アメリカはさらなる混乱に見舞われるみたいです。
 もっとも、この世界のアメリカは第二次世界大戦(史実の同大戦と同時期)で、日本憎しの感情のままドイツよりも日本重視で戦争を行ったとされている割には、出てくる米海軍の装備は史実をあんまり変わらないし、昭和20年の時点でまだドイツが元気なので、アメリカの国力は辻褄があっている事になるんですけど、チョット納得いきません(w

 そして、結果論的な展開をはじき出すと、大東亜戦争終了後の日本は、沖縄戦頃(小説では1945.5.15停戦発効)と同程度に国力を消耗しており、欧州での戦いはいまだ続いているので、史実ほど国力のないアメリカは、日本を引き吊り込んで、欧州でのさらなる戦いに臨んでいくという事になるんでしょうかね。

 アララ、このまま短く終わらせるところでしたが、もう少し細かく見てみましょう。
 まずは、買い物競争です。

 軍艦「長門」は6,100万円の予算で、その後一割ほど追加予算を使い建造されました。
 これが「八八艦隊」の基本単価です。
 ここから排水量比較により、「加賀級」約8,200万円、「赤城級」8,500万円、「紀伊級」8,800万円、「13号艦級(筑波級)」約1億円という値段が出てきて、これに物価指数やその他諸々の要因を差し引きすれば、最終的な値段が出てきて、まあ1隻平均技術上昇と簡単な改装費用込みで9,000万円ぐらいという数字が丼勘定できます。
 さて、このサイトに来る方ならもうお分かりですね。史実の八八艦隊計画は、このサイトの1934世界の9割以下の予算で艦隊が実現できる事になります。
 もっとも、年間2〜4億円(全体では5〜7億円)の追加予算が必要な事は変わりありません。
 しかも、「越後」、「翔鶴」、「瑞鶴」(これだけで最低3億円)を含めた新規海軍整備計画がこの世界では存在しており、史実より多少贅沢という事が見えてきます。
 また、艦隊完成後は史実の海軍以外に八八艦隊の戦艦12隻分(史実未成分)の海軍を維持しなければならず、1ダースの戦艦乗組員だけで2万人を必要としています。これに、追加の支援艦艇や艦艇造修施設とその運用人員が加わるのですから、その額たるやいかばかりか、と言うことになるのは容易に想像がつくと思います。
 ちなみに、横山氏の「八八艦隊物語」では、陸軍予算の削減と造船バブルによるGDP増大、補助艦艇の削減によりこれを実現させていましたが、GDP増大などという小手先芸が特になくても、もう少しソロバンを弾き直せば実現が可能ではないかと思います。あの世界では海軍のために貧乏日本で、日支事変もしてませんからね。ただ、「八八艦隊物語」では日露戦争が痛み分けという状況なので、佐藤大輔氏の「RSBC」のような強引な歴史改竄でもしない限り、その世界の日本そのものが史実よりも貧乏な筈・・・なんですよね。いっそのこと、第一次世界大戦で連合艦隊が大挙北海に押し掛けて、そこでの大活躍で海軍の発言権が著しく増大、ついでに大艦巨砲主義万歳とでもした方が良いと思いますし、これなら大日本帝国が国際的に生き残るための歴史改竄もしやすいと思うんですけどねぇ・・・。このフラグを成立させた架空戦記を誰か書いてくれないものでしょうか。
 なお、この作品での計算を私なりに少し丼勘定しましたが、史実と全く同じ状況でも八八艦隊ならぬ八艦隊は十分可能でした。

 それはさておき、とにもかくにも、史実日本の国力で「八八艦計画」を完遂するのは、非常に重荷になるのが、多少は数字の上で分かっていただけたかと思います。
 そして、この世界ではこれを無理矢理実現し、日本はより貧乏、という想定で次に進みましょう。

 日本の貧乏が早期の支那事変を呼び込み、それが第一次太平洋戦争に発展します。
 その第一次太平洋戦争で、日本側は2隻、アメリカ側は13隻(14隻)の新鋭戦艦を完全損失し、海戦全体は日本軍の薄氷の勝利ということで終わっています。そしてここから単純に考えると、日本側5,000人アメリカ側最大3万人の死傷者が発生し、その多くが戦死しているという数字が見えてきます。
 第二次大戦以前のアメリカなら、大統領を辞任に追い込むのも道理というものです。
 この点特に文句はありません。あるとするなら、日米双方とも旧式の超弩級戦艦を1隻も決戦場に出していないのはなぜ? という事でしょうか。
 また、戦後米軍が軍事研究の末に、アッサリと航空主兵に傾倒して、いきなり史実通りの軍備拡張プランを始めるというのは、あまりにもご都合主義的と言えるのではと、疑問が尽きません。小説の戦闘展開を教訓とするなら、高速重防御戦艦と装甲空母を組み合わせた贅沢な打撃戦中心の艦隊を作りそうなんですけどね。レキシントン級が使えると勘違いしたんでしょうか(アイオワ級は空母護衛艦艇としては秀作ですが、戦艦としては贅沢なだけの凡作だと思います)。
 またアメリカは日本に対する敗戦の後、日本に対するさらなる敵愾心を燃やして不景気のまま軍備増強に熱心になるという流れも、少し安易な気もします。お金儲け第一主義のアメリカは、どこに行ってしまったのでしょうか?
 とまあ、こういった点を指摘し始めたらキリがないのですし、物語の中心は「越後」を中心とした「船魂」たちの物語なので野暮というものなんでしょうね。この点は、「船魂」たちに敬意を表して、今回は引き下がりましょう(笑)

 で、皆さんの大好きな戦闘での数字を見るわけですが、この世界の日本軍は八八艦隊があるせいか、史実以上に頑張っているようです。
 といっても、作品比較されやすい「八八艦隊物語」と違って、満載排水量5万、6万トンの巨大戦艦といえども、航空機や潜水艦の前に手もなくやられているので、「八八艦隊物語」のような度重なる戦艦同士の殴り合いはほとんど発生せず(この世界のWWIIで艦砲で沈んでいる日本戦艦は「金剛級」、「伊勢級」のみ)、個々の戦闘もほぼ史実通りの戦争展開になっています(これも安直すぎるが)。
 では、最終的なオーダーを上げてみましょう。

日本側:
残存戦艦5隻(6隻)
海軍残余:「加賀」、「土佐」、「赤城」、「榛名」
米国への賠償艦:「長門」
大破着底のまま:「妙義」(トラックにて)
CV:「瑞鶴」、「飛龍」、「雲龍」
CVL:「隼鷹」他2〜3隻
それ以外は全て戦没(戦没艦BB:21、CV:3)

アメリカ側:
戦艦
残存戦艦5隻
三年計画艦:13隻戦没(+1隻賠償艦)、2隻残存
新鋭戦艦 :7隻戦没、3隻残存?
(旧式戦艦11〜13隻程度有り)
空母
三年計画艦:2隻戦没、1隻残存
新鋭空母(CV):5隻戦没、10隻残存
新鋭空母(CVL):1〜2隻戦没、10隻残存

 米本土で建造中もしくは訓練中などを考えなければ、小説中の設定では多分この程度になると思います。
 日米戦争に傾倒した割に、アメリカ海軍の勢力が小さいようにも見えますが、まあいいでしょう。

 そして日本は終戦時、硫黄島は陥落し本土爆撃もたけなわとなりつつありますが、沖縄戦はまだ半ばで地上戦も有名な悲劇的状況の紙一重前で、大西中将がマリアナで戦死している世界なので、神風特攻隊もあんまりしてなさそうです。
 また、欧州戦線は、ドイツ軍はまだウクライナで頑張っているそうなので、史実の1年遅れ以上で戦況は推移しており、当然ソ連軍が日本に参戦する事もないので、満州や南樺太を始めとする日本の北方勢力圏は保持されたままです。
 ここから、史実の敗戦よりかなり状況が良い状態で日本の国富は残っており、アメリカからの借款なり援助があれば、史実よりもはるかに早く回復できるだろうと予測できます。
 そして停戦に際して重要なのが、アメリカが先に戦争を吹っかけたので、日本は史実よりもかなり緩やかな講和条件を受け入れて降伏しており、この後はアメリカの反独、反ソ政策に従い、英米主導の安全保障に組み込まれ、史実とは多少違った歴史を歩んでいく、と言うことになります。
 小説内で触れられている点は、占領地域からの日本軍の撤兵、軍備の制限、満州の国民投票上の帰属決定、朝鮮の独立復帰、となります。史実を思えばはるかに穏便な条件と言うべきでしょう。さすが、ルーズベルトのいない世界です。
 その割には、沖縄は史実と同じタイムスケジュールで、アメリカに占領統治されているのが不思議ですね。

 また、小説の最後のくだりで、戦後は共産主義陣営対資本主義陣営の冷戦に入り、それまでにナチスドイツは東西からの攻勢で滅亡しているとされています。
 つまり、日米戦の後も戦争は継続され、その後1年程度は欧州で血みどろの戦いが演じられる、と言うことになります。
 そしてこの作品は、「越後」の生涯を追いかけるものであり、「越後」なき後の戦争の帰趨は些末な事に過ぎず、著者もそれ以上歴史を追いかける事はないと書いています。

 さて、1945年5月15日に連合国と停戦をした日本ですが、欧州の戦乱に介入できるでしょうか?
 やはりこの点こそ、ここで採り上げるべき命題のひとつでしょう(w
 日本の正面戦力は、書類上は意外に残っています。
 戦艦が4隻、空母も6、7隻残っています。浮上修理すれば18インチ砲戦艦すら復帰できそうです。
 英米が相手でなければ、かなり有効な海軍力と言えるでしょう。
 陸軍の方も南方でギョクサイした戦力をのぞけば全て残っており、本土爆撃も期間が短く原爆投下がないので3分の1程度の人的損害で済んでいて(本土爆撃が本当の意味で激化したのは、アメリカが日本本土侵攻にシフトした6月以降)、沖縄戦は終末期の悲劇的な戦いもないのでここでの被害も多少は少なく、満州・朝鮮・オホーツク各地に至っては平穏なままです。
 ここから、日本人の死者の数は50万人以上少なくなっている数字が見えてきます。史実と同じ戦争スケジュールの場合、終戦三ヶ月の差は意外に莫迦にできません。
 このように表面的事象だけを見ると、横山氏の「修羅の戦野」のような展開も夢ではない、ようにも少し見えます。
 はたしてどうでしょうか??

 ・・・う〜ん、やっぱり日本単独では何もできないでしょうね。兵を動かすにもお金がありません。
 日本の意志で何かできるとするなら、史実で朝鮮戦争が起こった頃まで待たないと無理でしょう。
 それだけ日本は経済的に消耗しており、少々戦争の傷が浅かろうが、既にどうにもならないほど日本は疲弊しています。何しろ、史実では1944年に日本全体の国富がマイナスになるほど戦争に投入したという統計数字がありますからね。ここまでくると、「根こそぎ」と言うより「やけくそ」という感じすらします。
 もちろん、日本が独立を維持し続け国富の損害も史実より遙かに少ないので(講和状況から見て、史実で大陸とキムチどもが奪った日本資産の多くも日本の手元に残ります。でないと、落ち着いたら彼らがそれを日本に返さなくてはならなくなり、ヘタしたら受け取れる筈の戦時賠償すらなくなってしまうからです)、史実戦後ほど酷いインフレにはならないでしょうが(数千億円の戦争債務返済のため、無理にでもインフレは起こさねばならないが)、戦争をできるかと問われると、首を大きく傾けざるをえません。
 もちろん、アメリカが軍の装備一式はもちろん、兵士の給料から衣食住に至るまで、人間以外の全てを提供するというなら話しも違ってきますが、そうでないなら日本が欧州で戦うというような事は考えられませんね。
 ただこれもアメリカの戦略に従うなら、日本人をわざわざ欧州に運んで戦わせるぐらいなら、次なる敵となるソ連に備えるため、南樺太や満州に日本人を再装備の上配置する方がずっと経済的です。アメリカとしては満州、中華市場が手に入る以上、日本は新たな番犬として飼い慣らしておくべきです。
 おそらくこの世界でのコーンパイプのフィリピン軍元帥は、厚木基地ではなく、満州・新京か朝鮮・漢城に降りたって例の有名な演説をしている事でしょう。
 GHQの占領統治も満州と朝鮮など日本の植民地の一部に限られ、本土は旧来のままの体制が続くものと考えられます。

 そして、この世界の戦後ですが、小説のくだりからすると、おそらく1946年ぐらいにナチスドイツが滅亡する事で第二次世界大戦の幕は降り、そこから東西冷戦構造に突入という流れになるかと思いますが、史実と違い極東情勢はかなり変化しています。
 史実のヤルタの取り決めのような事がないと仮定しなくても、日ソ間は戦争状態にないのですから、髭野郎は日本から何も分捕る事ができず、千島列島と南樺太は日本領のままとなります。
 そしてコンラート大統領は、ルーズベルトと違ってかなり反共傾向の強い「アメリカ的正義の人」らしいので、この流れを補強しています(イメージからすると今のブッシュに近いか)。
 また、朝鮮半島もアメリカ主導とは言え単一国家として再出発しています。台湾も日本本土の主権が日本人の手により維持されたままなら、それまでの国際慣例を考えると国民投票の後日本への帰属という流れになるでしょうし、何より中華人民共和国という巨大な共産主義国家の成立が微妙になります。
 なぜなら、史実での彼の国は、ソ連が占領統治していた満州で旗揚げして、日本の残した兵器で装備を調えるなどの足場固めを満州で行っているからに他なりません。確か独立宣言も満州でした筈です。北京が首都に定められた理由も、多分この地理関係(ソ連に近い)にあると思います。
 しかしこの世界で満州は、アメリカ主導のもと民主国家としての再建が進むでしょうし、新たに得た市場にしてフロンティアを、アメリカ様が簡単に手放すとは思えません。手放すとするなら、国府軍が中華本土から追い出されて満州に逃げ込んだ時ぐらいでしょう。
 ですが、中共は史実ほど勢力が急速拡大する可能性は低く、また頼みのソ連は史実よりも1年長く欧州で戦争を継続して、肝心な時期に極東情勢に関わる事が遅れ、しかも史実よりアメリカが日本戦に傾倒した分だけドイツとの戦いで疲弊しているので、史実ほどの勢力は存在しません。また、ソ連にとっては程度問題ですが、数十万の日本人強制労働者もありませんし、満州で奪ったとされる時価数百億円分の社会資本もグルジアの髭親父の手元にはきていません。
 それどころか、1945年初夏の時点でドイツ軍がウクライナで頑張っているという状況を考えると、欧州からの大略奪や東欧の赤化すらできない可能性が極めて高くなります。
 そのように考えると、極東での共産主義陣営の立場も、かなり低いものになると予測できます。
 しかも共産中華の大陸全域制圧がなかった、もしくは遅くなれば、ベトナム全域の共産化もどうなるか分かりませんし(恐らく史実の朝鮮半島に対するオマージュとして、分裂状態のまま千日手でしょう)、何より反共姿勢が元から強い日本が戦前の体制に近いまま存続している事は(共産党は非合法のままの可能性大)、共産主義者にとっては目の上のタンコブ以上に厄介です。
 しかも当然、満州は強烈な反共国家として極東の要地にふんぞり返りますので、たとえ支那大陸が中共の手におちても中共の目は常に満州を向く事になり、ロシア人も日本の近在地域を見る前にそちらに目を向けざるを得ません。
 ま、要するにこの世界の日本は史実以上に安泰であり、近隣のアメリカの衛星国を統括する立場で、適度な軍事力を保持したまま経済発展に力を注げばよく、恐らくは英仏を足したぐらいの軍事力、原子力空母から戦略核まで保有した地域覇権国家としての道を歩んでいく事でしょう。
 だいたい、当コンテンツの突然最終回最終回 第六回「修羅の波涛」、「修羅の戦野」の最後で紹介した軍備ぐらいに落ち着くと思います。
 そして生き残った「八八艦隊」の艦艇たちも、私達の世界の英米海軍がそうだったように、改装を重ねつつ1960年代ぐらいまで現役を務め、今頃は日本各地の港でのんびりとした余生を送っている事でしょう。

 私達の世界も、これぐらい景気の良い世界ならよかったんですけどねぇ・・・
 と、愚痴をこぼしても仕方ないので、今回はこの辺で終えたいと思います。

 では、次の作品で会いましょう。