第九回・「覇王の軍」

著 者:羅門祐人

発行日:2000年1月25日〜2003年10月29日

発行所:KKベストセラーズ、ワニ・ノベルス、
    経済界、RYU NOVELS

1 シムシビライズ《1582〜1935》大戦略発動
2 シムシビライズ《1936》皇帝勅令作戦、始動
3 シムシビライズ《1936》派遣軍、西へ!
4 シムシビライズ《1936》ハワイ奪還作戦
5 シムシビライズ《1936》合衆国の憂鬱
6 シムシビライズ《1936》中東派遣、孤軍奮闘!
7 シムシビライズ《1937》中東の嵐
8 シムシビライズ《1937》反撃の序曲
9 シムシビライズ《1937》反攻作戦「昇日」始動!
10 シムシビライズ《1937》反攻作戦、成就!

 今回は架空戦記とは毛色の少し違う作品を採り上げてみたいと思います。
 また、今回は「その後」ではなく、この作品における前提条件を中心に見ていきたいと思います。

 「シムシビライズ」、この言葉を架空戦記ジャンルの間でチラ・チラと聞くようになって10年〜15年ほど経つでしょうか。
 それもそのはずで、この言葉は羅門祐人氏が作られた「シュミレーション」と「シビライゼーション」を併せた造語だそうで、日本語にあえて訳すなら「文明想定」、「仮想文明」とでもなるでしょうか。
 そして、言葉を作り出したご本人最大の「シムシビライズ」こそが、この「覇王の軍」になるかと思います。(確かそんな事をどこかで言っていたような・・・)

 さて、このお話を極めて端的に書くと、「本能寺の変で信長は死ぬことはなく、織田日本国(後の大日本帝国連邦)の皇帝となった彼に率いられて海外飛躍を成し遂げた日本を中心としたアジア・王制世界と、日本や各王制国家との勢力圏争いで追いつめられたアングロ系共和国家(革命国家連合)による近代的な世界大戦を描いた作品」となります。
 つまり、歴史改竄は350年もの長きに及んでおり、その雄大さにおいて、物語を完結させた事を加味すれば随一のものと言って過言ではないでしょう。
 しかもこの作品世界は、「覇信長記」(羅門祐人原作/中岡潤一郎著/ベストセラ−ズ)という形で、その改変初期についてもシリーズが出ており、意欲的な姿勢が強く見え、これも好感が持てます。
 また市販物で、同規模の歴史改変を行っている作品は、これ以外に数える程しかなく(架空戦記では佐藤氏と中里氏ぐらいか)、同様の作品を戦記小説として書く事がいかに難しく、筆力を必要とするかを感じさせます。
 まあ、数百年分の歴史資料を集めるだけで、普通の作家は採算が合わない(執筆速度が維持できない)として断念するのが普通でしょう。

 ただし本作は、架空戦記としてエンターテイメント面から見ると完全に落第点です。何しろ、「零戦」、「大和」、「山本五十六」は言うに及ばず「連合艦隊」どころか「大日本帝国」すら登場しないからです。もちろん、強大無比なナチスドイツや赤い帝国ソ連もありませんし、ルーズベルトやチャーチルもいません。それどころか、世界の列強は言うに及ばず全ての国や地域が、全くの別世界となっています。
 これでは、サラリーマンの方が新幹線で気楽に読もうとは思わないでしょう。
 世界史に対する少し偏った予備知識がないと、何が何やらな世界で、ハッキリ言って地球というフィールドを用いた異世界に等しくなっています。と言うより異世界です。そしてそのハードルを何らかの理由で乗り越えられる人にしか、受け入れ難い作品に仕上がっています。ですから、これは架空戦記というよりはSFもしくは地球上を舞台にしたスペース・オペラと理解する方が分かりやすく、またその手の作品が好きな方にこそお勧めできる作品と言えるでしょう。
 つまり、「日本を中心とした王制連合vsアングロ共和連合」という図式を、「銀河帝国vs自由惑星同盟」もしくは「アーヴによる人類帝国vs人類統合体」という感覚で見ると、私達の歴史上存在しない人物や兵器が出てきても受け入れやすいだろうと言う事です。
 まあぶっちゃけ、架空戦記やシムシビライズの形を取った「小難しいライトノベル」と思えばいいって事ですね(笑)(上記した二つのスペオペ世界の勢力を程良く混ぜ合わせたら、似たような対立構図ができあがる筈です(笑))
 それとも、羅門氏によるスペースオペラ、「星間興亡史」の別パターンと捉える方が自然かもしれません。

 と、ここからいつものように「あらすじ」を踏まえた上で「論評・批評?」に入っていけばいいんですが、今回は個人的に「あらすじ」や戦闘経過などはこの際どうでもよく、ここまで変革された歴史の現状を戦略的に考証したり、その後を考えるのもソースの少なさからかなり難しいので、その作品世界、歴史改変点に重きを置いて見ていきたいと思います。
 このため、今回は「突然最終回?」と言うよりは「ここが変だよ架空戦記」て感じでしょか(あ、コンテンツの題をこっちにすべきだったかも(苦笑))
 また、今回も設定に関してはかなり批判的な事を書くつもりですし、多分長くなると思いますので、その点をご了承下さい。
 特にファンの方には、最初に謝っておきたいと思います。

 さて、お立ち会い。
 この世界は1582年初夏に存在した「本能寺の変」において、織田上総介信長は事前に情報を察知してこれを切り抜け、その後は卓抜した手腕により瞬く間に日本を統一、以後養子縁組で二代目皇帝となる織田幸村(真田幸村)と二人により日本の海外飛躍の基礎を作り上げ、以後300年以上にわたる独自の海外飛躍を成し遂げ、さらにはいち早く産業革命も達成し、世界随一の大国としてアジア・太平洋全域に影響力を持つ超大国となって、20世紀に入っての不倶戴天の敵である、英米を中心とする民主主義を標榜とする共和主義勢力との戦いを開始するというのが、話の流れになります。
 ここから、この作品に示されている話の根本を抜き出すと、世界の二極化、「王制」vs「共和制」という政治勢力の対立に集約されてしまいます。
 「シムシビライズ」という羅門氏の目的を考えると、これが答えなのか? という疑問に襲われますが、同じような歴史改変をした佐藤大輔氏が西洋と東洋の逆転という図式を、笑い出すぐらいの図太さと露骨さで作り出している以上、エンターテイメントとして別の方向性を求めざるを得なかったと解釈すればよいのでしょうか。それとも、本当は近代政治の方便としての二大政治勢力の争いを描きたかったと解釈すれば、この疑問も解消されます。そして羅門氏の他の作品を考えれば、恐らく後者でしょう。
 なお、この「共和制」国家は、世界各地の「王制」国家に10年スパンの準備を経た革命輸出にご熱心で、この革命工作がピークに達した時点で、盟主たる織田日本に大戦争を吹っかけています。
 なんだか、背後に「社会主義はメイドスキー」な人たちが見え隠れしています。というより、どう見てもこの世界のアングロ発の民主主義は、大規模な革命輸出を国家戦略としている時点で、共産主義同様の人工国家特有の暴力的革命輸出国家です。いや、共和政党という皮を被った全体主義(ファシズム)の方がしっくりくるかもしれません。作品(もしくはあとがき)内にも、このような記述があったように思います。この点は、スペースオペラと考えると、少し下品な展開ですね。革命なんて、言葉からイメージされるほど綺麗なものじゃないですし、特に共産主義革命に類する革命での犠牲者の数は、サタンやベルゼブブもビックリの数ですからね(戦争より革命の方が死者数が遙かに多いのが常な上に、結局その国の文明は停滞するので、英国や日本型の政権交代の方が発展しやすいし、既存社会に対するダメージも低い・・・筈)。
 また、アングロ国家のアメリカとイギリスにこの役目を負わせるとは、何かのブラック・ジョークを見る思いですし、16世紀末までに作られたそれぞれの民族性を殺しているようにも思えます。信長一人のせいで、そこまで変える事ないと思うんですけどねぇ・・・(苦笑)
 と、個人レベルでの感情的な愚痴を言っても仕方ないので、そろそろ世界観の解体に入りましょう。

 まずは、1930年代に入るまでの各地の状況です。
 ただ、一枚の世界地図と小説内からの読みとりによるので、かなり大まかな世界しか見ることができません。困ったもんだ。

 東アジア・太平洋方面
・日本帝国連邦(織田日本、伊達王国、琉球王国)
  織田日本:日本列島の過半
  伊達王国:日本の北部と環オホーツク南部一帯
  琉球王国:琉球+台湾
 その他東南アジア一帯は、そのほとんどが日本帝国連邦の保護国(経済植民地?)
・オセアニア:オランダと日本の共同植民地

・大中華帝国(支那大陸全土を支配する明王朝から発展した旧帝国型国家)
・朝鮮王国(李氏朝鮮から発展したものと思われる)

 インド・中東方面
・ムガール帝国(インドの過半)
・ペルシャ帝国(ペルシャからトルコにかけて)
・エジプト王国(エジプト、リビア地域)
・ベンガル王国(インド東部一帯?)

 欧州・大西洋方面
(だいたい史実のままの領土)
・イギリス連合共和国
・ロシア帝国(ロシア民主共和国)
・ドイツ帝国(ドイツ民主共和国)
・フランス王国(フランス民主共和国)
(だいぶ違う地域)
・オランダ王国
・ポルトガル王国
・イタリア王国
その他北欧はそのまま、他詳細不明地域多数

その他
 北アメリカは、なぜかアングロ系を主力とする国家として成立しており、南アフリカ、カナダも何故かイギリス系勢力圏のままで、その他のアフリカ植民地の過半も欧州の植民地
・中南米は恐らくほぼ史実通り

・・・何をどうすれば、このような世界地図が350年の間に出現するのでしょう。私は、小説内の説明だけでは到底受け入れる事ができませんでした。
 まるで異世界ファンタジー小説で、この世界の地図はこれなんだよ、という前提を最初に突きつけられたような心境です。それまでの歴史的蓄積が存在する以上、大法螺もここまですればやりすぎでしょう。
 と言うわけで、私が気になった点を順に突っついてみましょう。他者の揚げ足取りほど、楽しいものはありませんからね(自爆)

 まずは大前提ですが、1582年「本能寺の変」まで歴史は私達の住む世界と同じです。これに関して小説内で変更点が指摘されてはなかったと思います。

 そしてこの頃の世界帝国は、大きく4つです。欧州の覇王スペイン、イスラムの盟主オスマン・トルコ、インドのムガール、中華帝国たる明朝となり、他は国力的に取るに足らぬ存在です。日本など田舎もいいところです。
 では、ここから順に見ていきましょう。
 この頃欧州では、スペインが同君連合でポルトガルを併合し、さらに欧州中の王族血縁外交により名実ともに「欧州帝国」と「太陽の沈まない帝国」を作り上げ、力の根幹の無敵艦隊はまだ健在ですが、独立運動の続くネーデルランド(オランダ)政策で四苦八苦しているといった感じです。その他の欧州勢力は、ドイツ30年戦争もまだなので、新教国家のスウェーデンの勢力が強く、ロシアも小さな力しかなく、オーストリア帝国もいまだ最盛期にあるオスマン・トルコの脅威を受け続けており、まだまだ弱小のイングランドは海賊行為に忙しく、神聖ローマ帝国は自分でもよく分かっていない停滞と混乱が続き、小国乱立状態のイタリア地域は欧州の先進地域として経済的繁栄をいまだ継続中だがまとまりに欠ける、といったところでしょうか。
 一方アジア・インド洋方面は、西方ではオスマン・トルコ帝国がいまだ最盛時のパワーを維持しており、この時点での世界最強国家の一つとして、政治・経済・軍事などほとんどの面で欧州世界を圧迫し続けており、インドではムガール帝国が第3代 アクバル大帝のもとで安定した最盛期を迎えていて、この二大勢力の前に他の近隣アジア諸国の存在は極めて小さなものとなっています。
 また、東洋においては、漢民族系中華帝国の明朝は、已然強大な国力を持ちながらも中華帝国特有の終末期に入りつつあり、反対に北方騎馬民族の女真族がしだいに大きな勢力を築きつつありますが、それ以外のほとんどは小さな王朝が各地に点在するだけで、ここ数百年大きな変化は全く訪れていません。いわゆるパックス・チャイニーズです。
 そしてそれは日本列島も同じ筈でしたが、一人の男の存在が全てを変えてしまいます。
 日本の海外膨脹の開始です。

 日本の海外飛躍については現在(2004年6月現在)「覇信長記」で展開中で、軍事的な事象は突っ込み入れる事すら疲れるぐらいのトンデモさなんですが、政治的な展開についてはなるほどと納得させられる事もあり、展開に大きな疑問・不満はありません(私はタクティクスよりストラテジーを重視する人です(笑))。
 本来排他主義的な織田信長政権下に、伊達王国や琉球王国が成立してしまうのも、織田信長と真田幸村の考えが異常なほど近代の考えなのも、お話と思えば文句の言いようもありません。
 ただし、日本の3つの王朝が政治的に結束が堅いのはいいとして、民族感情的にも仲良しなのはどうかと思います。ハッキリ言って国を分けている意味はほとんどなく、「民族」として分かれる理由がないのなら少し不気味です。最低でも、私達の世界のイングランドとスコットランドぐらいの感情のズレは欲しいところですね。でないと、それぞれの国が「国家」として「国民」のアイデンティティーを維持できないと思います。たとえ連邦国家だったとしても、国を分ける以上地域的なアイデンティティーの差はなくてはなりません。また、土地柄的にあまり豊かでない伊達と琉球では、大量の移民が発生する気風が強いイメージを強く受けるのですが、日本人の移民の流れについては、ほとんど触れられていない点も気になります。この国はいったいどうやって海洋帝国にのし上がったんでしょうか? 疑問が尽きません(苦笑)

 もっとも、日付変更線からマラッカ海峡までの出来事については、大きく文句を言い立てる気はありません。穏便に日本が(様々な意味で)侵略・経済植民地化して全域が保護国化されるというのも、まあそんなもんだろうと納得できます。17世紀中に南蛮勢力を追い払って中華帝国を大陸に押し込んでしまえば、日本の覇権を邪魔する海外勢力は存在しない筈です。
 が、アジア地域での突っ込みがゼロかと言えばそうでもなく、儒教を中心とした土地社会(土地の分割相続)の中華大陸中央部を、どうやって統一帝国のまま近世的態勢に立て直したのか?(200〜300年に一度計画的大虐殺をしないと土地制度から国家が維持できない) 何故騎馬民族国家でもない明朝が、騎馬民族国家の清朝とほぼ同じ広大な版図を得ることができたのか?(敵を倒せても統治ノウハウがないし、歴史上一度もそのような事例はない) ロシア人との勢力境界が史実通りなのは、あまりにもご都合主義すぎるのではないか? といういくつかの点がどうにもシックリきません。
 明朝と清朝の支配民族の根本的な部分での違いと、明朝末期から清朝初期の中央アジア情勢を見る限り、女真族の代わりに「大チベット法国」とでも呼ぶべき、モンゴルからチベット、中央アジア一帯に広がる広大な騎馬民族国家が中華帝国を囲むように別に成立して、中華中央と対立してそうなんですけどねぇ・・・。それに、海洋国家たる日本としては、このような大陸分裂の流れを作り、自国に優位な環境を整える事こそが国家安寧のための布石なのに、いったい何をしてたんでしょうか?? 数百年先を見据えていた信長様のご威光は大陸奥深くにまで及ぶのでしょうか? この点は今後の「覇信長記」で回答が提示されるのを待ちたいと思います。
 ま、なぜか先進的思想を持ちまくった織田日本からの制度導入と、史実と大差ない結末というのがオチでしょうけどね(苦笑)

 続いてインドですが、先進アジア地域と連携してゆるやかな近代化を行い、共同で英国、オランダなどの欧州勢力を排除した、と考えれば当時インドにあった旧世代型巨大連邦国家であるでムガール帝国がそれなりの繁栄を続けているのは、比較的順当な線とみるべきでしょう。何だかよく分からない国を勝手に作られるよりよっぽどマシです(マターラ連合藩王国とかでもいいかも)。まあ、それに隣接するベンガル王国の成立の経緯が分からないので何とも言えませんが、これについて特にイチャモンはありません。あの地域に中華地域に対する緩衝地帯として小国が成立する余地はあります。アジア全体の安定には不可欠とすら言えるでしょう。ですが、なぜインドのお隣に広大なペルシャ帝国が存在(大躍進?)してオスマン・トルコ帝国が影も形も無くなっているんでしょう?? ティーチ・ミー・ホワイ? この辺りの民族が隆盛できる可能性は、16世紀頃には既になくなっていると思うのですが・・・、もしかしたら、織田日本の策略でオスマン・トルコに対抗するため大規模な肩入れがあったのでしょうか?
 順当に考えれば、トルコ帝国が先述のムガール帝国同様の道を歩み、アジア的立憲君主国などに発展して、ペルシャは現在のイラン地域だけを占める国家としてだけ存在してそうなもんですけどねぇ・・・それとも国家名を変えただけで、前身はトルコ帝国なんでしょうか? それとも両者は何らかの都合で統合もしくは、併合があったのでしょうか? エジプトがリビアに至る広大な領土を保持して独立してるっぽいのが、ここの問題を解くキーなんでしょうか? それにしても疑問が尽きません。
 また、イスラム・シーア派系国家がイスラムの代表国家として、中近東全域に君臨しているのはかなり問題有りと思います。どういう経緯でオスマン・トルコから独立したのか不明ですが、エジプトの存在を加味しても謎だらけです。
 これに関して謝罪と賠償・・・ではなく、詳細な説明が欲しいところです。

 ですが、アジアでの疑問など欧州地域に比べれば小さなモノです。歴史と地図の上での最大の謎は、欧州にこそあります。
 小説内では、17世紀以降日本との強い交易関係を維持したオランダ、ポルトガルが勢力を拡大し、これにイタリアが続き、オランダとの勢力争いに敗れた英国は、早期に王制が崩壊し共和主義国家に転化している、という解説を見る事ができます。
 また、日本の第二公用語がポルトガル語らしいので、この中で最も世界的影響力が強いのはポルトガルという流れが見えてきます。
 この結果、オランダ王国、ポルトガル王国、イタリア王国が欧州の海洋帝国(植民地帝国)として隆盛しており、これに辛うじて英連合共和国が続いている状況で、フランス、ドイツ、ロシアなどの欧州大陸国は、史実より弱い力しかないみたいで、さらに作品内では1930年代に相次いで発生した共和革命のおかげで、国そのものがガタガタになって、オランダ本国をごり押しで蹂躙するという小さな扱いをされている以外、何もしていない状況です。
 ただ、ロシア革命がそうであるように、共産主義革命に類する既存の王制社会を破壊して独裁政権が作られる過程では、膨大な死を以てする粛正が発生し、特にそれまで社会の上層を支えていた特権階級や資産家階層が犠牲となるので、いったんこの手の革命が発生すると、最低5年は国家としてまともに機能する事はなく(官僚、将校など国家の背骨(エリート階層)が一度壊滅するため)、四半世紀ぐらいは他大国に対してまともに挑戦などできるとは思えないのですが(大国ロシアが好例でしょう)、それを既存の革命国家からの援助だけで何とかできるんでしょうか? 私にはそれを立証できるリソースはないのですが、羅門氏にはこれに対する何らかの回答があるのでしょうか?? できれば、「正義の国」織田日本についてクドクド書くよりも、もう少し広範な説明が欲しかったですね。
 それにしても、英米が後ろで糸を引く革命を全く阻止できなかったフランスやドイツの扱いは、少しご都合主義過ぎる気がします。ロシア帝国を例としているのでしょうが、旧態依然たる王制につけ込んだ、と言う程度の説明では読者に対する説明としては薄っぺら過ぎます。私から見ればティッシュペーパー並の薄さです。
 ロシア革命やフランス革命から類似点を導き出すなどして、この点もじっくり表現しておかないと、英米の狡猾さよりも仏独(と他の欧州王制国家)の間抜けさ加減の方が強く目についてしまいます。レーニンなどに該当する著名な革命家を立てて、逆に英米と取引するなどの演出を入れるなど、もう少し何とかならんかったんしょうか。この辺りの人間同士のドラマが全く見えてきません。これでは作品全体が、安っぽく見えてしまいます。

 おっと、また愚痴を初めてもしかたないので話を進めましょう。とは言え、どこから手を付けましょう・・・とりあえず、植民地交易に日本拡大が与える影響、地政学、欧州政治力学、この辺りを中心に考察を進めるてみましょう。
 まずはちょー簡単な、歴史の復習です。
 本能寺の変のあった1582年現在、欧州大陸最強の国は、間違いなくスペインです。これにフランス、スウェーデン、イングランドが続き、少し遅れてポーランドやロシアが引っ付いてくるでしょうか。いまだ神聖ローマ帝国とされる寄り合い所帯のドイツ地域や、小国が乱立するイタリアに世界を揺るがすほど大きな力はありませんし、強大なオスマン・トルコの脅威に晒されている東欧地域もアクティブな行動に出る事は不可能です。
 しかし、これが30年も経過するとスペインから独立しつつあるオランダことネーデルランド連邦(正式な独立はドイツ30年戦争後の1648年)と、無敵艦隊を破ったイングランドが海洋帝国として頭角を現し、このすぐ後に血みどろのドイツ30年戦争に首を突っ込んだその他の列強は揃って勢力を減退させ、一人ロシア人がシベリアに足を向けて領土の膨脹を続けていきます。

 そしてこの間に織田日本が、アジア・太平洋圏に大きな影響力を与えるようになると解釈できます。
 ですが、この時アジアにまで大きな力を投入していた(できた)欧州列強はスペインだけと言ってもよく、ポルトガルはこの間スペインの支配下だし、イングランド商人とネーデルランド商人が進出してくるのも、戦国時代に詳しい方ならご存じの通り、17世紀に入るまで待たねばなりません。また、少し後に北の大地からはロシア人がシベリアに入り込んできますが、完全な海洋帝国化した日本なら、大陸にあまり目を向けなくなり、これを当面放置に近い形にする可能性が高いでしょう。
 また反対に日本側から進出できる限界は、史実での欧州列強の動きと物理的な問題からインド洋が限界で、とてもではありませんが、欧州政治に政治的・軍事的介入はできないと考えられます。行けたとしても、それだけ利益を得ることが不可能だからです。
 そして織田日本は、なぜか海流と風を使えば結構簡単に到達できる(まあガレオン船でも数ヶ月かかるけど)、広大で肥沃な北米大陸には見向きもせずに、アジアの安定にだけ心血を注ぎ、巨大な商業勢力圏を作り上げていくみたいです。
 この点、「正義の国」織田日本は、あからさまな植民地獲得はお話として御法度としているとしか思えません。もう少し時代に即した国家にならないもんですかねぇ。まるで未来人が介入しているように見えますよ(笑) 当時の全体的な価値観であるなら、もう少し泥臭くないと。

 話が少しそれましたが、小説内ではオランダとポルトガル(後にイタリア)が、日本と連携した交易帝国として隆盛するらしいんですが、なぜここにお話が飛躍するのか、全く以てアンビリーバボーです。
 きっと私の読み落としがあるんでしょうが、1580年から1640年にかけて血縁外交の結果スペインに併合されていたポルトガルが、なぜ当時強大な国力を誇るスペイン帝国を追い落とし、300年の間にスペイン本土の半分をせしめる事ができたのでしょうか。また小説内ではポルトガルがイングランド海軍を海戦で破っため、イングランドが没落するきっかけになったとされています。スペインと同質の海軍しか持たないポルトガルが、どうやってイングランド海軍をうち破ったのでしょうか?
 本能寺の変までに勝負が付いていた筈のこの地域で、ポルトガルに突然名君が出現して、イングランドのような革新的な海軍を建設するなどあったんでしょうか? 変革点は、信長様だけではないのでしょうか? まさに謎だらけ、欧州政治は複雑怪奇です。
 だいいち、スペインとポルトガルは、その地理的環境もあって他の欧州地域が再び隆盛した時点で運命共同体に近くなり、しかもポルトガルは大航海時代の先駈けを果たした一時期を除き、欧州でも後進国なんですけどねぇ。それこそ全ては歴史が証明しているでしょうに。
 レコンキスタの情熱が失われ、大商人主体の旧型商業国家に過ぎず、ロクな国内産業のないイベリア半島が、17世紀において日本とのアジアでの交易関係だけで発展するなんてあり得ない話しです。砂の上どころか泥の上に城を造るようなもので、簡単に崩壊する筈です。
 ついでに、産業革命なんてどうやったのか疑問符だらけです・・・るいす・ふろいすを気に入られていた信長様のご威光が及んだんでしょうか。しかも、日本の第二公用語がポルトガル語(これも疑問点は多い)だそうですから、世界的にも大きく普及していると見るべきですし、地図から見るとアフリカ大陸西部一帯(史実でフランスが植民地とした地域の過半)はポルトガル領みたいです。この点も大いに疑問を感じます。彼らの植民地経営が巧いというのは、過分にして聞いたことはないんですけどねぇ。やっぱり織田日本が、有益な忠告や援助をしたんでしょうか。
 あと、旧教(カトリック)国家と日本が仲良くなるというのは、時代を考えると政治的・経済的に考えられないんですど・・・少なくともオランダだけが隆盛する事の方が、歴史的流れは納得しやすいですね。・・・嗚呼、そう言えば新教と旧教の対立も、この時期の欧州政治では重要なファクターですね。ドイツ30年戦争などを思えば、無視するわけにはいきません・・・が、とりあえず次にいきましょう。ここに足を踏み入れたら、出られなくなってしまいます。

 さてお次は、織田日本のお友達の一人のオランダ王国ですが、1930年頃にはベネルクス三国を版図とした欧州随一の産業国家として栄えており、海外にも多数の植民地や保護国を持っているみたいです。つまり、史実とはイングランドとネーデルランドの位置が逆転していると解釈できます。
 そして、これは史実の英蘭戦争が日本の肩入れによりネーデルランドの勝利に終わり、イングランドは衰退しネーデルランドが栄えるという図式になる筈・・・なので、歴史的整合性も分かりやすく、ドイツ30年戦争に巧く介入すればベネルクス全域ぐらい分捕れたかもしれず、そうなればその後の発展も大いに期待でき、ドイツ西部やフランス東部の獲得も夢ではないでしょう。欧州随一の強国になるのも、西欧の産業中心地を押さえてしまえば、地理的に問題はありません。産業革命に必要な石炭や鉄鉱石も、ルール・ザール地方やアルザス・ロレーヌ地方を分捕れば問題無しです。ついでにライン川一帯を全て押さえれば、オランダの発展を邪魔するモノなんて西欧には存在しません(周辺諸国はすごく邪魔するでしょうが)。ついでに、同じ新教国のスウェーデンと組んでドイツに互いに食い込み、この地域を政治的に無力化してしまえば、後顧の憂いもなくなって良いこと尽くめです。
 そして、ネーデルランドがイングランドを破ったのであれば、ブリテン地域が今度はベネルクスのように分裂国家(イングランド+ウェールズ、スコットランド、アイルランド全土)のままの形を継続して、世界的影響力もそれ程大きくならないまま現代に至るという、逆転現象を作り上げるのが、歴史的な流れというものでしょう。ここまで歴史をひっくり返すのですから、最低限これぐらいして欲しいものです。それに、オランダの前にある程度力のあるブリテン島がふんぞり返っているという事象は、オランダの発展を阻害する大きな要因になり、設定上の大穴と言えます。
 そして北米大陸のニューアムステルダム(現:ニューヨーク)を起点にしてオランダによる広大な植民地が作られ、第二次英仏百年戦争ならぬ葡蘭(ポルトガル=オランダ)百年戦争が発生して、18世紀以降の世界の植民地獲得競争も葡蘭の間で行われて、そのおこぼれに辛うじてフランスやイングランド、スコットランドがあずかるという図式になる筈なんですよね。
 そして、オランダ系移民を中心としてアメリカ合衆国(国名は違いそうだが)が作られ、オランダ系、ドイツ系(私達の世界でのアングロ系とアイリッシュ系にあたるのか?)を中心とした白人による人工国家が誕生する流れが作られそうなんですが・・・ところが、この世界のオランダが英国から分捕れたのはオセアニア地域だけらしく、北米大陸も南アフリカも、ヘタしたらカリブ地域すらイングランドの手に落ちているみたいです。なんと不自然な・・・。それだけイングランドが勢力拡大できていたら、結局パックス・ブリタニカの時代がきてますし、そうでなかったとしても、この世界のイングランドはもっと強大な筈ですで、最低でも私達の世界のフランスぐらいの勢力は持っていると思います。
 個人的にはオランダが隆盛し、新大陸でスペインから全てを奪うという図式に結構期待したいところだったのですが・・・。
 また、この地域の疑問は、ネーデルランド連邦という初期的な民主国家が、いつ「王国」になったのか? です。私のいい加減な記憶によれば、ナポレオンに一度占領された後の独立復帰の時に気が付いたら王国になっていたように思うのですが・・・。
 ま、考えるだけ空しいのでよしましょう。
 ただやはり納得いかないのが、イングランドが植民地獲得競争に敗れて没落している以上、北大陸と南アフリカはオランダもしくはポルトガルやフランスのものになる筈、英国を無視にした仏蘭葡による植民地獲得競争になる筈なんですけどねぇ・・・時間犯罪の先達たるハインライン先生に説教の一つもして欲しいものです。いや、まったく。
 この世界は、沢山の意見を聞いた上で組み上げられた世界じゃなかったのでしょうか? それならこれらの事は当然指摘されても不思議ない事で、初期の構想力はともかく地理的・歴史的な視点をもう少し考えるべきではと、大いに首を傾げてしまいます。
 まあ、「天啓」などと言うゲンナリする言葉で歴史改変されるより遙かにマシですが、歴史改変に挑戦する以上もう少し下調べと世界観構築に時間をかけるべきではなかったかと思えて仕方ありません。
 ああ、また愚痴になってしまいましたね。先を続けましょう。

 そして、さらに謎な国家がイタリア王国で、地図で見る限り現在のイタリア本土しか持っていない、史実と同じぐらいの勢力圏しかないイタリアが、欧州随一の海軍国となっているそうです。
 確かに、イタリア北部の商業・産業地帯が大発展していれば、ある程度は産業国として隆盛できるかと思いますが、資源や市場はどうしたんでしょうか・・・。いや、石炭と鉄鉱石そして石油を自前で何とかしないと、この時期にイタリアが強国になれるワケないんですけどねえ。
 地図には示されていませんが、実は広大な植民地を保有しているんでしょうか。そうでないと説明が付きません・・・が、小説を思い出す限り、イタリア海軍は地中海での行動を第一に考えているみたいですから、精々北アフリカ一帯の植民地化が関の山で、この全域を勢力圏にしていないといけないんですが、フランスがこれを黙って見過ごすとも思えず、またこの世界のポルトガルも海軍強国なので、地中海の玄関口を押さえてモロッコあたりは自国領に組み込んでそうですから、イタリアの地中海帝国としての強大化という構図は見えてきません。ポルトガルが昔からの海軍強国なら、イタリアを潰しにかかる筈です。スエズを押えようとするなら、当時の英国ほどの力(史実)がない限り他の国も黙っていないでしょう。もしくは逆にイタリアを抱き込みにかかるはずです。
 いちおう小説では、エジプトとの共同でアフリカ開発をおこない発展したと解説されていて、エチオピアとソマリア全土がイタリアの勢力圏ぽいのですが、が、エジプトがトルコ帝国からいつ・誰の手により独立したのかの説明がないと、この理屈も全く通りません。スエズ運河の存在(建設)なくば、エジプトがトルコ帝国から独立できる可能性は低い筈です。よしんばスエズを得ようとしたイタリアの差し金によりエジプトが独立出来たとしても、問題の大本であるイタリアが統一国家として独立したのがいつなのかすら説明がないのでは、説明のしようがありません。それともトルコ半島にまで版図を拡大しているペルシャ帝国が、この問題を解く鍵なんでしょうか。説明の一つも欲しいものです。

 また、イタリア統一を含めて諸々の問題を解くカギが、近世欧州最大のスペクタルにあります。
 そう、「余の辞書に不可能の文字はない」と豪語したナポレオン・ボナパルトの存在です。
 この世界ではフランスは、英国で革命があったせいかのんべんたらりと王制を維持しているので、これが全く謎です。恐らくシムシビライズの結果そのような人物は誕生すらしなかったと解説されて話が終わるんでしょうが、それだと今度は近代欧州の地図が書き換えられなくなってしまいます。この時代の混乱とドイツ30年戦争がないと、近代欧州の地図はおそらく成立しません。

 さあ、この謎について少し考えてみましょう。
 私たちの1789年のフランス革命から1815年のウィーン会議の約四半世紀が対象になります。
 そして、この世界での根本的な違いは、中欧にオランダ王国という強大な海軍力と産業力を持った国家が存在しており、反対にイングランドは没落し初の市民革命(共和革命)の道を歩み、イベリア半島ではスペインがポルトガルから領土の半分を分捕られて完全に衰退しているという点になります。また、日本とオーストリア帝国、トルコ帝国の繋がりが全く語られていないので、この点は不明ですが一応史実と同程度と仮定します。
 なお、史実ではフランス革命からナポレオン時代に至るフランスの近所迷惑な行動で、ようやく神聖ローマ帝国が崩壊し、ついでにポーランド王国が消滅し、プロイセン(ドイツ)が強大な軍事国家として頭角を現し、踊り疲れたフランスは国家として結局没落し、一人勝ちの形で英国のパックス・ブリタニカが訪れビクトリア時代が幕を開け、欧州全土は近世が終わり近代へと移行していきます。イタリア地域が神聖ローマ(ドイツ地域)と分けられるのも、この時期です。
 そして、市民革命により誕生した国民軍の上に戦争の天才が君臨する構図が作られない限り、ナポレオン時代が出現する事は難しく、この世界でこれができるのは共和革命を達成したイングランドだけ、と言うことになってしまい、困った事にこの国は島国で、欧州全土を席巻できる陸軍力はありません。

・・・考えれば考えるほど謎だらけです。ナポレオン(ないしはそれに類する英雄)以外に、欧州を近世から近代にできる歴史上の人物は他にいそうになく、史実英国の役割を担うであろうオランダが無茶苦茶したら、神聖ローマ帝国全域を飲み込んだ巨大帝国が出来上がるか、反対にオランダが衰退してしまいます。それでは欧州世界でのパックス・ダッチーナは訪れません。また、革命無きフランスや旧態依然たるロシア、オーストリアに防衛戦争をする以外の能力はなく、この点産業地帯であるドイツ西方地域を有しないプロイセンも似たようなものです。
 まあ、フランスにナポレオンが現れたら、オランダもポルトガルもイタリアも彼の軍門に一度下り、その後の歴史展開が作者の思い通りにならないのですから、ナポレオンなしという想定はお話としては理解はできるのですが、彼が存在しない欧州史を思うと、神聖ローマはだらだらと存続するのか? ドイツにドイツ帝国という国家がこの後成立するのか? イタリアはいつ統一できるのか? ポーランドはそのまま存続するんじゃないのか? などなど数々の疑問が浮かび上がってきます。
 一つの仮定として、ナポレオンの出身地であるコルシカ島がこの頃までにイタリア系国家(サルジニア王国)の勢力圏になっており、イタリア系国家の軍人としてイタリアを統一に導き、神聖ローマを始めとする中欧地域に対して大きな影響力を発揮したという仮定が成立できるでしょうか。
 これなら、早期にイタリアは統一王朝として成立して発展の余地もあり、フランスが暴れるよりも小さな規模で済みそうで、何となくこの世界が作れそうな気がします。
 しかも、イタリア出身なら現代のシーザーなどとすれば格好良さそうでお話的にも成立しそうですし、エジプトとのつながりも史実とのパロディで何とかなりそうな気もします。
 ただ、やっぱり謎は謎ですね。
 誰か、私に納得のいく回答を見せてください。
 いや、マジで。

 ・・・疲れたので他を見ましょう。

 と言っても、ダラダラとシベリアに向けて領土拡大をするであろうロシアは、史実とは違う形のアジア勢力と激突するまであまり変らないでしょうし、オーストリアやオスマン・トルコについては、一言も語られていない上に1930年頃の地図の上に存在しないので、このしっちゃかめっちゃかの世界では、何の仮定をする事もできません。
 また、共和革命が起きたフランスやドイツは小説内では何もできないので無視しても構わないでしょうし、東欧のロシア、オーストリアなどは史実と同じような流れがあれば、だいたい私達の知る国土を保有できるでしょうからここでは無視します。欧州を血統で支配したハプスブルグ・オーストリア帝国がどうやって消滅したのか疑問も尽きませんが、いいかげん突っ込むのが疲れてきましたので止めときます(存続しているのかもしれないが)。また、ロシアが中華帝国として安定している北東アジア地域をどうやって分捕ったかについても、小説上で情報もないし考える気力すら失せています。
 ああ、でも北米情勢だけは、最後に採り上げておかないといけませんね。

 メイフラワー号のアメリカ到達が有名で、北米は英国人が開拓したという印象が強くなりがちですが、17世紀欧州の過半の国が北米東岸に進出しており、英蘭の制海権獲得競争に勝利した英国が有利になり、さらに北米での第二次英仏百年戦争に勝利した結果、英国の決定的な優位が決定し、それを妬んだ他の欧州列強の干渉と、その前後の自らの失策がアメリカ独立を生み出した・・・これが、ちょー大雑把なアメリカ近世史になると思います。
 そしてこの世界では、ポルトガルとオランダが世界の海を織田日本と共に支配している以上、ポルトガルとオランダそしてフランスによる北米獲得競争が行われ、これに注意を引きつけられた日本が西側から介入し、これに旧来から大きな利権を保持しているスペインが巻き込まれという図式でおおむね推移する可能性が高く、結果として新教国のオランダが北米大陸主要部を押さえ、オランダ系を主とする共和制のアメリカが誕生するというのが歴史のオマージュとしての流れでしょう(フランスはナポレオンとオルレアンの少女とベル薔薇以外は歴史の脇役です(笑))。
 またポルトガルが強大であるなら、ポルトガル植民地だったブラジルやその近在地域の様相も、スペイン領をポルトガルが奪ったなどと史実と違うものになるのは間違いなく、ポルトガルが已然として強大である以上、南米地域がまともに独立できている可能性すら低く、それがほとんど私達の住む世界と同じというのは、一体全体どういうことなんでしょうか?? 謝罪と賠償・・・と、これはさっきしましたね。ともかく、多少なりとも納得のいく説明が欲しいところです。
 もちろん、エンターテイメントとして読者が多少なりとも理解しやすい世界にするため、似たような状況にしたと解釈すればいいんでしょうが(私はかえって混乱しましたが)、シヴィラゼーションのシュミレーションである以上、この点は看過できませんね。この点は、佐藤大輔氏のような開き直り的展開の方が遙かに評価は高くして良いと思います(まあ、佐藤氏の場合、作品を途中で投げてしまうので、この方面での評価は低くせざるを得ないんですけどね。)。

 で、さらに突っ込まねばならないのが、近代白人国家情勢全体についてです。
 この欧州世界での英国の立場(新教国)がオランダならば、フランスの立場(旧教国)に立つのがポルトガルで、新興産業国としてドイツの位置にイタリアが立つという図式が成り立ち(それにしても凄い構図だ・・・)、ベネルクスがブリテン島になって、仏、独はポーランドやスペインのような近代化が遅れた農業地域に押しやられるというのが、この世界の1930年頃の軍事力から導かれるであろう国力関係になるかと思います(産業・資源分布を見る限り想定がかなり難しいが)。
 にも関わらず海洋帝国である、ポルトガル、オランダ、イタリアは王制国家というだけで、異人種の日本人国家と連携しており、あまつさえそれ以外の欧州諸国も反共和主義連合という形で一つにまとまっています。しかも、19世紀日本と戦争した国はどうやらロシアだけみたいです。実に不思議な話です。
 つまり、東西冷戦構造のようにイデオロギーの違いだけで国際社会が私達の世界よりも早期に作られており、しかもここに至るまで王制国家同士で一度も世界大戦を経験していないという事になります。
 この点があまりにもご都合主義的で、本来あるべき壮大な歴史上で存在するであろう文明的未熟による混乱と、国家間の駆け引きが極めて希薄になっているという事になります。欧州は利害関係が複雑で激突すべき矛盾に満ちている筈が、どうしてしまったのでしょうか? 私達の世界でアメリカが独立しイングランドで革命が起きるまでに存在したであろう、欧州政治の複雑な駆け引きのようなものはどこにいったんでしょうか? せめてそれぐらい説明の一つも欲しかったですね。
 もしかしたら、この小説で登場する国家群は、今までにないネタとして適当に考えただけだったのでしょうか。
 ・・・なんだか、そんな気が最初から強くしているのですが、この点は考えなかった事にしましょう(自爆)

 さて、だいたい地図と歴史の上での疑問が見れたかと思うので、そろそろ終わりたいところなんですが、「シムシビライズ」という言葉に対して、最後にもう一点見なければならない突っ込み所があります。
 そう、第一次産業革命そのものについてです。
 史実では、ブリテン島で発生しました。
 これは、当時フランスでも発生する可能性があったにも関わらず、フランスは旧教国で資本主義的な考えや科学文明そのものに対して鈍感だったのに対して、英国が偶然と必然により敏感だったという流れが一つの大きな要因だったと思いますが、欧州で産業革命が発生した、という事そのものが、この地域の特性を物語っています。
 つまり乱暴に言えば、適度な大きさの国家が多数存在したので、それらが互いに刺激しあった結果、産業革命に至ったと解釈できます。
 では、この世界での日本が、世界に先駆けて産業革命する余地はあったでしょうか?
 日本近在での科学技術面での文明国は、織田日本、伊達王国、琉球王国が筆頭にあげられ、これに中華帝国と朝鮮王国などが次点で連なるみたいです。他は市場としては有望ですが、日本が覇権を確立している以上、単なる経済植民地となるのでこれでザッツオールです。
 つまり、日本列島と周辺部にあるこの3つの国の間で互いに激しく競い合う状況(当然国運を賭けた戦争が不可欠)が存在しない限り、産業革命が自発的に発生する可能性は極めて低く、しかも琉球国内には産業革命での主燃料となる炭田はゼロで、織田日本と伊達王国の間でしか産業革命の余地はなく、近在の有望な鉄鉱石産出場所としては、満州と海南島これにフィリピンが若干含まれる程度です。
 にもかかわらず、織田と伊達はず〜っと仲良しこよしっぽいです。
 ここから考えると、欧州より先に産業革命が進展したという可能性はかなり低いと判断せざるを得ません。海外飛躍して商業圏が世界規模で発展したぐらいで、簡単に産業革命できれば誰も苦労などしません。この世界の政治的状況で、日本列島だけで自発的に産業革命をするのは不可能と言わないまでも、欧州より遅れるのが順当な流れになる筈です。
 もし東アジア地域で先に産業革命を起こすのなら、中華地域をもう少し分割化して、それらによる競争で中華世界そのものを中世から近世に押しやり、東アジア全体に強い競争状態を作り上げるしかないでしょう。これ以外、東アジアで文明進化が早まる可能性は低いと言えます。競争無くして文明の発展はありえません。
 あ、そうそう、念のため言いますが、織田日本と欧州友好国が連携してなどという世迷い言は言わないでくださいよ。そんな可能性は、どのようなシュミレーションをしようとも、可能性は限りなくゼロに近いです。この点に関しては断言します。
 そもそも海洋国家同士の連携は、国家間の損得勘定の上に成立するもので、数人の未来人のような優秀な統治者がいても、いきなり理想社会のような状況が訪れる可能性はありません。そんな理想社会が簡単に来れば、誰も戦争なんてしないし苦労なんてしません。だいいち、距離という絶対的な問題から、産業革命期のアジアと欧州の連携など、物理的に不可能です。
 そして、この点の結論としては、理想的な王制世界としてのアジア世界を強調しすぎて、かえって歴史的リアリティーが薄れている印象を強く受け、ここに「シムシビライズ」というものは見えてきません。

 さて、そろそろ総括に入りたいと思いますが、とにもかくにも今まであげた点を中心にして、歴史的整合性に従った事前設定が穴だらけと言う以前の問題だと言うことです。
 ですから、私個人の視点からすると「シムシビライズ」ではなく、この世界は間違いなくファンタジー世界です。もしかしたら、理路整然とした設定が裏に存在するのかも知れませんし、私の読み落としが多数あるのかしれませんが、少なくとも一枚の説明用の地図と私の薄っぺらい歴史的知識からは、そう判断せざるをえません。
 そして「シムシビライズ」するのなら、最低限の歴史年表と列強情勢は、どこかでまとめて説明しておくべきです。せっかく形作られた世界が、ライトノベル並に薄っぺらくなってしまいます。
 ゲームの攻略本のような、ダラダラとしたオタクっぽい兵器に関する解説を考える余裕があるのなら、ある程度時系列に沿った詳細な歴史年表のひとつも掲載した方が、世界観の理解には余程役に立ったと思いますね。
 曲がりなりにも小説なんですから、軍事力など各国の力関係を単純な数量で作っておけば、あとはチョットした数字と象徴的な兵器を幾つか作れば最低限で良いと思います。て言うか、そんな事考え長々と掲載する余地があるなら、それぐらい掲載しろよ! というのが偽らざる気持ちです。多分あれを熱心に見る読者は、熱心なファンだけでしょう。設定大好きな私ですらロクに見ませんでした。あたしゃ、最低限の地盤上の存在する設定でなければ興味をいだかないもんでね(爆)

 あとついでに言えば、欧州を中心にしたもう少し詳細な地図の一つも欲しいところです。空母や戦艦などの飾り物が必要なのは、エンターテイメントとして理解しますし、兵器の形状の違いが日本の変化を物語ると解釈もできますが(戦車から国や文化・文明が分かるというアレですね)、異世界のおとぎ話をするには、まず地図の掲載と歴史を語ることです。あとできれば独特な生活や文化面の紹介もして欲しいですね。ポルトガルのリスボンが欧州政治の中心なら、パリのような華やかさを醸し出す描写をもう少し入れるなど、色々アプローチの仕方はあったかと思いますし、何よりパックス・ブリタニカなき近代社会というものには、非常に興味がそそられます。まったく、この点トールキン先生を見習って欲しいものです。しっかりした解説がなければ、ファンタジーな世界を読者は空想できませんよ。

 と、ここまでヒステリックなオタク的に言い立てれば、ある程度理解いただけると思います。
 多少乱暴に言いますが、この小説のこういった歴史的視点は無視していい、という事です。と言うか、見ない方が健康のためです。そこに存在するものをそのまま受け入れてください。でないと私のように、いらぬ苛立ちを覚えるだけに終わります。それでは、娯楽作品を楽しむ事などできません。
 私などは、「シムシビライズ」って「文明捏造」かと邪推しちゃいました(爆)
 そう、これは「日本人による王制連合vs大西洋共和連合」による政治的勢力争いを暗部に秘めた「おとぎ話」なんです。まずこの点踏まえて読みましょう。
 これが、この作品に対する私なりの曲解した評価になります。

・・・なんか、羅門先生の作品なだけに、「シムシビライズ」な点を強く期待して読んだだけに残念でした。
 これが全巻読み終えた時の、私の偽らざる気持ちです。
 構想は壮大で大きな破綻もなく、お話の流れそのものはしっかり作られているし、結末の付け方も悪くなく、綺麗に完結しているしだけに残念ですね。
 ま、それだけに文句も多いとお思いください。

 では、次の作品で会いましょう。

あ、そうそうこれが、私なりに考えてみた、この世界の欧州地図になります。

欧州1930?