第十回・「東の太陽、西の鷲」

著 者:中里融司

発行日:1997年3月8日〜2000年10月6日

発行所:学習研究社 歴史群像新書

東の太陽、西の鷲 1
東の太陽、西の鷲 2
東の太陽、西の鷲 3
東の太陽、西の鷲 4
東の太陽、西の鷲 5
東の太陽、西の鷲 6
東の太陽、西の鷲 7
東の太陽、西の鷲 8
東の太陽、西の鷲 9
東の太陽、西の鷲 10

 今回は二度目になりますが、中里融司氏の作品を採り上げてみたいと思います。
 同作「東の太陽、西の鷲」は、中里氏の架空戦記小説の長期シリーズとしては初めての作品になるかと思います。また私個人の評価としては、ライトノベル系+トンデモ系に分類したい気が強いですね。五段階評価ならトンデモ度「3」というところでしょうか。
 もっとも、架空戦記としての初期段階だけを見ると、かなり真面目な展開です。
 歴史改竄点は、明治の元勲山県有朋が暗殺される代わりのように、靖国神社に銅像のある大村益次郎が生き残るという点で、史実においても優れた戦術手腕を発揮した彼を世界レベルでの戦略家として描く事で、その後の日本の行く末を大きく変えてしまう事です。
 また、日本海軍で航空機に傾倒しながら不遇の運命をたどった幾人かをここでは生き残らせる事で、ルメイのような戦略爆撃論者として、日本軍の戦術も大きく変更させています。

 これを手にした私自身着眼点が面白いと思い、取りあえずシリーズ購入をはじめてみました(1巻を買ったら、よほどの事がない限り全部買うのが私のポリシー)。
 まあ、読み進むうちに首を傾けることも多く、酷い時は「あんたちゃんと地図見てもの書いているか」などと思う事もありましたが・・・、まあ取りあえずあらすじを今回は巻ごとに見てから、採り上げて見ましょう。

 なお、冒頭に書きましたが、私個人としては「歴史改変系」要素よりも「トンデモ系」要素が強いと見ており、こうした作品の背景を解体するという点であまり肯定的に書くことはないと思いますので、その点ご了承ください。
 

■あらすじ
1巻
 「最終的に対米決戦は避けがたい」とする、日本初の元帥となった大村益次郎の遺言のもと、日本政府と軍は一丸となり、彼の没後来るべき対米戦争へ向けての準備を進めていく。そして、日本の戦略によりアメリカは満州を中心とした支那問題に深く関わる事なる。
 風雲急を告げる頃、日独伊ソの四カ国同盟を結び、さらには日本海軍はドイツの開戦に合わせ、北極海踏破を可能とする砕氷空母と砕氷戦艦を建造し、まずはアメリカの巨大な橋頭堡であるイギリスを討つべく、“大英帝国殴り込み艦隊”を出撃させた。

2巻
 「バトル・オブ・ブリテン」は、英国空軍の組み上げた優れたレーダー網による防衛システムの前に、ドイツ空軍が苦戦を強いられていた。
 しかし、極秘裏に北極海を踏破してきた日本海軍空母からの艦載機が横合いから殴りかかり、これによりRAFの防空網は崩壊し、ドーバー海峡の制空権は日本・ドイツ連合軍の手に渡る。
 これに危機感を抱いた英王立海軍は、突如北の海に現れた日本艦隊を撃滅すべく、七つの海を制した大艦隊を出動させる。
 そして、そこでの艦隊決戦で枢軸艦隊は大勝利し、全ての守りが破られた英本土はドイツ軍の侵攻を受け、英本土は陥落、英国政府と王室、軍などはオーストラリアへの逃避行を余儀なくされる。

3巻
 英本土の陥落により、アメリカは二正面作戦を強いられることになったが、ローズベルト大統領は謀略をめぐらし、日本へ宣戦を布告する。
 そしてキンメル大将率いる太平洋艦隊は真珠湾を出港し、日本海軍をトラックへ封じ込めるべく、中部太平洋へと針路を向けたが、日本海軍は戦略爆撃を併用した立体的な艦隊決戦をしかけ、米太平洋艦隊を完膚無きまでに殲滅する事に成功する。

4巻
 聯合艦隊は、強大を誇るアメリカ太平洋艦隊を打ち破り、南方作戦においても、怒濤のごとき快進撃を続ける。そしてこれを受け、日本の軍事戦略を統括する統合戦略本部は、第2段階作戦である「ハワイ攻略作戦」を発動させた。
 ここで、複合型飛行船による奇襲的高々度爆撃により、ハワイの防空網を突き崩した日本海軍は、新鋭戦艦大和を先頭に立てて進撃し、ついに要衝ハワイを攻略する。

5巻
 日本軍の快進撃が続くなか、後に「第二次大戦の総取り替え」と呼ばれる大異変が起きる。各国の丁々発止の謀略工作の結果、イギリスが枢軸側に、ソビエトが連合側に寝返り、属する陣営を変えたのだ。
 一方、日本軍はハワイを占領し、米本土攻撃への橋頭堡をつかみ、ついに米本土西海岸に上陸するが、進撃を急ぐ陸軍部隊がアメリカの謀略に乗せられ無謀な攻撃を行い、これのサポートに入った日本軍空母部隊が大きな損害を受け、これにより緻密に組み上げられた戦略に穴が空き、ゆくゆくは戦局を一変させる事態に発展する。

6〜7巻
 アメリカの謀略に乗せられ無理な攻撃をした日本陸軍は、壊滅的な打撃を受け、これの撤退支援をした日本軍空母部隊が米軍機多数の攻撃により壊滅する。
 この事件は、当面優位にたつ日本軍の戦略に当面問題はなかったが、針の一穴として日本軍の戦略をむしばむが、国力に劣る日本軍は、アメリカの戦時生産が軌道に乗る前に出来る限り進撃せねばならず、総力を結集して、アメリカ西海岸上陸作戦を開始し、これに成功する。
 米西岸攻略を受けて、それまで武部鷹雄大将主導で準備が続けられていた戦略航空艦隊が、西海岸を拠点にしてアメリカの中央部工業地帯に対する戦略爆撃を開始し、大きな効果を発揮する。
 また、英独日の三カ国の技術を結集した新兵器が、着々と開発されつつあった。

8〜9巻
 自国の首都を爆撃され、怒り心頭に発したフランクリン・ローズベルト大統領は、日本への大反攻を決意。
 これを受けて日本海軍も戦力を結集し、ここに日米の総力を結集した艦隊決戦が行われる。
 史上最大規模の戦力を備えた日米両海軍による南海の決戦は、互いに錯誤と誤認を重ねた末、図らずも大艦巨砲の砲撃戦に突入してしまう。
 そして結果として泥仕合となったこの戦いで、日米双方とも甚大な損害を受けるが、米軍が日本軍が油断したスキに戦略目的を達成し、米軍も相手首都をその射程圏内に納めることに成功する。
 その頃戦場から遠い帝都・東京では、それまでの政策のツケが一気にあらわれ、軍内部に巣くう不満分子たちによるクーデターの勃発し、辛うじて鎮圧されたが、この事も重なって日本は窮地に追い込まれる。

10巻
 東太平洋にて生起した史上空前の戦いは、練略レベルでアメリカの勝利と終わり、これを待っていたアメリカはついに日本本土爆撃を開始、対する日本軍も米本土の爆撃を強化し、ここに1万km以上離れた国同士が、戦略爆撃を応酬するという破滅的な事態を迎える。
 また、国力に任せたアメリカは原子爆弾を開発し、これを察知した日本軍は、初期の戦いで活躍した砕氷戦艦『樺太』を派遣してこれの阻止に出る。
 そうした中、世界中の心ある人々、計算高い人々は、様々な努力によって戦争を相手勢力の殲滅によらない終戦へと持ち込もうと画策し、アメリカが三分するという事件があり、ソ連共産主義体制が崩壊するという事件を経て、全ての国の停戦が実現、これに異を唱えた武部提督は、アメリカから奪取した原爆を投下すべく出撃するが、日本軍自身の手によりこれも阻止され、ここに第二次世界大戦は終幕を迎える。
 そして、戦争から十年、ようやく復興に拍車がかかった各国は、二度と愚かな過ちを犯さないための歩みをしていくのであった。

■論評・批評?
 少し他からの引用もさせていただきましたが、一気に書くと何が何やらというのが第一の印象として残りますね(苦笑)
 本作品を書かれた中里氏は、架空戦記以外にも架空時代小説からライトノベルと多数の作品を発表しており、架空戦記ではコミックスの原作提供などもしています。ですから、彼に対する私の評価は「架空戦記『も』書く作家」で、基本的には確信犯的トンデモ系作家です。もしくは、ライトベル作家が架空戦記も書いているという程度の認識しかしていません。当然ですが彼の作品の戦略的視点は、通常見なかったことにしています。
 ただ、多数の作品を発表しているだけに、文章は軽い本ばかり読むような私にとって比較的読みやすく、架空戦記としての荒唐無稽な要素を考えなければ、作家としては器用な部類に入り、話しも手堅くまとめていると思います。
 もちろん、欠点もあります。私が特に気になる点は、架空戦記なのにジャパニーズ戦国時代風な戦闘描写、兵器描写が多いのですが、これがかえって私のイメージを混乱させ(日本の戦記作家にはこれが非常に多いが)、また地図をちゃんと見ているのか? 兵站って言葉については? 統計数字って知ってる? てめえ気分で書いてるだろ?! という疑問を「よく」感じるあたりです。
 つまり、気軽な娯楽作として以上に見るな、というのが私の総合評価であり、重箱の隅を突っついたり斜めから見みたりせずに読む限り、新幹線などで読むには最適かと思います。また、ライトノベル中心に読んでいる人にも、受け入れやすい要素が多いですね。
 そうそう、同作品には中里氏の特徴である、『華』が多数あります。特に美少女、美女がそこら中に出てきて活躍している点は、他の架空戦記ではあまり見かけないので貴重かと思います。取りあえず必ず金髪美女(美少女)が出てきているように思えますね(笑) それに荒唐無稽な兵器が満載なのも、『華』もしくは『飾り物』と思えば楽しく見れます。同作品でも「複合飛行船」、「砕氷戦艦」、「砕氷空母」、船体が同じなのに各国でまるで仕様の違う超巨大戦艦など、やりたい放題です。最新の「荒鷲の艦隊」だったかでは、あまりの馬鹿馬鹿しさに何度も笑させていただきました。
 あと気になる点は、国家同士の大戦略、政治の延長としての近代戦争を、個々のキャラクターを毒々しく描くなど、勧善懲悪の戦いとして捉えさせすぎているのでは、という事です。確かに当時の人種偏見や陰謀史観などを描く事も多少は必要かも知れませんが、それも節度ある程度に止めるべきではと思います。そう言った事を追求するものでも、思想本でもない筈です。そんな事は「ごーまん」の中の人でも任しておけば良いんですからね。
 ま、これに関しては反サヨク的な事をねちっこく書く作家もいたりしますので、この方だけの原因でもないし、多分エンターテイメントとしての勧善懲悪を無理からに成立させるための手段なんでしょうけど・・・やっぱり目につきます(苦笑)

 ま、これ以上脱線するのもなんですので、取りあえず大まかな点を見てみましょう。
 まずは、歴史改竄点ですが、最初にもあげましたが、山県有朋と大村益次郎の生死を入れ替えてしまい、戦術の泰斗であった大村益次郎を大戦略家とする事で、日本近代史の舵を大きく変えてしまいます。
 大村の指導により、日本陸軍を火力戦重視の合理的陸軍としたうえで、軍内部の組織も派閥を作る事を出来る限り阻害する。
 次に、日露戦争でこれを実践させ、司馬史観により史実の旅順戦で膨大な犠牲者を出した無能者とレッテルの貼られる事の多い乃木希典を更迭して自殺に追い込み、日本軍全軍に人命軽視の思想を捨てさせる(佐藤大輔氏と手法は似ているが、どちらにせよ上品とは言い難いし、私は司馬作品は好きですが司馬史観は嫌いです)。
 そして大村のいまわの際に、アメリカとの対戦が必ず起き、その時日本の味方とすべきは、植民地帝国の英国やではなく日本と利害が少なく新興国家のドイツだとしてしまう点です。
 そしてこれは日露戦争後、アメリカの満州進出を容認して彼らの足を支那の泥沼に突っ込ませ、さらに1939年の時点で、日独伊に加えてソ連が加わった四カ国同盟として結実し、旧帝国たる最強の大英帝国を一度崩壊に追い込みます。
 また、大村以外のキーキャラとして、武部鷹雄が生きており、彼が極端な戦略爆撃論者となって、日本海軍により強固な戦略爆撃を作り上げさせます。

 まあ、その他諸々細かい改竄点はあるでしょうが、概ねこんなところでしょう。
 ただ、これらの効果がドラスティックに出ているか、と言うと疑問符をいくつも付けざるを得ません。
 いや、大村と山県の生死を入れ替えてしまうという着眼点は非常にユニークかと思います。この点を中心に着眼して作品を送り出したのは、恐らく中里氏が初めてでしょう。だからこそ、私は手にとったのです。
 ただ、大村益次郎を史実で調べる限り、優れた戦術家と見ることは十分できますが・・・これほど未来の見える大戦略家だったかと言う疑問がまず浮かびあがり、まあ架空戦記という事でこの点をスルーしても、この時点で彼の遺言を金科玉条として裏で日米戦の準備をするというのが、無茶苦茶というか荒唐無稽に過ぎ、利権を持たない相手と結ぶのではなく、利権を自らと重ねる事で相手を利用しつつ自らの利点を売り込んで、国家として生き残りを図る方が普通で、同じアメリカと対決という未来に向かって進むのなら、アメリカの台頭を嫌う他の列強と連携する外交を重視する方がよほど利に適っていると思います。
 つまり、民族問題を政治的利用価値のあるもの以外見なかった事にして、日英同盟をずーっと継続する方が確率的に手堅い手法でしょう。
 ドイツのような直接利権がぶつからない相手は、手を結ぶ際一見お手軽に見えますが、そうであるが故に物理的に手を結ぶだけで滅茶苦茶大変です。そんな事は、史実でのナチスドイツとの同盟が証明しています。
 しかも、結ぶ相手が結局ナチスドイツにファシズム・イタリアにソヴィエト・ボルシェビキなんですから、いかに史実のオマージュとしても、最早バッドジョークとしか思えません。だいいち、半世紀規模の大戦略として、海洋帝国であるアメリカと戦うための準備をしているのに、新興国どうしだからと言って陸軍国とばかり結んでもしかたないでしょうし、そんな遠回りするぐらいなら、英米の仲を裂くというか当時仲の悪かった両者を接近させない事に一番の努力を傾けて連携させなきゃいいわけで、その為の手段として日本は既に英国と同盟している点を徹底的に利用すればいいのに、史実通り英米が接近するのを座視しています。いやはや実に不思議です(笑) いちいちこんな事しなくても良いでしょうに・・・。もはや、戦略の本末転倒です。戦略家が聞いて呆れますよ。
 それに、戦略眼のある明治時代の人物と言えば、木戸孝允(桂小五郎)や大久保利通あたりの方が適当で、この両者を木戸を内政、大久保を外交での戦略家として日露戦争少し後ぐらいまで頑張って生きてもらって、日本の政治状態を何とかする方が、お話としては面白いかと思います。この点は、明治初期の若目の有名人なら誰でもいいでしょう。また同じ生き残るなら、坂本龍馬の方がエンターテイメントとして成立しやすいでしょうし、大村益次郎よりも知名度の高い人物の方が見栄えもいいと思うのですが・・・。
 大村益次郎ファンの方には悪ですが、彼を生き残らせるとするなら、彼の仕事は山県有朋への対抗馬としての役割と日本陸軍の改革だけに止めるべきでしょうね。その方が遙かに説得力があります。

 さて、最初のファクターでかなり引きずってしまいましたし、この作品の戦略的視点を見ているだけで、少し目眩を感じてしまうのですが、もう少し見ましょう。でないと次に進めません。
 戦略レベルで、物語の中心となる第二次世界大戦あたりで見るべきはなんでしょうか。「大英帝国殴り込み艦隊」? いえいえ、これは無条件にスルーします。それよりも、「日独伊ソの四カ国同盟」の力によりアメリカの欧州に対する橋頭堡となる英国本土を一度軍門に下すというもう一段階上の事象の方が重要でしょう。また、総統閣下が倒れてしまったナチが頑張ってソ連を崩壊に追い込む事や、ソ連と英国の同盟相手が180度代わり、欧州+日本vs米ソ同盟に代わる事、そしてアメリカが最終的に、西部、南部、それ以外に分離してしまうことでしょう。
 これが、この世界の戦後を見る上でも重要なファクターとなります。

 さて、この話での基本は、日独伊ソの四カ国同盟締結まで日本と満州(+米国)の状況以外史実とだいたい同じという点です。読者の混乱を避けるための措置と見れますから、ここでは問題があってもスルーしますし、四カ国同盟そのものは、史実でもこれを画策した日本の外交家(松岡洋介)がいましたから、そのオマージュとしておけばいいでしょう。この点は、深く突っ込んではいけません。超巨大砕氷軍艦で連合艦隊が北極海を突破している時点で、リアル指向は吹き飛んでいます(継続的な補給をどう考えているのか、小一時間問いたくなりますね(苦笑))。
 ですから、この小説での戦術面は何かを検証したり、コメントは避けたいと思います。キリがなくなるからです。何故か網走にでかい海軍工廠作って、植民地でもなくロクな産業もない筈の場所(当然日本国外)で自国の弾薬を大量生産している時点で、私の頭はオーバーヒートです。
 まあ、これ以上理由は説明するまでもないと思いますが、試しに一つだけ見ておきましょう。

 大戦後半、西海岸を日本軍に制圧された米軍は、総力を挙げて日本海軍と東太平洋で激突する。これはまあ問題ないでしょう。パナマが維持されていれば、これは可能ですし、米本土防衛としての敵補給線遮断のための艦隊決戦は必定です。日本軍もここで負けては勝ち目がなくなるのですから、断じて譲れないところでしょう。
 ただし、戦術的痛み分けのあと、なぜ米軍は中部太平洋の要衝を占領して、日本本土を戦略爆撃できるだけの物資を運ぶ兵站線を作り上げれたんでしょうか? 普通は最大の補給拠点たるハワイに対するアプローチでしょう。自国領土奪回という政治的得点からも、こちらの方が適当かつ順当です。いきなり本土攻撃のカウンターなんて、太平洋をドーバー海峡か何かと勘違いしているとしか思えず、これほど奇想天外な作戦など砂上の楼閣でしかなく、こんな事に大兵力を用いた場合たいていは大失敗します。
 そして日本軍が英国と同盟して米本土西海岸を占領していると言うことは、太平洋全域の兵站線は日本(+英国)の支配下であり、それぞれの要地は対潜水艦部隊などで守備され、特にアメリカ軍の策源地であるパナマに近い地域は、国力うんぬん以前の問題として厳重に守られているのが普通です。それをしていないとしたら、この世界の日本軍全体がただの神風野郎で、英国など各国が同盟者としているんですから、何もないという可能性は皆無の筈です。一個航空戦隊の壊滅がこれを呼び込んだみたいな伏線がありましたが、そんな事は絶対にあり得ません。
 そうである筈なのに、主力艦隊が一時的に作戦不能になったぐらいで、日本軍(連合国)の前線は一瞬で突破され、挙げ句に米軍はサイパンあたりに大挙進出して、帝都東京を元気いっぱいに爆撃しているようです。枢軸側は、それだけの兵站物資と運ぶ船団を、パナマやホーン岬を通過する時点で枢軸国側は見逃したのでしょうか。アンビリーバボーです。
 それに、パナマからつらなる幾つかの島嶼の制圧にはいったいどれぐらいかかったのでしょうか? 史実の絶対国防圏の島嶼ような戦い方を日本軍が取ったら、パナマからマリアナまで行くまでに、たとえ日本海軍の抵抗が全くなかったとしても、半年以上必要でしょう。
 いや、それ以前の問題としてパナマからサイパンまで何キロあるか、この作者は地図で見たことあるんでしょうか。また、B-29の実戦での稼働率を調べた事あるのか。この辺りを読んだ時、まずもってこれらの疑問が頭をよぎりました。どうもこの人は、史実の表面的事象とご本人の気分で戦争しているとしか思えません。好意的に見ても、これら全てのファクターを全て意図的に無視していると断言せざるをえません。そして恐らくは後者でしょう。つまり、トンデモ系作家確定です(地図は、ロクに見てないでしょうけどね。)。
 だいいち、史実より多少豊かとは言え、日本の一地域を爆撃するためだけに、わざわざ1万キロ以上も危険を犯して物資を大量に運び込んで大規模な戦略爆撃しに行くだけのリソースがあるのなら、それを本土防衛に当てて、日本軍をけ落とす事に注いだ方が遙かに効率的です。いったい、史実で米軍が日本本土爆撃にどれ程の戦争資源を突っ込んだか調べた事あるのか? と作者に対して強く疑問に思い、お話としてこんな事してればそりゃアメリカは敗北するわな、と納得させたものです(もしかして、それが目的??(笑))。

・・・と言うように、この作品は戦術的というか戦略レベルでの戦術要素は、突っ込み所満載です。砕氷軍艦で北極海を突破させたように、この人確信犯として自分の気分(単に面白そうとか、このシーン萌えとか)や史実の表面的事象だけを採り上げて戦争してます。少なくとも私はそう判断しており、この方の本を読む時は、技術的な問題と数字の面は見なかった事にしています。

 というわけで、辛うじて見る事のできるストラテジーレベルに再び目を向けてみましょう。
 と言っても戦争中に起こる政治的激変は、ソ連と英国の同盟相手が180度変わる事ぐらいで、あとの戦術的・戦略的事象は、ただ単に泥仕合のごとく殴り合いをしているだけで、この総取り替えに対して史実の事象を持ち出すなどして理論的説明や解説をする事は非常に難しいですし、またこの総取り替えですが、国家戦略はともかく既に膨大な犠牲を強いられた民意が簡単に納得できるのか、ひじょ〜に疑問です。チョットした事件と為政者一人の猿芝居でどうにか出来るなら何も苦労などいらないと思うのですが・・・。
 故にこの点に関しては、この世界での政治的駆け引きの結果だとスルーするしかないと思います。
 ただそうだとしても、ソ連のアメリカ鞍替えへの根拠が薄すぎます。ドイツとの対決こそが本命だったとしても、欧州世界が全てアメリカ殲滅に向かっている以上、まずはこの勝ち組に乗っかるのが常道で、ソ連はそのまま四カ国同盟に乗っかっていればよく、こんな事をしているソ連がお莫迦な道化となっています。ま、共産主義者なんて邪魔なだけだから、私個人としては別にどうなろうと知ったことではありませんけどね。

 で、小説の過半を占める部分を一気にスルーしてしまうと、後は戦後世界を見る、というこのコンテンツの目的にようやく到達する事ができます。

 さて、史実以上に支離滅裂な第二次世界大戦後の世界ですが、誰もが戦略があってないような無茶な戦争ばかりしているので、私達の世界以上に無茶苦茶になっています。この点の結論に関しては、全くの同意見です(w
 小説のエピローグでも、10年たってようやく復興の兆しが見えてきたとか書かれていたように思います。
 まあ、何をしたかは多少は分かっていたみたいですね。少し安心しました(苦笑)

 さて、もう少し細かく見ていきましょう。
 史実より被害が少ないのは欧州地域ぐらいで、あとは空襲の被害が史実より少ない筈の日本ぐらいでしょうか。それ以外のアメリカ、ソ連は無茶苦茶です。
 ソ連はウラル山脈にまで押し込まれた末に、共産主義体制すら崩壊して共和国になり、アメリカは自国の多くの地域が戦場になった挙げ句に、西、南それ以外の3国に分裂し、世界のスーパーパワーとなる要素を失ってしまいます。もっともこの頃は、西海岸はまだ人口も少なくあまり発展してませんし、南も大油田がある以外は農村地帯の趣が強いので、それ程大きなダメージではないかもしれませんが、四半世紀もしたら大ダメージ間違いなしですね。少なくとも今のアメリカの3分の1ぐらいは西と南が担ってますから。
 ただ本作品内で、なぜアメリカが西部、南部とそれ以外(北東部と中部)に分裂したのかが、私にはサッパリ理由がわかりませんでした。きっと、私の読み落としが多数あるのでしょうが、戦争の大まかな経過を見る限り、私にとっては全く理解不能でした。日英が何か政治的謀略をしかけたと仮定しても、アメリカの民意がこれを肯定するとは到底思えません。占領された西海岸地域ならごく僅かに分断の可能性も残されていますが、戦後アメリカとそれ以外の国が仲良くする姿勢を維持しようとするなら、これも仮定として成立する余地はなく、やっぱり無茶苦茶です。
 故にここでは、分裂したんだという事でこの問題はスルーします。それにあんな国は、一つであるより分裂している方が世界の為、統一アメリカなど邪魔なだけです(w

 一方目を欧州に転じると、小説内で国家としてほとんど採り上げてもらえなかったフランスについては分かりませんが、英国は一度ドイツの侵略を受けた後、いちおう全部返してもらってますし、史実の大戦後半の爆撃や通商破壊を加味すれば、史実と同じぐらいのダメージと考えれてそれ程問題なく、ドイツやイタリアは史実のような爆撃も本土侵攻も受けていないので、状況は列強の中では一番明るいとすら言えます。しかもドイツは念願の生存圏を手に入れていますので、戦後形だけ独立させた衛星国という形になる可能性もありますが、市場、資源が手に入り、結果としてコテンパンにされたロシア(ソ連)に代わり、欧州の中心を占めていく事でしょう。え、イタリア? マカロニ野郎は欧州のオマケですよ。何があろうと、近代史上でこれが変わる事はありません。特に架空戦記界では、普遍の理論です(w
 なお、総統閣下亡き後の第三帝国が繁栄し、欧露を実質的に失った以上、イワンどももかなりおとなしくなる事でしょう。日本にとっても良い事です。

 では、我らが大日本帝国はどうでしょうか? この世界での日本は、戦争以前の段階で史実よりも発展していると見る事ができます(海軍工廠の表面的規模から考えると、史実の1.5〜2倍程度)。
 また、戦争終盤に無理矢理本土爆撃を受けていますが、状況から考えるに史実のような大規模爆撃を受ける可能性は「極めて」低く、日本の防空能力も高いと見られますので、あれ程凄惨な損害は出ていないでしょう。また、日本に実質的なトドメを刺した通商破壊も、日本が早期にアメリカの拠点を奪取し、日本の技術力も高いと見られる以上損害は低く、さらに日支事変もしていないし、アジアも開放済みと言うことで、ドイツ並みかそれ以上に明るい未来が待っているように思えます。
 アメリカが無理矢理握った満州についても、アメリカが三分割してそれまでのパワーをなくした以上、ようやく普通の独立国として歩めるでしょうし、半島も日本主導の統一国家で問題も少なくなるし、共産主義が崩壊しているので中共も支援者がなくなれば、あの大陸を統一するのは難しいでしょうし、ベトナムも日本がバックについてやれば泥沼化は避けることができるでしょう。アカがいなくなれば、アジアに待っているのは発展だけの筈です。
 何だか、こう書くと良いこと尽くめのようですね。さすが、勧善懲悪の世界です。

 また、これは全ての国に言える事ですが、戦争そのものが1944年の早いうちに終わっているので、戦費がそれだけ安くつき国庫の負担も軽く、戦後復興もやりやすかろうと思われます。
 そして、これらを加味して考えると、この後の世界は、イギリス(全般世界)、ドイツ(欧州)、日本(アジア)、アメリカ(東米?)主導ではあるが、それ以外の勢力も比較的大きく、世界は多極構造となり、アメリカが敗戦国で混乱する以上、中東にイスラエルという奇怪な国家が誕生している可能性も低く、私達の世界よりももう少し穏やかな状況なのではと思われます。

 う〜ん、無理からにグランド・ストラテジーを見ようとしましたが、作品内容そのものがあくまでライトノベル的なお話の流れを重視しているとしか見えず、そのため戦略的な説明にどうしても無理があり、いまいちまとまりの欠けた物になってしまいましたね。
 最後にその点に対する謝罪の言葉を以て締めたいと思います。

 では、次の作品で会いましょう。