あらすじ
1巻 一九一四(大正三)年七月、オーストリアとセルビアにて戦争が勃発。ほどなく戦火は、ヨーロッパ全土へ広がり、世界大戦へと拡大した。三年後、日本も積極的な参戦をすべく歩兵師団をフランスへ派遣し、また巡洋戦艦「金剛」を中心とする援英艦隊を送り込む。今回の参戦には、帝国陸海軍のエリート将校たちに近代戦を実地体験させ、新時代の指導者をつくるという日本軍首脳部の思惑があった。翌一八年三月、ロシア革命後に誕生したソヴィエト政府と停戦を実現したドイツ軍が攻勢に出る。崩壊した英軍のあとを受けて日本陸軍はよく戦ったが、ついに壊滅的な打撃を被り、戦線離脱を余儀なくされた。一方、海軍もドイツ艦隊を蹴散らすが、「金剛」をUボートに沈められる。若きエリートたちは、近代戦の恐ろしさをまざまざと知った。
2巻 第一次世界大戦―帝国陸海軍のエリート将校が初めて体験した近代戦。それからおよそ20年後の…昭和15年(1940)6月4日。日本はイギリス、フランス、およびオランダ亡命政権に国交断絶を通達する。軍需省初代次官・西条英俊の目には、英国、その背後にいる米国との戦いはもはや避けられない運命のようなもの、と映っていた。「自重したところで、英米が日本を標的とするのはまぎれもない事実であり、戦わずに膝を屈すれば、アジアは未来永劫、アングロサクソンの風下に立ち続けましょう。進むも地獄、退くも地獄。それが今のアジアです」開戦を渋って首をなかなか縦に振らない山本五十六連合艦隊司令長官を説得したのは、まだ雪もちらつく季節だった。西条は軽く唇を噛んだ。日本は、再び世界大戦のうねりに巻き込まれた。
3巻 南アフリカ制圧作戦の成功により、英国を追い詰めた日本。今やインド洋における英国の海軍力など知れたものであった。だが、クリスマスを前に状況が一変する。ルーズベルト米大統領が多数の船舶をチャーチルに融通したのだ。オーストラリアを経由して、米国の援助物資が湯水のごとくインドへ流れ込むのは、周知の事実である。日本に傾いた勝機が、またもや揺らぎ始めた。そしてそのインドへ向け、不沈戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が、多数の支援艦艇とともにジブラルタルを出航する。インド洋における勢力圏を取り戻すべくイギリスも本気である。日英の威信を賭けた大海戦が間近に迫っていた。好評の第三巻。
4巻 「大臣ねえ…あんまり性に合いませんなあ」軍需省次官西条英俊は不機嫌そうに答える。かねてから辞意を漏らしていた近衛文麿。内閣の総辞職にともない、東条英機陸軍大臣を首班とする戦時内閣が誕生した。内閣最優先の課題にあげられたのは、軍需省の強化である。予算のみならず、兵器の開発や調達、さらには徴兵や徴用に関しても監督・指導しうる権限。陸海軍を統括する「事実上の国防省」としてその存在価値が急速に高まりつつあった。強大な権力を手にする以上、陸海軍どちらから大臣を出しても問題が生じる。よって、同省初代次官たる西条に白羽の矢が立ったのである。新たな総理のもと、最良の頭脳集団が集結する。好評の第四巻。
5巻 イギリス、フランス、オランダ亡命政権への宣戦布告よりおよそ一〇カ月。カイロ、ケープタウン、そしてカルカッタを結ぶシーレーンの一角を崩し、膨大な資源が大英帝国の手に渡るのを阻止した、南アフリカの制圧。一打逆転を狙い、送り込まれた英国遠征艦隊をも撃破。チャーチル英首相率いる戦争指導部は、快進撃を続ける大日本帝国海軍を相手に、微塵も揺るがぬ意志を持って戦争を継続せんとしていた。「どうにも、こうにもしぶといものだ」東条首相の下に集まった最高戦争指導会議メンバーから本音が漏れる。勝ってはいるが、戦争終結の目処が立たない、戦慄すべき事態であった。(米国と戦うことなく戦争を終わらせねばならない…)軍需大臣・西条英俊は大きく深いため息をついた。第一部クライマックス。
6巻 日米戦不可避ナリ
7巻 「米国はほどなく日本に対し宣戦を布告するであろう」英首相の宣言どおり、米国は中立の仮面をかなぐり捨てようとしていた。―大英帝国の滅亡は、米国の国益に反する。提供した資材・資金の貸し倒れを懸念したルーズベルトは、その真意をベールに包み、「正義のための戦争」を謳った。アメリカの思惑を見越した二人…山本五十六と西条英俊。連合艦隊司令長官と軍需大臣は、米国参戦の見通しについて語り合った。ただし、会談はあくまでも汁粉屋の雑談にすぎないと認識していた。それでも二人が一致し、公けに口にしたい一言があった。―日米開戦はもはや不可避だが、万に一つの勝ち目もない。そして、運命の一二月七日。夜は静かに明けつつある。
8巻 「メキシコへ武器供与に向かう、日本の輸送艦隊を阻止せよ!」一一月二五日午前五時三〇分。アカプルコ沖一八〇海里地点。海戦はこちらの勝利で終わった。B‐24一三機が撃墜され、被害も決して軽徴ではなかったが、日本艦隊を一掃した。「わが国に逆らおうとする国はこうなるのだ」ルーズベルトはうそぶいたが、国際世論はむろん、自国民にまで非難されるありさまで、開戦を目論む大統領の思惑は外れた。「しかし…」米太平洋艦隊司令長官キンメルは嘆息した。開戦が避けられたといって、警戒態勢を解除するわけにもいかない。(ヤマモトは本当に来るのだろうか…ここハワイに)そして―。両国の運命を変える瞬間は、突然やってきた。
9巻 真珠湾攻撃を受けて、アメリカは対日宣戦布告を発表した。(旧式戦艦が多少叩かれようとも、参戦への扉が開かれれば、決して損な取り引きではないはずだったのだが…)予期した以上の多大なる被害に、ルーズベルトもため息しか出なかった。空爆後、敵戦艦の軍港突入により真珠湾は水道を完全に閉塞され、爆撃の被害を免れた艦が外洋に出ることを不可能にしていた。「さらに燃料タンク、工廠設備の被害も甚大…」報告を受けながら、ルーズベルトは再び大きく息を吐いた。悪い知らせはそれだけですまなかった。空母「レキシントン」が、ミッドウェー沖にて撃沈されたのである。これにて米太平洋艦隊は事実上、無力化された。
10巻 「国定君、君は今、どこと言ったのかね」官邸連絡担当の大尉が血相を変えて、もう一度告げた。(米軍が択捉島へ上陸だと…いったい、どういうことだ?)東条英樹首相兼陸相は、我が耳を疑った。昭和十七年五月四日、米軍機は超低空飛行で守備隊の頭上を突っ切るや、単冠湾南部に面した丘陵地帯に次々と強引に着陸したのである。(アメリカ人というのは、なんと空恐ろしいことを考えつくものだ)これが偽らざる気持ちであった。東条は嘆息した。どうやら米軍はアリューシャン列島、中でもアッツ島、キスカ島を要塞化し、北から日本に圧力を加える戦略を本気で練っているようである。脅威は北方にあり―戦局はまったく予期せぬ展開を見せ始めた。
11巻 「ちくしょう、今ここに無傷の空母があと二隻あれば…」沈鬱な表情を浮かべる幕僚たち。熾烈をきわめたアリューシャン沖海戦で、米空母四隻を撃沈大波したものの、第一航空艦隊も三隻の母艦を失っていた。(まともに働けるのは、飛龍だけではいかんともしがたい)南雲は遮二無二攻撃続行を叫ぶ航空参謀を見据えて、首を横に振った。ただし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。「第一航空艦隊は、旗艦を『高雄』に移す」南雲は高らかに告げた。もはや迷うべくもない。(水雷魂を存分に見せつけてやろう)日本海軍始まって以来、最大の損害を出してしまった以上、おめおめと生きて帰るわけにはいかなかった。
12巻 北はアリューシャン沖から南はシドニーまで、太平洋のいたるところで日米双方の艦隊による血みどろの戦いが繰り返されていた、昭和一七年の春。そんな激しい海戦に空戦も、真夏を迎えるや突如、嘘のように静まり返った。米軍は太平洋に配属していた機動部隊をすべて無力化され、艦隊の再建に全精力を傾けざるをえなくなり、日本もアリューシャン沖の海戦で、戦艦「陸奥」や空母「加賀」「蒼龍」などを失う大打撃を被っていたのである。日本側にとってさらに深刻だったのは、対英開戦以来、数多の修羅場を潜り抜けてきたヴェテランパイロットが多数失われたことで、若手搭乗員の教練を含め、戦力の整備に追われ、もはや作戦行動どころの話ではなかったのだ。この時期のことを、後世の歴史家は「太平洋の休暇」と呼ぶ。一〇月の声を聞いても「休暇」は続くかに見えた…。
13巻 (とうとう白旗を掲げたか。これでどうにか…)スターリングラードでの独軍の降伏。終戦への道程が、西条には見えた気がした。同じころ南アフリカでは、植民地奪還を声高に叫ぶチャーチル英首相の意を受け、ナミビアへ上陸した南ア遠征軍が、日・南ア航空隊に一掃されていた。一方、北アフリカではジョージ・パットン米中将が、モロッコ内陸部を打通するミストラル作戦を発動した。“砂漠の狐”の異名をとるロンメル独軍総司令官は、米軍の軍事常識を超えた物量作戦に圧倒される。作戦発令前日には、米海軍はジープ空母とはいえ、三〇隻を集め、地中海にいたイタリア海空軍を完膚なきまでに叩いていた。そして―。パットン指揮するアフリカ遠征部隊が、ついに地中海に達する。連合軍による本格的な反抗が、まずヨーロッパから始まった。
14巻 (あれから、もう三カ月になるのか…)西条は軍需省の執務室で頬づえをつき、ひとり嘆息した。昭和一八年(一九四三)四月二八日、アリューシャン諸島最西端のアッツ島。米軍は突如、日本軍の守る同島に艦砲射撃を加え、上陸作戦を開始した。そして四日後の五月一日、日本軍守備隊は全滅したのである。(イタリアはもう白旗かもしれん。ヒトラーも時間の問題だ。これで太平洋でもアメリカが、がぜん優位に立つであろうよ)気を取り直し、書類に向かうと部屋のドアが突然、激しく叩かれた。「なんと言った?君、もう一度言ってくれ」入ってきた次官の顔は青ざめていた。西条は思わず低くうめき、天を仰いだ。昭和一八年七月二八日、海軍の巨星が南洋に墜ちた―。
15巻 一〇月四日、中南洋に浮かぶ連合艦隊の拠点、トラック泊地が空襲された。ミクロネシア海戦で第三艦隊全滅の憂き目を見た米海軍の復讐戦である。夏にはヨーロッパにおいて、連合軍の大反攻が始まっており、東部戦線、地中海で枢軸側は総崩れの様相を呈している。東西で今次大戦の正念場を迎えつつあった。そして、昭和一八年が暮れる。明けて早々、日本政府は「大東亜会議」の開催を表明した。独立を宣言し始めたアジア諸国の首脳が、一堂に集う予定だ。「アジアを解放し、人種差別のない世界をつくる」日本が戦争の大義をあらためて各国に示す、絶好の機会でもある。来るべき会議開催に向け、西条は「大東亜担当大臣」に任命された。西条、そして東条の描くアジアの未来像。日米決戦の日が近づいている。
16巻 優勢に戦いを推し進めてきた帝国陸海軍だったが、敵の戦意を挫く決め手を打てぬまま、今では圧倒的な物量を誇る連合軍に圧迫され始めている。昭和一九(一九四四)年七月七日を期して発令された作戦「回天」の名称には、窮地に立たされつつある状況を一気に転換させようとの意味が込められていた。迫りくるアメリカの大艦隊を前に、旗艦「大淀」の艦橋は騒然としている。(皇国の興廃は此の一戦にあり…か)小沢はマストに翻るZ旗を見つめ、汗ばむ手をぐっと握り締めた。同じころ、遠く離れた霞ヶ関の大東亜大臣室で、西条は珍しく大きく息をついた。(この戦いの帰趨がすべてを決めることになる。文字どおり一世一代の大勝負。小沢中将、我々の明日はあなたの、あなたたちの肩にかかっています)七月九日、午前六時四四分、空前絶後の海空戦が始まろうとしていた。
17巻 昭和一九年(一九四四)七月二〇日、柱島泊地に連合艦隊が凱旋してきた。今次の大戦の帰趨を決した海戦は、一昼夜にわたって繰り広げられたが、終わってみれば、日本側の圧勝であった。米太平洋艦隊は消滅した。(戦争を終わらせる数少ないチャンスだ。この機を逃してはならない)夏のまぶしい日差しが入ってくる大東亜大臣室の窓を、西条英俊は全開にした。その四日後。西条は一人、首相官邸を訪れていた。首相の東条英機は、机の上に差し出された白い封筒をじっと見つめている。「総理、心残りもありますが、お国のために最善の道を選びたいと存じます」「やはり、辞めるというのか…」どこか寂しげな表情を浮かべた東条に向かって、西条は一礼すると微笑んだ。連合国との和平は成るか? 大河シミュレーション戦記、堂々の完結編。