さて、気を取り直して、次は日本陸軍のダウトについて見てみましょうか。
 さて、史実の日本陸軍とこの世界の日本陸軍の最大の違いは、規模が小さいと言うことと、日支事変を経験していないと言う事です。
 史実では、日支事変直前の日本陸軍は17個師団、2個戦車連隊を基幹にしていますが、ここでは八八艦隊のおかげで4個師団減と見て話を進めましたので、まずは13個師団からスタートです。
 そして、1939年に国府軍と武力衝突する以外、大東亜戦争までに大きな戦いも、軍の肥大化も経験していません。もちろん、関東軍100万などという状態にはありません。
 実に良い事です。
 ただし、これでは大東亞戦争を起こすことができません。開戦初期ですらのべ13個師団近くの戦力が南方に展開しています。が、これでは日本陸軍の全力であり、ソ連への手当として最低でも関東軍が求めた12個師団の戦力が満州に必要で本土にも数個師団は欲しいところです。
 そこで一つの妙手として、37年から開戦までに戦略単位である師団水増しのため4単位制を3単位制にしてしまいましょう。史実でも順次実行に移されていますから、大きな異論はないかと思います。
 ですが、史実と同じでは少し足りないので、大隊単位から全ていじり直す方向にして、1個師団あたり16個大隊だったものが9個大隊に減少し、頭数上では師団は一挙に10個師団増設できます。
 また、この世界ではビルマには攻め込んでいないので、この分の戦力は不要ですから3個師団ほど南方展開部隊は減らせます。
 これなら何とか辻褄はあう筈です。
 作中でもフィリピン防衛のための兵力が、史実よりもかなり低く表現されています。
 ただ、将校、下士官の数が質はともかく量の点で史実よりかなり少なくなるので、史実にあったような大動員を行うには大きな困難が伴います。兵隊を揃えるのは招集して半年もあればいけますが、育成に時間のかかる将校、下士官はそうはいきませんし、日本の軍需生産能力を思うと日支戦争がない事は、日本陸軍の戦力整理に大きな影響を与えるでしょう。
 ダウトとは言いませんが、もう少しきっちり設定を組み上げて欲しかったと思います。ええ。

 あ、そうだ忘れるところでしたが、ドイツ軍兵器マンセーな横山センセー、史実と同レベルの日本の基礎技術力では、ドイツ軍の戦車を製造したり、継続的に運用する事は不可能ですよ。たとえそれがモンキー・モデルだったとしてもかなり無理があります。これは、史実の日本が国府軍が使用していた旧タイプのハトハトをコピー量産するのにどれだけ苦労したかが全ても物語っていますよ。
 こういうお遊びは大好きなんですが、もう少しお勉強してから、お遊びしてくださいね〜。

 ・・・さて、もうこれ以上掘り下げてもしかたないのですが、が、それを押して、いよいよ本編の戦闘シーンについて、最小限、そう最小限だけ、本当に最小限だけツッコミいれましょう。
 本作は、「マレー沖海戦」、「マーシャル沖海戦」、「モレスビー攻防戦」、「トラック沖海戦」、「マリアナ沖航空戦(海戦)」、「レイテ沖海戦」、「ルソン島防衛戦?」、「硫黄島戦」、「沖縄沖海戦」、「本土攻撃」という史実と似た流れでつづられていきます。
 何からツッコミましょう。感情的には戦闘面はあまり触れたくはないのですが・・・やはり、日本軍の砲弾、魚雷の命中率でしょうか。それとも異常に強いウェールズ王子についてでしょうか。はたまた、偏執的なまでに航空優勢を否定する神の采配に向けてのブーイングでしょうか(笑)
 いやいや、こんな事を問題にしないのが、架空戦記ファンと言うものでしょう(笑)
 では、何をツッコミましょうか。
 「モレスビー攻防戦」での日本海軍の戦艦のお莫迦な運用方法についてでしょうか。いや、これもスルーしましょう。日本の組織面、連合国軍の戦闘方法についての雰囲気は良く出ていたと思います。
 私がどうしても納得いかないのは、むしろ戦争後半に入ってからです。

 まずは「トラック沖海戦」ですが、なぜ同等の戦力になったぐらいでアメリカは大規模な侵攻作戦に転じなければならないでしょうか。しかも日本側は、わざわざ戦線を縮小させて防衛密度をあげています。
 確かに、物語の流れからなら、ここで一旦日本を消耗させて、回復力の差を利用して一気にマリアナにまで雪崩れ込んでいるから、一見妥当なように見えてしまいますが、ここで一つ史実の事例を思い浮かべてください。魚雷を受けた軍艦が、修理にどれだけ手間がかかるかを。戦艦が大きく傷ついた時の修理の難しさを。劇中のような重工作艦レベルでどうこうなるものではないと思います。
 また、圧倒的戦力を出来うる限り揃えてから攻勢に転じるのがアメリカです。であるなら、米軍の反撃開始はもう少し後になるはずです。
 そして、こんな事より信じられないのが、アメリカが史実のようにニューギニアと太平洋双方で段階的に作戦を発動して日本軍を翻弄しない事でしょう。
 真っ正面からほぼ同規模、ヘタしたら日本軍の方が兵力量で勝る状態でぶつかりにいくなど、あまり考えられません。感情的には、正面からの決戦は燃えるんですけどねぇ。
 また、日本側は自らの防衛体制を整えるために、マーシャル諸島を捨て石にしたとされていますが、史実でまともに防衛準備をしていたのは、ギルバート諸島だけです。
 ここではどう見ても史実と同じように簡単に粉砕されていく現地守備隊の情景しか見えてこないのですが、もしそうなら時間稼ぎにもなりません。
 ハッキリ言って、戦略レベルで考えれば無駄死にです。史実では逃げだそうにもできなかった節が強く、故意に捨て石にしたとは思えませんしね。

 一方戦術面で気になるのが、艦隊決戦の前の異常なほど大規模な航空戦なんですが、「マーシャル沖海戦」のおかげで「オールファイター・キャリアー」が肯定され、米英の空母は戦闘機ばかり搭載しているのですが、火の玉小僧のハルゼーは満載した戦闘機だけでは飽きたらず、攻撃機をこっそり宙づりにして持ち込んでいます。
 航空機運用効率の高い「エセックス級」と言えど、総数110〜120機の運用は重荷というか、運用効率的にかなり無理があります。どれだけ頑張っても三波に分かれての発進になり、戦闘機が取りあえず全部出払った後で、チェーンで吊っていた攻撃機に爆弾と燃料を搭載して発進するまでに様々な負のファクターから1時間以上の時間が必要かと考えられ、正直準備している間に勝機を逸してしまいます。
 いや、それ以前の問題として、この世界の空母関係者は、自らの腹がはち切れんばかりの状態での空襲や潜水艦からの攻撃を考慮しないんでしょうか。
 もし事前の計画が崩壊したら、ミッドウェーでの惨状が簡単に現出します。恐ろしくてとても私にはできませんし、米軍がこのような愚かなこと(そう、ダメコンから見れば間違いなく愚かなことです!)をするとは思えません。それにこの世界の空母艦載機による地上攻撃をどういう風に考えていたのか、小一時間問いただしたくなりますね。ハッキリ言って無駄だらけで、空母はこんな使い方するのはネタや設定としても、アメリカ側がこれに傾くのはかなり無茶があります。
 また、日米合わせて2000機近いの航空機が、戦艦の砲撃開始と共に一気に戦闘開始したように描写されていますが、これは物理的、時間的に不可能です。
 お話としてなら燃えるのかもしれませんが、私はこの点だけは発売当初に読んだ時は流石に白けてしまいました。まさに「ナンデヤネン」状態です。
 航空戦とは、そのような悠長な戦いではないはずです。極端に言えば、最初に飛び立った部隊から順に順番に戦闘加入していくものではないでしょうか。
 少しだけ、なるべく単純に考えてみましょう。
 艦載機発進のためには1機あたり約30秒が最低必要で、甲板に並べられるのは大きな母艦でもせいぜい40機程度、アメリカはカタパルトがあるからかなり変わりますが、発進間隔はほぼ同じです。また一度甲板上の機体が出払ったあとエレベータで上げて並べ直す作業がこの間に必要で、仮に1隻の母艦から80機を放つのにかかる時間は、丼勘定で1時間10分です。しかも、最初の部隊と後の部隊には30分のタイムラグが確実に出現しています。戦闘の形としては、真珠湾攻撃が良い例ですね。余程入念に準備してもあれが限界なんです。
 だから、史実のアメリカのがマリアナ沖海戦で実現したような運用システムを組み上げていたとしても、全部がいっぺんにぶつかるという情景は実現できるとは思えません。航空管制をしっかり行っても、幾重にも重なった航空機の陣形が組み上がるに止まります。それとも、架空戦記作家の好きな戦国時代風の描写を使えば、車掛かり戦法のように大きな波がいくつかに分かれてぶつかりあっていく筈です。
 この例としては、史実の沖縄での戦いが日米の大規模航空戦としては良い例でしょう。また、マリアナで待ちかまえていた450機のF6Fだって、何も全てが固まっていたワケじゃありません。色んな場所にいたんです。
 だいいち、日本に空中での大規模航空管制などありませんから、100機以上集めた時点で何がなんだか分からなくなる泥仕合決定で、全部隊が待つようなお上品な戦い方が可能とは思えません。
 しかも日本側はトラック島から、大量の基地航空隊を放っており、こちらも空母と基地の違いはありますが、航空機発進間隔からくる面倒は同じで、同じく大規模航空管制などありませんし、空母部隊との連携もどれだけ取れるか非常に疑問です。南洋の空が数十キロ平方メートル四方に渡って雲一つない青空などなかなか考えられませんから(どこかに分厚いスコール雲がある筈)、日本側の混乱は想像に難くありません。魔女の大釜どころの騒ぎじゃないでしょう。
 まあ、大量の航空機がぶつかり合う戦闘で問題があるのは、何も横山センセーだけの事じゃないから、あまり突っ込んでもしかたないんですけどね(苦笑)

 さて、お次に控える「レイテ沖海戦」などその他諸々の戦闘については、ただお話として八八艦隊とダニエルプランの戦艦全てを沈めてしまう事も含めて今更何も言うことないのですが、「武蔵」の最後だけ一言言わせてください。
 武蔵坊弁慶の最後のオマージュなのは十分以上に了解しますが、囮となって米軍を翻弄するなら、停止せずに艦隊主力とは全く別方向にジグザグに遁走するか反対に米軍に突撃して、相手の混乱を誘うべきじゃないんでしょうか。
 ただ黙って殴られるよりも、ランダムに逃げ回る方が時間稼ぎになると思うのは私だけ? それとも長門にその役回りをさせたから、同じ事はお話としてできなかったんでしょうか。だとしたら「武蔵」が哀れです(物理的問題については見なかった事にしますよ)。
 まあ、哀れというなら「ルソン島防衛戦?」のため事実上の捨て石にされた「穂高」、「鞍馬」も哀れでしたね。確かにフィリピンは何としても守るべきでしょうが、損傷したままの艦に囮以上のことを期待するのは酷で、そんなもん捨て石の捨て鉢の籠城、特攻並の戦法に過ぎず、そうであるなら本土に戻して可能な限り修理してあげてから、シーレーン保護とか理由を付けてシンガポール方面にでも遁走させて、痛快な遊撃戦でも行ってくれないもんでしょうか。無駄どころの話しではありません。史実の「松田支隊」のオマージュとしてお話も成立しそうですし、ここで英艦隊を翻弄して、より満足いく最後を迎えさせてあげる方が・・・いや愚痴ですね。こういうツッコミはよしましょう。

 ただ、看過できないのが「硫黄島戦」での富永師団長による全部隊降伏命令です。
 これだけは、日本陸軍の悪しき体質を考えても全く成立する余地のないトンデモ展開でしょう。読んだ当初ですら、口をあんぐり開けてしばらく言葉がありませんでしたよ。
 いかに個人的に嫌いな軍人を描き出したいからといって(この姿勢は私は大嫌いなんですが)、これはネタとしても下品です。
 で、この硫黄島と関連しているのが「本土攻撃」で、この世界では「B-29」の量産が遅れているから、「B-17」、「B-24」が太平洋でも活躍しているそうです。だから、かなり日本軍戦闘機は頑張っているぽいです。
 まあ、これはそれほど問題はないでしょう。
 ただ、戦時態勢入ったアメリカにとって、戦艦の建造・維持などはした金と思うのは私だけでしょうか。「B-29」開発には原爆以上の熱意とお金(30億ドル)がかけられているのを、あえて圧迫させる必要があるんでしょうか。この点はネタだったとしても全く同意できません。
 でまあ、ネタでなく物理的な問題を考えると、硫黄島に東京を襲った450機もの重爆を展開させる事は不可能です。いや、予備機を考えたら硫黄島だけで500機以上の重爆が必要で、さらに島の防衛のために常時100機以上の戦闘機も展開させなくてはいけません。
 申し訳ありませんがセンセー、硫黄島はそれ程広くありません。何しろ硫黄島は20平方キロしかありませんからね。
 私の丼勘定ですが、この半分の数字がクリアできるかどうかです。しかも円形シェルターを駐留機数分設置しないでです。シェルターやら数千トン分の爆弾貯蔵施設、兵士の宿泊施設など考えたら、とてもではありませんが、航空母艦以上の危険地帯になっちゃいますね。
 また、硫黄島で重爆が離陸できる滑走路は史実では2本だけで、たとえ450機の機体を並べたとしても、とてもではありませんがまとまった数で離陸させる事ができません。離陸にはB-29で1機あたり45秒かかると言いますから、どれだけ効率よく離陸しても3時間近くかかり、史実よりも遙かに長い行列を日本列島に向けて連ねなければならず、こんな事すれば損害山積み間違いなしです。
 それに硫黄島は本土から約1200キロ。こんなところに爆撃拠点を設けたら、日本軍機がわんさか来るでしょう。だから、史実の米軍は戦闘機隊基地と爆撃機の中継基地としか利用しなかった筈です。少なくとも私が持つソースではそうなってます。
 また、当時の横山センセーの勉強不足に、「B-24」はサイパンに駐留して、サイパン島から最初に出撃したのも「B-24」であり、別に「B-29」が無くてもサイパン・テニアンからの日本本土爆撃は十分可能だったという事象が抜けている事が挙げられます。まあ、爆弾搭載量がかなり少なくなるし、高々度爆撃ができないから昼間爆撃での損害は増えるでしょうが(夜間は別にB-29でなくても同じ)、そんなもんドイツとの戦いに比べたら、連合国にとって屁みたいなもんです。

 また、「本土攻撃」の一つである「戦略艦砲射撃」なんですが、史実ではカミカゼによって戦艦ですら被弾による戦線離脱があった事例を考えると、私が米軍指揮官ならこんな無茶な事はしません。人命軽視で指揮官は左遷されると思います。
 駆逐艦ぐらいなら1機命中しただけ撃沈した例もありますし、だいいち艦砲射撃のために戦力が島嶼攻略部隊と分散され、しかも砲撃中は対空陣形を解かねばならないんですから、的になりに行くようなもんですし、沖縄であれ程反撃した日本が、まだ反撃力を残した20年春の段階でこんな事されたら、どんな反応が発生するか考えるまでもないと思うんですけどね。やるとするなら、史実同様に日本軍が本土決戦に備えて、地上侵攻以外無視するようになった昭和20年夏頃にするのが妥当です。
 で、さらにこの点を指摘するなら、史実で戦艦は島嶼攻撃の切り札として重宝され、この世界では沖縄で「大和」が沈むまで戦艦群は常に艦隊戦と艦砲射撃の二重の重要任務があるから、単身日本本土攻撃に赴くような余裕はなく、しかもこの世界では日本側航空戦力の頑張りと沖縄守備隊の装備(日本版ロンメル駆逐戦車の存在)よって史実より1ヶ月も長く沖縄戦が行われているから、戦艦部隊はなおのことここから離れる事はできないと思います。必要性の薄い戦略艦砲射撃を行う事と、沖縄での自軍戦死者を一人でも減らす支援任務のどちらが重要か、もはや問うまでもないでしょう。
 それに、戦略艦砲射撃をするなら、陸軍のルメー将軍のような人物を配するべきですね。
 ネタだとしても杜撰すぎますね。

 まあ、杜撰ついでに戦後について少し触れておきますが、一見史実と同じような図式が見えますが、お気づきの方も多々いるでしょうが、戦後の支那情勢は史実とはかなり異なります。
 日支事変がないため支那沿岸部での国府軍の勢力が強く、共産党が存在していたとしてもその力は小さく、また日本軍が満州以外にいないので日本軍の装備で共産党がパワーアップするのはかなり遅くなります。
 つまり、史実と同じように簡単に中華民国が成立する余地はないと言うことです。
 恐らくは、満州に中華人民共和国が成立して南北対立時代に入り、1950年代から60年代にかけてナム戦のような状態になり、最終的に国府軍が大陸から追い出されるというような図式になるでしょう。
 また、日本の進出地域縮小から、ビルマ独立の形も変わってくるでしょうね。
 ついでに言えば、終戦後に日本とソ連海軍が衝突してソ連側に大損害が出ていますから、この辺りも多少は天秤が揺れる要素になるのではと思います。
 ソ連海軍が日本の避難民を乗せた空母を追い回した挙げ句に大損害を受けていると言うことは、千島列島、北方領土への進出スケジュールが変化して、場合によっては北方領土には米軍が足跡を記している可能性があるからです。

 とまあ、このように言い出せばキリがないんです。
 一見史実と似ているが、実は全く違う世界なんです。
 だからあまり触れたくはなかった作品なんですが、今回あえてキツ目に触れてみました。
 そして、今までグダグダ書いてきたように、ツッコミどころ満載だからこそ、私はこの作品を「リアル系」ではなく「スーパー系」と分類します。
 そして、「スーパー系」として見るなら間違いなく名作であり、理屈でなく感情で読むべき作品だと言うことももう一度言っておきたいと思います。
 だから皆さんも、本作品の外伝設定資料集みたいなもの(列伝1航跡)がありましたが、あれを厨房的真剣さで見ずに微笑ましく見れるようになるようなったなら、もう一度この作品を手に取ってみてください。


 では、次の作品で会いましょう。