平成25年3月分

3 月31日(日) 大阪も桜が満開らしいが今年は花見にはいけそうもない。それでも最近は市内のあちこち
  に桜が植えてあるので、時節を味わうことは出来る。

3 月30日(土) PCの調子がいまいちよろしくない。立ち上がりが遅くなったような気がするし、ネットへの
  つながりも悪い。もう7年くらいたっているし買い替え時と思うが、移動したりするのが面倒だし、古い
  プログラムも使っているのでそれが移せるかも心配。だんだん機械オンチがひどくなっているので、
  こういうことが難しくなってきた。

3 月29日(金) 大阪教区の御遠忌関係の案内が来るが、参勤の方はいろいろ声明、楽僧と日程、配役
  が決まってその練習で4月は忙しくなりそう。ちょっと参拝の申込の方は間違えた感じ。寺の近くからだと
  それぞれにいっていただいた方が便利と思って、寺からの団体参拝は申し込まなかったが、おみやげとか
  は団体として申し込んでおかないと当たらないらしい。今から募っても申込期日に間に合いそうにないし、
  引率していくにも身動きの取れない日程になってしまった。

3 月28日(木) 今日は坊守会の方での指導。先回よりも声が出ていたように思った。なかなか女性の声
  に合わせるのは難しいが、大きな声をだしていただけるようにしていきたい。

3 月27日(水) 昨日に続いて得度講習の装束の着付けの指導。以前は大人と子供一緒にしていたから
  大変だったが、最近は大人と子供で時間が分かれているのでやりやすかった。中には直綴のしつけが
  付いたままの方もおられたりということはあったが、墨袈裟の威儀の結び方もほとんどの方が2回目では
  できておられた。ここでまた時間を間違えてしまった。皆さんがすぐに出来ておられたので1時間で終われ
  る流れで行ったら、この時間は1時間半だった。あわててたたんでもらった装束をもういちど出してもらって
  着けていただいた。

3 月26日(火) 久しぶりに得度準備の講習の講師に。このところ真四句目を指導していたので、いきなり
  草四句目と間違えてしまった。大人(14歳以上)の部だったが、女性が男性の倍の人数。ちょっとやりにくい。

3 月25日(月) 寺報の原稿を坊守に清書してもらっているが、漢字の間違いや送り仮名の間違いを指摘される。
  「残虐」の虐の字の下の部分をEではなくヨに書いていた。時々葬儀のときの位牌の字も間違えるので
  気付いた後の中陰が辛いことになる。もう少し小学校の時きちんと学んでおけばよかった。

3 月24日(日) 一日家にこもっていた。先日購入した「137億年の物語」という本を読む。実にコンパクトに
  地球の歴史がわかりやすくまとめられてあり、読みやすかった。

3 月23日(土) 東京の方ではもう桜が満開らしいが、大阪ではまだ花が咲き始めたくらいか。ともかく今年は
  例年よりかなり開花が早いらしい。冬寒かったと思ったが、春は足早にきたということか。

3 月22日(金) 初めてアマゾンで書籍を購入した。本は本屋で買うものと決めていたが、品ぞろえということ
  になってくるとネット通販には勝てない。こんなことで町の本屋さんが減っていくのは忍びないが、店に
  いってなかったのだから仕方がない。

3 月21日(木) 夜 民生委の会合。子育てサロンももうその役割を終えてもいいのでは、というご意見
  もあった。実はそれに賛成だったが、消極的理由なので意見表明は差し控えた。

3 月20日(水) 春の彼岸会。予報ではお湿り程度と言われていたのに結構しっかり雨が降った。それでも
  30人くらいのお参りがあった。ご講師の先生からみなさんに「歎異抄」の本を配っていただき恐縮。
  いつもどおりわかりやすく、面白い話を交えながら教えを伝えていただいた。

3 月19日(火) 10日の天候が急変した日にゴルフに行っておられた方が話しておられたが、アウトドア
  のスポーツはこういう時は大変らしい。午前中は晴れて穏やかな感じだったのに、雨風は強くなるは
  寒くなるわで、あわてて使い捨てカイロを使ったりされたそうだ。。この時期はあらゆる装備をして
  おかなければということらしい。

3 月18日(月) 夕方かなりの雨。春は梅雨時期よりも雨が多いような気もする。まあこの時期の雨は
  植物にとって芽を出し葉を茂らせるには必要な水分かもしれない。

3 月17日(日) 青草人の会。今日は「証知生死即涅槃」のところ。即はそのままということ。生まれる、と
  いうことも少しも私の力の及ぶところでない。赤ちゃんから育っていくについても多くの人の助けがないと
  生きていけない、それはそのまま他力のはたらきの中で生かされているということ。さらに死んでいくと
  いうことも私の意思でない。そして死ということを教えられるのは他人の死に出会うことで必ず死んで
  いかなければならない命を生きているということに気付かせていただく。ということは信心の智慧でもって
  生死をいただいていけば、それがそのまま他力のはたらきの中にある、すなわち仏の世界を生きている
  という展開の話に。

3 月16日(土) 朝 子育てサロンの準備。そのあとお参りも結構あり、それから明日の準備。1日が短かった。

3 月15日(金) 4時からっ真宗学院の判定会議。各科目の考査の点数が発表されたが、声明がいちばん
  甘かった。特に自分がつけた点数は他と比べて高すぎたかもしれない。つい日ごろの努力の成果という
  ことで点数を奮発したが、他の先生方はシビアに点けておられた。プロフェッショナルに徹しなければ。

3 月14日(木) お彼岸のお花を入れる。秋の報恩講から入れてあった松もようやく御用済みとなった。
  寒い時期とはいえよく持ってくれたことに感謝。

3 月13日(水) 雨模様。夜 区の仏教会の総会。「花まつり」のポスターとかを配布される。今年は5日
  が忙しいのでお手伝いはできそうにない。

3 月12日(火) 今月の寺の新聞で4月29日は何の日、ということを書いたが、年齢を重ねられた方は
  天皇誕生日と答えられると書いたが、もっと古い方は天長節と言われて、古さには上がある。

3 月11日(月) 午後から声明の指導のため別院に行ったが、ちょうど震災からまる2年ということで、
  午後2時46分に別院で鐘が撞かれた。2年経つといろいろなことが忘れられていくようで怖いところ
  もある。その一番のことが原発の事故だと思う。もうこんな怖いものはいらない、という世論が圧倒的
  だったのに今ではやはり経済的には、という議論になってきた。

3 月10日(日) 朝のうちは晴れていて暖かだったのに、昼ごろ雨と風が強まったかと思ったら、午後は
  また寒さが逆戻り。三寒四温とはよくいったものだ。

3 月 9日(土) 昨日少し遅れて囲碁の会に行って2局打ったが、始めは2目負け、次は持碁で白番だった
  から勝ちということになった。いずれにしろ2局で2目しか違わなかったというのは自分としては快挙に
  近い。やるかやられるかではなく、最後まで接戦できたことがうれしかった。

3 月 8日(金) 午後に消防署の関係の方が来られて、防火体制の点検。一応はよいということだった。
  ともかく火事はいちばん怖いことだ。

3 月 7日(木) 「ナブッコ」というヴェルディのオペラのライブ録音盤をきいていたら、途中の歌のところで
  観客が大合唱して異様な盛り上がり方をして驚いた。旧約聖書の世界の話で、ユダヤ人が祖国を
  追われていく時に、いつか黄金の翼に乗ってこの地に、という歌だったと思うが、調べてみたらこの歌
  は作曲された当時、まだ分裂状態だったイタリアを統一して古きローマ帝国の栄華をよみがえらそうと
  いう作曲家の意図もあったらしい。そういうことでこの歌は第2のイタリア国歌ともいわれているらしい。
  1949年のナポリでの録音で正直録音状態も悪く、これは外れだったか、と思っていたがこの大合唱
  を聴いて、ライブ録音もいいものだと思いなおした。敗戦国のイタリア人がこの歌に込めた思いが伝わって
  来る。

3 月 6日(水) 公園のお近くの家の方が、ようやく高い木の枝を払ってもらったと安心しておられた。
  緑があっていいと思われるが、実際には落ち葉が樋が詰まったりして大変らしい。町中の公園では
  あまり大木である必要もない。

3 月 5日(火) 黄砂の影響か空が曇って視界も悪い。花粉症の症状もしっかり出てきた。

3 月 4日(月) 真宗学院の今期生の最後の授業。実技の考査だったが、最初に比べると格段の上達、
  これはここでの指導だけでなく習練でも学んで来られたことも大きいと思うが、どちらにしろ喜ばしいことだ。

3 月 3日(日) 3時のお約束だったが少し早く行ったらお留守だった。それで他のお参りを先に行ったら
  その家の方が3時に待っておられるという連絡。そこにお住まいの方が入院されていて、近くに住んで
  おられる娘さんがちょうど3時ごろに来られるようにされていたとのこと。こちらの都合もあればあちらの
  都合もあるということ、やはりお約束はきちんと守らないとと反省。

3 月 2日(土) 昨日の雨からまた時候が戻ったようで寒い一日。ちょっと暖かくなっていたので応える。

3 月 1日(金) 夕方から久しぶりに友人と会食。天満の魚の美味しい店に。手ごろな値段で美味しい
  魚と日本酒をいただいた。