平成26年12月

12月 31日(水) 除夜の鐘。天気予報がよくなく、昨日まで穏やかだったが、今日からまた
  冬本番の寒さらしい。夕方には雨も降りだし今年は厳しい状況下と思ったが、夜が更けて
  雨はあがった。ちょっと風はきつかったがだいたいいつもどおりの人出だったと思う。
  午後11時半からちょうど1時間、みなさんに1年の締めくくりをしていただいた。

12月 30日(火) 夜警の二日目。家人によると子供さんの声がよく響いて聞こえて来たとか。
  どうしても夜遅くになるので、通しては難しいが10時くらいまでなら地域の子供さんにも
  参加してもらったらいいと思う。

12月 29日(月) 町会の夜警。この町会は参加者が多い。範囲も広いが人数が多いから
  二手に分かれて回れる。今回は小さい子供さんも参加してもらった。子供さんにとっても
  珍しい体験だし、おっさんばかりの声よりよく聞いてもらえるかもしれない。

12月 26日(金) 地域のコーラスに参加されておられる方が、その発表会の会場の階段で
  何人か転倒されて入院するほどの怪我をされたようだ。コーラスは大勢になるしその入退場
  が危ないと感じたことはあったが、折角の舞台で残念なことだ。1日も早い回復を願うばかり。

12月 24日(水) 午後から健診。血圧は120台なのでよかった。後は結果待ち。夜 忘年会
  があったが、バリウムを飲んだのでアルコールはひかえるようにということでウーロン茶で
  我慢。

12月 22日(月) 民生委の会合。先日火事で一人暮らしの方がお亡くなりになったいきさつ
  をお聞きした。なかなか気になっていても立ち入ることができないので対応は難しい。

12月 21日(日) 青草人の会。今日は「即証法性之常楽」法性は真如ということではたらき
  そのもの、色もかたちもなく、心もおよばず言葉もたえたり、ということで我々の知恵では思い
  浮かべることすらかなわない、そこで形を持って現れてくださったのが報身。本願が報われて
  阿弥陀如来として現れてくださった。そして我々人間界に現れてくださったのが応化身としての
  釈迦如来。善導さまは此岸、我々の世界から背中を押すように救いの世界へ向かわせて下さった
  のが教主としての釈迦如来、彼岸、救いの世界から私たちにこちらに来いと手を差し伸べて
  くださっているのが救い主としての阿弥陀如来といただかれた。常楽は我々の思うような楽、
  例えば寒さが緩んで楽になった、という楽ではなく常に変わることのない楽、われわれの感覚では
  捉えられない世界ということでこれは仏の世界のこと。私たちはそこに向かって歩んでいくという
  方向性を与えられた、それが混迷の人生から抜け出せるひと筋の道であるという教え。

12月 20日(土) またかなりの雨。堺の方のお墓のお参り。バブル時代に開かれた霊園の
  ようだが、かなり空いているところもあり、かえって寒々しい。

12月 19日(金) 楽僧の忘年会。鹿児島県の特産品のアンテナショップのような店だったが、
  それだけに素材は厳選されて結構おいしかった。久しぶりに先輩に連れられて二次会へ。

12月 16日(火) 今月は寒さが厳しく、しかも雨が多い気がする。暖冬という予報だったような
  気もするが長期予報は結構外れる。

12月 13日(土) 臨時のお参りの依頼があったりして組の研修会があったのをすっかり忘れて
  いた。こういう研修会も単発で色々するのでなく継続的にテーマを決めてしたほうがいいのでは、
  と休んでおきながら思ったりする。

12月 12日(金) ちょうど今日で車の違反検挙から丸1年。点数が消えてよかった。なんとなく
  今まで12月に違反したことが多いような気がする。気分的に急いでいるせいか警察の取り締まり
  が年末厳しいのか。

12月 10日(水) 車の1年目の点検。ちょうど一カ月1000キロくらいの走行距離で12000Km。

12月  7日(日) 午後から八尾別院の報恩講。今秋初めての楽僧での参勤。伽陀の附物では
  助音方が下無の高さを全員で勤めているのには感心した。もう声明の方では結願では遠慮
  するしかない。

12月  6日(土) 組内の忘年会。今年は西九条のフグの美味しい店。付きだしは皮、これが
  食感が抜群、続くテッサも量が多く揚げ物も身が大きくここまででも満腹になりそうなところを
  次の白子の大きいこと、こぶしより少し小さい位くらいで濃厚な味がたまらない。最後はてっちり
  に締めは雑炊。ふぐの美味しいところを食べつくした感じ。

12月  5日(金) 夜 別院で延塚先生の話。先月1回抜けてしまったが、今回はまとめのような話
  でフォロー出来たように思う。

12月  3日(水) ご夫婦でアメリカにお住まいの娘さんのところの移住された方が、今年相次いで
  亡くなられたようだ。そういう覚悟の上で行かれたのだろうが、わが身に置き換えると少々
  さびしい気もする。しかし現代の状況では畳の上で死ぬなんてことは稀で病院のベッドの上が
  旅立ちの場であれば、日本であろうとアメリカであろうと同じようなものか。

12月  1日(月) 囲碁界の巨星、呉清源氏が亡くなられた。百歳だったそうだが戦前から
  囲碁界に天才少年現るということで注目され、戦後も10番碁という形で有力なプロ棋士を
  次々倒された伝説の巨人。天才で長生きというのも素晴らしい。