さんにん。<後編>

「で?結局どうなったよ?」
 教室にて、文次郎が笑いをこらえながら言う。視線をやった先には、全身擦り傷だらけの伊作がいた。
「どうもこうもないよ」
 伊作は盛大に溜息をつき、ことの次第を語り始めた。

 伊作たちは結局二番目に遠い道を選んだ。結局、雷蔵も伊作も、左門の決断力に押されたことになる。
「それでね」
 伊作は自ら傷口に消毒液を塗りながら言う。しみるのか、時折顔をしかめることもあった。
「左門がどんどん先を進んでいったんだけどね。まあ罠の多いこと多いこと」
 伊作の話では、ほとんど歩く場所も無いくらいに罠がぎっしり仕掛けられていたと言う。
「よくもまあ、あんなにも仕掛けたなって思ったよ」
「で?せっかく仕掛けてもらったんだからって全部に引っかかってきたわけか」
 文次郎はやや茶化すように言った。件の文次郎はと言うと、帰ってきてから着替えていないのに、制服に泥一つついていない。もちろん擦り傷なぞ一つも無かった。
 そんな文次郎を横目で恨めしそうに見て、伊作は半ばうなだれるようにして頷いた。うつむいたまま、呟くようにして文次郎に問う。
「…なんで…文次郎は全然罠に引っかからなかったのさ」
「聞きたいか?」
 間髪いれずに、文次郎が訊き返した。どうやら、この問いをずっと待っていたらしい。嬉しそうに目を輝かせる文次郎を見て、伊作は溜息をついた。
「――聞きたい」
「なら聞かせてやろう」
 腰をどかりと下ろす文次郎を視界の端で見ながら、伊作は記憶を手繰った。確か文次郎と同じ組だったのは5年の久々地平助と4年の綾部喜八郎だったか。
「俺たちは最短の道を行った!」
 文次郎はびしり、と虚空を指差した。もはや彼は『忍者モード』に切り替わっている。制止は不可能だった。
「忍びならば、どんなに罠があっても潜り抜けて任務を果たさねばならん!!ゆえに!!」
「罠が一番多そうな最短の道をとったわけだね」
「ご名答!!」
 伊作は頭痛を覚えた。どうして『忍び』と言う単語が絡むと、彼がこれほどまでに熱くなるのか。伊作には理解できなかった。
「ところが、だ」
 と、突然文次郎が腕を下ろした。伊作がふと見ると、なにやら暗い表情である。文次郎はこぶしをわなわなと震わせていた。
「行ってみて驚いた。罠が一つも無いのだ。恐らく、皆が最も敬遠するだろうと踏んでその裏をかいたつもりだろうが…俺は…俺は…!!」
 文次郎は呆気に取られる伊作の目の前で、大きく手を振り上げた。
「暴れたりん!!」
 ばん、と大きな音を立てて、机を叩く。伊作は一瞬びくりとして、すぐに態度を元に戻した。
「――だからって…こんなとこで憂さ晴らししないでくれる?」
 伊作は少しとげを含んだ言葉を文次郎に投げかけた。が、文次郎は一向に答えた様子を見せず、再び『忍び』にかける熱い思いを語り始めていた。
「つまりだなあ。俺は忍びとして――」
 ――いい加減にしてよ…
 伊作は盛大に溜息をついた。消毒液のふたを閉めながら、夕食に間に合うか、ただそれだけを考えていた。

「大丈夫か?雷蔵」
 一方、自室にいた雷蔵は、聞きなれた声にふと顔を上げた。自分と同じ顔が、心配そうに顔を覗き込んでいる。普通に考えれば飛び上がらんばかりに驚くはずの状況だが、雷蔵は逆に表情を緩めた。
「三郎」
 雷蔵はそう言って微笑んだ。体のあちこちについた傷がかえって生々しく感じられる。
「しかしひでえなあ…傷だらけじゃねえか」
 三郎はぞんざいな言葉を使いながら、雷蔵の体を見回した。着物もところどころ破れている。
「同じ組に六年生がいたんだろ?なんでこうなったんだよ」
 三郎は眉をひそめた。雷蔵は軽く溜息をつく。
「伊作先輩だったから」
「なるほど」
 心底納得がいった、とでも言うように、三郎は頷いた。雷蔵は力なく笑う。
「でも伊作先輩は全然悪くないよ。結局は罠を回避できなかった僕が悪かったわけだし」
「でも」
 三郎は雷蔵の言葉を遮った。
「いくら伊作先輩が不運委員長だっていっても…罠くらい察知できるだろう?六年生なんだから」
 そうだね、と雷蔵は小さな声で答えた。目が虚ろになっている。
「でもね、いくら伊作先輩が察知できても前進を止められなかったんだよ…」
 三郎はその一言ですべてを察知した。
 ――あの野郎。
 三郎は、その『野郎』のいると思われる方向を睨みつけ、拳を握り締めたのだった。

「ん?」
 一人縁側に出ていた左門は、ふと顔を上げた。
「今、視線が…」
 左門は首をかしげ、あちこちを見回す。しかし人影は無い。
「…気のせいか」
 左門はすっぱりと結論付けた。擦り傷の残る自らの頬をぱちり、と叩く。
「よおーし!!明日からも気持ちを切り替えて頑張るぞー!!」

 こうして、三人三様の夕方は暮れていくのであった。


私が言いだしっぺの爆弾交換企画なのに…うめちよ様、お待たせして本当に申し訳ありませんでした。
6年生が書きやすく、こうやって見るとやっぱり比率高いですよね…
5年、3年もこれから研究していきます!
うめちよ様、企画にお付き合いいただき、ありがとうございました♪

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