盤根錯節

 学園長の突然の思いつき。
 それは忍術学園においては日常茶飯事のことだった。

「――学園長の突然の思いつきで混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングが再び行われることになった」
「え〜っ!?」
 忍術学園の教室という教室からそんな声が響いた。日常茶飯事の事ながらこのリアクションはつきものだった。
 すぐに校庭に全校生徒が召集される。学園長は全員が来ているのを確認すると、声を張り上げて言った。
「今回は少しルールが異なる。1年生は3年生と組んで5年生を、2年生は4年生と組んで6年生を倒すんじゃ。どんな手を使っても構わん。1年生から4年生まではこちらで組み合わせを決めてあるからそれを担任の先生から聞き、明日までじっくり作戦を練りなさい。5年生と6年生は先生の指示に従うように。基本的なルールは前回行ったものと同じじゃ。出発は明日の朝、夜明けと同時。みんな、ガッツじゃぞ!!」
 学園長はどうやらヤル気らしい。生徒達は腹をくくって教師の元へと行く。
「先生!!ごほう…」
「はいはい」
 校庭の端の方でそんな会話が聞こえたが、誰も気にする者はいなかった。

「…で?この4年生の中で学業・武芸共に秀で、もっとも優秀なこの私の相方は君かい?池田三郎次君」
「…先輩、それよく舌かまずに言えますね」
 2年の池田三郎次は4年の滝夜叉丸の部屋を訪れていた。滝夜叉丸と組むことになったからである。
「何か言ったか?三郎次君」
「い〜え〜何でもありません。それよりどうしますか先輩」
 三郎次は綺麗に逃げた。二年間で培ってきた技術である。
「どうするか、だって?君は誰に向かって口をきいているのかな三郎次君。この私には作戦など無用!!君は安心してついて来たまえ」
「でも先輩、相手は6年生ですよ?」
「それでは明日も早いから今日はもう寝ちまいなさい。おやすみ。三郎次君」
 三郎次はすっかり忘れていた。滝夜叉丸には何を言っても仕方がないのだ。三郎次は溜息をつくと部屋へと戻って行った。

 翌朝。
「では行くぞ!!」
「はい!!」
 学園のあちこちではそんな声が聞こえる。三郎次も滝夜叉丸の元へと行った。
「先輩、行きましょうか」
「よおし。ついて来い!!」
 二人は早速最初の目的地へと急いだ。

「そろそろ来る頃だね」
「ああ」
 6年生の善法寺伊作と立花仙蔵は第一関門の担当だった。二人は木の上から下を見下ろす。
「位置はちゃんと頭に入っているだろうな」
「勿論♪」
 伊作は笑顔で頭を指差して見せた。仙蔵はふっと笑みを浮かべると、立ち上がった。
「二組来たな…滝夜叉丸と三郎次の組に三木ヱ門と左近の組だ…どっちがいい?」
「仙ちゃんに選ばせてあげるよ」
 伊作は言う。仙蔵は近づいてくる4人を見たまま言った。
「じゃあ、私は三木ヱ門の方に。火薬の正しい使い方を教えてやる」
「解った。じゃあね」
「おう。やられんなよ」
 二人は別々の方向に、跳んだ。

「なんでついて来るんだよ、滝夜叉丸!!」
「そっちこそついて来るな、三木ヱ門!!」
「お互い大変だな、三郎次」
「そうだな、左近」
 偶然途中で会った滝夜叉丸と三木ヱ門はいきなり喧嘩を始めてしまった。それぞれの相方である三郎次と左近は為すすべもない。二人は溜息をつきながら喧嘩の様子を見ていた。その時。
「ずいぶん仲が良いじゃないか」
「二人とも!!喧嘩はいけないよ」
「!!」
 別々の方向から声がする。4人は思わず身構えた。突然、タイミングを会わせるようにして両側に仙蔵と伊作が姿を現す。
「ここを通りたかったら僕たちを倒してね♪」
 明るく、しかし挑発するように伊作が言う。
「何をっ!!」
 滝夜叉丸は駆けだした。三郎次も慌てて追う。
「ったく…滝夜叉丸のやつ…」
 三木ヱ門はぶつぶつ言いながら滝夜叉丸を追う。しかしその背中に声がかかった。
「どっちに行くつもりだ?お前の相手はこっちだぞ」
「!!」
 背後から声をかけたのは仙蔵だった。三木ヱ門は愛用の石火矢をそっと触った。

「学園長!!どういうつもりですか!?」
 その頃、学園長の庵では一年は組教科担任の土井半助が学園長に詰め寄っていた。
「また喜三太と孫兵を組ませるなんて!!ふざけているとしか思えません!!」
「…まったく…五月蠅いのう…」
 半助もまた、学園長には何を言っても仕方がないことを忘れていたようだった。

「伊作先輩!!容赦なく行かせてもらいます!!」
 滝夜叉丸は走りながら戦輪を構えた。伊作はにやりと口元に笑いを浮かべた。
「あ、気を付けた方がいいよ。その辺に地雷が埋まってるはずだから」
「ええっ!?」
 滝夜叉丸も、その後ろを追っていた三郎次も思わず足を止めた。
「それならば!!」
 滝夜叉丸は手にしていた戦輪を投げる。伊作は軽く地面を蹴ると、高く跳んだ。その向こうには紐が垂れ下がっている。
「!!まさか…」
 滝夜叉丸が言った瞬間、戦輪がその紐を断ち切った。
「逃げろ!!」
 滝夜叉丸が三郎次にそう叫んだ瞬間、鈍い音がした。上空から巨大な石が落ちてきて、かろうじて避けきれた滝夜叉丸が元いた位置に深くめり込んだ。
「あ、そこ、落とし穴だよ」
「ええっ!?」
 かろうじて落石は避けきれたものの、滝夜叉丸と三郎次は敢えなく闇の中へと沈んだのだった。
「まだまだ甘かったね♪」
 伊作は落とし穴の底で目をナルトにしている二人を見てクスリと笑ったのだった。

「何か今大きな音が…」
 三木ヱ門は石火矢を構える手を少し緩めた。仙蔵がちらりと音のした方を見る。
「どうやらお仲間がやられたらしいな」
「何ッ!?」
 三木ヱ門は思わず声をあげる。その瞬間、足下に穴が開いた。
「人のことを気にしている場合じゃないな」
 仙蔵が火縄銃を撃ったのだった。三木ヱ門は唇をかむと石火矢に点火した。

 その頃、5年の雷蔵は待ちわびていた。自分が相手にする予定の孫兵と喜三太がなかなか来ないのだ。
「どうしよう…探しに行くべきか探しに行かざるべきか…」
 しばらく迷ったあげく、雷蔵は森の中へ分け入った。

 大きな爆発音。
 三木ヱ門は肩で息をした。正面の木は大きくきしんで倒れた。
「やったか!?」
 後ろで見ていた左近は血の気が引くのを感じた。
「先輩…そんな」
「甘いね」
「!!」
 三木ヱ門は息をのんだ。背後には数丁の火縄銃を持つ仙蔵がいた。仙蔵はそれで三木ヱ門と左近の足下を狙った。二人はそれを避けつつ後ろに下がっていく。
「これで最後だな」
 仙蔵がポツリと呟いて最後の火縄銃を発射する。それを避けた瞬間、二人の姿は消えた。
「古典的だが…こういうときには一番使い勝手が良い」
 仙蔵は穴の底に倒れる二人を見てふっと笑ったのだった。

 結局、下級生達は一人も第一関門すら突破できなかった。
 余裕の笑みを浮かべる上級生と怪我の手当を渋々受ける下級生。
 忍術学園はごった返していた。
 その中で、土井半助は溜息をついていた。
「ああ…やっぱりあの二人は帰ってこない…」
 半助は空に輝く星を見つめて再び溜息をついたのだった。

 その頃、森の中では。
「お前みたいにナメクジなんか飼ってるやつと何故私が組まなきゃならないんだ!!」
「僕だって!!かわいくもない毒蛇を飼ってる先輩と組むのは納得できません!!」
「まあまあ、二人とも…」
「雷蔵先輩、口を出さないで下さい!!」
「あああ…もうどうしたら良いんだ…」
 結局、この三人が帰ってきたのは二日後のことだったという。

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