同甘共苦

 学園長、大川平次渦正。
 かつてはいわずと知れた凄腕の忍者…そして、今は――

「お使い、ですかあ?」
 間の抜けた声が忍術学園の中庭に響く。いやそうな顔をする生徒を見て教師は咳払いした。
「学園長の『思いつき』で、六年生の中間テストはお使い、とする。五、六人で組になって学園長の庵に課題を受け取りに行くように」
 それだけ言って、教師は消えた。残された六年生達は全員溜息をつき、諦めの良いものから学園長の庵へと歩んで行った。
「へへっ、まただってよ」
 ぞろぞろと庵に向かう同級生達を見ながら、他人事のように文次郎は言う。
「早く行こう。残ってるの僕達だけだよ」
 焦りながら言うのは伊作だ。
「いいじゃん、最後で。あまり福だよ」
「…それをこの場合に適応するのは間違っていると思うぞ」
 小平太のボケには仙蔵がツッコミを入れる。長次は相変わらず黙ったままだった。

「失礼します」
 五人は案の定、最後に庵の戸を開いた。学園長はうむ、と頷いて五人を招き入れる。
「それでは早速課題を言い渡す。お前達は最後だったのでちときついぞ」
「ほら見ろ」
 仙蔵は小声で言って小平太をこづいた。
「いいか。一度しか言わんから良く覚えておけよ。わしの知り合いが住職をやっとる寺が、裏山を越えてそのすぐ側の森を通り、川に沿って進んだ所にある村を一望できる丘の上にある」
「ええ!?裏山を越えてすぐ側の?」
「森を通って村へ」
「じゃなくてさ、川に沿って進むんだよ」
「………」
「ああ、もうっ!!」
 五人は一気に混乱モードに突入した。それを横目で見ながら学園長は懐から紙を取りだした。
「なお、その道筋はこの地図に書き込んである」
「だあっ!!」
 五人は一斉に学園長にくってかかった。
「さっき、一度しか言わないと言ったじゃないですか!!」
「だからこの地図に書いてある」
「なるほど」
「納得すなっ!!」
 感心する小平太に仙蔵がツッコミを入れる。学園長はそれを後目に話を続けた。
「その寺の住職が、お兄さんの妻の実家の近所のおばさんの知り合いの息子の医者が、南蛮から取り寄せた非常に有り難く、明の医師も真っ青になったという妙薬を持っているのじゃがな」
 復唱しにくい内容である。
「つまり、その住職のお兄さんの」
「止めとけ」
 復唱しようとする小平太を仙蔵が(力ずくで)止めた。
「要するに、その薬を取ってこいと」
「そういうことじゃ」
 学園長は頷いて地図を仙蔵に渡した。と、思い出したように口を開く。
「ちなみに、この試験は早く帰ってきたもの勝ちじゃからな」
「のわあああああああああにいいいいいいいいいいいいい!?」
 次の瞬間、学園長室からは五人の姿は消え失せていたのだった。

「あ!!」
 という間に伊作達は森を抜けた。
「どうしたんだよ、小平太」
 文次郎は立ち止まって振り返る。小平太は地図とにらめっこしたままで言った。
「この先の川…結構大きいみたい」
「で?その川、上流に向かうのか?それとも下流か?」
「下流」
 小平太は即答した。文次郎はにやりと笑みを浮かべる。
「なら決まりだな。筏で下るか」
 この判断が後々に悲劇を招くことを知るすべはなかった。というより、知っていたら恐らく彼らはこの方法を採らなかっただろう。
 かくして、運命の筏は進水式を迎えたのだった。

「いやっほーい!!」
 小平太が場違いな叫び声を上げる。仙蔵が不機嫌そうに、風になびく髪をかき上げた。その横で伊作はじいっと水面を見つめていた。
「どうした伊作」
 不思議に思った文次郎が問うた。伊作は顔を上げながら言った。
「…いや…さっきから流れが速くなってるような気がして…」
「…確かに…」
 文次郎は妙に悪い予感がした。と、いきなり小平太の方を見る。
「小平太!!」
「…何?」
 小平太は振り上げていた手を下ろして文次郎の方を見た。
「本当に下流に向かうんだろうな」
 文次郎はじろりと小平太を睨んだ。小平太はむう、と頬を膨らませて地図を取り出す。
「ほらあ、合ってるだろう?こっちから、こう…」
 小平太は川沿いに下に向かって引かれている矢印を指で示してみた。その先をつ――っと追っていた文次郎の顔からさっと血の気が引いた。
「違うじゃねえかああああ!!!上流に向かうんだろうがあああああ!!!」
「何だって!?」
 四人は一斉に文次郎を見た。
「そんな…っ!!川って上から下へ流れるもんだろう?」
 小平太のズレた発言に仙蔵はその先に起こることを予感し、額を押さえた。伊作も、長次も懐から鉤縄を取りだした。
 未だに事情が解っていない小平太に文次郎は地図を示してみせる。
「コレ、よく見ろ小平太。山の頂上はこっち」
 そう言って文次郎は下の方を指差した。小平太はこくりと頷く。
「んでもって平地はこっち。だからこの地図で見るとこの川は下から上に流れてんの」
「そおだったのかあああああああ!!」
 小平太は文次郎の手から地図をひったくり、そして川面を見た。
「そうか、この地図は上下が逆だったんだな」
「ちっがああああああう!!」
 小平太の頭に、綺麗に文次郎の一発が当たった。

「コントはそれぐらいにしておけ」
 放っておけばどこまでも行きそうな2人を引き戻したのは仙蔵だった。表情が険しい。2人はきょとんとして問うた。
「どうした、仙蔵?鉤縄持ってんならさっさと筏止めろよ」
「それが…」
 同じく鉤縄を手にした伊作も、眉をひそめながら言った。
「この川の周りの木、全部伐られてるんだ」
「何ッ!?」
 文次郎と小平太は咄嗟に周りを見た。確かに、鉤縄の届く範囲には切り株しかない。
「しかも…聞こえるだろう、この音が」
「音?」
 2人は耳を澄ました。聞こえてくるのは地の底から響くような不吉な音…
「滝!?」
「大正解」
 仙蔵が言った瞬間、五人の身体はすでに垂直に落下し始めていた。
「――――ッ!!」
「うわああああああああ」
「なんでやねーーーーん!!」
「さよおならあああああ」
「……………」
 五人五様の叫び声を上げながら、五人は滝壺へ吸い込まれていったのだった。

「ぷはあっ!!」
 間もなく、5人は水面から顔を出した。滝の下は広い湖になっている。と、辺りを見回していた仙蔵が急に目を鋭くした。
「どうした、仙蔵?」
「アレを見ろ」
 仙蔵の近くに集まる4人に、仙蔵は対岸を指差して見せた。
「あれは…!!」
 対岸では、赤の忍び装束に赤いサングラスの集団が大きな船を造っていた。
「恐らくあの川岸の木を切って、それを川に流し、落ちてきたところを使っていたんだろう。運ぶ手間が省けるからな。しかもこの湖はどうやら海に繋がっているらしい」
 仙蔵は指先を左にずらした。湖からは川が流れ出ている。
「この川の下流は確か兵庫水軍の領内の筈…まずいな」
 珍しく長次が口を挟む。伊作も苦い表情をした。
「どうしようか。アレを壊さないと…助けを呼びに行く暇はなさそうだし」
「…どうやらここは私の出番のようだな」
 仙蔵は呟いて近くの岸に上がった。4人もそれに倣う。
「多分この辺に落ちたと思うんだが…」
 仙蔵は近くの草むらに入って辺りを探り出した。
「!あった」
 仙蔵はなにやら包みを木の間から見つけだした。
「それは?」
 伊作はそれを覗き込む。仙蔵は得意げに中身を取りだして見せた。
「火薬。さっき、滝から落ちる直前に一か八かで放り投げたんだ」
「流石仙蔵…じゃ、早速」
 5人はこくりと頷くと、めいめい走り出した。

「そうかそうか、ドクタケの野望を一つ潰したか」
 学園長室に楽しげな学園長の声が響く。その向かいには六年生の担任教師が座っていた。
「…で、如何致しましょう?結局帰ってくるのが一番遅かったわけですが」
「今回の働きに免じて相応の点を与えても宜しいでしょうか」
「ならぬ」
 学園長は急に目つきを鋭くして言った。
「元はといえば、七松が地図を読み違えたのが原因であろう?その時点で減点じゃ!!」
「ごもっともです」
 教師がうなだれるのを片目でちらりと見ると、咳払いを一つして学園長は言った。
「…ただし、まあ、温情は与えてやるとしよう。あの5人には再試を課す。その再試とは…」
「再試とは!?」
 教師は学園長の方に詰め寄った。学園長はにやりと笑って言った。
「大!!借り物競走じゃ!!」

 ――はた迷惑な爺さんである。

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