群雄割拠

「これは…?」
 ある日、手裏剣の練習場でひとり、熱心に鍛錬をしていた仙蔵は一つの異様な的に気付いた。
 その他の的は円が描かれているのだが、どうやらそれは文字が書いてあるようだった。
 首を傾げながら仙蔵は近づき、その的の文字を読んだ。
 数秒後。
 仙蔵はがっくりとうなだれ、溜息をつく。
 仙蔵はその『的』を木からはがして、頭をかきながら再びそれを呼んだ。
 それにはこう書いてあった。
『火術コンクールのお知らせ』
 それによると、どうやら受付の締め切りは明日らしい。
「…まったく、小松田さんは…」
 仙蔵は小さく呟くと、その紙を手に練習場を後にした。

「土井先生」
 その頃、一年は組の教科担任教師、土井半助のもとに1人の少年が訪れていた。
 彼の名は田村三木ヱ門。(自称)四年生のアイドルである。
「この張り紙のことなんですけど」
「それは…」
「エリコの手入れをしていて見つけました」
 半助は見覚えのあるその紙を見て苦笑した。
「申し込みかい?」
「はい。――ま、何人出ようが優勝は僕に決まってますけど」
 三木ヱ門は前髪をさらりとかき上げて見せた。半助はさらに苦笑する。
「自信満々だね…まあ、確かに君の優勝は確実だと思うけど」
「土井先生もそう思われますか」
 三木ヱ門は身を乗り出す。半助は棚から申込用紙を取り出しながら、笑顔で言った。
「申し込みに来たの、君が一人目なんだ」

 その張り紙がはられたのはもう十日も前の話だった。
 小松田秀作が吉野作造に言われ、学園中の『よく目につく場所』に貼って回ったのだ。
 手裏剣の練習場の的の上に。火縄銃の格納庫の天井に。食堂の鍋敷きの上に。学園長室の庵の床下に。
 結局、その張り紙を見つけたのはごく限られた人物となったわけである。

 翌日。
「では、ただいまより火術コンクールを行う!」
 学園長の声が校庭に響く。いつもより、よく響いた。何故か?参加者が少なかったからである。
 最終的に、参加者は次の通りだった。
 学園長室の床下に逃げ込んだ、アルバイトで預かった猫を追いかけていて張り紙を見つけた一年は組の3人組。件の田村三木ヱ門と、このままでは張り合いがないからと呼ばれた滝夜叉丸。たまたま食事当番で鍋をのけた瞬間に張り紙とのご対面を果たした不破雷蔵と、それを知った鉢屋三郎。そして、冒頭の立花仙蔵と、強制的に道連れにされた伊作達4人。
 学園長はこの少人数ながらも(あらゆる意味で)絢爛たるメンバーを見回してふむ、と唸った。
「それではルールを説明する」

 その後、延々と心得などが読み上げられたが、掻い摘むとルールはこうだ。
 ●裏裏山に建てられた小屋を粉砕する。
 ●使う火器は自由。
 ●粉砕する小屋はくじで決める。(1人1軒)
 ●粉砕できればのろしを上げる。もっとも早かった者の勝ち。
「どうしてそれだけ言うのに1時間もかかるんだよ」
 きり丸がぼやく中、スタートの太鼓は鳴らされた。

 それから少し後。
「あ〜あ、なんだかつまんないね」
 伊作はぼやきながら家に仕掛けを施していた。と、すぐ隣で作業をしているのが仙蔵だということを思い出す。慌てて小屋を出た伊作は、小屋の前に立っている仙蔵に気付いた。
「あれ?仙蔵。どうしたの?」
「いや、伊作が巻き込まれちゃヤバイからさ、小屋から出るように言おうと思って」
「有り難う」
 伊作は小屋から出た。その瞬間、隣の小屋が跡形もなく吹き飛ぶ。
「な…」
 伊作は驚いてふと横を見ると、仙蔵は既にのろしを炊いていた。
「いつの間に…」
 伊作は思った。仙蔵だけは絶対に敵に回しちゃいけない、と。

「ああ、まったく!田村三木ヱ門め…巻き添えをくわせよって」
 同じ頃、滝夜叉丸はぶつぶつ言いながら石火矢を用意し始めていた。と、隣の三木ヱ門をふっと見る。
「さあ、エリコ。あの小屋を一撃で壊すんだよ。出来るよね」
「…」
 三木ヱ門はイっちゃってた。滝夜叉丸は生唾を飲み込む。
 次の瞬間には小屋はなくなっていた。
 滝夜叉丸はふっと目を閉じて頭を振ると、小さく呟く。
「ふ…やはり戦輪でないとやる気がでないなあ」
 完全に負け惜しみだった。

「さて、誰が勝つと思いますか」
 伝蔵は望遠鏡を覗く半助の隣りに腰を下ろした。半助は望遠鏡から目を離さずに答える。
「多分、あっという間に終わりますよ」
 半助の言葉通り、裏裏山の2カ所からのろしが上がった。
「あれは…立花の小屋と田村の小屋ですね。全く同時だ」
「ま、確かにああいった過激なことはあの2人の得意中の得意ですし…それにしても随分淡泊ですな」
「仕方ありませんよ。火器を使って戦えなんて言ったら死人がでますからね」
 半助は苦笑して言った。
「まったくですな」
 伝蔵はそう言って立ち上がった。

 火薬の臭いの立ちこめる裏山で、終了の太鼓が鳴らされた。
 まだ火を起こすことすらもできていないは組の3人は驚きの表情を浮かべた。
「え?もう終わっちゃったの?」
「ご褒美もらい損ねたぜ」
「でも、今回もまたあのフィギュアじゃない?勝たなくて正解かも」
「確かにね」
 3人は愉快に笑った。山の裏側で何が起こっているかも知らずに。

「立花先輩」
「…何だ」
 三木ヱ門は仙蔵に詰め寄った。仙蔵は眉一つ動かさない。
「今の勝負、僕の勝ちですよね」
「それは審判の先生方が決めることだ――ですよね?」
 仙蔵は樹上を仰ぎ見る。と、木の上から伝蔵が降りてきた。伝蔵は頷いて言う。
「今の勝負だが」
 仙蔵と三木ヱ門の間で火花が散った。
「完全に同時。よって引き分けとする」
 火花は今度は伝蔵に向けて放たれた。
「どういうことですか、先生」
「どう見てもあれは僕が」
「落ち着け」
 伝蔵は静かに言った。2人は押し黙る。後ろの方では伊作がはらはらしながら見守っていた。
「学園長から伝言だ」
 伝蔵は不意に声色を変える。熟練忍者のなせる技だ。
『わざわざわしがこんな淡泊な試合内容にしたには訳がある。ずばり、真に火薬に精通している者のみで戦わせる為じゃ。よって、立花』
「はい」
 仙蔵は思わず返事をした。
『田村』
「はい」
 三木ヱ門もやっぱりつられて返事をした。
『今から2人で火薬三番勝負をして貰う。一つ目は火縄銃、二つ目は石火矢、そして三つ目は地雷原走破じゃ!』
 くわあっ!と目を見開いた伝蔵に、周りの人間は思わずたじろぐ。伝蔵は暫くして状況を把握すると、こほん、と咳払いをした。
「…だそうだ。なお、勝った方には」
「勝った方には?」
 全員の視線が伝蔵に注がれる。
「学園長のフィギュア火術コンクール限定版と、学園長ストラップ(サイン入り)!!が与えられるそうだ」
 その場の空気が凍った。氷室の中よりさらに寒かった。
「…立花先輩」
 三木ヱ門がゆっくりと仙蔵の方を向いた。そして、徐に手をさしのべる。
「どうやら、日が悪いようですね。今日の所は勝てそうもありませんよ」
 仙蔵はその手を取った。
「気が合うな。私もそんな気がするんだ。このままではお互い、ベストを尽くせないな」
「仕方がありませんね」
「この勝負、預けよう」
 2人は手をしっかと握り合った。伝蔵が背後で溜息をつく。
「いや、気持ちは解らんではないがこのままでは優勝が決まらん。優勝が決まらなければコンクールを終わらすことは出来んのだよ」
「しかし先生」
 困り顔の伝蔵に、仙蔵が何か言おうとしたときだった。
 轟音と共に、背後で爆発が起こる。
「な…!!!」
 伝蔵達は慌てて森の中に入っていった。

「どうした!!」
 爆発地点に行ってみると、乱太郎が目を回して倒れている。きり丸としんべヱがその側で必死で介抱しようとしていた。
「先生!」
 きり丸は伝蔵に駆け寄る。伝蔵はきり丸の方を揺すぶった。
「きり丸、何があった?」
「それがですね」
 きり丸は肩をすくめていった。
「太鼓が鳴ったんで、僕達、それまでの作業を止めようとしたんです。でも、乱太郎はずっと火打ち石を叩いていて…『火が起こらなくて悔しいから、せめてこれだけでもやらせて』って。そしたらしんべヱが、導火線を持ったまま『何やってるの?』って話しかけてきて。しんべヱが覗き込もうとしたときにその導火線が垂れて」
「たまたまその時に火がついて…か。なんでしんべヱは無事だったんだ?」
「その直後にしんべヱったらくしゃみをしたんです。それでその拍子で倒れて。爆風を逃れたんです」
 伝蔵は頭痛を感じた。と、乱太郎が目を覚ます。
「あ〜もう、しんべヱったら…」
「ごめんね、乱太郎」
 しんべヱはすまなそうに乱太郎を覗き込んだ。しかし、その時、乱太郎としんべヱの視界がフッと翳る。
「え?」
 振り返ると、そこには仙蔵と三木ヱ門がいた。
 乱太郎は一生忘れないだろう。その時に、にやりとつり上がった2人の口元を。

 結局、決勝進出者2名が棄権したため、優勝は予選第3位の乱太郎と相成った。
「最終的に、火を付けたのは乱太郎だったわけですから」
 そんなわけで、乱太郎は優勝者になってしまったのである。
 乱太郎が再び『不運小僧』に逆戻りした瞬間だった。

●戻る     ●あとがき