不似合いなひと<後編>

「わあ…」
「ね?すごいでしょ?」
 連行された伊作は、とある岬に立っていた。傍らには、漸く平常状態に戻った網問がいる。その岬からの眺めは素晴らしいものであった。
「ここからなら海が見渡せるし、日当たりはいいし…」
 網問は声をひそめた。
「絶景の昼寝場なんだ」
 そう言って、片目をつぶってみせる。伊作は思わず噴出した。
「本当はサボリ場なんでしょう?」
「酷いなあ」
 伊作の言葉に、網問は膨れてみせる。むう、とうなってそっぽを向いた網問だったが、一呼吸置いてその場に座った。伊作もつられて腰を下ろす。
「ねえ」
 網問は海を見た。
「伊作さんって私と一つしか年は変わらないんだよね」
「ええ…まあ」
 唐突な問いかけに、伊作は曖昧に返事をした。網問は伊作の方を向く。
「伊作さんは、忍者になるの?」
「…そのために六年間、学園でお世話になってるんですけど」
「そりゃそうか」
 網問は少し笑った。長いまつげを伏せて、伊作から目をそらす。
「似合わないなあ」
 網問が何気なく言ったその一言に、伊作ははっとした。網問の横顔を凝視する。
「どういうことですか」
 伊作は問い詰めるように言った。網問は暫く黙ったまま海を見て――それから伊作のほうを向いた。口元の笑みは消えていない。
「だって、似合わないもの。伊作さんは凄くキレイな目をしているから…人を殺したり、どこかに忍び込んでいろいろするような人には見えないよ」
 網問は悪気があって言ったわけではない。素直な気持ちを言葉に出しただけだった。しかしそれは、『忍びには向いていない』と言われ続けてきた伊作の胸に深々と突き刺さる。
「僕は…」
 とにかく何か言わなくては、と口を開いたとき、伊作ははっとして言葉を切った。刺すような感覚に、皮膚が粟立つ。
 ――見られている…
 直感的に、伊作はそう感じた。急に様子が変わった伊作の顔を、網問が心配そうに覗き込む。
「どうかした?」
「…何もないふりをして。見られています」
 伊作は小さな声で、網問にささやきかけた。網問は振り向きたくなる衝動を抑える。
「相手は?」
「多分4、5人ですね」
「そんなこと解るんだね。すごいや」
 網問は『見られている』ということを全く気にしていないかのように、無邪気に感心してみせた。あまり大きな声を出さないほうが、と伊作が注意しようとしたところ、網問は口の端を吊り上げ、にっと笑った。
「…網問さん?」
「一度言ってみたかったんだよね」
 伊作が止めようとしたときにはもう遅かった。網問はすっくと立ち上がり、後ろを見ずに声を張り上げた。
「そこにいるのは解ってるんです。こそこそしていないで――」
 網問は徐に振り返った。
「出てきたらどうです」
「網問さん」
 のりにのっている網問に水を差すかのように、伊作は袖を引いた。不機嫌そうな顔を向ける網問に、伊作は先ほど網問が向いたのと逆方向を指差す。
「あっちです」
 伊作の指差した方向から、5人の男達が飛び出してきた。

「どうするんですかッ!!」
 伊作は飛び掛ってくる男の攻撃をかわしながら叫んだ。そう言いながらも、伊作は着実に敵を伸していく。
 一方の網問は完全に楽しんでいるようだった。口元には笑みさえ浮かんでいる。
「どうするって、そりゃ勿論」
 言いながら、右の男に蹴りを入れる。
「倒すに決まってるでしょ!!」
 攻撃をかわし、挑発し、そして伸す。網問の戦う様は、まるで子供が遊んでいるようだった。
 そんな二人の働きで、あっという間に五人は地に伏した。
「大漁ッ!!…でもちょっと手ごたえがなかったかなあ…」
 少し物足りなそうな表情をしながらも、網問は軽快に彼らを縛り上げていく。そんな彼を、伊作は少し表情を和らげて見守っていた。
 ――全く…似合わないのはどっちなんだか。
 伊作は、彼を統括し、管理する立場にある兄役たちの苦労を思い、心の中でそっと手を合わせたのだった。


「それじゃあ、僕はこれで」
 あの後、捕縛した五人の男を水軍館まで連行して(実際には手荒に引きずって)行った伊作と網問は、兄役連中に事の次第を事細かに報告した。兄役たちは驚き、呆れ、そして伊作に平謝りして――その陳謝の言葉は、伊作が思い出したように学園長の書状を差し出すまで続いた。
「送っていきます」
「お気持ちだけで十分です」
 第三共栄丸の書状を受け取った伊作は、陸酔いもちの鬼蜘蛛丸からの申し出をやんわりと断ると、帰途に着いた。振り返れば、水軍の面々が見送ってくれている。
「あ」
 再び前を見た伊作は、木の陰にいる網問に気づいた。
「もう帰るの?」
「はい」
 頷く伊作の手を、網問は両手で包むようにして握った。
「また来てね」
「必ず」
 伊作は微笑んだ。この元気を持て余しがちなこの少年と――自分と住む場所も、目指すものも違うこの少年と、少し共通点を見出すことができたような気がしていた。
 学園への道を急ぎながら、伊作は心の中で、学園長にそっと感謝したのだった。



ああ…なんとお詫びしてよいのやら。
夏休み中には…と申し上げておきながら、結局この時期に。(実は管理人は九月いっぱいまで夏休みなんですが)
しもつか様、本当に申し訳ありませんでした。

作品に関して。
後編は一度書き上げた後、保存を忘れて飛びました(泣)
あと、初め考えていた後半では網問が捕まえた曲者を拷問するシーンがありました。
流石にアレかな…と思ってカットです。
あ、でも個人的には黒網問もOKです(何の話や)
細かいところに関してのツッコミも不可です。
曲者の正体とか。前半最後に出てきた義丸とか。
無計画丸出しですが、気にしちゃいけません。
気にしちゃいけないのです。


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