表裏一体〜終章〜
「蘿っ!!」
利吉は久々に見る友の顔を見て思わず駆け寄った。蘿は駆け寄ってくる利吉を煩そうに避ける。
「随分よそよそしいじゃないか」
利吉はそんな蘿を上目遣いで見て言った。蘿はちらりと利吉の方を見て、わざわざ視線を逸らしてからぼそりと言う。
「利吉…鉄臭い」
「…相変わらず潔癖性だな…これでも気をつけてるんだけど」
利吉は半ば呆れて言った。血を嫌う忍びなど、知らない者ならそう言うだろう。
でも利吉は知っている。何故この若い忍びが血を嫌うか。――そして、その正体さえも。
「…で?今度は何の用だ。わざわざこんな町はずれまで呼び出して」
蘿はぶっきらぼうに聞く。
――まったく…あのしおらしさはどこへ行ったんだ?
利吉は内心溜息をつきながら懐からそっと二通の書状を取りだし、蘿の目の前につきだして見せた。
「…何だそれ」
「巨大軍船、安宅船の設計図…片方は本物。もう片方は偽物」
利吉はさらりと言った。蘿は一瞬戸惑ったがその書状を両方とも受け取る。
「それ、私の代わりに学園まで届けて欲しいんだ」
「タダでとは言わさんが」
「勘弁してよ。こっちもただ働きなんだから」
利吉が言うと、呆れたように溜息をついて蘿は書状を懐にしまった。
「仕方がないな…じゃあ、行って来る」
蘿はそう言うと利吉の横を通った。すれ違いに、低い声で会話する。
「おとり役とは随分危険なまねをさせる…二倍にして返して貰うからな」
「あ、バレてた?」
「当たり前だ。殺気が充満してたじゃないか」
蘿が走り去ってしまうと、今まで利吉を取り巻いていた殺気が全て消え、それらは蘿の後を追った。恐らく、蘿は適当なところに誘導して足を止めてくれるだろう。利吉はほっと息をつくと、忍術学園へと急いだ。
「父上も…無事だと良いけど」
利吉はポツリというと懐にしまってある正真正銘の「本物」に着物の上からそっと触れた。
あれ以来、蘿は少しずつソフトになっていた。
少女の姿で現れることこそなかったものの、たまに少女の面影をちらりと見せることがある。
そのたびに蘿は言うのだった。
――お前の前だとどうも調子が狂う…俺も修行が足りないな、と。
利吉は思っていた。
蘿があの姿で居続けているのは、単に動きにくいからだけではないだろう、と。
あの少女は『蘿』に、遠いところへ行ってしまった兄を重ねているのではないだろうか、と。
(いつか――)
いつか蘿が自分自身と向かい合うことが出来る日が来るように。
利吉は、空を仰いだ。