狷介孤独<終章>
あれから5年が過ぎた。新入生だった自分達は、いつしか最高学年になっていた。
他の人に負けない何かを身につけたいと言っていた自分は、宣言通り火術で頂点を極めた。
仙蔵はふと窓の下を見下ろす。
これから遠足にでも出発するのだろうか、件の一年は組の連中がはしゃいでいた。
「仙蔵」
同じクラスの文次郎が覗き込むようにして話しかけてくる。仙蔵はそちらの方を見ずに言った。
「何だ」
仙蔵はじっと一年は組の様子を目で追っている。それに気付いた文次郎は苦笑した。
「早いよな、あれからもう5年も立つんだぜ」
「ああ」
相変わらず仙蔵はこちらを見ない。
「仙蔵」
文次郎も一年は組の連中をじっと見た。
「――そういえばさ、一つ聞いても良いか?」
「何を」
仙蔵はめんどくさそうに返す。
「一年の頃のこと、覚えてるか?長次が手ェ上げなかったこと」
「ああ」
「あの後さ、仙蔵はどっちかっていうと長次が嫌いみたいに見えたけど…なんであの遠足の後急に仲良くなったんだ?」
「それか」
仙蔵は視線はそのままで、ただ口元をふっとほころばせた。
「最初はあまり好かない奴だったんだがな。面倒くさいとか、かったるいとか、そういう理由で団体行動を乱す奴は嫌いだったから。団体行動ってそういうもんじゃないだろ?私情を捨てて団体に帰依するっていうか――」
そこまで言って、仙蔵はふと自嘲気味に笑う。
「…こんなこと言うから長次にあんなことを言われたのかも知れんが」
「あんなこと、って?」
「…なんでもない」
はぐらかされたのが不服だったのか、文次郎は少し頬を膨らませて仙蔵を見た。仙蔵は初めて文次郎の方に顔を向け、そして口を開いた。
「…だから、長次にあまり関わりたくなかった。でも、途中で考えを変えたんだ」
「どんな風に」
「クラス内にそういう奴がいたからってそいつを排除していたら、それこそ全体が乱れる元になる、と」
「一年の時?」
「ああ」
文次郎は半ば呆れたような表情を見せる。仙蔵も苦笑した。
「そう考えたら気が楽になったからな。長次にも長次なりに良いところがあるってことも判ったし」
「お前にゃ負けるよ」
文次郎はそういって笑い、窓の外に視線を戻す。仙蔵もそれに倣った。
窓の外には相変わらず一年は組がおり、その先頭にその学級委員長たる庄左ヱ門がいて、なにやらクラスの仲間に言っている。
「私も…あんな感じだったのか?」
仙蔵が視線もそのままで言った。文次郎は一瞬ハッとして、その後笑う。
「いいや」
「?」
「もっと憎たらしいガキだった」
文次郎はにやりと笑って言った。仙蔵はそのままの表情で返す。
「文次郎。ここが何階だか解っているな」
「仙蔵!言論の弾圧だぞ!民主主義にあるまじき行為だ!指導者として…」
「一回落ちてこい」
仙蔵は表情を崩さない。文次郎は大袈裟に肩をすくめて苦笑いする。
「…俺、長次が気の毒になってきた」
「羨ましい、の間違いだろう」
仙蔵は毒舌を垂れながら、再び窓の外に視線を戻す。
自分にもあんな時代があったんだ、そんな年寄り臭いことを考えながら…