奇想天外

 ――いつからこんなコトになったんだろう…
 目の前で展開される光景を見て利吉は思わず頭を押さえた。
 途中まではいつものパターンだった。途中までは。

 いつものごとく、仕事に行き詰まった利吉は半助に手助けを求めるため、、忍術学園へ赴いた。なんとか利吉は半助に合うことが出来たものの、父親の目をすり抜けることは出来なかった。
「利吉ッ!!何故そういつもいつも半助の方へ行くんじゃいっ!!」
「仕方ないじゃないですか!!だって父上に頼むと…」
 伝蔵に見つかり、思わず禁句を口にしかける利吉。ここは、いつものパターン通りである。
「頼むと…なんだ?お前はまだわしの女装の美しさと素晴らしさが解らんのかっ!!」
「父上〜ιいい加減に自覚して下さい!!父上の女装は…!!」
 さらにそれが親子喧嘩に発展する。これも、いつものパターンだった。
 しかしその時、途方に暮れる半助の後ろから意外な人物が現れた。
「何じゃこの騒ぎは」
「学園長」
 このややこしい時に。
 半助は残り半分の言葉を飲み込みつつ振り返った。と、半助は学園長の目が怪しく光っているのに気付く。
「あの…学園長?」
「ふむ…女装か…思いついたぞ!!」
 学園長はいきなりそう叫ぶと、呆然とする半助や山田親子を後目に鼻歌を歌いつつ帰っていった。
 ここいらからである。いつものパターンが崩れたのは。

 学園長が緊急全校集会を開いたのはその直後だった。放課後を有意義に過ごそうとしていた生徒達は文句をたれながら校庭に集合した。学園長はおもむろに朝礼台に立つと、叫んだ。
「静かにせんかっ!!ただいまより、『殿方誘惑大作戦!!忍術学園女装名人は誰だ大会』の競技説明をするっ!!」
「殿方誘惑大作戦〜?」
 生徒全員の声がハモる。学園長はにやりと笑うとさらに声を張り上げた。
「各クラスから代表生徒一人を出し、その生徒が女装して町にでる。より多くの人にお茶に誘ってもらったものを忍術学園一の女装名人と認定する!!」
 その場にいた教師、生徒を問わず全員の視線が一人の人物に注がれる。その人物は期待を裏切らず、やる気満々の表情をしていた。その隣りに溜息をつく息子を伴って。
「皆にやる気を持たせるためにご褒美を用意した!」
「ご褒美!?」
「はいはい」
 学園長の一言に目を小銭にした一人の生徒が反応する。それを隣の生徒が押さえつけた。
「よいか。優勝した生徒のいるクラスには食堂のおばちゃんから特製の手料理が振る舞われる!皆、精一杯頑張るように!!競技期間は明日の日の出から夕暮れまでじゃ!!」
「おーっ!!!」
 いくら忍者の卵とはいえども、成長期の男の子には食欲があるもの。今までやる気のなかった生徒も急に目の色を変え、早速準備に取りかかる。
「ちなみに、教師代表も参加する!心してかかるように…」
 学園長の最後の一言を聞いている者はいなかった。

「…というわけで…ごめんね、利吉君」
「いえ…では私は別をあたってみます」
 半助は利吉にすまなさそうに言う。競技の審判役としてどうしてもはずせなかったのだ。
「次は手伝うから」
「いえ…お気になさらないで下さい」
 利吉はそう言うと、闇に消えていった。
「…利吉君の手伝いの方がどれだけよかったか…」
 半助の独り言を聞いたものは誰もいなかった。

 次の日。
 夜明けと同時に忍術学園から色鮮やかな着物を身にまとった少女…もとい、少年達が出ていく。皆クラス代表に選ばれただけあって粒ぞろいの器量よしだ。
「おお、生徒達もなかなかやりますな」
 五年い組担任の木下鉄丸が言う。と、半助が目をこすった。
「どうかしましたか」
 鉄丸は半助に問う。半助は再び目をこすりながら言った。
「いえ…あれ、大木先生じゃありません?」
 半助は出てきたうちの一人を指差す。鉄丸はその先を辿っていった。成程、その先には忍術学園元教師の大木雅之助がいた…女装姿で。
「いや、あれは鉢屋でしょう。大木先生の顔を下地に女装したんですなあ」
「鉢屋君の変装も芸が細かくなってきましたね」
 二人は顔を見合わせて笑ったのだった。

 やる気満々の教師代表、山田伝蔵もまた町中を歩いていた。殿方から誘われるのを今か今かと待ちわびながら。
 しかしその時だった。
「きゃあ〜!!スリよ!!捕まえてっ!!」
 女の声が響く。どうやら生徒ではないらしい。こちらに向かって走ってくる犯人。伝蔵の中に流れる忍びの血がさわさわと騒いだ。

 一方、鉢屋三郎は相変わらず大木雅子の変装で町中を歩いていた。元々端整な顔立ちのため、振り向く男も多かった。また一人、声をかけようとする。近づいてくる男の気配を感じながら三郎は気付かぬふりをして歩みを進める。と、その時。
「にゃあっ!!」
「待ちなさい、タマ!!」
 突如その男の足下に走り寄る猫。男は驚いて身を引く。三郎は何事かと振り向いた。
「すみません、急に走り出しまして…お怪我はございませんでした?」
 猫を抱きかかえながら少女が言った。白い肌に流れる黒髪。三郎は思わず舌打ちをした。それは誰あろう、六年の立花仙蔵だったのだ。
「いやいや構わんよ。それよりもどうだい、お茶でも」
 男は仙蔵を見て言った。完全に三郎のことなど忘れてしまっている。
「いえ、そんなご迷惑をかけたのにいけませんわ。それに私、少し用事がありますので…」
 言って、仙蔵はさらりと避けた。問題になるのは『何人に誘われるか』なのでいちいち誘いに乗っていては時間の無駄なのだ。
 仙蔵が三郎の横を通り過ぎようとする。その時、二人の視線がぶつかった。
「酷いじゃないですか。僕の獲物ですよ」
 三郎がさりげなく囁く。仙蔵はふっと口元に笑みを浮かべると言った。
「あら。それはごめんなさい。悪いのはこの猫なのよ?それに、武道大会、手裏剣大会で一年生に負けたあなたに負けたんじゃ六年生の名が廃るもの」
 仙蔵はわざとらしく女言葉で返す。三郎も負けじと反論した。
「でも先輩はその二つの大会で既に負けて…」
「なんですって?」
 仙蔵が三郎を睨む。二人の間に火花が散った。
 しかし、その時通りの先の方で歓声が起こった。
「何だ?」
 三郎はそちらの方へ駆けていく。仙蔵も溜息をついて三郎の後を追った。

 そこへたどり着いた三郎は唖然とした。
 女装姿の伝蔵が多くの男性にお茶に誘われている。
(これは一体…)
 三郎はその中の一人に尋ねた。
「あの…あの方が何かなさったんですか?」
「ああ、あのお嬢さんはね、スリを捕まえたんだよ。いや実に勇敢だった」
 その男はそう言うと、伝蔵を誘いに行ってしまった。
 三郎は呆然とするしかなかったという。

 競技終了の次の日。
 食堂では教職員に豪勢な料理が振る舞われていた。
 その中央で皆に褒め称えられていたのは今回の功労者である伝蔵であることは言うまでもない。
「こんなコトもあるんですね」
「ああ…」
 学園の片隅では三郎と仙蔵がたそがれていた。どうやら、二人とも少なからずショックだったらしい。

 人生、何が起こるか解らない。
 十四と十五の少年達が人生を悟った瞬間だった。

●あとがき          ●戻る