綿裏包針<終章>
「良かったですね、間に合って」
伊作は家族との久々の対面を果たした子どもたちの笑顔を見て、ほっと溜息をついた。利吉も頷く。
「少々手荒かったけど、殿様にもこちらの主張が通ったみたいでね。頭首の座を退いてくれるってさ」
利吉は笑顔で言った。伊作は思わず、隠居先はあの世ですかと聞こうとしたが、利吉の視線に慌てて話題を逸らした。
「でっ、でも凄いですよね。利吉さん」
「どうして?」
「町の人を半分以上も入れ替えてかかっても、結局無事だったわけですから」
「そう…かな?」
利吉は少し目を伏せた。伊作はハッとする。
「結果的に町の人は無事だったわけだし…僕も無事だったけど…」
利吉はなつを見やった。本物の両親との対面を果たし、嬉しそうにしているが…
「あのなつって子には本当に申し訳なかったと思う。あんな子に血を見せる羽目になっちゃったわけだし」
「あ…」
伊作はふと、自分が襲われる直前に見たあの老婆と青年のことを思いだした。周りを見回してみるが、その老婆も、青年の姿もない。
「全員が無事だった訳じゃないみたいですね」
「あのおばあさんのことかい?」
利吉の言葉に伊作は振り返る。
「どうしてそのことを…?」
「…帰り道に…路地裏で…」
「僕の所為なんです」
伊作ははっきりとした口調で言った。利吉は伊作の髪をくしゃっと撫でる。
「そんなことないよ」
「でも、僕が行かなければ…」
伊作は俯いたままだった。利吉はぽんぽん、と伊作の頭を軽く叩く。
「昔のことばかり振り返ってたら、先には進めないよ。確かに、反省するのは大事なことだけど、それを次に繋げなければ…他の人を二度とあんな目に遭わせないようにこれから頑張らなければ、あのおばあさんはうかばれないよ」
「利吉さん…」
伊作は利吉を見上げる。利吉はにっこりと笑ってもう一度伊作の頭を軽く叩いた。
「さ、そろそろ帰ろうか」
「ハイ」
伊作は利吉の言葉を胸に深く刻みこんだのだった。