仙姿玉質<後編>

「ほーい5人目!」
「・・・」
 緊張感の全くない声とともに、簀巻きになった男が宙を舞う。男をなんでもないかのように受け止めた長次は、明らかにいやそうな顔をした。
「・・・どうしろと?」
 長次はめったに開かないその口を開いて、彼なりの抗議の言葉を小平太に投げかける。視線にも、やや憤りの念がこもっていた。小平太はカラカラと笑うと、ゴミを出しておいてくれと頼むような気軽さで言う。
「その辺に転がしといて。見つからないように」
「・・・難しい注文だ」
 長次はそれきり口をつぐみ、足元を見下ろした。他にも簀巻きになっている男が4人。そのうち3人は衣服を剥ぎ取られていた。長次はため息をつくと、5人を引きずるようにしてできるだけ目立たない位置に移動させる。
「終わったら、コレ」
 既に剥ぎ取った衣服に着替え終わった文次郎が、小平太と長次に残りの2着を投げてよこした。小平太と長次はこともなげに受け取る。
「さっさと行くぜ」
 文次郎の言葉に、2人はいつになく真剣な表情で頷いたのだった。

 その頃。
「あの・・・お茶をお持ちしました」
「中で働いている皆さんに・・・とのことです」
 上手く城の中にもぐりこんだ仙蔵と伊作は、ついに娘達が働いているという建物の前までやって来た。この中で何をやっているのかさえ判れば、課題は終わりである。
 しかし、何もかもが上手くいくわけはなかった。
 建物の番をしている兵士は、無言で手を差し伸べ、運んできたものを渡すように促したのだ。どうやら中は見せないつもりらしい。
「あの・・・でも重たいですし」
「私達が持って入ります」
 2人は慌てて言った。中を見ることができなければ意味がない。
「何だお前達・・・中が見たいのか?」
 番兵の一言に、2人の心臓は飛び出んばかりに拍動した。2人はなるべく呼吸を整え、平生を装った。
「あっ・・・あのっ・・・」
 伊作が震える声で口を開く。隣の仙蔵がちらりとこちらを見た。
 今の自分はどう見えているのだろう。兵隊相手に緊張しているいじらしい娘に見えるのか、それとも計画がばれそうになっておびえている間者に見えるのか・・・そんなことを頭のどこかで考えながら、伊作は精一杯の言い訳を発した。
「中に・・・友達がいるんです・・・様子が見たくて・・・っ・・・あの、無駄口はたたきません。ただ・・・」
「もう!!」
 見るに見かねて、仙蔵は伊作を小突く。仙蔵は、そのまま運んできたものを番兵に差し出して言った。
「だめじゃない・・・わがまま言っちゃ。兵士の方も困っているでしょう?」
 そう言った仙蔵の視線には、否といえない力があった。一旦はあきらめろ、そういう合図なのだろうと伊作は解釈する。
「・・・そうね、お仙ちゃん・・・申し訳ありませんでした」
 伊作もお盆を差し出しながら、ぺこりと頭を下げた。仙蔵は盆が番兵に渡ったのを見届けるや否や、伊作を引っ張っていく。
「・・・ちょっ・・・」
「どういうつもりだ」
 やっと聞こえるか聞こえないかの声で、仙蔵が言う。裏声ではなく、いつもの仙蔵の声だった。伊作はその冷たい声に、一瞬びくりとする。
「あんなことを言って・・・いつかボロが出るぞ」
「・・・ごめん」
 伊作は小さな声で言った。仙蔵が怒っているのがありありとわかる。慎重派の仙蔵から見れば、自分の発言は相当はらはらするものだったのだろう。
「危なっかしいことして・・・本当に」
「おい女」
 伊作の侘びは、番兵の声でさえぎられた。2人は背中に冷たいものが流れるのを感じる。
(・・・バレた?)
 どこか他人事のように考えながら、二人はぎこちない動作で振り返る。さりげなく作った笑顔も、きっと張り詰めた笑みになっていただろうと後で思えるほどだった。
「な・・・何か」
 仙蔵があくまで平生を装う。伊作の方は、口さえ開くのもおぼつかない状況だった。
「何をおびえている」
 番兵の鋭い視線が2人を射抜く。もうだめだ、とばかりに目を閉じた伊作の前に、なにかが突き出された。
「・・・盆だ。下げていいぞ」
「・・・は、はあ」
 張り詰めた緊張の糸が切れた所為か、伊作の返事はひどく間の抜けたものになってしまったのだった。

「・・・全く・・・ひやひやさせるぜ」
「本当に。こっちまで寿命が縮んじゃったよ」
 一連のそのやり取りを少し離れた草むらから見ていた文次郎たちは、胸をなでおろした。潜入に成功した彼らは、調べるべき施設を探してあちこちを回っているうち、その現場に遭遇したのだった。
「・・・でもどうする?あの建物って独立してる上に四方に見張り番がいて・・・あの中に入るのは難しいんじゃ・・・」
「何言ってんだよ。簡単に近づけるようにこんな格好してるんだろ?」
 弱気な小平太に、文次郎は着物の裾を引っ張って見せた。それは、先ほど兵士から剥ぎ取ったものだった。
「問題は近づく口実だよな。上手い口実さえ見つかれば・・・」
「・・・双忍・・・」
 長次が呟く。文次郎と小平太が思わず膝を打った。
「その手があったか」
「でも・・・誰が囮に?」
 小平太の一言に、三人は顔を見合わせたのだった。

「中で・・・金属音がしていたな」
「え?」
 皿洗いをしながら、仙蔵は小さな声で言った。伊作はちらりと仙蔵のほうを見る。仙蔵は、手にしていた皿の、若干欠けている部分をそっとなでながら続けた。
「金属が触れる音・・・それに、外の木の向こうに射撃場が見えた。火薬のにおいも少ししたし・・・」
 先ほどのあれだけの短い時間でそこまで観察をしているとは。伊作は改めて、仙蔵の冷静さに感心した。
「これらから総合するに、中で作られているものはおそらく」
 仙蔵の口元がゆっくりと動く。唇を読むにしたがって、伊作の目は徐々に見開かれていった。
「そんなまさか・・・し・・・」
「バカ!!」
 思わず声を上げた伊作を、仙蔵が小突く。しかし時既に遅く、見張りをしていた侍が2人の方へ近づいてきた。
「どうした?大きな声を上げて」
 侍は怪訝そうな目でじっとこちらを睨む。その疑念の眼差しに、伊作は意を決したかのように口を開いた。
「あの・・・し・・・食器が欠けてしまって」
 伊作は、咄嗟に裏声を出し、仙蔵が先ほどまで手にしていた皿を侍の目の前に差し出した。侍は、一瞬拍子抜けしたような顔をして、伊作と仙蔵と皿を交互に見る。
「申し訳ありませんでした」
 伊作はぺこりと頭を下げる。つられるようにして、仙蔵も頭を下げた。侍は、手渡された皿をじっと見て言う。
「案ずるな。これは以前から欠けていたものだ。早とちりしたんだな。いやあ、疑って悪かった」
「悪かったついでに、ひとつ訊きたいことがある」
 突如、侍の後ろに一人の男が現れた。一瞬身構えるも、仙蔵も伊作も表情を和らげる。その男は、先ほどの人事担当者だった。
「何でしょう」
 おそらくこれ以上ない、というくらいに完璧な笑顔で仙蔵は問うた。人事担当者は、なにやら怪しげな苦笑を漏らす。
「お前達は何処の間者だ?」
「・・・ッ!!」
 瞬間、仙蔵と伊作は『血の気が引く』のがわかった。頭の上から足の方へ、冷たい感覚がサッと下っていく。
 同時に、2人は肌が粟立つのを感じた。微かに火縄のにおいもする。囲まれているようだった。
「一体何を」
「言い逃れは無用」
 漸く搾り出した仙蔵の声を、人事担当者の声がさえぎる。周りで刃の触れる音がした。伊作はごくりと息を呑み、ちらと仙蔵を見る。仙蔵はその視線を受けて、小さく頷いた。
 長く、白い指がしなやかに動く。
「!!」
 次の瞬間には、仙蔵がどこからか取り出した煙玉の煙で辺りは真っ白になったのだった。

「あーらら・・・バレちまったのか」
 文次郎は、遠く本丸付近から煙が上がっているのを目ざとく見つけていた。言われて、長次や小平太も目を凝らす。
「ホントだ・・・どうする?」
「決まってんだろ?この状況を利用してやるさ」
 文次郎はにい、と笑って草むらから飛び出したのだった。

「おい!曲者だ!!」
 番兵は、どこからともなく現れた兵士にそう告げられ、ふと我に返った。
「え・・・?」
「あそこ、見ろよ」
 兵士は本丸のほうを指差す。その指の向こうには煙が上がっている。
「俺が代わりに見ていてやるから、様子、見て来てくれよ」
「分かった」
 番兵は有無を言わさぬその口調に、思わず頷いて駆け出す。暫く走って、ふと立ち止まった。
「何故・・・俺なんだ?」
 はて、と小首をかしげた番兵の後ろに、音もなく1つの影が降りたつ。影は、遠慮なく番兵の首筋に、手刀を叩き込んだ。
「コレで1人片付いたな」
 影の後ろから、小平太がひょっこりと顔を出す。影は、友人の声にゆっくりと振り向いた。
「あと3人」
 影・・・長次は番兵を草むらに放り投げながらぼそりと呟いたのだった。

「くそっ・・・しつこいやつらだ」
 仙蔵は、着物を着ているとは思えないほどの速さで廊下を駆けながら、宝禄火矢を投げつけた。
「ねえ、仙蔵・・・一体どこにそんなにもってるのさ」
「気にするな」
 どこか他人事のようなやり取りを繰り返しながらも、2人は何とか本丸の端の方まで逃げおおせていた。
「もう1つ訊いていい?」
「何だ」
「なんか煙たくない?」
 仙蔵は、伊作の一言にふと振り返った。廊下の向こうに黒い煙が見える。
「引火しちゃったかな」
「・・・最悪だ」
 仙蔵は、走りながらこめかみに痛みを覚えていた。

 同じようにして、四方の番兵をすべて片付けた文次郎たちは、勢いよく建物の戸を開いた。
「!!」
 突然現れた兵士に、娘達は驚き、身構えた。しかし、そのようなことはほとんど気にせず、長次は手近にあった部品を拾い上げた。
「・・・資料で見たことある。多分、歯輪銃の」
「マジかよ」
 文次郎は軽く舌打ちして、ふと横を見た。壷があり、その中から紐が伸びている。しゃがんで顔を近づけると、とある同級生のおかげで嗅ぎ慣れている臭いが、鼻をくすぐった。
「げ。コレ自爆用だぜ?」
 文次郎は思わず声を上げた。後ろで、娘達が騒ぎ出すのが分かる。小平太は、それを何とかなだめようとしていた。どうしようかと考える文次郎の耳に、騒ぐ娘の声やら、小平太のなだめる声やらが容赦なく踏み込んでくる。
「五月蝿い!!」
 文次郎が一喝すると、その場はあっという間に静かになった。みんなに見られて、文次郎は逆にたじろぐ。
「・・・まあ、なんだ・・・とりあえず全員この建物から出やがれ」
 怒ったような困惑したようなその声に、逆らう者は誰もいなかった。
「どうする?」
 娘達を誘導しながら、小平太は文次郎に問うた。
「ん・・・そうだな・・・とりあえず」
 文次郎は懐から打竹を取り出す。壷を指差して、いたずら小僧のような笑みを浮かべた。
「火、つけて見るか」
 デンジャラスなその笑顔に、小平太は思わず同級生のうちの一人に思いをはせたのだった。


 結局、逃げおおせた2人と、とりあえず火をつけてみた3人は城から出たところで鉢合わせになった。
「よ」
「無事だったか」
 まるで何事もなかったかのように挨拶を交わす。しかし、一通り挨拶を終えた後、5人は同時に盛大にため息をついたのだった。
「くそ・・・派手に爆破なんかしやがって」
「そっちこそ。本丸全焼だぜ?」
「こっちは不慮の事故だよ」
「補習かなあ、やっぱり・・・」
「・・・絶対補習」
 5人口々に発言して、改めて振り返る。そこには壮麗な出城の姿はもはや存在していない。
「任務は調査だけだったのに・・・出城ぶっ壊してどうすんだよ」
「しゃーねーだろ?あのままほっといたら学園が危ないんだから」
「まあ、終わったことを悔いてもしょうがないしね」
「でもこのあと帰ったら補習だよね」
「女装の補習ならきっと伝子さん・・・」
 最後の台詞に、4人はぴしりと固まった。後ろを寒々とした風が吹き抜ける。
「・・・なんだか無性に帰りたくなくなった」
「右に同じ」
「前に同じ」
「右斜め前に同じ」
「・・・でも帰らないとさらに補習時間は追加」
 長次が言い終わらないうちに、4人は駆け出していた。
「何やってる長次!!さっさと帰るぞ!」
「そうだ!さっさと終わらせちまうぞ」
「今からなら晩御飯には帰れるし」
「早く!」
 小平太が長次の腕を引っ張る。出城を破壊するという凶行に出た5人は、漸く家路に着いたのだった。


しん様、リクエスト、ありがとうございました♪
気に入っていただけたでしょうか?

何とか完結しました・・・っていうか、後編はほとんど主役が誰だか判りませんネ・・・
ちなみに、最後の段落(?)の台詞は仙蔵、文次郎、伊作、小平太、長次の順です。
キリリクでこんなに長丁場は久しぶりって言うか初めての気が・・・

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