遊刃余地

 深夜の森は静まりかえっていた。ただひたすら、冷たい空気が流れている。
 と、いきなりの大きな爆発音。
 張り詰めていた空気がびりびりと震え、動物たちがさっと走った。

「あーあ、仙ちゃんってばキレちゃったねえ」
 伊作は樹上で呑気な声を出した。少しばかり離れたところで、再び爆発音が起こる。
 爆発音はその後も連続して森の空気を揺るがせた。
「キレてても規則正しく爆発させるってのが仙蔵らしいな」
 がさりと木の葉を落としながら文次郎が上から顔を出す。
「文次郎」
 伊作は少し座っている位置をずらし、文次郎に座るように促した。
「今回はは組の連中にやられちゃったな」
 伊作はむう、と唸りながら手にしていた竹筒を口元に押し当てる。
「それは?」
 文次郎は竹筒を凝視した。
「水鉄砲。これで火種を消すなり導火線をしめらせるなりしようと思ったんだけど」
 いいながら、伊作は水鉄砲を発射する真似をする。文次郎はそれを見て吹き出した。
「無理だって。そんなんじゃ」
「違いない」
 2人は顔を見合わせて笑った。

「で、聞きたかったんだけど」
 伊作は急に笑うのを止めた。文次郎は拍子抜けしたのか、枝からずり落ちる。
「何だよ」
「文次郎って次の次じゃない?」
「そうだけど」
「こんなトコで油売ってて良いの?」
 文次郎はまいったなあ、と小さく呟いて頭を掻いた。
「えー…なんだ。その先生がさ、試験の前に肩慣らしして来いとよ」
「もしかして、コレ?」
 伊作は視線を文次郎に向けたままで、そして手にしていた竹筒を後ろに勢い良く投げる。
 かん、と良い音をたてて竹筒が何かに当たった。
「そう、それ」
 文次郎は言いながら、鯉口を切った。

 敵は5人。伊作と文次郎は足場を確保するために地面に降り立つ。5つの影も同じくして対峙した。
 その内の一人は先程竹筒の当たったところから血を流している。
「すいませーん。痛かったですかあ?」
 伊作が挑発的に言う。竹筒をまともにくらったその男は激昂した。
「ふざけるな!!」
 戦いの幕は、切って落とされた。

「先生はどうしろって?」
 身構えながら伊作は問う。文次郎は答えた。
「テスト中だし、一年生も一緒だから流血は最低限に、だとよ」
「そ…か」
 伊作は頷く。そして、そのまま一気に抜刀した。
「で?なんで文次郎なの?」
 敵に峰打ちをくらわせながらも伊作は言葉を紡ぐ。文次郎も目前の男に峰打ちを浴びせた。
「しゃーねーじゃん。小平太はまだ終わってなかったし、仙蔵はもう準備してたし、長次はその次だったし。暇そうだった俺が命ぜられたってわけ」
「それはお気の毒様、だね」
 2人目の鳩尾に柄頭をめり込ませながら伊作は言う。文次郎も別の男を伸した。
「さて…と」
 最後の男の視界からふっと伊作が消えた――様に見えた。次の瞬間には背後から刀が首筋に当てられていた。
「どうして僕達を見張っていたんですか?」
 先程とはうって変わって冷たい口調で伊作は問うた。
「ハハ、そんな…」
 ごす。
 しらばっくれようとする男のすぐ側の木がへこんだ。
「なーにやってんだ伊作。後でじっくり聞けばいいだろ?それより俺テストだからさ」
 文次郎が言う。伊作はそちらを振り向いた。
「ああ、ごめん」
 伊作はへたり込む男には目もくれずに、文次郎を見て微笑む。文次郎もそれを見て微笑んだのだった。

「…かくして学園の平和は守られたわけだ」
「お〜」
 翌日の昼、文次郎は食堂で胸を張って見せた。隣で小平太がぱちぱちと手を叩く。
 小平太の隣では長次が黙々と箸を動かしている。その向かいで伊作は苦笑いを浮かべた。隣から異様な空気が流れてきたからだ。
「で?」
 かたり、と音をたてて伊作の隣にいた仙蔵が箸を置いた。肘をついて空いた手を組み、その上に顎を軽く乗せる。
「だから何が言いたい」
「いや、別に?」
 文次郎はすいっと横を向く。仙蔵がむっとして何か言おうとしたとき、伊作が口を開いた。
「要するにね、つまんなかったんだよ」
「はい?」
 4人は眉を寄せて伊作を見た。伊作は懐から竹筒を取り出す。
「あーあ、ホントはこれで攻撃して遊ぼうと思ってたのに」
「伊作…おまえなあ…」
「お前、まだそれ持ってたのか」
「伊作…喧嘩売ってるのか?」
「……」
 たちまち、食堂は喧騒に包まれた。その中心で、伊作は呑気に呟く。
「むう…恨みをあえて自分で背負い込むってかなり献身的な態度だと思うんだけど…やっぱり解ってもらえないのかなあ…」
「…って、火種でかくしてるんだろうが!!」
 こうして、学園の騒々しい昼は過ぎていったのだった。

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