自縄自縛<終章>
あの日以来、“蘿”は大きく変わった。
利吉はその変化を喜ぶ傍らで、少し後悔していた。
「利吉さ〜ん!!」
「うわああっ!?」
突如、気配もなく背後から飛びつかれて利吉はよろめく。ジト目で首にからまる細い腕を外し、声の主に精一杯の批判の視線を向けた。
「いきなりびっくりするじゃないか!」
「あら。気付かなかった貴方が悪いのよ」
しれっと言ってのける少女を見て利吉は溜息をついた。
「こういうときくらい気配を消すの止めろよ」
「だって、感づかれたら面白くないじゃない?」
ああいえばこう言う。このことを言うんだろう。
利吉は再び大きな溜息をついた。
あの日以来、“蘿”はときたま、こうして少女の姿で利吉の目の前に現れることが多くなった。
“蘿”の姿のままでも、状況的に必要になったときには少女の姿になったりもするようになった。
その変化は喜ばしいことの筈なのだが、利吉にとってはある意味悩みの種と化していった。
「あのねえ、今日も少し手伝って欲しいお仕事が有るんだけど」
利吉の腕に抱きつきながら少女は猫なで声で言う。
「勿論手伝ってくれるわよね?」
少女は付加疑問の形で迫った。もちろん、イントネーションは下がる方で。
「あ、今日は別の仕事が」
「酷い!!」
断ろうとした利吉から少女は急に手を放した。そして、その手で徐に自分の顔を覆う。
「酷い!酷いわ利吉さん!!」
秘技、泣き落としの術。別名嘘泣きの術/女の涙の術。
道の真ん中で泣く少女に、利吉は慌てた。
通行人が利吉を睨む。端から見れば、別れ話を持ちかけられて大いに傷つく少女、といったところだろうか。
明らかに誤解だと心の中で叫びつつも利吉は少女の腕を掴む。
「解った、解ったから!手伝えば良いんだろ!!手伝えばっ!!」
利吉の一言に、少女は顔を上げて涙の浮かぶ瞳で利吉を睨んだ。
「言葉遣い」
ただ一言、それだけ言うと、少女は再び泣きの体勢に入った。
「ああっ、スミマセン、すみませんっ!喜んで手伝わせて頂きますって言うか手伝わせて下さい!!」
利吉はもはややけっぱちだった。少女の動きがぴくりと止まる。
そして、顔を上げた。にやりと口元に笑みを浮かべて。
「なあんだ。そうなら最初っからそう言えばいいのに」
利吉は三度大きな溜息をつく羽目になった。
そう、そうなのだ。
いつもこの調子で“蘿”の仕事を手伝わされてきた。
こんなことになるならあんな説得するんじゃなかった。
利吉は心の中で後悔の念を漏らしたのだった。