それは非常に衝撃的であった。路肩にあるべきガードレールが大きな環状を成して組まれている。普段私たちが目にするそれらとは異なった真新しいガードレールは鮮やかな白さを放ち、構造的に隙のないフォルムは、ただそれだけで美しいとさえ感じてしまう。だがしかし、組まれたガードレールの支柱には各々献花が添えられており、現前されたそれらは私たちの脳裏に不可避的に死の記号を想起させる。
  鉄の重量と無機質な冷たさを感じるガードレールは、歩行者と自動車との境界に位置しながら、それらは一見、甲殻的にも映り、守られるべき私たちの意識の中に既存のものとして道路の輪郭線を辿っている。
  近年、都市構造物をモティーフとした作品を制作している武田俊彦は、そこから社会の喧燥に紛れた 小さな声や記号の存在を拾い出そうと試みる。実際、 "named A"と題された今展は、よくある悲しいストーリーの引用やフィクションでは決してなく、武田の友人が交通事故で亡くなった過去の事実をもとに制作された作品である。しかしながら、彼はそこからカタルシスに陥るわけではなく、またそれを求めているわけでもない。ただ、展覧会名の"named A"が表わすように、報道用語などに用いられる"少年A"や"少女A"という社会のフィルターを通して与えられた匿名の名称を指すことにより、私たちに刷り込まれた大人からの視点ではなく、 誰しもが経てきた不安定な思春期においての繊細な感受性を拾い上げ、改めて自覚的な認識を導こうとしているだけなのだ。それはつまり武田の経験的過去への区切りであり、制作に対する通過儀礼として表れているのだ。
  今展での作品はどれも死の記号と直結している。しかしそれらは単なるセンチメンタルなストーリーや、今は亡き友への武田の個人的なレクイエムとしての表現では無く、そこには武田自身が死を想う感情、つまり自覚的なメメント・モリが力強く表わされているに過ぎないのだ。

  本来守られるべき私たちが環状を成したガードレールの外側に位置するという内側と外側の逆転構造を前に、その場においての私たちは常に危機的な状況に身をさらしていることに気付かされる。時に不意に訪れる許容できない現実は、人間の生と死に対する緊張感へと繋がり、武田によって足元に添えられた献花が、その緊張感を静かに持続的なものへと変えて行くのだ。 (古川 誠)


 略歴
1976年 
大阪に生まれる
 個展
1998年 
”私事”信濃橋画廊、大阪
1999年  "first contact"同時代ギャラリー、京都
2001年  "flower road festival"SAI GALLERYwall、大阪
2002年 "named A"CASO、大阪
 グループ展
1999年 "個のしごと"信濃橋画廊、大阪
2001年  "ART PORT 99 given 「"ガーデンふ頭20号倉庫、名古屋