「中嶋雄二展」 中嶋 雄二

NAKAJIMA Yuji



・会期  2005年10月25日(火)〜10月30日(日)
       休 み:なし
       時 間:11:00〜19:00(最終日のみ17:00)

・会場  海岸通ギャラリー・CASO C室

 立体作品。鉄板にペイントしたものを、絵画のように壁面に展示。



 私の仕事は、掌の中でつくりだされる粘土の人物の表情から出発します。
 その人物の存在感を成立させるための背後に広がる平面空間は、私にとって
図面のようでもあり、空気のようでもあり、壁のようでもあるという、非常に魅力的で
捉えようのない代物です。
 今回の展覧会はそこで見出した特殊な空間を抽出したものといえるでしょう。
 
 これは絵画のようなスタイルでありながら、絵画ではありません。その芸術的価値は、
ちょうどインスタレーションと同じように、設置した展覧会の場で成立していることを
主眼としています。
 
 剥き出しの鉄板の表面は腐食によって日々変化してゆきます。その錆びの具合は実に
美しい平面空間を生み出すものですが、おそらく錆びの進行が進みすぎるとその美しさは
失われていって、芸術的価値はなくなってしまうかもしれません。

 この画面は刻々と変化して行き、芸術性のレベルが時間ごとに上がったり下がったり変化
していくのです。それはあたかも人の一生の輝きのようで、「もののあわれ」を感じさせます。

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鉄という素材とは30年近い付き合いである。
安値であることを除いて、この素材は加工から管理に至るまで実に扱いにくいものだと私は
感じている。しかしこの厄介さこそが、考えすぎる人間の脳と非常に相性が良いとも言える。

私は子供の頃から
「自分が生きているとはどういうことか」
「この世は本当はどういう成り立ちなのか」
ということを独り頭の中で考え続ける癖があった。
足元に転がる石ころから天体に至るまで、目の前に展開している全ての現象が本当はどんな
構造になっているのか、考えても分かるはずのない事柄を半ば強迫的に繰り返し考え続けて
いた。

こうした「考え過ぎ」の状態にとって、鉄は身体感覚を取り戻してくれる、とても良い対象である。
答えを求めて空振りを続ける続けている脳は、素材との言葉を超えた会話によって、答え以上
の納得を私にもたらしてくれるような気がする。

作品作りを通して、物体側からにじみ出てくる、非常に魅力的な反発のエネルギーと語り合う
ことによって、多少なりとも「孤独な空回り思考」から自分を解放してきたように思う。

制作は身体的なワークであり、思考の空回りを解決する作用があるのかもしれない。

今回の作品も、感受性の根源的な世界をできるだけ具体化させる試みとして、私の体内にくすぶり
続けている「この世に生まれて来たことへの疑問」を腹の底から放出したものといえるであろう。

この試みが成功しているのかどうかは分からない。
しかしたとえこれが失敗であったとしても、このような形で精神性と身体性の両面から、膨大な
未開の領域を探るべく制作し続けるしかないのではないかと思っている。


自分もいつか死ぬ運命にある。

幼い時、この事実を聞かされた時のショックを今も鮮明に憶えている。

自分が消えて無くなり、その後無限の時が流れるという、
理解しがたい残酷な事実に大きな不安感を感じた。

その日以来、夜眠る前に私は自分の死を思い、
その恐ろしさに怯え苦しむ日々が続いた。




 略歴
 中嶋雄二 NAKAJIMA Yuji
 1957年 名古屋市生まれ

 1999年 個展 ギャラリー16、京都
 2000年 個展 信濃橋画廊、大阪
 2001年 個展 ギャラリー16、京都
 2003年 個展 信濃橋画廊、大阪
 2004年 「個の仕事展」 信濃橋画廊、大阪
      「とよた美術展'04」 豊田市美術館、愛知
      「中日美術展」
      「A-21国際美術展」CASO、大阪/ポーランド
      個展 ギャラリー16、京都
2004年、ギャラリー16(京都)にて