「Stereotype・2005 Beijing」

劉福田 Liu Futian




・会期  2006年1月10日(火)〜2月4日(日)
       休 み:月曜日、ただし1月16日はオープン
       時 間:11:00〜19:00(日曜は17:00まで、ただし1月15日のみ19:00まで)

・会場  海岸通ギャラリー・CASO X室


作品内容:
中華なべからカタ取りした大小250個の強化プラスチック製の半球体 
ポリエステル着色材・日本画などに使われる岩絵の具・金属粉・蓄光顔料などを作品表面部のゲルコート樹脂に混ぜ着色。2005年北京で制作。


今回の展覧会に関するコメント:
 2005年、日本の外交のまずさが浮き彫りになった年ではないだろうか?
 日本側に立って見れば、中国で起こった反日デモなど、相手国の外交ゲームのカードのように感じて、どうも納得のいかない印象を残している人は少なくないと思う。
 日本の国連安保理常任理事国入り問題もまた然りである。戦後、日本の国連での貢献度から鑑みれば、決して願いがかなわなくもない様にも思えたが、期待していた支持も結果も得られずに終わってしまった。また多くの近隣アジア諸国は積極的に日本を支持することがなかった事も、日本はアジアの代弁者と少なくとも見られてはいなかった。
 日本の常任理事国入り支持が表明されているアメリカ政府でさえが具体的に日本のために動いた形跡はない。見方によっては日本が国際社会の中で孤立して行くとさえ思え心配してしまう。

 私はこの三年間、北京を制作の拠点に置いてきた。外国に居る為か国内に居た時とは違って敏感に日本の輪郭を捉えようとしている。在日華僑の立場ではあるが、目の前でシーツに手描きであしらわれた日章旗らしき物でもぞんざいに扱われたら気持ちのいいものではなかった。
 今回の展覧会のために作った強化プラスチック製の中華鍋、大小合わせて250個、作家の作為としてデモ隊がヒステリックに焼いてしまった日の丸をモチィーフに制作を始めた。制作場所でもある北京で当然この作品の展覧会を開いたが、過去の歴史に過敏な土地柄、コンセプトを語ることは誤解を恐れてかなり慎重になった。
 私は在日で生まれてきたから幼い頃からマイノリティーであることを自覚していたし、民族的ステレオタイプ(固定観念)が引き起こす偏見という物を少なからず体験もしていた。ある瞬間、多数派が持っているステレオタイプから連鎖する暴力的な臨界状態に遭遇すれば個人の力で対処しきれない、一種の恐怖を感じる。北京で出会わせた反日デモも言い換えると臨界状態だったといえる。私は現地での生活・創作活動を通じて彼らの持っている固定観念の壁にいま一度、別の角度から眺めてみたりすることの大切さをうったえているが、固定観念の壁は先方のみならず当方にも存在し、この障害によって双方がくれぐれも相手を「読み違え」のないようにするためである。

劉福田 略歴
1968年 兵庫県生まれ
1988年 嵯峨美術短期大学卒業
2002年 中国北京に渡る
2004年〜現在 中国政府奨学金留学生 中央美術学院彫刻科修士課程在籍
個展
2005年 通道画廊(北京)
1999年 茶屋町画廊(大阪)
1988年 ギャラリーすずき(京都)
グループ展
2005年 「LEBENSRAUM・生存空間」・光華国際CBD芸術街(北京)
     「功夫」8八芸術文献倉庫(北京)
     「平心園」京西学校(北京)
     「2005中国国際画廊博覧会NY ARTSブース」中国国際貿易センター(北京)
2004年 「Rediance&Resonance」三人展(朱冥・Guillaume Paris) 3DotPrototype(798北京)
2003年 「Fade in Fade out」三人展(加藤学・清水恵美)日本駐華大使館新聞文化中心(北京)
     「Chorus」経典画廊(北京)
1998年 「Phillp Morris Art Award1998」東京国際フォーラム(東京)