from sublime to uncanny

崇高から不気味なものへ

大西伸明/川野美帆/田中栄子/安喜万佐子/吉岡俊直








・会期(年月日) 2008年5月27日(火)〜6月15日(日)
          休館日 なし
          時間  11:00〜19:00 (最終日のみ〜17:00)

・展示スペース スペースA, B, Y


出品作家
大西伸明/川野美帆/田中栄子/安喜万佐子/吉岡俊直


主催 : 「崇高から不気味なものへ」実行委員会
助成 : 朝日新聞文化財団




「崇高から不気味なものへ」展について

「崇高から不気味なものへ」展は、気鋭の若手芸術家によるグループ展であり、日本の現代美術の水準の高さを示し、
かつ、18世紀末から現代に通ずる美学的テーマに真正面から挑む意欲的な試みです。
出品作家はいずれもすでに充実した発表実績と受賞を重ねた面々が参加しています。

樹脂で作品を制作する大西伸明は昨年国際芸術センター青森で大規模な個展を成功させ、本年は3月に東京のINAX
ギャラリーで個展を開催します。精巧なマルチプル作品を制作する、彼の形取りの技法で作られた作品は、じっくり眺め
ても容易にわからないほど、本物そっくりに作られています。作品は自然物と人工の間を、そして虚実の境界をいったり
きたりしながら、物が持つ本来の美しさを放ち人々の心を捉えます。彼の選ぶモチーフは、消波ブロック、定規や電球、
サケの切り身、ゴム長靴、脚立など、身近なものばかりです。樹脂を数種類使い分け微細に彩色された物体は、よく見ると
透明部分を残したり、表皮だけで中身がない形にするなどして、贋物であるヒントを見せていますが、それは現代の物事の
価値や、バーチャル社会について真正面から問うた作品であり、贋物の不気味さは、本物を超えた崇高な領域を垣間見る
ことができると思います。2002年には京都文化博物館での「京都府美術工芸新鋭美術選抜展」では様々なジャンルの中で
最優秀賞を受賞し、今最も注目される作家なのであると同時に今春から京都芸術大学の講師として教鞭をとります。

また、今回映像作品と大型のシルクスクリーンの作品を発表予定の吉岡俊直は、実写した対象をいったんCGで3D画に
します。モチーフとして選択するのは、 花や野菜、魚介類といったものです。 CGになる時点で瑞々しさが排除されて、
形もデフォルメされてゆきます。 まるでプラスティック素材で出来たような、奇妙な表面の物質性が表出してきます。
こういった版をさらにゴムシート上にスクリーンプリントにしたり、フィルムにインクジェット出力などを用いて仕上げ、作品化
されてゆきます。 また、型取りをおこなうための素材、バキュームフォームでモチーフのカタチを覆い、覆われた面はモチーフ
と外の世界との境界を現しながら、同時にそれが独立したかたちとしての存在感を持ちます。またコンピュータを駆使する
ことにより、物体の表面を自然界には存在しないであろう大きさに再現してしまうなど、 表面に対して様々なアプローチを
行っています。今回の展覧会に出品する映像作品も、関西では未発表のもので、観るものを圧倒させ、貴重な視覚体験を
与えてくれるはずです。
これまでにもたくさんのコンクールで受賞経験をもつ吉岡は、2001年には、VOCA展に出品、2006年には名古屋市芸術奨励賞
を受賞し、2007年には茨城県美術館での大規模な展覧会も成功させました。彼もまた、現在、名古屋造形芸術大学で教鞭を
執り、大学での美術教育など、社会的貢献も着実に果たしています。

田中栄子の描く風景は、奇妙に感じた場所を一度写真に撮影し、それを切り絵コラージュという方法でイメージをもう一度
捉えなおし、それを絵画キャンバスにアクリル絵具で伸びやかに描いてゆきます。地下駐車場、ボーリングレーン、高速道路、
などの無機質な風景等々。また、ふだんなにげなく目にする新聞や雑誌の中のいわゆる背景にも彼女は奇妙にひきつけられ、
それを描くこともあります。濃密な人間関係を避ける現代人。嘘か本当か識別しにくい情報社会。彼女はその曖昧な希薄さ
の中から、確かな感覚をつかもうとすると同時に、自分の不可解な感覚に忠実に目を向け、彼女が日常の中で感じ取った
不可解で不気味なイメージを絵画を通して再現しているのです。本展では「アナザーワールド」をテーマに日常と非日常の
境界面を描いた作品「into the forest」シリーズを発表します。2000年には第13回現代版画コンクールや浜松市美術館版画
大賞展のふたつのコンクールで大賞を受賞するなど、版画作品でも高い評価を受けていた彼女ですが、2002年の東京オペラ
シティーアートギャラリーでの個展をきっかけにペインティング作品で意欲的に作品発表を行っています。2002年には現代美術
の登竜門、キリンアートアワードで奨励賞を、又2003年には大阪市の「咲くやこの花」賞を受賞。精力的に作品発表をしている
作家です。

苺といえば少女的な可愛らしさのアイコンですが、川野美帆にとっては内面のドロドロした部分の象徴となります。苺や毛髪、
下着、そして記号的な意味を持つさまざまなモチーフが所狭しと詰め込まれた極彩色の作品は、甘美な悪夢といった趣です。
本展覧会最年少の彼女の瑞々しい感性から生まれだされる作品は不気味であると同時に崇高そのもののなのです。彼女の
作品は京都市立芸術大学の学生時分より高い評価を受け、美術館やギャラリーの企画展などにも招待され、意欲的に作品発表
をしている、今一番注目すべき新人なのです。

安喜万佐子は「見ること」と「記憶」について・・・この二つをテーマに絵画作品を描き続けています。
彼女が描いているのは、自分が実際に見た風景です。樹木、車窓の風景、木漏れ日、都市の鳥瞰図、等々。
しかし、それらはもはや具体的な形を保っていません。焦点はぼやけ、輪郭は消え、色彩は粒子に還元されています。まるで
薄れ行く記憶の中で最後に残った心象を、キャンバスに焼き付けているかのようです。見ようとすればするほど、思い出そうと
すればするほど、曖昧になっていく。そんな経験が誰にもあるはずです。彼女の作品はその果てしない追想(追走)の集積なの
です。本展では、160×225センチの大作『a thousand years』と、中・小サイズの作品7点が出品予定です。
最注目は、やはり『a thousand years』です。大きなキャンバス上に信じられない密度と集中力で点描がなされています。それは
観るもの視覚がついていけないほどです。展覧会ではあらゆる距離と角度で作品をなめ回して欲しいと思います。「不気味さ」
とは正ににこの事と実感できるのではないでしょうか.彼女も1996年と2002年にVOCA展に二度出品。2001年にはイギリスの
エジンバラ芸術大学ゲストアーティストとしてまた、2004年にはアメリカのアーモスト大学のゲストアーティスト招聘され、国内外
からも注目されている作家なのです。彼女もまた、京都精華大学で非常勤講師として後進の指導を任されています。

このように、本展には文化的特質と射程を有する自立した芸術家が、流行やマーケットの傾向に引きずられることなく集います。
情報化社会、バーチャルリアリティが蔓延する現代社会の中での「崇高」と「不気味なもの」は極めて近く、「崇高」は時によって
「不気味なもの」に転換する可能性があると彼らは考えています。また「不気味なもの」、「表象不可能なもの」に直面する時、
そこに「崇高」が生まれ、5人がそれぞれにタイトルとの距離を模索し、作品の表面やテクスチャー、イメージや物質感などを追求し、
「崇高から不気味なものへ」としての、豊かな作品発表の機会になることでしょう。
本展はこの殺伐とした現代の中に、一石を投じる展覧会になることは間違いありません。






「崇高から不気味なものへ」によせて

                      信州大学人文学部准教授
                                 金井 直

 本展のタイトルをはじめて耳にしたとき、そして、出品作家の顔ぶれを知ったとき、なるほど確かに不気味なものへの傾ぎが、そこには感じられるし、さらに言えば、まさしくその不気味さこそが、現代、なお許される芸術の徴ではないかと直感したのだが、そうした感覚の動きは、 実際、何によるものだったのだろうか (注 *) 。一見、相違こそ際立つ5人の作品を、ひとつの展覧会タイトルの周りにつなぎとめる綾としての「不気味」を、以下、崇高との対比のうちに求めることとしたい。

 周知の通り、崇高とは、人間の認識力や経験を凌駕する巨大な何かに絡んだ美的判断であり、たとえば、峻峰や奔流する大河を前に生じる畏怖の念のような、心の動きに関わるものである。18世紀後半、バークやカントによって陶冶された崇高は、やがて、20世紀のモダニズムの鍵となり、アポリネールのキュビスム論を経て、第二次世界大戦後のアメリカにおいては、アヴァンギャルドの画家・批評家の制作と鑑賞のモットーとなった。バーネット・ニューマンは、1948年のテクスト「崇高はいま」のなかでアメリカ絵画こそがいま、伝統の足枷にもがき、崇高へと達することのなかったヨーロッパ絵画を乗り越えて、崇高な芸術を可能にすると述べ、さらに自作のタイトルのうちに、その思いをにじませてみせた(《英雄的にして崇高なる人》)。実際、ニューマンに限らず、ロスコ、スティル、ラインハートら、同時期 の画家たちの作品に共通する大きく広がる色面を前にすれば、「抽象的崇高」の何たるかが、容易に感得できるのではないだろうか。

 そもそも、20世紀半ばに、タブローが崇高概念との親和性を高め たのはなぜかといえば、おそらくは崇高のはらむ表象不可能性と、その 脱時間的性格(カントの言葉に添うならば、生の諸力がいったん瞬時的 に阻止され?
るということ)が、抽象芸術の理念と合致し得たからだろう。自己充足的で視覚的な戦後アメリカ抽象絵画という理想を、崇高という語が鮮やかに映し出していたのである。とすれば、それに続く60年代のミニマル・アートの動向が、崇高離れの端緒となるのも至極納得のいくことである。特定の形式の持続・反復がもたらすミニマルの「劇場性」は、忘我の契機にこそなれ、崇高を呼び込む脱自とは無縁な のだ。かつてマイケル・フリードは、トニー・スミスの言葉を踏まえる かたちで、ミニマル・アートの形式を、循環道路の終わりのなさにたとえた(「芸術と客体性」)。いつまでも続けなければならない夜間のドライブ。確かにそれは、とても気味の悪いものではないだろうか。

 そう、繰り返されることは不気味なのだ。フロイトの言うように(「不気味なもの」)、1日に何度も同じ数字に出会うこと、道を知らずに歩いているうちに、3度も同じ通りに出てしまうこと、あるいは、寝台車のガラスに映った我が身、ドッペルゲンガー、それらはい かにも不気味な、つまり、気に障る「慣れ親しみ」の連なりである。言い換えるなら、不気味なものには時間の持続があり、そこに巻き込まれる身体があるのだ。ミニマル・アートの出現はしたがって、その明快な外観・構造にもかかわらず、芸術における「不気味なもの」の復権(?)の徴候と見なせよう。その後、60年代後半から現代に至る芸術が、身体性、あるいはアプロプリエーション、シミュレーショニズムといった複数性、反復性を強めていったのも、やはり、崇高から不気味なものへの傾斜として読み直されるのではないだろうか。

 大西伸明の大小のオブジェは、まさしくこの傾斜の果てに現れる。実物そっくりに、しかし、まったくもって表層的にコピーされたモノはいかにも軽い。しかし、当の「実物」たる日常の器物に、そもそも私たちはどれほどの「重み」を感じることができるだろうか。オリジナルとコピーをめぐる通常の言説が、前者の強度ないし後者の技量において展開するとすれば、大西の仕事は、薄さと軽みの徹底において、あらゆる差違を圧縮し(一部の作品に見られるマージンのグラデーション /塗り残しも、作者のインデックスというより、薄さと軽みのレファレンスである)、果てのないグレーゾーンを周回する。

 一方、《The Ghost of Strawberry and Birdie》において、川野美帆が試みたのは、ウィリアム・モリスの《いちご泥棒》の優美な模 様、装飾の背後にあるものへの接近である。《いちご泥棒》を初めて見た時、川野は「意識の潜在的な部分に触れているような感覚で、どうしようもなく気になって仕方がなかった」という。この印象を押し開くべく、彼女は文様の形を部分的に取り出し、染めや刺繍を繰り返し、滑らかな布を締め付けた。ズレ、切断、圧縮、細部の極端な拡大。そうした布地(テクスト/ヴェール/スクリーン)の操作は、川野自身の意識や記憶の加工にも重なる。モリスへの関心を介して、川野は、作家性や主体の同一性にかかずらうことなく、しかし、結果的に、作品の核に「私」を引用してみせているのである。

 田中栄子の絵画を見てみよう。タブローという伝統的な形式は、とくに大作となると崇高の気配を漂わせるものだが、彼女の作品はむしろ日常的な窓のスケールに対応するものである。その「窓」の奥に 広がる、細部の飛ん?
だ過露光の写真のような描写には、一瞥の対象というよりも、時間と光の痕跡といった印象がつきまとう。さらに言えば、見慣れたものを凝視し続けるうちに、そもそもそれが何なのか「見えなくなる」体験にも似た、意味の危機、親?
密さと不気味さのせめぎ合いが看取されるだろう。表象の不可能性と言えば崇高風だが、むしろ存在しなかった事件の証拠写真のような不穏さ、シミュラクルぶりこそが、田中の絵画の魅力である。

 もちろん絵画は、より崇高に近づくことも可能である。たとえば安喜万佐子の《a piece of ground》や《a thousand years》の前に立つとき、私たちは、自ずとひとつの世界の響きを感じとる。折り重なる筆致と、積み上がるマチエールの裾からわき上がるその力は、観者の懐をはるかに超え出ていくだろう。しかし、それにもかかわらず、これは無媒介的な崇高な瞬間ではない。むしろ、時間や歴史を背負ったイメージの堆積なのである。とすれば、そのイメージ群との距離がずれるとき、絵画は、一転、不気味なものと化すかもしれない。そうした美的概念のアンビヴァレンスをむしろ強度として、安喜の作品は、「崇高はいま」後の絵画を生きる。

 吉岡俊直の作品は、あらゆる皮膜の弾性、粘性を依代に、いっそう不気味なものへと傾斜する。周知のイメージの加工、反復、持続、終わりの なさ。天橋立の地形図を仮想的に立体視し、ゴムシートに刷った《re- creation》では馴染みの形象と素材が、しかし、意外な組み合わせで擦り合わされて、観る者はそのイメージの粘度に搦め捕られる。《 grotto》は天井から水滴が落ちる、ただそれだけの映像なのだ が、水滴はあまりに大きく、その滴りはあまりに鈍い。私たちは肥大化した日常に宙づりにされる。そしてただ水滴の皮膜(隠喩ではなくイメージであることの不気味!)をみつめ続けるのである。

 以上、5人の作品が、間近から呼びかけてくる本展を、まずは虚心に観賞することとしよう。ニュートラルな展示空間において、個々の作品は意外なほど自己充足的に、美的に、見えるかもしれない。しかし、そのときすでに、何ものかの授受が始まっているのだ。会場を離れても私たちの日常は彼らの作品の残像、余波にさらされることだろう。身近な光景というヴェールは剥がれ世界の遠近が震える。不気味ではあるだろう。しかし、そのように、芸術によって昂進された感覚こそが、このあいまいな世界を直視するひとつの鍵となるのではないだろうか。本展に5人が集った意義を、これからも私なりに、さらに確かめていこうと思う。

*本展タイトルは、宇波彰『力としての現代思想崇高から不気味なものへ』(論創社、2007年)に拠っている。


 金井 直 Tadashi Kanai
 1968年福岡県生まれ。京都大学博士(文学)。
 京都大学文学部非常勤講師などを経て、2000年より豊田市美術館学芸員。
 2007年より信州大学人文学部准教授。
 専門はイタリアおよび彫刻に関わる近現代美術史と日本の現代美術批評。

【主な企画展覧会】
2001年 野村仁:移行/反照(豊田市美術館)
2003年 ヴォルフガング・ライプ(豊田市美術館)
2004年 イメージの水位 ナルキッソスをめぐる変容と反射(豊田市美術館)
2005年 アルテ・ポーヴェラ/貧しい芸術(豊田市美術館)
2007年 消失点:日本現代の美術(ニューデリー国立近代美術館)









The Ghost of Strawberry and Birdie
綿布に刺繍、反応性染料 サイズ可変 2007年

The Ghost of Strawberry and Birdie
tcotton remazol embroidery thread dimention valuable 2007


川野美帆 Miho Kawano

1980年 京都市生まれ
2004年 京都造形芸術大学 美術工芸学科 染織コース卒業
2006年 京都市立芸術大学大学院修士過程修了

 【入選・受賞】
2004年 京都造形芸術大学卒業制作展学長賞]
2006年 京都市立芸術大学制作展[大学院市長賞]

 【個展】
2006年 いちご泥棒(ヴォイスギャラリー/京都)
2007年 The Ghost of Strawberry and Birdie( CAP HOUSE/神戸)

 【グループ展】
2004年 incubation 04: Invisible Physical Scale(京都芸術センター/京都)
     混沌から躍り出る星たち2004( スパイラルガーデン/東京)
2005年 絵画展想画考( ヴォイスギャラリー/京都)
art in transit vol.7(パレスサイドホテル/京都)
着生芸術(京都芸術センター/京都)
2006年 Stay With Art 2006 What's Entertainment( ホテルT’ポイント/大阪)








「into the forest-3」
2007年
145×145cm
 キャンバスにアクリル絵具

「into the forest-3」
2007
145×145cm
 acrylic on canvas

田中栄子 Eiko Tanaka

1969年大阪市生まれ。
2006年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程、満期退学。

 【受賞】
2000年 第13回現代版画コンクール(大阪府立現代美術センター)[大賞]
第8回浜松市美術館版画大賞展(浜松市美術館/静岡)[大賞]
2002年 キリンアートアワード2002[奨励賞]
2003年 大阪市[咲くやこの花賞受賞]

 【個展】
2002年 「Project-N」(東京オペラシティーアートギャラリー/東京)
2003年 「no-places」(ヒルサイドギャラリー/東京)
2007年 「into the forest」( アートフロントギャラリー/東京)

 【グループ展】
2003年 京都・ペインティングの現在(京都文化博物館)
2005年 第24回損保ジャパン美術財団選抜奨励展(損保ジャパン東郷青児美術館・東京)
2007年 版という距離(京都芸術センター)
「ヒルサイド・ギャラリー新たな出発」展(ヒルサイド・フォーラム・東京)
2008年 崇高 から不気味なものへ(海岸通ギャラリーCASO・大阪)

 【パブリックコレクション】
大阪府立現代美術センター/大阪
浜松市美術館/静岡
町田市立国際版画美術館/東京
アントワープ王立美術館/ベルギー
京都市立芸術大学芸術資料館/京都







撮影:田邊真理

あまたの記憶
テンペラ、油彩/麻布、白亜、木パネル 220×220cm 2008年

a piece of ground
tempera and oil on canvas, wooden panel 220×220cm 2008


安喜万佐子 Masako Yasuki

1970年 大阪市生まれ
1994年 京都精華大学大学院 美術研究科修了

 【個展】
2001年 ギャラリー手(東京)
Sculpture Court Gallery(エジンバラ/英国)
2002年 大阪府立現代美術センター
2003年 BASE GALLERY(東京)
2005年 galarie16(京都)
ギャラリー手(東京)
2006年 CUBIC GALLERY(大阪)
ギャラリー手(東京)
2008年 Gallery Hangi(l 韓国)

 【グループ展】
2000年 「INCUBATION 」(京都芸術センター)
2001年 「京都府美術工芸選抜展」(京都文化博物館)
2002年 「VOCA展‐新しい平面の作家たち」(上野の森美術館/東京)
2004年 「Confronting The Tradition」(Smith College Museum of Art/マサチューセッツ/米国)
2005年 「City-net Asia」(ソウル市美術館/韓国)
2008年 「崇高から 不気味なものへ」(海岸通ギャラリーCASO/大阪)
「二人展(仮題)」(GalleryHangil/韓国)

 【パブリックコレクション】
Smith College Museum of Art (マサチューセッツ/米国)
六本木ミッドタウン(東京)

 【その他】
2001年 エジンバラ芸術大学ゲストアーティスト(英国)
2004年 アーモスト大学ゲストアーティスト(米国)









re-creation 8
ゴムシートにシルクスクリーン 96×79cm 2007年

re-creation 8
Screenprinting on rubber 96×79cm 2007


吉岡俊直 Toshinao Yoshioka

1972年 京都府生まれ
1997年 京都市立芸術大学大学院 版画専攻修了
 【受賞】
1995年 JACA’95日本ビジュアル・アート展[銀賞](伊勢丹美術館他)
1997年 クラコウ国際版画トリエンナーレ[審査員特別賞](ポーランド)
1999年 第四回高知国際版画トリエンナーレ展[佳作賞] (高知・いの町紙の博物館)
2006年 [名古屋市芸術奨励賞受賞]

 【個展】
1998年 「Factory」キリンプラザ大阪(大阪)
2005年 ギャラリーレイ(名古屋)
2006年 「声―Voice」ガレリアフィナルテ(名古屋)

 【グループ展】
2001年 VOCA展(上野の森美術館/東京)
2005年 現代版画の潮流展(松本市美術館・町田市立国際版画美術館)
2005年 come to go to exhibition(広東美術館広州/中国)
2007年 新進アーティストの発見inあいち(愛知芸術文化センター)
水のかたち(茨城県近代美術館)
版という距離(京都芸術センター)
2008年 崇高から不気味なものへ(海岸通ギャラリーCASO・大阪)

 【パブリックコレクション】
大阪府文化振興財団/大阪
町田市立国際版画美術館/東京
京都市立芸術大学芸術資料館/京都
三戸町現代版画センター/青森
クラコ ウ国立美術館/ポーランド
広東美術館/中国









syaberu
ウレタン樹脂・エポキシ樹脂・アクリル絵の具 72×23×5cm 2008年
撮影:北村光隆

syaberu
acrylic on urethane resin ,epoxy resin 72×23×5cm 2008

大西伸明 Nobuaki Onishi

1972年 岡山県生まれ
1998年 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了
2004年より伊藤存・中瀬由央とと もにフィッシングダイアリーとして活動中

 【受賞】
2004年 京都府美術工芸新鋭選抜展[最優秀賞]
2007年 あおもり国際版画トリエンナーレ[あすなろ賞]
2008年 第一回岡山県新進美術家育成「I氏賞」[大賞受賞]

 【個展】
2006年 「Desktop,Dress,Gray」(国際芸術センター青森)
2007年 「Desktop,Dress,Gray」(ノマル・プロジェクトスペース cube&loft・大阪)
2007年 AIN SOPH DISPATCH(愛知)
2008年 INAXギャラリー2(東京)
発電所美術館(富山)

 【グループ展】
2007年 「版という距離」(京都芸術センター)
「あおもり国際版画トリエンナーレ」
2008年 「The Act Of Looking」(voiceギャラリー・京都)
「崇高から不気味なものへ」(海岸通りギャラリーCASO・大阪)

 【パブリックコレクション】
町田市立国際版画美術館/東京
京都市立芸術大学芸術資料館/京都
京都文化博物館、三戸町現代版画センター