一切の事柄をすべて感謝に振りかえて考えられない人は
完全に天風教義を実行している人とはいへない　　

人間本来の生きがいのある人生を送るためには、まず精神生命を積極的に保つ絶対条件である「感応性能」を正確に強くする必要がある。分かり易くいえば、感応性能が積極的か消極的かということが、直接その人の心の強い弱いに、密接な関係をもっているからである。それは自分の人生の在りようを決める人間の思考作用は、すべてこの感応性能に反映されて営まれているからである。

この感応性能を強くする三大要項の中の「観念要素の更改」に関連して、感謝観念というものと人生との関係がいかに重要なものであるかということも、常に強調しているところである。

ところが多くの人の中には、この道理を充分理解しているにも関わらず、いざとなると「実行これに伴わず」という状態で、とかく不平不満が先行して、感謝を考えようとしない遺憾な人がままあるらしいことを見聞する。一体、理解されていないことならいざ知らず、かりにも理解されたことが何故実行されないのかということを分析するに、観点の置き所でいろいろのことが憶測されるでしょうが、結論すれば、そういう人はどんなに弁解の言葉を脚色しても、結局は実行しようと思う意欲が徹底していないと断言してよいと思う。

そして実行意欲が徹底的でないのは、その原因に自己完成への情熱が峻烈でないという事柄があるからである。いくら理屈が理解されていても、肝心の自己完成の情熱が下火となっていては、実行意欲というものが力弱く点滅するべく余儀なくされることになる。

一体、自己完成への情熱に、ややもすると間歇があったり、凹凸のある人というのは、自己完成という人生の大事業をたいした努力なしに、きわめて容易に達成しうるものの如く、軽率にも簡単に考えているということに気づいていないがためだと言わねばならない。

その証拠には、その種の人はある程度当初は努力することはするが、その努力が自分を満足させるかたちで表現もしくは自覚されないと、この方法ではだめだというふうに軽率に判断して、次から次へと他の方法を求めるか、さもなければ進化と向上という人間にのみ与えられている尊い志を自分の精神領域から知らず知らず除去してしまうのである。それは自己の尊厳の冒涜であるばかりでなく、精神的な自己放棄ということになる。ところが実際において現代にはそういう種類の人が多いのである。特に知識階級者に情けないほど多い。

要するに安易な方法なり方便で、大した努力をなすことなしに人生を理想的に解決しようとする、否、解決しうるものの如く考える浅薄な思慮を、人間の当然の考え方のように思い込んでいるのである。

いずれにもせよ、真理を如実に理解づけられた以上、その教えを真剣に実行する以外に手段なしと正しく自覚して、何を置いても、何事にも感謝するように心がけることである。

特に、ちょっとでも不平や不満を心に感じるようなときには、よりいっそう、それを感謝に振りかえることに努力するように習性づける。

要はこの心がけを如何なる場合にも不断のものとするべきであると、敢えて痛烈に勧奨する。

中村天風　『天風哲人箴言註釈』より抜粋
現在は　『叡智のひびき』　講談社　１９９５年　として刊行されています

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