平成16年2月分

2月  29日(日) 今年は2月が29日まであるので助かる。日曜だが法事もなく
         少しゆっくりする。

2月  28日(土) 立売堀まで自転車で行くが案外近かった。市内は自転車が便利。
         とめる場所の心配がいらない。午後「青草人」印刷。印刷後、誤字発見。
         修正液を消費する。

2月  27日(金) 9時から5時までみっちり仕事。お参り先の方が、昔は花粉症がひどかった
         が年とともに症状がかるくなってきたという話を聞き、ちょっと安心する。

2月  26日(木) 4時から別院で声明集の節譜付け作業。外字で作った節譜は印刷原稿
         には難しいとのこと。しかしまあこれでいくしかないのではないか。正面突破
         して玉砕ならしかたない。

2月 25日(水) 暖かい日が続く。ということは花粉の季節でもある。不思議なもので
         カレンダーに合わせて鼻の奥がむずかゆくなってきた。今年は軽く済むこと
         を願うのみ。

2月  24日(火) 夜 民生委員の会合。子育て支援サロンを作る作業に入るということ
         のようだ。公園デヴューとか言われている事の公的支援ヴァージョンという
         ことか。しかし万一の場合の責任問題が心配だ。公園に自主的に集まるの
         であれば問題はないが・・・。

2月  23日(月) 午後千里丘のお檀家さんにはじめて行く。転宅されたので住所を
         たよりに地図を見ながら向かったが、千里丘東ということでてっきりJR線の
         北側だと思ったら、線路の南だった。地名のイメージと実際の住所では
         違うということはよくあることで注意しなければ。

2月  22日(日) 午前中寺で法事。あとの食事を寺でされお相伴させていただく。
         料理はこの前わざわざ見本のお膳を届けてくれた所があったので、そこで
         頼んでもらったがなかなかよかった。しかも接待役の女性がついてこられて
         おつゆを出したり、お茶を出してくれたり、あとも座敷の掃除から片付けまで
         やってくれてこちらとしては助かる。こういう商売もただ料理を持ってくるだけ
         ではいかなくなってきた。競争の原理は厳しい。

2月  21日(土) 大失態をやってしまった。お葬式の時間に遅れてしまった。西宮
         だったのだが、あちこち工事で渋滞して間に合わなくなった。車というのは
         と責任転嫁はやめよう。時間にゆとりをみていかなくてはと反省。
         午後七組の研修会で大村英昭師の話。お骨を寺で預かるということを
         縁にしてお寺にお参りしてもらうようにしていく、という趣旨だったよう。
         確かに現実に合わせていけばそうなっていくのだろうが・・・。

2月  20日(金) 夜 久しぶりの温雅会の例会。このところ楽器を吹く機会がない
         ので、行く前にちょっとだけ練習というか音を出してみる。微妙な音の狂いも
         すぐばれてしまう楽器だけに調律に気をつかう。千年の昔はどうして音を合わせて
         いたのか、音叉のようなものは声明の元締めであった大原で見たが、それでも
         振動数を調べて合わせている今のようにはいかなかっただろう。テクノロジーの
         進歩は人間の能力を退化させるのだろうか。

2月  19日(木) 午後から時間があったので、クラシックのCDのインデックスを作った。
         なんやかや言ってもベートーベンが多いが、その中で一番お気に入りだった
         フルトベングラーの6番が見当たらない。ケースはあるのだが中に入っていなかった。
         車でよく聞いていたし、多分しまう時にまちがったケースに入れてしまったようだ。
         車には多種多様のCDを持ち込んでいたから、どこへいったやら。整理が悪いと
         罰が当たる。

2月  18日(水) 以前は近くの市場で魚屋さんをされていて、今は大正区のほうで
         店をされている檀家さんが、休日ということで久しぶりに話をさせてもらう。
         朝は5時半くらいに出かけられて、帰ってこられるのは7時半頃とか。お店
         というのは大変だ。しかも店と住まいが離れているので余計に不便ということ。
         今はスーパーやコンビニやらで市場という形態がなくなりつつあるが、むかしは
         卵屋さんとか昆布屋さんとか魚屋でも海と淡水は別の店であったりそれぞれの店
         が並んでいた。それで商売も成り立っておられたのだろうし、買いに行く人も
         別に安いものを探してということなく毎日の買い物をそこで済まし、充分生活していた
         はず。そう考えてみると昔の方が豊かな暮らしをしていたように思える。

2月  17日(火) 久しぶりにデパートへ行ったが、何か昔と違って華やかさがない。
         しかも子供の頃は楽しみだったおもちゃ売り場も縮小されているし、本やCD
         も売っていない。そのために時間の潰しようが無い。やたら婦人服売り場が
         多い。やはり本来の何でもあらゆるものがある、という魔法の空間のような
         夢が必要なのでは、と思った。

2月  16日(月) 午後あるお檀家さんで、その家の近所の方が来られて、話をきいてほしい
         といわれてお聞きすると、娘さんの家に悪霊がついていると言われ、怖くて
         訪ねていけなくなったのでどうしたらいいか、というお尋ね。
         霊がどうのこうのと言う人は勝手に思いつきで言うのだろうが、
         それを聞かされた人は迷惑だ。現世利益和讃の話をして、お念仏の信心を頂いたら
         何も畏れることは無い、よるひるつねにまもってくださいますよ、と言ったが
         納得されただろうか。

2月  15日(日) 朝の会、出席者が少なかった。寒い時節もあるが時間も休日の
         朝8時は出にくいだろう。また考えていかなくては。時期相応ということを
         話したが、それをわが身に聞かせていかなければ。

2月  14日(土) 今日は昼間あたたかくなった。本堂のお花を入替えたが、正月前
         からおよそ二ヶ月、冬場はよく持ってくれる。芯の松はそのまま彼岸前
         までがんばってもらいたいが、少し葉先が黄ばんできた。カラースプレー
         でごまかすか・・・は冗談。

2月  13日(金) 来月の13日が都合が悪いので日にち変更しなければと
         思っていたのに、2軒ほど言い忘れる。他の話をしたりしていると
         どうも流れで、それでは失礼しますということになってしまう。
         あらためて電話しなければ。

2月  12日(木) 朝電話があり、過去帳を見たら、今日が祖母の五十回忌にあたる
         のでお経をあげてほしいとのことで、4時すぎから寺で勤める。
         三十三回忌までは年賀状でお知らせしたが、五十回忌は略したが
         やはりお知らせした方が良かったか。夜 ミナミで会合。教区の囲碁の会
         に誘われる。またある方からお宅からウイルスが来ていますよ、といわれ
         驚く。感染しているような様子はなかったのだが、調べなくては・・・。

2月  11日(水) 休日で法事が2軒ある。カレンダーの赤い文字が寺の場合は
         仕事の特異日になる。まあ休日に休んでもすることもないので
         仕事をさせてもらえるということはありがたいことと納得している。
         このごろはかえって休みの日のほうがぼんやりして体調が悪い。

2月  10日(火) 夜 組会が伝法の寺で。瓦懇志の達成状況の一覧が配られ
         本遇寺がトップ。ありがたいことだ。これを機に本山への崇敬の意識
         が高まるようにしていきたい。

2月  9日(月) 昼 あるお檀家さんから紹介された韓国料理の店?にランチに
         行く。ビビンバとトゥックの2品だったので無難にビビンバを食べる。
         コチジャンを好みに応じて入れて食べたが、美味しかった。
         夜 区仏の総会。協賛金を集めていよいよ最終段階。

2月  8日(日) 福井県の山中で大学のワンゲルのパーテーが遭難したという
         ニュースがあった。2000Mに満たない山でも、冬の自然の恐ろしさは
         関西の平地に暮らすものには想像できないということだろう。
         自然を自分の都合に合わせようとするのは傲慢のそしりを逃れない。

2月  7日(土) 午前中 お参りの途中急に明かりが消えた。ほんの5〜6分だったが
         家の方に聞くと停電だったそうで、交差点の信号も消えたそうだ。
         国道2号線沿いのお宅だったから、平日だとかなりの交通量があり
         その信号が消えたら大変なことだったろう。仕事中の方や、日常生活
         でも電気が停まるとお手上げになる。文明とは生活基盤をひ弱にするものだ。

2月  6日(金) 午後 道路の問題の話し合いが寺である。それぞれ言い分があるが
         話し合いが煮詰まって来た。役所仕事も大変だ。

2月  5日(木) 午前中研修があり、12時に終るとすぐ大阪に向かう。雪を心配したが
         なんとか風は強いが快晴で助かった。大阪に入って激しい雪に見舞われる。
         午後二時のお参りに充分間に合った。夜 福島区仏教会の役員会。
         もう一人の総務のかたが遅れられたので進行役になったが、正直もうこの会
         はしんどい感じ。

2月  4日(水) 午後より彦根にて近畿連区准堂衆会の研修会があり、お参りついでに
         堺からドライブ。講義開始に間に合う。会場の彦根プリンスは琵琶湖のほとり
         でどの部屋からも湖面とその向こうの比良山系が望むことができ、遠路来たかい
         があった。夜懇親会のあと彦根の夜を案内してもらう。長浜教区あげての接待に
         楽しい時間が過ごせた。准堂衆会の人数が一丸となって行事を行うのに適切な
         数なのかなあと思った。一人一人が責任を持って仕事をしてはじめて事が成る、
         そういうときが一番まとまりがある。長浜教区の皆さんに感謝!

2月  3日(火) 夕方より教化委員会主催の講座があり、岩田先生のご講義をいただく。
         いろいろ勉強になったがその中で、声明を伝えていくという事の歴史で
         必ず師と弟子が向かい合い声明を指導し、完全に伝えられたら初めて
         節譜のついたものを渡されたということだ。声明もそうだが教えもまず師から
         法を聞かしていただいて、確実に伝わったらその覚えとして書いたものを
         伝えられたのではないだろうか。親鸞聖人が法然上人から「選択集」を付属
         されたというのもそういうことであったのでは、と思った。

2月  2日(月) 午前中は久しぶりの本格的な雨。午後雨が上ったので
         自転車で少し遠い所まで行っていたら、急にまた雨が降り出して、
         あわてて帰ったが、だいぶ濡れた。この季節、雪マークが続く日本海側の
         人たちは大変だろうと少しの雨の冷たさで、思いをはせた。

2月  1日(日) 朝から本堂の巻障子のレールの修理に檀家の建具屋さんが来られる。
         日曜でお休みのところを、難しい作業をする時は、他の用事が入らない方が
         集中してできるということで梁のレールの溝を上向きで削っていただいたり
         する。職人技はみえないところで真価を発揮するものだ。