3月  31日(水) 快晴、久しぶりの休みで、友人と屋外遊戯に興じる。
         およそ2年ぶりだったので、ぼろぼろだったが、天気もよく
         よい気分転換になった。ただ明日からの筋肉の悲鳴が心配。

3月  30日(火) 朝は小降りだったが、昼から本格的な雨になる。
         桜のころは雨が多いが、今日は午後から室内労働で助かる。

3月  29日(月) 以前ホテルをされていたお宅から、湯呑を50とお椀など
         いただく。まだ使っておられなかったもので、これだけの数が、
         揃ったものをいただくとありがたい。なにしろ消耗品だから
         少しづつ破損していくと、そのうちばらばらになってしまう。
         今はこういうものの引き取り手は少ないそうだ。

3月  28日(日) 春らしい日和。仕事のあと、「青草人」制作。
         ちょっと和讃の解釈で独断気味だったが、まあいいか。

3月  27日(土) あるお宅でペットの話になり、我が家のウサギも携帯の
         待受け画面にしていたので見てもらう。待ちうけ画面にしている
         画像でその持ち主の性格がわかってしまうかもしれないので、
         恥ずかしいが、もう他に入れたい画像もないことだし、こうして
         話題も提供できてよしとしよう。

3月  26日(金) 4時半から得度準備の子供の部の一泊講習に顔を出す。
         講習の疲れもみせず、部屋に入ると走り回っていた。まあこの
         企画(一泊研修)は成果があったということだろう。ただ教務所
         の職員の方に負担があるのでいつまで続けられるか。

3月  25日(木) 朝から出ずっぱり。昼 別院で得度準備の開講式に顔を出す。
         忙しい中せっかく時間を縫うように足を運んだのに、一言の紹介も
         なし。まあこんな愚痴を言うようになるのはゆとりのない証拠か。
         夜 6時〜「加津屋」で区仏の役員会。

3月  24日(水) 午前中だけだったので午後から彼岸の内敷を片付ける。
         民生の関係のメールマガジンの準備に参加した。何とかお役に
         立ちたいが、足手まといにならなければようが・・・。

3月  23日(火) お参りがちょっと忙しかったので、子供に3軒行ってもらう。
         夕方に教化委が教務所で。7時から民生の集まりがコミュニテイーで。
         いずれも10歳未満くらいの子供を対象の行事の打ち合わせ。

3月  22日(月) また朝から雨。一軒未舗装のところへ車を置かないといけない所が
         あり、ちょっと草履では困った。車は今さらよごれても支障は無いが。

3月  21日(日) 寺で法事があったが、本堂の桜が満開。この時期寺での法事されたら
         お得かも。午後初めての家にお参りする。若い家族だったが丁寧な対応で
         感心した。前のお寺さんがしっかりとご指導されていたのだろう。

3月  20日(土) 彼岸会。曇りの予報だったのに朝から雨。季節の変わり目とはいえ
         お参りに来られる方の足元が悪くなるので恨めしい雨ということに。
         それでも多数のお参りいただきありがたいことだ。御動座のビデオは
         横で解説しながらだったがまあうまくいったと思う。あとの話がどうも
         語彙不足で話が広がらないし、もたもたしたような・・・。帰られるころには
         雨もあがり、終いよければすべてよし。

3月  19日(金) 彼岸会の話を考える。御影堂と阿弥陀堂があるということを、機法二種
         深信というところから話そうと思うが、どうも集中して考えられない。
         あらすじだけまとめてあとはその場でなんとか、といけるほど機転もきかないし
         自分で納得できないことは話せないし、勉強不足のつけがまわってきた。

3月  18日(木) 眼の充血がひどいので眼科に行ったら、結膜フロ・・何とかという
         病名をいわれる。要するに元からいる細菌が身体が弱った時に活動を
         起こすというかアレルギー症状を引き起こすらしい。重い病気ではない
         らしいので安心したが、あまり無理してはいけないということか。午後
         お彼岸の花を入れる。桜が多かったが、まだつぼみだったので、20日
         に花が開いてくれればいいのだが。

3月 17日(水) 夕方 神戸のお参りがあり、6時〜の別院の会合に1時間遅参する。
         この頃は遅参が続き申し訳ないことが多い。声明本の節譜付け作業だが
         これまた遅々として進まない。完璧は無理だからある程度妥協の産物に
         なるのは仕方ないと思うのだが・・・。

3月  16日(火) あるお檀家さんがこれから花屋をされるとのこと。店は神戸のほう
         らしいが、今一番女性がやりたい商売といえば花屋さんだろう。季節
         感や生き物を扱うだけに温度、水の管理等結構大変だろうが、頑張って
         もらいたい。夜お勤めのお稽古。

3月  15日(月) 今日も快晴で暖かな春本番といったかんじ。前日の月参りを日延べ
         したのでそこそこ忙しかった。夜 ホテル阪神で花祭り記念行事の
         打ち合わせ。

3月  14日(日) 朝から快晴、雲一つ無い。ホテルの窓から見える景色はさすが
         四日市というか、石油精製の高い煙突、スタッグというらしいがそれが
         何本も立っているのがよく見える。あるときは繁栄の象徴であり、ある時は
         公害の象徴でもあった情景だが、石油がなければ生活していけない現実から
         考えるとこれも命をつなぐために欠かせない景色ということか。
         御遠忌は庭儀に350人ものお稚児さんがあり、行列になると集落の道を人で
         埋めた。法要では賦華籠から配卓まで役稚児さんがして華やかな印象。
         だいぶ練習されたろうし、座配さんも大変だったろうが滞りなく進行した。
         お勤めもきっちりされて本当によい法要だった。楽が近隣の神社の楽人さん
         ということでまあこれはご愛嬌。

3月  13日(土) 朝2軒済ましてから、四日市の親戚の寺の御遠忌に参勤するため
         一家でドライブ。道路は空いていたので2時間弱で着く。2時始めと
         思っていたら1時始めということであせったが、それよりいきなり助音
         を頼まれ、もっとあせる。まあ御遠忌は数こなしているので大丈夫とは
         思ったが、キン役で経キンから平キンへの移動のときに、伽陀をとばして
         迷惑をかけた。夜は四日市の都ホテルにて宿泊。

3月  12日(金) 久しぶりにお参りの途中でマクドのドライブスルーで食事する。
         あまり美味しいとは思わないが、運転中、しかもこの姿で食事するには
         ドライブスルーが便利だ。偶にしか来ないのでメニューがわからず、あい
         かわらずのフィレオとハンバーガーで済ます。

3月  11日(木) 午前中で法務はおわり、午後から親戚の寺の御遠忌に参勤のための
         装束の準備。自分のものはすぐに決まったが、子供の装束が難しい。
         得度だけだと着れるものがない。やはり寺格についた衣体が必要だ。

3月  10日(水) 今日も東奔西走の一日。夜は南桂寺で組会。すでに瓦懇志完納
         の寺院があった。先を越されたか。法事の案内を配布する。

3月  9日(火) 夜 また声明集の作成作業があったのだが、急な法務のため
         欠席する。身体がふたつ無いから仕方が無いが、申し訳ない気がする。

3月  8日(月) また月参りのところが1軒減る。今年に入ってはや3軒目か。
         さきゆき不安がよぎるが、こればかりはご縁のことだからしようがない。

3月  7日(日) 午前午後2軒の法事に最後は高槻とフル稼働の日曜。朝のお勤めに
         寝坊して10分ばかり遅れる。誠に申し訳ない。和讃は正像末の11、12首目。
         光明無量と寿命無量の願のところで金子みすずの「見えないけれども ある
         んだよ」(題は星とタンポポ)という詩の引用で話をまとめる。

3月  6日(土) また寒さがぶり返した。夜 区仏の花祭り準備総会。役員であるにも
         関わらずもう一方の総務さんにばかり仕事をしていただいて申し訳ない。
         いつものマッチが送ってこず、花まつり広報関係のグッズの配布は順延。

3月  5日(金) 夕刻より節譜付け作業を4名で行う。微妙なニュファンスを表すのが
         難しい。結局手書きでいくことに。元より声明を譜で表す事は無理がある。
         どこまで妥協できるかだが、固定観念を覆すのはこれまた難しい。

3月  4日(木) 午後から久しぶりにお参りしたお宅で、2時間くらいお話させてもらう。
         6時まで用事がなく、ゆとりはあったので、小津映画が海外で評価が高い
         のはどういうわけか、という話で盛り上がる。特に作られたものではなく、
         普通の生活を切り取ったような話なのだが、それゆえに普遍性があるのでは
         ということに。

3月  3日(水) 子供が携帯を購入するのにあわせて、ついでに機種変更。
         ボイスレコーダーの機能がついたものしする。まあいろいろな機能があった
         としてもその大半は宝の持ち腐れ。しかし時代にはついていかなくては。

3月  2日(火) 午後から夕陽丘で民生委の研修。最初と最後の方だけ記憶にある。
         もっと実務的なことを指導してほしい。

3月  1日(月) もう3月、少しまた冷えてきた。夜 民生委の会合。子育て支援サロン
         の設立に向けて準備。広報は若いお母さんに向けてメールマガジンでする
         とのこと。メールは疎いので全く想像できないが、回覧板よりは有効なのだ
         ろう。

平成16年3月分