平成16年8月分

8月  31日(火) 午前中 吉崎別院へ。台風がきていたが夜のうちに通り過ぎたようで、
          雨も上がって涼しかった。それから金沢近くの鶴来というところでもう一人の
          古い知り合いと会い、いろいろ案内してもらう。こちらのほうの寺はみな大きいし
          立派なケヤキで建てられている。北陸の寺の人が大阪に来たら本堂の小さいのに
          驚かれるそうだがそれも当然か。今は大阪に移っている願得寺の元の場所も
          きれいな公園になっていた。蓮如上人ゆかりの法慶坊の寺善性寺も訪ね、「それ
          八万四千の法蔵を知るというとも」の原本を見せていただく。北陸の教線は米どころ
          を押えられていたことがよくわかる。

8月  30日(月) 午前中仕事を済ませ、午後から友人3名で北陸の古い知り合いを訪ねた。
          福井の金津というところで落ち合い、夜は芦原温泉で会食。

8月  29日(日) 午前中久しぶりの法事。五輪のハンマー投げでドーピング疑惑があり
          金メダルの選手が剥奪ということらしい。二位の日本選手が繰り上げだそうだが
          これはどんな気持ちか。記録にはっきり表れる競技だけに複雑だ。これがハンマー
          に細工したとかいうのならわかるが、自らの身の危険を承知の上で記録に挑戦した
          のだから仕方ないのでは、と思うのは素人考えか。

8月  28日(土) 日常の仕事に戻る。オリンピックも主要な競技が終わり(日本にとって)
          夏の終わりを感じる。

8月  27日(金) お参りは少ないが、本堂の花を入替えたり、青草人の原稿を書いたりと
          溜まっていた仕事を片付けていく。夜 民生委員の会合。

8月  26日(木) 早朝ホテルを出て空港へ。出国に時間がかかる。手荷物検査でブザーがなり
          よく調べたら毛主席記念堂で買ったキーホルダーだった。これには向こうの
          職員も文句は言えまい。帰りの機内食はまずまず。うな丼を頼んだが、袋入りの
          ザーサイがうれしかった。関空での入国はほとんど時間がかからず。やはり大阪の
          方がかなり暑かった。久しぶりの家族旅行も無事帰宅。

8月  25日(水) 今日は小雨模様。歩いて毛主席記念堂へ。中国の人の長い列に
          並んで建物へ。立ち止まることは許されないので早く進んだが、中には
          彫像のうしろに遺体が生前の姿のまま安置されてあった。中国医薬の力で
          何十年も同じ状態を保っていると言われている。建国の父を崇める国民に
          とってはいつまでも崇拝の対象であり続けるのだろう。売店でグッズを買ったが
          建国の4人の同志ということで毛沢東、周恩来、朱徳に劉少奇が並んでいたの
          には驚いた。文革で糾弾され失脚して歴史からは消されていたと思っていたが
          こんなところで復活しているとは。その小さな屏風も記念に買った。それから
          歴史博物館へ。順路が分からず特別展の古代ローマの展示を見たりしながら
          ようやく中国の歴史資料の展示へ。さすがに紀元前のものなど貴重なものも
          あったが展示数は少ない。紀元前の青銅器に仏具の華瓶そっくりなものがあった。
          源流を辿ればここに行き着くのだろう。午後はまた繁華街をうろうろする。
          CDやDVDが10元や20元で売られていた。日本の20分の一の値段。女子十二楽坊を買った。

8月  24日(火) 午前中は西大后が愛した庭園「い和園」に。ここも日本とスケールが
          違う。万博公園よりはるかに広く、人工的に作られた池というより湖には
          趣に富んだ橋が架けられ、西大后は特に雨が降ったときの景色を楽しんだ
          そうだ。それこそ水墨画のような幽玄の世界がひろがった事だろう。西大后
          はこの公園を整備するために、軍艦を作るための予算を流用したといわれる。
          そのために国力が弱ったといわれるが、軍備を拡張するより文化を育成するため
          に予算を使うほうが有意義とも思えるが。湖の岸辺では黒い石畳の上に
          1、5mくら長さの棒の先にスポンジに薄い墨を含ませて、立って歩きながら字を書いて
          いる老人が何人もいた。それがまた見事な草書ですらすらとさすがに書道の本場。
          ある人いわく、誰かさんが机の上で普通の筆で書くより遥かに上手いって。
         
          ほっといてくれ。午後は天壇公園へ。中国の天の神は位牌に宿るらしい。日本の
          仏壇にある位牌と同じ形。天壇と仏壇、日本の儀礼の風習の原型は中国にある
          のは間違いない。そのあと胡同(フートン)と呼ばれる古い町並みを三輪車とよばれる
          自転車の後に人力車のような客席をつけた乗り物で回る。これはもうひとつ。
          夜はホテル近くの王府井と呼ばれる繁華街を見て回る。屋台が出ているところがあった
          が串で焼いたものはちょっと食べられそうに無かった。

8月  23日(月) 今日は北京観光のメーンコース。まず天安門広場。中国全土から
          の観光客もあり、混雑していた。そこから故宮へ歩いていく。
          とにかく空間をゆったりとってある。そして権力者の威光を露骨に
          示すような構造になっている。さすが大中国の皇帝だけのことはある。
          そこから車で1時間少々で万里の長城へ。八達嶺というところだが
          山の稜線にこれだけのものを作るとは。男坂と女坂(日本人が名付けた
          らしいが)があり、坂のきつい男坂を登る。子供らは走るように登っていたが
          こちらは心臓ばくばくしながら急な坂や階段を登る。さいわい好天に恵まれ
          眺望は最高。風が心地良い。ここは不思議に外国人が多かった。中国の人
          は楽なほうの坂に行ったのか。夜はマジックショーやら武術のショーを見ながら
          の食事。こういうものの方が京劇よりわかりやすくよかった。夜足つぼマッサージ
          へ。気持ちよかったが足の甲まで思いっきり叩かれて帰ったら腫れていた。

8月  22日(日) 朝 少し仕事を済ませてから、関空へ。家族での旅行は
          5年ぶり。滅多に行けないので思い切って中国の北京に行く事
          にした。出国手続きをしていると、グアムへ行く便が現地の空港
          の天候が悪く欠航との案内。せっかく予定を立ててこれでは
          大変だろう。中国便は予定通り14:00に出発。機内食は時間的
          に軽食と思っていたが、サンドイッチ程度。約3時間で北京へ。
          入国手続きに長蛇の列。ようやく宿泊の北京飯店に着いたのが
          現地の6時頃。ちょっと蒸しっとしていたがそんなに暑くない。
          ホテル内のレストランで夕食。メニューがわからないので、とりあえず
          コースを頼む。まずまずの味。テレビはNHKの衛星が入るかと思ったら
          全然違う番組(多分中国で編成されたよう)をしていて、ニュースのあとに
          五木寛之の教育TVの番組に。オリンピックの女子マラソンは全然やって
          なかった。

8月  21日(土) まだまだ暑い日が続く。明日からの旅行の用意をする。
          行く前が一番楽しいのかもしれない。

8月  20日(金) 午後から別院で声明集のチェック。節譜を一部手直し
          したが、きりがない。あとがきの文章も見せてもらったが、宗務
          役員独特の表現があり、違和感を覚える。末寺の立場としては
          教団と一体化しているような、少なくとも同じ視線でものを見ている
          と思っていたが、役所的立場になれば謙譲語が使われる。どうも
          しっくりこない気がする。

8月  19日(木) あるご門徒さんから「青草人7月号」の記事について
          質問を受ける。仏具の置き方で『鶴亀の口の開いたほうを
          向かって右に置く。』と書いたら、口が右に向いて開いている
          と思われたようで、その前に亀の尾は手前を向く、と書いたもの
          だから大分悩まれたそうだ。説明文は書き方が難しい。

8月  18日(水) ようやく完全な休日。世間ではぼちぼち盆休みが
          終って日常に戻りつつある頃から休みで、因果な稼業という
          かんじ。この日記もまとめて10日分くらい書く。済んでみれば
          あっという間だが、何かだいぶん前のことのように感じる。

8月  17日(火) 雨が降ったり止んだりのややこしい天候。季節の
          変わり目か。夜 オリンピックの野球を見たが、深夜というか
          明け方というか、4−0になったところで寝る。予選
          では相手も本気を出してこないだろうし、決勝ではどうなるか。

8月  16日(月) 初盆や遠方のお参りがあった。久しぶりに能勢の
          親戚の寺を訪ねる。まだまだ自然が残っているせいか
          なんとなく秋の気配が感じられる。夜 十三のお寺での
          通夜に。いろいろなお仕事をされてこられた方だっただけに
          多数の参列があった。

8月  15日(日) 朝方雨が降ったが、家を出る頃には止んでいた。
          ちょうど涼しくなってよかった。予定通りお盆のお参り
          も終了し一安心。もっと効率よく回る方法があったのに
          と今は思っているが、来年になったら忘れているだろう。
          久しぶりに家族4人揃って外食。全員がアルコールを飲む。
          どうも一番弱そうなのは住職というかんじ。

8月  14日(土) 午前中のお参りが11時ごろに終ってしまう。あとは
          午後の案内なので、お盆の真っ最中に高校野球を見る。

8月  13日(金) かつては早朝から走り回って、一日30軒というときも
          あったが、今は分散して楽になった。組内の知り合いの
          寺の前住がお亡くなりになり、訪ねる。お盆中ということで
          昨日亡くなられて、葬儀が17日。日にちがあるというのは
          段取りをつけやすいが、またそれだけ大変な日が続くということ。
          当方の前住の葬儀の次第と弔辞の文面を参考にということで
          持参する。総代の弔辞の文面を自分で書いたようなのだが
          すっかり忘れていて、PCのファイルから引っ張り出す。今見たら
          よくこんなことを書いたなあと思ってしまうが、あの頃はそれどころ
          ではなかったのだろう。いろんなところで恥をかいてきたということか。

8月  12日(木) 今日位から本格的な休みになり、中心部の車の量が
          減ってきて、移動が楽になった。

8月  11日(水) 臨時の用事が入り、最終のお参りが8時過ぎ。去年
          も遅くなったので余裕を持った予定を立てたが、今年も同じ
          お宅が最終に。西名阪の料金所を8回も通った。

8月  10日(火) 泉南の方に行ったが、こちらに来る度に新しい道路が
          出来ているよう。土地にゆとりがあるせいだろうが、また
          関空効果もあるのだろう。

8月  9日(月) 東大阪から奈良、木津と回る。お盆だけお参りするところ
          もあり、1年ぶりにお会いすると懐かしい気持ちになる。
          夕方より別院で声明本の初稿を見る。全く納得できないが
          時間も気力も無く、一部修正ということに。

8月  8日(日) 中陰二つに法事があり、どうなるかと案じていたが、
          大学生の子供が仕事を手伝ってくれるようになったので、
          なんとかこなせた。

8月  7日(土) 朝9時に生駒、10時半に服部といずれも墓地での勤行。
          移動に近畿道を通ったら、大渋滞に巻き込まれた。なんとか
          ぎりぎりに辿り着いたが、どうも近畿道の北行きは相性が悪い。

8月  6日(金) ちょっと仕事がたてこんで、寺に帰ったのが8時過ぎ。
          ちょっとお盆らしくなってきた。

8月  5日(木) そろそろお盆のお参りの序奏が始まった。時間的に予定通り。
          4時半から十三で七組の全体の組会。急用が出来て途中で帰る。
          帰る前にちょっと意見を言っておいた。このくらいの規模だと気後れしない。

8月  4日(水) サッカーのアジアカップが開催されている中国での反日感情が
          話題になっている。歴史的経緯、強者への反感など原因はいろいろ
          あるだろうが、どうも日本のマスコミの取り上げ方が過大すぎる気がする。
          80年代に行われた思想教育のせいにあらゆるチャンネルが決め付けて
          いたが、これも見方が偏り過ぎ。スポーツで熱くなるのはどこでも同じ。
          こうした事柄の最深部で、それこそ思想教育が行われているような
          気がする。そういいつつも日本を応援して熱くなってしまうのは、根が
          単純ということだろう。

8月  3日(火) 今夜は淀川の花火。西淀川にいる頃から、見てきたが、
          だんだんとビルが高層化して見難くなってきた。音だけで想像する
          というのも寂しいかんじ。それよりミラクルサッカーでも見ることにしよう。

8月  2日(月) 午前中で仕事が終る。盆前の小休止。銀行の統合で通帳の
          切り替えして欲しいという案内があり、銀行にいく。利用者のことを
          無視した支店の統合に腹が立つ。帰りに中古CD屋で久しぶりに
          ジャズを買う。オーネットコールマンの「フリージャズ」。Wコンボによる
          多分めちゃくちゃな演奏だろうが、昔から聞きたいと思っていたCD
          なので手が出た。盆参りの忙しい中、きつい陽射しの下で車の中で
          こんなCDをかけたらおかしくなるかも。

8月  1日(日) 10時に豊中にお参りに行って、11時から寺で法事、そのあとすぐ
          中陰に行ってそれから盂蘭盆会。お参りはだいぶ少なかった。まあ
          お盆のお参りもさしてもらっているし、意味付けが難しい。
          勤行、ビデオのあと「自灯明法灯明」についての話。自のほうは
          生老病死の身を生きている、ということと、尊い命を生きている、
          ということを、奥羽教区のポスターの言葉を借りてお話し、それでも
          仏法を求めていかねばならない、ということを罪悪深重の凡夫という
          自覚に求めていくということでまとめた。法のほうは、大経の世自在王仏
          の「汝自当知」と法蔵菩薩の「非我境界」という対話から、自分で覚った
          というわけにはいかないという感じで話した。ちょっと硬かったか。