2月  28日(月) 正味二日短いことになるので、大変忙しい一日。しかし家庭を預かる主婦に
         とってはありがたいと言われる方もおられた。人それぞれということか。それにしても
         なぜ2月を28日にしたのか、1月と3月を30日にすれば、3ヶ月そろうのに、と思ったが
         そうなると31日の休日がなくなってしまうことになる。今月はしんぼうするしかない。

2月  27日(日) 法事はなかったが綱渡りのような一日。11時に豊中を出て、11時半のロイヤルH
         での祝賀会出席(少し遅れたが)2時前に退席して、2時半に花園の墓地、そこから
         藤井寺に回って、そのあとまた豊中の服部へ。どこも車が混んでなくてよかった。

2月  26日(土) 今日は元証券会社の方と、最近の株に関する話題。日本の会社の総株数はその
         規模にしたら額が少ないらしく、外国の資本が入ったら殆どの会社が乗っ取られる危険
         があるとか。やはり島国根性でそういうことはないだろう、という前提で日本の経済は
         動いてきたという事か。

2月  25日(金) ある方が最近流行のサプリメントを服用していたら、かえって肝臓の数値が
         悪くなったと話されていた。やはりバランスのよい食事を心がけるのが一番。錠剤
         で体のバランスを取ろうと言うのは不自然なこと。それでも昨今のサプリの宣伝は
         つい騙されそうになる。気をつけよう。

2月 24日(木) 午後から時間があり、青草人の原稿を書く。300号だが特に変わった編集にせず
         というか考え付かず、いつもの形に。夜 太閤園で宴席。選挙が近くなってくるといろいろ
         大変だ。

2月  23日(水) 陽射しが暖かくなり、春遠からじの気分。

2月  22日(火) 午後から時間があったので散髪に。いつも行く理容店でいつもしてもらうチーフ
         理容師が独立のために退社したということで、別の人にしてもらう。結構大きなチェーン
         店だが、そこで人気があったとしても独立してうまくいくとは限らない。そこが商いの
         むつかしいところ。

2月  21日(月) 道修町のほうへ車で行ったが、近くのコインパーキングがどこも満車。月曜と
         いうことかもしれないが、うろうろ同じところを回ってようやく空きができた。
         暖かくなれば自転車の距離だが冬場は車でしか行けない、ということにしている。

2月  20日(日) 青草人の会の和讃は、ご希望により前回のところをもう一度ということで、釈迦
         弥陀二尊について法身、報身、応化身の三身について話した。ちょっと難しくなって
         しまったかも。

2月  19日(土) 午後から声明指導に。午後から雨が降り出して出席はどうかと思ったが、たくさん
         来られていた。声明の稽古などは、別院でするより各お寺でされるほうがやりやすい。
         といっても充分な仕事をさせていただいたかはわからない。正信偈は四句目で下がった
         ところから音程が戻らなかったようで、だんだん下がってきて最後は男性には辛い低さに。
         こちらもいい勉強させていただける。

2月  18日(金) 午前中金沢にまわり、兼六園を散策。近江町市場で少し土産を買い、市場の中の
         すし屋で昼食。海鮮丼を頼んだが、これが蟹からいくら、うに、いか、とろなど寿司ネタが
         山盛りで丼のごはんが見えない。さすが市場のすし屋。午後金沢別院を参拝して帰阪。

2月  17日(木) 午後から福井の三国に蟹を食べに出かけた。サンダーバードに久しぶりに乗ったが
         乗り心地は以前より格段よくなっている。天気はよく暖かだったが、滋賀福井県境付近は
         だいぶ雪が積もっていた。トンネルを抜けると・・・の風情。芦原温泉駅で降り、バスで三国
         へ。海沿いの宿。温泉もよくかにも焼き、刺身、茹でとしっかり味わいよい命の洗濯ができた。

2月  16日(水) 夜 報恩講テキストの声明指導が別院で。報恩講の時期でもないし、宣伝もあまり
         していなかったので少ないだろうと思ったら、6〜7名。教える方は4人で行ったから
         密度は濃いものになった。まあこれはこれでよし。

2月  15日(火) また小学校で刃物をもった殺人鬼に襲われた。今度は先生が尊い命を奪われた。
         また大阪か、と思われるだろう。犯人は17歳のその学校の卒業生。これでは侵入を防ぐ
         というのも難しいだろう。ある年代において自意識過剰になるのは誰にもあること。
         それを想像するだけに止めるか、行為に走るかの境界線は・・・。答えは簡単には出そうにない。

2月 14日(月) 巷ではVデイといわれているが、こちらは関係なし。かつては檀家のかたから究極の
         義理チョコをいただいたこともあったが、最近はそれもない。まあ波風がたたないことを
         よしとしよう。

2月  13日(日) お朝事のあとの話は、昨今子供受難のニュースが多いけれども、アウシュビッツで
         は、収容されている妊婦のかたがおられたら、やはり収容されている産婆さんたちが
         必死の思いでお湯を沸かしたりして、そのあたらしい命を育てようとされた、その命は
         一週間、十日のものかもしれないけれども、尊いものであるとみんなで守ろうと努力された、
         という話をした。

2月  12日(土) 世間では連休のようで、町中は静かだ。本来は一番忙しい日なのだが、
         さすがにお休みが3軒もあり、助かる。

2月  11日(金) 夜紅白の再放送を少しだけ見た。生番組の時、アナウンスの間違いがあったが
         再放送で手直ししているかと思ったら、間違えたまま放送されていた。まあそこだけ手直し
         するのもわざとらしいが、いってみれば生放送のハプニングみたいなものだから、再放送
         になるとそこをかえって注目してしまう。人間のいやらしさ的好奇心が出てしまった。

2月  10日(木) 夜 組会。次期班長が決まって、会計もお役御免になった。助かったがちょっと意外
         な展開だった。世間で株にまつわる話題が出ているが、その結果を先取りしたような感じ。
         一昨年韓国のヴァイオリニストのファンになったあとで、世間で韓流といわれるブームが起こった。
         まあ勝手な思い込みだろうが、もし予見したということであれば話題の風雲児が破産する
         ことになる。

2月  9日(水) サッカーのW杯予選の北朝鮮戦、まあいい試合だったのでは。一方的にならず
         お互い攻め手を繰り出して接戦になった。まあ相手のキーパーがちょっとキャッチング
         に難があって助かったということか。これが独のカーンみたいな選手だと負けていたかも。
         しかしつい見てしまうという自身のミーハーさに我ながらあきれた。

2月  8日(火) 座配の講習会最後の模擬法要。3回も別種の法要を行ったので大変だった
         が、ご講師の先生の的確なご指導もあって、3年間の集大成とすることができた。
         何より今日は自分自身が一番学ばせていただいたかもしれない。どうしても座配の
         仕事、目に見えるところの実技的な講習に重点を置いてきたが、今日は実習を通して
         座配の心構え、後堂にいても法要に参加している、というところを教えられた。たとえば
         総礼のところは座配も後堂に座って合掌している、そういう表に見えないところが大切
         であることを指導していただいたのでとても有意義だった。

2月  7日(月) 6時から別院で教化委の研修会。座配に関する講義をいただく。そのあと
         先生を囲んでの打上げを別院近くのとんしゃぶ屋で。

2月  6日(日) 多田のお寺で法事があった。いろいろとお手伝いさせていただいたが、本堂
         の後堂は足元から冷えてくる。しかも鳥、きれいな羽をした鳥だったが本堂に
         入り込んで来たので窓を何ヶ所か開けたので余計に風が入り込んで寒かった。
         しかしともかく満中陰を終えて、これからが新しいスタートになるのだろう。

2月  5日(土) 夜 堺のほうのお寺で打ち合わせの会合があった。十数年ぶりで地理が
         あまりよくわからなかったので、地図で調べて早い目に出かけたが、案の定
         迷った。というより地図の通り行ったら、曲がろうとしたところが一方通行で行かれず
         ちょっと狭い道に入り込んで往生した。こんな時に往生という言葉を使うとしかられ
         そうだが、まあ弁慶の立ち往生から派生した言葉だろうから、あえて言語狩りに
         抵抗しよう。だいたい言葉は人が作り出したアイテムである以上、時代の変化にある程度
         追従するのは仕方ない事だ。だからこそ「不可称」と教えられている。教義の根幹に関わる
         大切な言葉だから誤った使い方は許せない、とするのは閉鎖的な社会でしか通用しない。
         〜NOT ONLY〜 BUT ALSO的な説き方で展開していく方が、広がっていける。と持論を展開
         したが、反論も多々あることだろう。とにもかくにも目的地には苦難の末なんとか辿り着けた。

2月  4日(金) 立春だが、早春賦の歌の通り。それでも陽射しは春めいてきたか。
         あるお家で携帯で恐喝まがいの話を聞いた。友人から新しい電話番号になった
         から電話しておく、と言われていたので、知らない番号からの着信に返答したら
         そういうややこしい番号だったそうだ。一度番号を向こうに表示されてしまうと
         何回も身に覚えのない請求されるそうだ。今電話でややこしいセールスも多いし
         文明の利器は犯罪の温床でもある。

2月  3日(木) 少し時間があったので古い過去帳の整理をした。昭和5年前後のもの
         だが、半分くらいが子供と記されたいる。命が育っていくということが大変な
         時代がつい数十年前まであったということだ。去年もこの作業をしている時
         そう思ったが、今の時間を生きているとそういうことは忘れてしまう。

2月  2日(水) 昨日に続いて強烈な冷え込み。珍しく表の水に厚い氷が張っていた。
         まだ雪が降らないだけよかった。

2月  1日(火) 今日は本格的な寒波がやってきたようだ。うっすら雪化粧してあちこち
         の道路も通行止めになっていたよう。幸い市内ばかりだったので助かった
         が、やはりこういう時節がないと日本の四季らしくない。というのは単なる強がり。

平成17年2月分