5 月31日(木) 昨日総会のあと宴会があり、そのあとご一緒したお檀家の方に新地のスナックに
  連れて行ってもらった。そこでもだいぶ飲んだようで、今日は朝から全く食欲がなく、せっかくの
  休日だったが、1日ごろごろして過ごした。まあ休日ということで気も緩んだのだろう。気の持ち方
  は体に与える影響は大きい。

5 月30日(水) 夜 駐車場協会の総会。今年から会費を取るようになったら出席者がかなり減って
  しまったようだ。いろいろ駐車場業界も厳しくなってきて、コインパーキングが1日最高料金を1000円
  くらいに抑えてきて、月極め利用者が減っているらしい。デフレの波はこんなところにも来ている。

5 月29日(火) ややこしい天気で晴れていたかと思うと急に激しい雨と雷。季節の変わり目で時候が
  一定しないということだろう。

5 月28日(月) 夜 コミュニテイセンターで会館と社協の会合。会計報告が細かくなってきたので、時間
  がかかった。まあ公益法人に対する世間の目が厳しくなってきているのだろう。

5 月27日(日) いつも路上に駐車してお参りしているお宅がご法事をお勤めだったので、パーキング
  に車を入れた。最初少し離れたところに停めたら、すぐ近くにパーキングがあったので、入れ直した。
  これからそこに停めたらいいと思うのだが、60分200円というのがちょっと。どうせなら30分100円
  にしてくれればいいのに。

5 月26日(土) 組内の寺院のご法事に参勤。ご門徒のかたもたくさんお参りに来られていて、本堂が
  一杯。前坊守さんのご法事だったが、それだけご門徒のかたに慕われておられたということだろう。

5 月25日(金) 夜 楽の練習。会場の難波別院の修復が終わって、内陣がきれいになっていた。大きい
  ので金箔を張っても漆を塗られても、その輝きが半端でない。まあ今がいちばんきれいなのだろうが。

5 月24日(木) 夜 八尾のお寺で声明の練習。初めてうかがうお寺だったが、町中にあるのに広い庭と
  立派な本堂。なにより驚いたのがそのお庭に落ち葉ひとつ落ちていないくらいに掃除が行き届いていた
  こと。ご住職にお聞きすると、シルバーボランティアの皆さんのお世話になっているとのいうことだった。

5 月23日(水) 久しぶりに交通違反で警察官のお世話になった。油断というか仕事が終わってほっとした
  時にやってしまう。別に急ぐ必要もないのに、と思っても後の祭り。まあ大きなことにならないように注意
  を促されていると思っておこう。

5 月22日(火) 今年は民生委の会合と仏事が重なることが多い。月に1度のことだがそういう流れに
  なっているのだろう。申し訳ないが仕方がない。

5 月21日(月) 通りすがりの方が訪ねてこられて、掲示板にいいことが書かれてあるので、また話を
  聴かせてほしいとのことだったので、青草人を渡してまた第3日曜の朝に話の会をしています、と
  伝えた。しかし文章で表現するほどには話でうまく伝えられないので、どう思われることやら。

5 月20日(日) 青草人の会。今日で天親菩薩の最後のところ。「遊煩悩林現神通 入生死園示応化」
  これまでは私たちが浄土に向かう道筋をたどってきたが、ここからは浄土からまた私たちの世界、娑婆
  に還って、そこで苦しんでいる人たちに浄土への道を勧めるというあり方に変わっていく、それを還相という。
  そして遊という字に注目して、還相のあり方は必死の形相で行うのではなく、さも遊んでいるように楽々と
  仏の教えを伝える。それができるのはこの私が救われるということが、一切衆生を救うという本願が成就した
  ということだから、間違いなくあなたも救われるということになりますよ、という本願の教えによるからです。
  何も特別なことはしなくていい、そのままの自分のあり様を見ていただくことで他の人に伝わるものがある
  ということです。

5 月19日(土) 天満別院で結婚式の附楽。交杯や乾杯のときにはかなり長く演奏したが、おめでたい席
  での演奏であれば、そんなにつらいとは思はない。昔四天王寺の舞楽の時は、みんな舞人の方を注目
  してるのに長く吹かされるのはしんどいなあ、と思ったものだ。

5 月18日(金) 先日の法事で三部経を読んだら、その時お参りに来られていたご親戚の方が、昔は
  三部経を読んでいただいたら米1俵という話をその家の方にされていたそうだ。昔の三部経はいまより
  はるかに長かったから、比べようもないが、三部経を読んだということがきちんと分かられる方がおられる
  ということはちょっとうれしいような、こわいような。

5 月17日(木) 今日は休みだったので積ん読状態だった本を読んだり、オペラのDVDを見たりして過ごした。

5 月16日(水) 1年ぶりに知り合いの方にお誘いいただいて甲子園に阪神戦を見に行った。去年と同じ
  日ハム戦。去年はダルヴィッシュに勝ったが、今年は打線がいまいち。しかも相手の先頭打者にホームラン
  を打たれて追う展開に。追加点も取られこちらは1点返すのが精いっぱい。今の阪神の打線でこの浜風だと
  ホームランが出る気がしない。昔の田淵や掛布、バースの時代がなつかしい。やはりホームランは野球の華だ。

5 月15日(火) 最近ご主人を亡くされた方で、他のお寺で葬儀を勤められた方がお墓のことで相談に来られた。
  この頃は葬儀があるとそのお家にお墓とかのダイレクトメールが送られるようで、すぐにお墓を作らないといけない
  ように思われてしまうようだ。こういうことは先のこともあるのでもっとゆっくりお考えいただいてからの方が、と
  申し上げた。

5 月14日(月) 自転車で遠方に行くのにも気持ちがいい季節だ。まだ汗ばむほどのこともなく、朝の風は清々しい。
  こういう感じも今月までだろう。

5 月13日(日) ご法事にうかがって帰路に着いたら携帯に電話がかかって、何かと思ったらお供養の品を
  お渡しするのを忘れておられたとのこと。またその家に戻ったら外で待っていて下さって、品物をお渡しいただいた。
  いろいろお気づかいいただいて申し訳ないことだった。もう少しゆっくりさせていただいたらよかったのだが、つい
  そさくさと帰ってしまったので、渡していただくタイミングがなかったのだろう。

5 月12日(土) 7回忌のご法事をお勤めしたが、ご法事のときはいつもイタリアにおられる娘さんがご主人と
  参られておられる。日本にいても7回忌くらいになるとなかなかお集まりになれないところも多いのに、と
  感心した。

5 月11日(金) 午後から頭の痛い税金の申告の相談。あとでどっと疲れが出た。

5 月10日(木) 夜 組会。一番距離的に遠い会所だったので、車で出かけた。いろいろな意見が出たが
  本山への経常費の納入額の割当については、それぞれの地域でそれぞれの言い分があるだろうから
  なかなかベストの案を出すことは難しい。

5 月 9日(水) 昨日今日と永代経の手伝い。法話のご講師がいつもの先生のご子息が来られていた。
  親子で講師が勤められるというのはうらやましい限りだ。

5 月 8日(火) 夕方別院で会合。大阪の教務所で10年近く勤められていた職員の方が転勤となって
  大垣の方に栄転されたようだ。いろいろお世話になったが、また新天地で活躍してもらいたい。

5 月 7日(月) 午後から梅田まで運動を兼ねて歩いていった。行きはなんとか疲れもなく、これなら
  楽なもんだと思っていたが、梅田で用を済ませて帰りは途中から足が重くなってきた。やはり運動不足
  では無理は禁物。

5 月 6日(日) 午前中少し雨模様。風も強かったが、関東の方では竜巻で大きな被害が出た様子。
  映像を見ると長い布状のものが天に舞い上がっていて、昔の人はこれを見て龍を想像したのかも
  しれない。それほど自然の猛威はおそろしい。

5 月 5日(土) 関西電力の本社の周りで、原発反対の抗議活動されていたようだ。ちょうど「朽ちて
  いった命」という原子力燃料の製作現場で被爆された方の闘病の様子を取材された本を読んだが、
  これを読んでいくと放射線のこわさというものがよくわかる。体の表面を傷つけるというより、体を
  成り立たせるはたらき、細胞を作り出す遺伝子そのものを破壊してしまう恐ろしさ。それを完全に
  制御できると言い切れる人はいるのだろうか。

5 月 4日(金) 御遠忌に参勤。庭儀も少し雨はぱらついたが、ほんのお湿り程度でかえって涼しくて
  よかった。寺の役員さん総出で御苦労いただいて、盛大にお勤めされた。おめでとうございました。

5 月 3日(木) 連休で新潟に行っている長男が帰ってきた。この冬は大変な大雪で雪かきにおわれた
  ようだ。大阪では想像もできない雪国の冬、聞いているだけでもそこに住んでおられる方々のご苦労が
  わかる。

5 月 2日(水) ようやくこのGWでは唯一の休日。いよいよ「リング」に挑戦しようと思って、「ライン
  の黄金」を聴いていった。最初のラインの妖精のあたりは少し華やかな感じだったが、あとは陰謀、恨み
  呪いと人間の悪業をこれでもかと紡ぎだすような内容。まあ導入部ということで、劇的なロマンみたいな
  ことはこれからということだろう。

5 月 1日(火) ひさしぶりにタクシーにひとりで乗ったが、よくお話になる運転手さんで退屈しなかった。
  昔丹波哲郎を乗せたことがある、とか政治の話とかいろいろ話題が豊富の方で、近頃では少なくなった
  タクシーの運転手らしい方だった。

平成24年 5月分