平成25年4月分

4 月30日(火) 今日も朝から雨。28日の好天は本当にラッキーだったという感じ。雨の後は寒くなってきた。
  車に乗っているとクーラーになったりヒーターになったりでややこしい。

4 月29日(月) ヨドバシカメラで29日限定でWindows8が入ったVAIOが5万円代で出ていたので、つい
  買ってしまった。午後3時過ぎにいって限定100台だから売り切れていたらやめておこうと思っていたが
  どうもあの限定というのはあやしい。それに引っかかる方も悪いが。

4 月28日(日) 御遠忌の参道列に出る。准堂衆として最後尾を進んだが、北御堂を出発するまでに先頭が
  でてから45分位経っていた。信号が3か所もあるということで仕方のないところもあるが、待ちくたびれた。
  しかし天気も良く沿道にも人が大勢出られていて、よかったと言えるのではないかと思う。

4 月27日(土) 御遠忌の結願逮夜に楽僧で出仕。始まるのが20分くらい遅れるは、途中でお勤めは止まる
  はといろいろあったが、楽僧としてはまあまあ上手く行ったか。主管ではなかったが、主管に当たっていた方
  がちょっとショックなことがあって精神的に落ち込んだところがあるので代わってほしいということでのピンチ
  ヒッターだったが平調ならなんとかなる。

4 月26日(金) 別院の晨朝に参勤したがどうも気合いが入らない。同朋奉賛はハレのお勤めでなくケのお勤め
  という意識があるからか。午後から風が強く雨も一時強まる。

4 月25日(木) 昨日とうって変って快晴。色々急な用事が入り、段取りをつけるのにそこらじゅうに電話しまくり。
  これも仕事上仕方のないこと。

4 月24日(水) 朝から雨。奈良の方のお寺へ助音として参勤。帰ってからも近所へお参り。結構強い雨
  だった。

4 月23日(火) 午後2時から昨日練習した管弦楽とお経のコラボレイション。実際に本番になると、練習
  の時よりお経が早くなったかもしれない。あとで参詣されていた方に聞いてみると、演奏が始まったら
  お勤めの声はほとんど聴こえてこないということらしい。まあ通奏低音のような役割か。

4 月22日(月) 別院での練習。今日は管弦楽と声明を合わせる練習。別に音程を合わせるわけではない。
  またこちらが合わせられるはずもない。その場にいたら参詣席ではどのように聞こえているかわからない。
  お経に音楽がかぶさるのはどうかとも思うが、これも新しい試みということなのだろう。

4 月21日(日) 青草人の会。今日は「必至無量光明土 諸有衆生皆普化」のところ。必至滅度という言葉は
  前にあったが、これは結果でその因となるはたらきが、光明無量と寿命無量としてあらわされてある。薬の
  説明書きにたとえれば、寿命無量はその有効期限は永遠ということであり、光明無量はその効能は真実を
  照らし出すということになる。正信偈の最初が帰命無量壽とあるのは、まずそのはたらきが今 この時にも
  働いているということが重要だからであり、次に不可思議光がくるのは、そのはたらきの具体性を確かめるのは
  それからで充分ということ。光明が無量ということは私たちが見ようとしないことまで明らかにしていただくという
  ことで命の真実が明らかにされる。光明は空間を意味するから「普く」であり、寿命は時間を意味するから「常に」
  となる、といった話に。

4 月20日(土) 朝 子育てサロンの準備。いつも同時に行われるふれあい喫茶の準備に、いつも来られていた
  ベテランの方々のお顔が見えなかった。世代交代ということなのだろうか。

4 月19日(金) 夜 楽の練習。今月は何回別院に足を運ぶことになるやら。

4 月18日(木) 夜 民生委の会合。いつも配布していただく資料は多いが、これはいささか無駄な部分もある
  ように思う。まあお役所仕事はこれだけの仕事をしましたという証拠があればいいのであって、それがどれくらい
  役に立っているかを検証されることは少ないということだろう。

4 月17日(水) お参りに行ったお宅の庭にチューリップが咲き誇っていた。チューリップは花が咲いた後、
  球根を太らせて、そのあと掘り出してそれからまた秋に植えるようにしないと花が咲かないらしい。この
  美しい情景を作り出すためにはそれなりのご苦労があるということだ。

4 月16日(火) 夜 御遠忌の練習。コーラスの方々と合同での練習だったが、同時に声を出すことはない。
  重誓偈を歌っておられたが、漢文を歌にするのは大変だろうし、それを歌うのはもっと大変そう。

4 月15日(月) 真宗学院の新学年の最初の講義。概論的なことと、正信偈の草四句目下を少し練習。
  皆さんがどれだけ声を出していただけるか聞いてみた。草四句目下はさすがに声はよく出していただいた
  が中には癖のある方もおられる。年齢層も幅広く、人数も増えたのできめ細かくお伝えできるか少し心配。

4 月14日(日) 掘りたてのタケノコをいただいたので、どこで掘ってこられたか聞いたら大阪大学の構内
  とのこと。阪大にお勤めになっているので、構内いたるところで竹林が残っているのでタケノコがたくさん
  出てくるらしい。元々は千里から北摂あたりは竹林地帯、そこが開発されていったということだから、タケノコ
  が出てもおかしくはない。早速家で坊守が料理してくれたが、やわらかくておいしかった。

4 月13日(土) 葬祭会場でご法事。控室があるのはありがたい。なるべく早くというご要望があったので
  観経を勤めた。法話もどきは短いけれどもこれだけは省けない。

4 月12日(金) 夜は楽の練習。堺支院でも御遠忌があるのでその練習。

4 月11日(木) 夜 フェステバルホールのこけら落とし公演の「オテロ」を観劇。家から近いホールと
  いうことで歩いていった。大階段を上がってからさらにエスカレーターで上層へ、まさに夢の世界への
  入口という感じ。席は10列目と思ったら前から5番目。オーケストラボックスで前の5列の座席が
  除かれていたのでそういうことに。イタリアフェリーチェ劇場の公演だけに本物のイタオペを堪能。
  最後はこれまたイタオペらしく涙腺が刺激された。歌手の迫力がすごい。ただ席が前過ぎて、オケの
  音が大きく合唱のときは演奏で聞こえにくく感じた。それでも生の感動を味わえてよかった。

4 月10日(水) 夜 組会。5月の研修旅行の件。早くも金沢の食事の話で盛り上がる。

4 月 9日(火) 枚方までお参りに行って、お留守だった。前もって電話ででも確認しておくべきだった。

4 月 8日(月) 夜 御遠忌法要の習礼。晨朝の練習だが、同朋奉賛のお勤めでちょっと勘がくるう。
  このお勤めを大人数でする必要があるのか。まあ我々は決められたことをすればいいのだから
  それでいいが、これはご門徒と共に勤めなければ意味が無い。できたらもっと参詣の多い座で
  お経のあとの添え勤めとしてする方がいいのではと思う。

4 月 7日(日) 全国的に風が強かったようだが大阪はそれほどでもなかった。法事が2件あったが、
  ちょっとのどの調子がよくなかって、珍しく勤めた観経で喉が詰まりそうになった。慣れない御経は
  読むのに精いっぱいでペース配分ができないので難しい。

4 月 6日(土) 午後からかなりの雨。あるお檀家さんがもうどなたも後を継いでいかれる方がおられなく
  なったのでお内仏のご本尊のご移徙法要を勤めた。去年から今年にかけてこれで3軒目。古くからご縁
  のあるお家が減っていく。

4 月 5日(金) 臨時の用事がかなり入ってしまって区の仏教会の花まつりには全くお手伝いできなかった。
  申し訳が無い。夜は御遠忌の法要の練習があったが時間を間違えて遅参、誠にもって申し訳が無かった。

4 月 4日(木) 午後から声明の指導。坊守会さんのご依頼の3回目だったが、最初に比べて声が断然よく
  出るようになった。まあこちらが女性の声のトーンに慣れてきたということもあったと思うが、こういうことは
  自信を持つことが大事だから、何回も声を出してお勤めしていただいたらよいことだと思う。

4 月 3日(水) 花粉が今年はだいぶ多く飛んでいるような気がする。マスクをして薬を飲み点鼻薬、目薬
  と万全の対策を取っているつもりだが、やはり症状は出てくる。

4 月 2日(火) 前日慣れないところで夜を明かしたので、体の節々が痛い。蒲団の上で休めるありがたさ
  を実感。

4 月 1日(月) 真宗学院の卒業式と新年度生の入学式。3年間はあっという間だった気がするが、学んで
  おられた方々はたいへんだったろう。こちらは年間で4〜5回の授業だが学んでおられる方はその10倍以上
  の時間足を運んで来られたことになる。初めてということで充分なお伝えができなかったのは大きな反省
  でもあるがこれをご縁としてまたなあにかお手伝いできることがあればいいと思っている。