《第八交響曲》アダージョの5つの形

 最近、ヴィーンのオーストリア国立図書館からアダージョの自筆最終稿(Mus.Hs.40.999)のコピーを入手し、その内容を吟味した結果、本稿は大幅改稿を要することが判明しました。ひとまず既掲載部分を修正しましたが、今後順次加筆していく予定ですので、ご了承ください。なお、自筆稿の詳細については、『ブルックナーの楽譜の話題あれこれ(2)』をもご参照ください。(2004・12・2)
 その後同図書館からMus.Hs.6045を入手したので更に追加訂正を行ないました。資料の内容に付いては上記を参照ください。(2006・2.28) 
 大幅に加筆修正を行ないました。(2017・3・15)

《第八交響曲》の創作の過程の多様さ、複雑さは、ブルックナーの交響曲のなかでも際だっており、なかでもアダージョは謎に包まれた複雑で興味深い成立史を有している。

《第八交響曲》は第1稿(1887年稿)と第2稿(1890年稿)という2つの形で全集版の一部として出版され一般に知られているが、第2稿への改作の方法は各楽章によってそれぞれ微妙に異なっている。まず、スケルツォは第2稿作成にあたって、第1稿とは別に全く新しく作曲しなおされた。すなわち完全な自筆譜が2つ存在する。これに対して、フィナーレは第1稿がそのまま第2稿に流用された(とはいえ全体の4分の1程度は新しい五線紙と差し替えられているのだが)。ということは、もともとの第1稿そのものに改訂が施されて第2稿の形態に変えらた1つの自筆譜しか存在しないのである。ところが、第1楽章とアダージョは、写譜師によって筆写されたスコアにブルックナーが修正を加えている。すなわち、両楽章には完全な自筆の第1稿と筆写と自筆の混在した第2稿が存在しているというわけである。

第1稿 第2稿
第1楽章 自筆譜2管 筆写譜2管+自筆差替3管
スケルツォ 自筆譜2管 自筆譜3管
アダージョ 自筆譜2管 筆写譜2管+自筆差替3管
フィナーレ 自筆譜3管 ⇒+自筆差替3管


何故このような複雑なことになったかというと、フィナーレに比べて他の楽章を自由に大きく変更したい、というブルックナーの意思が働いていたのかも知れないが、最大の原因はオーケストラの規模のアンバランスにある。もともと第1稿は、第1楽章、スケルツォおよびアダージョは2管編成を採り、フィナーレのみ3管編成に増強するという不経済でアンバランスな形で作曲されていた。というのは、これまでの9曲の交響曲をずっと2管編成で書いて来たブルックナーは、10番目の交響曲である《第八交響曲》の作曲の途上で、すなわちフィナーレを作曲するときに、突然3管編成を採用したのである。第1稿完成直後の興奮の後、ブルックナーが改めて全曲を通覧したとき、このアンバランスな状態に気づき不満を抱いたことが、改作を決意する最大の要因となったことは容易に想像がつくだろう。したがって、前半の3つの楽章の大幅改訂のみがブルックナーの頭にあって、すでに3管で作られていたフィナーレについては、当初はそんなに変えるつもりはなかったのかも知れない。それで、自筆稿そのものに着手したのだろう。まあしかし、やりだすととことん追求するブルックナーであるから、改訂後の姿はフィナーレも他の楽章同様相当変わってしまい、結果的には他の楽章と同じような改訂状態になってしまったというのが真相ではないかと思われる。

改作の原因のもう一つの柱としては次のようなことが考えられる。ブルックナーは《第八交響曲》を作曲するにあたって、第1楽章冒頭の『主要動機』【註1】によって、全曲を徹底的に統一、制御しようと目論んでいたことが窺える。そして、それを実現するための様々なアイデアを作品に投入していったが、そういったアイデアは一時に思い浮かぶのではなく、時を置いて散発的に閃くものである。したがって、いったん完成した後にも良いアイデアが浮かぶと、どうしてもさらに手を加えざるを得なくなる。こういったことは第1稿作曲の途上でもたびたび起こった。たとえば、フィナーレの第1主題の中のひときわ目立つあのトランペットのファンファーレは原初のパーティセル・スケッチには存在しない。ファンファーレは第1稿オーケストレイションの際に思いついたアイデアなのである【註2】。同様に、第1稿完成後に全体を通覧したときも、いくつかのアイデアがブルックナーの脳裏をよぎったことだろう。彼は、第1楽章の再現部近辺を書き換えること【註3】、『主要動機』のハ長調での解決に充てられたコーダ後半を削除すること、そしてアダージョのクライマックスを他の調へ移すこと、これらによって、ハ短調=ハ長調の主調としての解決を遅らせ、フィナーレの最後の一点(ミ・レ・ド)での解決感をより大きなものにしようと考えたのだ。また、アダージョのクライマックスの調性変更について言えば、『主要動機』の2小節目、2つの付点付き4分音符(変ニと変ホ)の強調を、このクライマックスの移調によって実現出来ることを第1稿完成後にブルックナーが気づいたからではないだろうか。実は、うまいことにこのアダージョは変ニ長調で書かれている。と言うか、元々の変二長調選択自体が主要動機を意識したものである事は言うまでもない。そこへ、最大の調的発揚の瞬間であるところのシンバルの鳴るクライマックスを、全曲の到達点であるハ長調から変ホ長調へ変更することによって、アダージョにおいて『主要動機』の2つの音(変ニと変ホ)が最大限強調されるというわけである。逆に言えば、ほんの短い『主要動機』の2小節目の動きが巨大なアダージョを構築する上での萌芽の役割を果たしているのである。同様のことを、先に述べたようにブルックナーは、すでに第1稿のフィナーレの第1主題を確定する時に行なっている。この一見散漫で超巨大な第1主題群は明らかに第1楽章の『主要動機』の調的に拡大された姿である。この長大な第1主題群は、まさに『主要動機』の中の長い音符だけを抽出した動きと一致するのである。この動きは、おおむねティンパニのパートからあとづけることが出来、先に触れたトランペットのファンファーレの追加は、これらの主要音を強調するためにあとから挿入されたものである。従来から、ブルックナー自身の改訂・改作の要因は外的なものばかりが述べられてきたが、それらは全く的外れであると言えるだろう。《第八交響曲》の場合も、レヴィの演奏拒否は全く改作の本質的要因ではない。ただ単に、ブルックナーの背中をプッシュしただけの効果しかなかったのである。

【註1】『主要動機』の長い音だけを繋ぐと(変ト=嬰ヘー変ニー変ホーハ)という音進行となる。
【註2】ファンファーレは結局のところ、フィナーレの主題に元々あった変ニ長調の和音と変ホ長調の和音を強調するために書き加えられたものである。
ゴールト氏がヴィーンの楽友協会の資料中(A178)から発見したものの中には、このファンファーレだけを吟味した自筆譜断片も含まれている。これは、ファンファーレのアイデアをブルックナーが思いついたときに書き留められたものと見られる。
【註3】第1稿では、再現部は低弦の[ト→変イ]から始まる。これは、冒頭の調性不明な動きと違って、ハ短調色の濃い動きである。さらに、はるか遠くフィナーレのコーダ前のトランペットの強奏のときと同じ音である。全曲の終末に起こることを、ここでやってしまえばネタバレになって面白くない。したがって、第2稿では2度下げて、冒頭と同様[ヘ→変ト]から始め、変化を狙ってオーボエに吹かせたのである。

さて、アダージョの改訂の方法を更に詳しく言えば、先に述べたように、ブルックナーは、現在私たちがCDで普通に聴くことの出来る、いわゆる第2稿を全く新しく一気に改作したわけでも、第1稿自筆譜そのものに訂正を加えたわけでもない。筆写させたスコアにブルックナーはしつこいほどに何度も何度も手を加えているのである。このため第1稿の自筆譜は第1楽章やスケルツォと同様そのまま残され、改作されたスコア自体も、その大部分は筆写であって自筆ではない。すなわち部分変更したり、五線紙の差し替えを行なった部分だけが自筆なのである。ブルックナーはアダージョの大部分が2管のままでよいと考えたからだろう。おおむね差し替え部分だけが3管化されている。かなりの長期間にわたって徐々に積み重ねられた改訂の痕跡は、筆写・自筆混在譜(Mus.Hs.40.999)から如実に窺える。たぶん、それは筆写を受け取った後の1888年年初から出版のための版下作成までの1891年末頃まで断続的に作業が進められたものと推定される。五線紙の差し替えといった大規模な作業といえども、一時に行なわれたものではなく、少なくとも3つの時期に分散して行なわれたことがMus.Hs.40.999から窺われるし、おびただしく存在する加筆、削除、糊付け、削り取りなどの筆写譜になされた修正は、断続的な長期にわたる作業であるので、それらがいつ行なわれたかを同定することは困難な作業である。

ところで、このアダージョには、これまでこの作品の創作過程について述べられたものの中では全く言及されていない、第1稿と最終稿態の間に位置する中間の形態が、1つの筆写譜として存在していることが最近発見された。この筆写譜は、長期にわたるアダージョ改訂の流れの「ある瞬間」を書き写したものである。ちょうど成長していく子供の姿を「ある瞬間」たとえば入学式とか誕生日に写真を撮り、その時の姿を固定化したようなものと言えよう。さらに、この中間形態は純粋な中間物ではない。すなわち全ての部分が第1稿か第2稿のどちらかに属するというわけではないのである。ある部分において、両稿とは全く別の音楽を聴くことが出来るのである。そこに、この中間形態の大きな存在価値があると言えるわけである。また、このような中間形態が完全な筆写譜として残っているのは、ブルックナーが改作作業の「ある時点」で一旦完成したと見なしたからと思われ、その時点で筆写させたというわけである。ある意味で、これが第2稿のアダージョそのものと言えるのかもしれない。言い換えれば、現在我々が普通に聴いている「第2稿」のアダージョこそが、《第四交響曲》のフィナーレの場合がそうであったように、第2稿完成後の異稿なのかも知れない。とにかく、ブルックナーはこの一旦完成された形に満足せず、一定期間をおいたあと、さらに作業を続け、最終形を完成させたのある。

2回の改作は、全体的に縮小傾向にあるが、それは《第三交響曲》アダージョの場合のような形式の変更に関わるほどのものではない。《第三交響曲》の場合は、もともと【ABABA】の五部形式であったものが【ABBA】さらに【ABA】と三部形式に縮小されて行ったが、この《第八交響曲》では、細部のカットや書き直しはあるものの、五部形式は最後まで堅持されている。

アダージョの長い創作過程や出版経緯から紡ぎ出された5つの形は、長さや楽想の異なる3つの形態に集約することが出来、《第三交響曲》のアダージョのケースに倣って、本稿ではそれらを「アダージョ1」、「アダージョ2」および「アダージョ3」と名付けることにしよう。そしてさらに、「アダージョ3」については、3つの出版された形が存在し、それら相互間にはおびただしい細部の相違が存在しているので、必要な場合それらを「アダージョ3A」、「アダージョ3B」および「アダージョ3C」と細分する必要が生じてくる。具体的には、「アダージョ3A」は出所のはっきりしない、かつまた、いくつかの場面で第1稿を復元しているハース版を、「アダージョ3B」は全集版VIII/2(ノーヴァク版)が本来あるべき姿すなわち筆写・自筆混在譜Mus.Hs.40.999を、「アダージョ3C」は1892年の初版を指す。

ブルックナーは、《第八交響曲》をピアノスケッチから始め(フィナーレの最初の部分は現存する)、アダージョの書きかけのスコアを作曲途中で没にしたうえで、全曲の最初の完成した原稿を作り上げるまでに、3年以上の長期の期間(1884〜87年)を要した。さらに、その後も1892年の初版出版まで断続的に手を加え続けている。したがって、このアダージョにブルックナーが携わった期間も9年間にも及ぶ。その概要をひとまず、概念図として示してみよう。

【表1】ブルックナー《第八交響曲》アダージョの資料
---Bruckner Sinfonie ACHTE : Sourses for Adagio---

version
形態
particell
三段譜
.Material 1
資料1
Material 2
資料2
Material 3
資料3
other materials
その他の資料
Editions
出版譜
notes
piano sketch
ピアノスケッチ
unknown
所在不明
. . . . . .
Ur-Adagio
原アダージョ
. Mus.Hs.6045
(unfinished)
(未完成)
. . . . without Harp
ハープなし
1st version
第1稿
Adagio1
アダージョ1
. . Mus.Hs.19.480/3
autograph
自筆譜
Mus.Hs.40.999
original handwriting copy 
筆写譜
Mus.Hs.6001,
Mus.Hs.34.614a
handwriting copy
筆写譜
Nowak 1887
GAVIII/1(1972)
全集版8巻の1
.
Fragments
断片資料
. . . Adagio2への改訂で取り除かれたボーゲン
removed from Mus.Hs.40.999
ヴィーン楽友協会所蔵
A178iii,iv&v
. . .
Adagio2
アダージョ2
. . Adagio2
Bruckner's revision to
Mus.Hs.40.999
ブルックナーの改訂
Mus.Hs.34.614b
筆写譜
Gault/Kawasaki
(2005)
(web site)
.
Fragments
断片資料
. . . アダージョ3への改訂で
取り除かれたボーゲン
(所在不明)
removed from Mus.Hs.40.999
(missing)
. . .
2nd version
第2稿
Adagio3A
アダージョ3A 
. . .
unknown copy
不明の筆写譜
Haas
Alte GA/VIII
(1939)
旧全集版8巻
10 bars restoration
(10小節復元)
ハースによる、第1稿
復元がかなりみられる
2nd version
第2稿
Adagio3B
アダージョ3B 
. . . Adagio3
Bruckner's revision to
Mus.Hs.40.999
ブルックナーの改訂
. Nowak 1890
GAVIII/2(1955)
全集版8巻の2
many missmatches
かなりの不一致が存在
2nd version
第2稿
Adagio3C
アダージョ3C
. . . . Stichvorlage
版下
ヴィーン楽友協会所蔵
A178a
(旧XIII 32394)
First Edition
1892
初版
J.Schalk
弟のフランツ・シャルク
やオーベルライトナー
の助言を得て、兄の
ヨーゼフ・シャルクが
作成

*Mus.Hs.○○○○は、ヴィーンのオーストリア国立図書館所蔵の手書き楽譜資料の検索番号である。

次に(原アダージョ)および、5つの形の概略を説明しよう。

(原アダージョ)
最初、ブルックナーは通例のように、3段ピアノ譜(これをParticell=パーティセルと言う。)でスケッチを始め、それと並行しながらオーケストレイションをも開始した。これが、現在オーストリア国立図書館に部分的に残されているMus.Hs.6045である【註】。ここには1885年や1886年2月13日の日付が記されているので、その時点前後まで作曲に使われた草稿である。これを原アダージョ(Ur−adagio)と名づけよう。この資料は、最初は演奏可能な状態まで書き込まれているが、だんだんオーケストレイションが薄くなり、さらには途中でいくつかの五線紙が失われている。残されている部分だけ見ても最後まで小節割がなされていてメロディーラインも書かれていたことは容易に推測できる。この時点では、アダージョは第2楽章となっており、《第七交響曲》と同様の楽章順だった。また、ハープも使われていない。ブルックナーがハープの使用を思いついたとき、ハープのための細かい音符が書けないため、この草稿の使用を断念したものと思われる。この資料では、コントラバスはピチカートで始まるよう明瞭に指示されている。

【註】詳細は別項http://www.cwo.zaq.ne.jp/kawasaki/MusicPot/gakufumondaiarekore.htm参照

「アダージョ1」
ヴィーンのオーストリア国立図書館所蔵の遺贈稿Mus.Hs.19.480vol.3(1887年完成)の形態。
20のボーゲン(バイフォリオ)【註】からなり、各ボーゲンの右上に順番に1から20まで番号が付けられている
全集版VIII/1(ノーヴァク校訂)は、これに基づいている。
アダージョの資料群の中で唯一、全体がブルックナー自筆のものであり、全てのアダージョ形態の基礎資料となっている。
全体の長さは3つの形態のなかで一番長く329小節を擁する。
また、第1稿での先行する2つの楽章と同様、楽章全体が2管編成で書かれている。

「原アダージョ」の完成を断念した後、新たに稿を起こし完成させたものが「アダージョ1」であり、ノーヴァク版VIII/1に含まれているアダージョである。この自筆譜はその後の改訂には使われず、完成されたそのままの形で現代に残されている。ブルックナーはその後ずっと、この「アダージョ1」の筆写譜であるMus.Hs.40.999を使って断続的に改訂作業を続けたためである(「アダージョ2」「アダージョ3」)。

【註】ボーゲン(バイフォリオ)とは、ちょうど新聞紙のように1枚の紙を半分に折った状態を意味し、綴じられた五線紙をバラバラにしたときの最小単位となるもの。都合、表裏足して4ページに当たる。フォリオとはその1片で、表裏2ページに当たる。なお、ボーゲンとは弓の意味であり折り曲げることにより紙が弓なりになった状態を表している。フォリオとは葉っぱの意味であり、バイフォリオとは双葉という意味である。

「アダージョ2」
オーストリア国立図書館所蔵の他人による筆写譜Mus.Hs.34.614bとして残されている形態(作成日時不明)、全集版未出版。
筆写の基となった資料はオーストリア国立図書館所蔵の筆写・自筆混在譜Mus.Hs.40.999であるが、これは「アダージョ3」の改訂にも使われたため、「アダージョ2」の時に挿入されたもののうちの一部である2つのボーゲンのみが自筆として現存する。しかし、この2つのボーゲンも「アダージョ3」のために著しく修正がなされ「アダージョ2」とは符合しない。
筆写譜Mus.Hs34.614bがなければ、「アダージョ2」の再現は到底不可能であった。また、この筆写譜により、Mus.Hs.40.999になされた細部修正が、「アダージョ2」以前のものか、以後のものかを分類することが可能となり、長期にわたる改訂の時系列を明確にするための標準化石としての役割を果たしている。この筆写譜は22のボーゲンからなり、44のフォリオが、表ページの右上に順番に1から44まで番号が付けられている。しかし、フォリオ44は番号だけあって楽譜は書かれていないので、楽譜部分は全体で43フォリオ、86ページあることになる。各ページは縦長24段の五線紙が使われている。このスコアの上には2枚の五線紙が(たぶんオーストリア国立図書館へ移管されたときに加えられたものと見られるが)表紙として添えられ、それぞれに手書きの文字が書かれている。この、Mus.Hs.34.614bにはおびただしいコピイストによる書き漏らしや書き間違いが存在し、それらはいちいちMus.Hs.40.999やMus.Hs.19.480/3に立ち返って検証したなければならないという問題を発生させている。

一枚目には
2 Abschriften des Adagio
der 8 Symphonie
v. Anton Bruckner
34614

アダージョの2つの筆写譜
第八交響曲
アントン・ブルックナー作曲
34614(資料番号)

二枚目には
Adagio zur 8. Sinf.
v. Anton Bruckner
Abschrift aus dem Besitz Franz Schalk.
frau Lili Schalk gehoerend
oder ihren Rechtsnachfolgern.
Spaetere fassung?

「第八交響曲」のためのアダージョ
アントン・ブルックナー作曲
フランツ・シャルク所蔵の筆写譜
リリー・シャルク夫人または彼女の権利継承者の所有していたもの
改作譜?

と記載されている。ちなみに、同じ資料番号に含まれるもう1つの筆写譜Mus.Hs34.614aは、修正のない「第1稿=遺贈稿」の完全な筆写譜である。

「アダージョ2」の全体の長さは「アダージョ1」の329小節から317小節に12小節縮小されている。縮小の主なものは2箇所あり、第2副次部のワーグナー・テューバのエピソードの後のチェロと木管のパッセージ(B3)6小節のカット(第1副次部71〜76小節の繰り返しで「第1稿」での175〜180小節に当たる部分)と、第3主部でハースが復活した10小節のうちの後半の4小節のカットである。
改作は、「アダージョ1」のコピイストによる筆写譜Mus.Hs.40.999をベースに行なわれ、新たに6つのブルックナー自筆のボーゲン(76小節)が加えられた。これは全体の約4分の1に相当する(表中緑色の背景色によって表示)。そして、不要のボーゲンは取り除かれた【註】。なお、2つのボーゲンはMus.Hs.40.999に残されているが、他は紛失しているので、残りの4つのボーゲンというのはMus.Hs34.614bからの推定である。

差し替えられた部分は3管編成で書かれているため、2管と3管の部分が混在することとなった。
クライマックスの調がハ長調から変ホ長調に変更されるとともに、このクライマックスに至る道程は全く作曲しなおされた。
なお、クライマックスのシンバル6発は、すでに、取り除かれた筆写譜の中の改訂で1発づつに減じられており、この「アダージョ2」でもそれは継承され2発しか鳴らない。

【註】この不要のボーゲン(3つのボーゲンと1つのフォリオ=14ページ)はゴールト氏によって一括して楽友協会の資料中(A178)から発見された。
詳細は別項http://www.cwo.zaq.ne.jp/kawasaki/MusicPot/gakufumondaiarekore.htm参照

「アダージョ3」
3つの形態の中では最も短く、291小節を有する。
これはアダージョの決定稿であるが、細部に甚だしい相違が認められる3つの印刷譜として出版された。「アダージョ3A,B,C,」である。
「アダージョ3」の改作はブルックナー自身によって、「アダージョ2」の改作譜をさらに改訂することによってなされた。ここでは、さらにブルックナー自作の5ボーゲン(48小節)が加えられた(表中青色の背景色によって表示)。その結果、20ボーゲンあった当初のコピイストによる筆写譜は、13ボーゲン+2フォリオが残され、2ボーゲン(アダージョ2)+5ボーゲン(アダージョ3)が差し替えられたことになる。すなわち、最初の「アダージョ1」に比較すると、90小節程度に大幅なメスが加えられたことになる。そして、トータルで40小節近く短くなっている。
差し替えられた部分は3管編成で書かれているため、「アダージョ2」と同様、2管の部分と3管の部分が混在している。
クライマックスと、それに至る道程は「アダージョ2」から、さらにもう一度全く新しく書き替えられた。
「アダージョ3A」
旧全集として1939年にハースが出版した形態。典拠資料は不明。
「アダージョ3」の3つの形態「A」・「B」・「C」の内で、もっとも古い形を伝えているように見えるため「アダージョ3A」とした。
ハース独自の判断によると考えられるアダージョ1(第1稿)からの10小節の追加(表参照)があるので「アダージョ3B」や「アダージョ3C」より10小節長く、301小節を有する。
このハース版の形は、10小節の復活は別としても、次に述べる「アダージョ3B」Mus.Hs.40.999と細部において著しく異なり(もちろん初版とは更に違う)、ハースが勝手に引用や捏造をしてこしらえたものとは到底思えない。なぜなら、その違いは、編集者が意図的に変更したものではなく、単なる筆写資料の違いが反映しているだけのように見えるからである。しかし、彼が基にした資料は現在オーストリア国立図書館にはなく、真相は謎に包まれたままである。
当時ハースは、シャルク家とは原典版論争で敵対していたので、フランツ・シャルクが既に死亡(1931年死去)していたとはいえ、同家が所有していたMus.Hs.40.999やMus.Hs.34.614bを参照することは不可能だったことは容易に推測できる。彼が使えた資料は第1稿のままの遺贈稿Mus.Hs19.480/3と初版が考えられるが、この2つの資料だけでハース版が出来上がったとは到底考えられない。下表の黄色の部分は遺贈稿(第1稿)を参考としたとして納得出来無くもないが、緑色の部分や青色部分については、初版だけではMus.Hs.40.999に戻すことは不可能であるし、第1稿そのままの遺贈稿を使うことも出来ない。したがって、ここで「アダージョ3A」としているのは、ハースがMus.Hs.40.999を参照できなかったと仮定した場合、現時点では行方不明ではあるがのMus.Hs.40.999の現在の形とは一致しない、すなわち最終的な修正の入っていない筆写譜をを使用したと想定せざるを得ないのである。
すなわち、この「アダージョ3A」とは、遺贈稿(第1稿)と謎の筆写譜(第2稿)をハースが合成して作ったものと考えるのが妥当な線だと思われる。  
「アダージョ3B」
オーストリア国立図書館の準自筆資料で、資料番号:Mus.Hs.40.999として所蔵されている形態。これは筆写譜に自筆修正や自筆差し替えを加えたもので、以下の一覧表はこの資料に基づいて作成されたものである。表紙にはブルックナー自筆で1889年5月8日完成【註1】と記載されている。
1955年に出版され、1994年に細部が修正されたノーヴァク版VIII/2は、完全にこの筆写自筆混在資料に基づいていることをはっきりと序文で示している。ところが、今もなお相当の個所でMus.Hs.40.999と一致しないところが存在し、ことによると、別の資料(ハースが用いたと推定されるもの)を併用したのかもしれないという疑念を持たざるを得ない。
【註1】この日付は「アダージョ2」の時点でのものとも考えられ、その後も改訂は続けられたと推測される。
アダージョ3C」
1892年に、初演に先立って出版された(3月出版、12月初演)初版の形態。
初版のための筆写譜すなわち印刷用原稿(版下)の大部分はヴィーンの楽友協会が所有しているが、それはMus.Hs.40.999から筆写された筆写譜に修正を加えたものである。
初版への修正は、他の交響曲の版下の場合と同様、自筆稿から写された筆写譜にメモ的な加筆をすることによってなされている。ノーヴァクによれば、その作業はヨーゼフ・シャルクが弟のフランツ・シャルクやオーベルライトナーと相談して行なったということである。
それらの中にはブルックナーの意向も含まれていることは否定できない。例えば、フィナーレの最後、4つの主題が一緒になる所、Mus.Hs.40.999では、2本のホルンがアダージョの主題を担当しているのだが、版下では、4本のホルンが主題を吹くように紙を貼って訂正されている。これは、シャルクの手に渡る前に、ブルックナーの意思によって写譜師が修正譜を貼付したためとみられる。また、第1楽章の137〜139小節の第1稿からの引用とみられるトランペットの追加は、シャルクが書いたものとみられるが、ブルックナーの意を受けたものと推測してもよいだろう。
修正は多岐にわたっているが、そのほとんどが、強弱、テンポ変更など表情に関するものである。たとえば、アダージョのクライマックス、シンバルの鳴る所、自筆譜Mus.Hs.40.999では、オルガンのように全楽器が一様にfffを継続するのだが、初版では、金管とティンパニはピアノまでディミニュエンドし、再度クレッシェンドして2発目のシンバルに至るように指示されている。このような変更はいたるところでなされているが、オーケストレイションの変更はごく一部であり、小節の変更はフィナーレの2か所(93〜98小節の6小節カットと519〜520小節の繰り返しによる2小節の追加、都合4小節減)のみである【註】。

初版は諸版の中で唯一コントラバスのピチカートで始まる(この奏法はMus.Hs.6045以来封印されていた)ため、他の版とは即座に区別することが出来る。

「アダージョ3」の印刷された3つの形態を比較すると、不思議なことに、改訂の最終段階と見られる個所ではMus.Hs.40.999の中に初版の編集者が修正しそうな変更が紛れ込んでいるように見えるし(例えば14、32小節の金管の追加)、初版の印刷用原稿の中にもブルックナーの意向が反映していそうな個所が存在するように見える。要するに、この2つの資料は一連の流れの中に併存しているかのように見えるのである。こういったことが、現在でも資料的根拠のないハース版が支持されることの多い理由になっているのかも知れない。

【註】93〜98小節のカットについては、ノーヴァクVIII/2の序文に、ヨーゼフ・シャルクが関与したことが述べられている。

【表2】アダージョの3つの形態一覧
TABLE for 3 versions of Adagio

アダージョは、明確に6つの部分から構成されている。これを楽曲形式の見地からは、変形ソナタ形式説、変形ロンド形式説、ソナタ・ロンド・混在説などと諸説あるが、ここではベートーヴェンの《第9交響曲》アダージョの流れを汲む、変奏曲形式を発展させた「五部形式」(A・B・A・B・A)として分析する。
第1主部(AI):1-46小節
第1副次部(BI):47-94小節
第2主部(AII):95-150小節
第2副次部(BII):151-200小節
第3主部(AIII):201-296小節
コーダ(CODA):297-329小節

第1主部(AI)
m.m. Adagio 1 m.m. Adagio 2 m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
1-4 4 Intro.+(A1) 1-4 4 Intro+
.(A1)
1-4 4 Intro+
.(A1)
bogen1IC:page1
5-8 4 (A1,A2) 5-8 4 (A1,A2) 5-8 4 (A1,A2) bogen1IC:page2
9-12 4 (A2,A1) 9-12 4 (A2,A1) 9-12 4 (A2,A1) bogen1IC:page3
13-16 4 (A1,A3) 13-16 4 (A1,A3) 13-16 4 (A1,A3) bogen1IC:page4
17-24 8 (A3,A4) 17-24 8 (A3,A4) 17-24 8 (A3,A4) bogen2IC:page1
25-26 2 Harp(A5) 25-26 2 Harp(A5) 25-26 2 Harp(A5) bogen2IC:page2
27-28 2 Harp(A5) 27-28 2 Harp(A5) 27-28 2 Harp(A5) bogen2IC:page3
29-32 4 (A1) 29-32 4 (A1) 29-32 4 (A1) bogen2IC:page4
33-36 4 (A3) 33-36 4 (A3) 33-36 4 (A3) bogen3IC:page1
37-42 6 (A3,A4) 37-42 8 (A3,A4) 37-42 8 (A3,A4) bogen3IC:page2
43-44 2 Harp(A5) 43-44 2 Harp(A5) 43-44 2 Harp(A5) bogen3IC:page3
45-46 2 Harp(A5) 45-46 2 Harp(A5) 45-46 2 Harp(A5) bogen3IC:page4
total 46 . 46 . 46 .



第1副次部(BI)

m.m. Adagio 1 m.m. Adagio 2 m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
47-50 4 (B1) 47-50 4 (B1) 47-50 4 (B1) bogen4IC:page1
51-54 4 (B1) 51-54 4 (B1) 51-54 4 (B1) bogen4IC:page2
55-58 4 (B1) 55-58 4 (B1) 55-58 4 (B1) bogen4IC:page3
59-62 4 (B1) 59-62 4 (B1) 59-62 4 (B1) bogen4IC:page4
63-66 4 (B1) 63-66 4 (B1) 63-66 4 (B1) bogen5IC:page1
67-70 4 (B2)4Tuben 67-70 4 (B2)4Tuben 67-70 4 (B2)4Tuben bogen5IC:page2
71-74 4 (B3) 71-74 4 (B3) 71-74 4 (B3) bogen5IC:page3
75-78 2 (B3)
2 (B4)EndingTheme
75-78 2 (B3)
2 (B4)Ending Theme
75-78 2 (B3)
2 (B4)Ending Theme
bogen5IC:page4
79-84 2 (B4)EndingTheme
4 (3/4)
79-84 2 (B4)Ending Theme
4 (3/4)
79-84 2 (B4)Ending Theme
4 (3/4)
bogen6IC:page1
85-90 6 (3/4) 85-90 6 (3/4) 85-90 6 (3/4) bogen6IC:page2
91-94 4 (3/4) 91-94 4 (3/4) 91-94 4 (3/4) bogen6IC:page3
tota] 48 . 48 . 48 .



第2主部(AII)

m.m. Adagio 1 A178 m.m. Adagio 2 missing bogen m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
95-96 2 (A1) . 95-96 2 (A1) . 95-96 2 (A1) bogen6IC:page3
97-100 4 (A1,A2) 97-100 4 (A1,A2) 97-100 4 (A1,A2) bogen6IC:page4
101-104 4 (A2,A1) 101-104 4 (A2,A1) 101-104 4 (A2,A1) bogen7IC:page1
105-108 4 (A1,A2) 105-108 4 (A1,A2) 105-108 4 (A1,A2) bogen7IC:page2
109-112 4 (A1A2) 109-112 4 (A1A2) 109-112 4 (A1A2) bogen7IC:page3
113-116 4 (A1A2) 113-116 4 (A1A2) 113-116 4 (A1A2) bogen7IC:page4
117-122 6 (A2) bogen8IC:page1 117-122 6 (A2) . 117-122 6 (A2) bogen8II:page1
123-128 6 (A2) bogen8IC:page2 123-128 6 (A2) 123-128 6 (A2) bogen8II:page2
129-134
<129-132>
6 (A2)accel.
<4>A178
bogen8IC:page3 129-134 6 (A2)accel. 129-134 6 (A2)accel. bogen8II:page3
135-140
<133-136>
6 (A2)accel.+rit.
<4>A178
bogen8IC:page4 135-136 2 (A2)rit. . crossed out bogen8II:page4
141-146
<137-142>
6 (A2)rit.
(A3) 4Ttuben
137-142 2 (A2)rit.
4 (A3) 4Tuben
bogen9IC:page1 135-140 6 (A2)rit. bogen9III:page1
147-148
<143-144>
2 Harp,W.W. 143-144 2 Harp,W.W. bogen9IC:page2 . . .
149-150
<145-146>
2 Harp,W.W. 145-146 2 Harp,W.W. bogen9IC:page3 . .
total 56 <52> . 52 . . 46 .



第2副次部(BII)

m.m. Adagio 1 A178 m.m. Adagio 2 missing bogen m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
151-154 4 (B1) . 147-150 4 (B1) bogen9IC:page4 141-143 3 (B1) bogen9III:page2
144 1 (B1) bogen9III:page3
. vacant bogen9III:page4
155-160 6 (B1) . 151-156 6 (B1) 145-150 6 (B1) bogen10IC:page1
161-166 6 (B1) 157-162 6 (B1) 151-156 6 (B1) bogen10IC:page2
167-172 6 (B1,B2)4Tuben 163-188 6 (B1,B2)4Tuben 157-162 6 (B1,B2)4Tuben bogen10IC:page3
173-174 2 (B2)4Tuben 169-170 2(B2)4Tuben 163-164 2 (B2)4Tuben bogen10IC:page4
175-178 4 (B3) .  crossed out . crossed out
179-180 2 (B3) bogen11IC:page1 . . . . . .
181-184 4 (B1)ET 171-174 4 (B1)ET . 165-168 4 (B1)ET bogen11II:page1
185-190 6 (B1) bogen11IC:page2 175-176 2 (B1)pizz. 169-170 2 (B1)pizz
. . . 177-182 6 (B1)pizz. 171-176 6 (B1)pizz. bogen11II:page2
. . . 183-188 6 (B1)pizz. 177-182 6 (B1)pizz. bogen11II:page3
189-190 2 (B1)pizz. 183-184 2 (B1)pizz bogen11II:page4
191-200 10 (B1) . . crossed out . . crossed out bogen11IC:page3
(bogen11C:page5)
tota] 50 . . 44 . . 44 .



第3主部(AIII)

m.m. Adagio 1 A178 m.m. Adagio 2 missing bogen m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
201-202 2 (A1) , 191-192 2 (A1) , 185-186 2 (A1) bogen11IC:page4
(bogen11C:page6)
203-204 2 (A1) 193-194 2 (A1) 187-188 2 (A1) bogen12IC:page1
205-206 2 (A2) 195-196 2 (A2) 189-190 2 (A2) bogen12IC:page2
207-208 2 (A2) 197-198 2 (A2) 191-192 2 (A2) bogen12IC:page3
209-210 2 (A1) 199-200 2 (A1) 193-194 2 (A1) bogen12IC:page4
211-212 2 (A1) 201-202 2 (A1) 195-196 2 (A1) bogen13IC:page1
213-214 2 (A2) 203-204 2 (A2) 197-198 2 (A2) bogen13IC:page2
215-216 2 (A2)ST 205-206 2 (A2)ST 199-200 2 (A2)ST bogen13IC:page3
217-218 2 (A2) 207-208 2 (A2) 201-204 2 (A2) bogen13IC:page4
219-221 3 (A2)SM,(A1) 209-211 3 (A2)SM,(A1) 205-207 3 (A2)SM(,A1) bogen14IC:page1
222-224 3 (A1) 212-214 3 (A1) 208-210 3 (A1) bogen14IC:page2
224-227 3 (A2) . 215-217 3 (A2) . Haas(3) crossed out bogen14IC:page3
228-230 3 (A2) 218-220 3 (A2) Haas(3) crossed out bogen14IC:page4
231-233 3 (A2) . . crossed out . Haas(3) crossed out bogen15IC:page1
234 1 (A2) . crossed out Haas(1) crossed out bogen15IC:page2
235-236 2 (A3) 221-222 2 (A3) 211-212 2 (A3)
237-239 3 (A3) 223-225 3 (A3) 213-214 3 (A3) bogen15IC:page3
240-242 3 (A3) 226-228 3 (A3) 215-216 3 (A3) bogen15IC:page4
243-245 3 (A3) bogen16IC:page1 229-231 3 (A3) bogen16II:page1 217-218 2 (A3) bogen16III:page1
246-248 3 (A3) bogen16IC:page2 232-234 3 (A3) bogen16II:page2 219-220 2 (A3) bogen16III:page2
249-251 3 (A3) bogen16IC:page3 235-236 2 (A3)Tp. bogen16II:page3 221-222 2 (A3) bogen16III:page3
252-254 3 (A3) bogen16IC:page4 237-238 2 (A3)Tp. bogen16II:page4 223-224 2 Trill bogen16III:page4
255-258 4 (A3) bogen17IC:page1 239-240 2 (A3) bogen17II:page1 225-226 2 Trill bogen17III:page1
259-264 6 (A3) bogen17IC:page2 241-242 2 (A3) bogen17II:page2 227-228 2 (A1,A3) bogen17III:page2
. 243-244 2 (A3) bogen17II:page3 229-230 2 (A1,A3) bogen17III:page3
. 245-246 2 (A3) bogen17II:page4 231-232 2 (A1,A3) bogen17III:page4
. 247-248 2 (A3) bogen18II:page1 233-234 2 Trill bogen18III:page1
249-250 2 (A3) bogen18II:page2
251-253 3 Horn bogen18II:page3
. 254-255 2 fanfare bogen18II:page4 235-236 2 Trill bogen18III:page2
265-268 4 (A3) bogen17IC:page3 256-257 2 Fanfare,C'max bogen19II:page1 237-238 2 Fanfare bogen18III:page3
269 1 (A3)C'max 258-259 2 (A3)C'max bogen19II:page2 239-240 2 (A3)C'max bogen18III:page4
270-272 3 (A3)C'max bogen17IC:page4 260-261 2 (A3)C'max bogen19II:page3 241-242 2 (A3)C'max bogen19III:page1
empty bogen19II:page4
273-276 4 (A3)C'max . 1 crossed out bogen18I:page1
missing
243-246 4 (A3)C'max bogen19III:page2
262-264 3 (A3)C'max
277-281 5 Choral 265-269 5 Choral bogen18I:page2
missing
247-251 5 Choral bogen19III:page3
282-283 2 Harp 270-271 2 Harp bogen18I:page3
missing
242-254 3 Harp bogen19III:page4
284-288 5 Choral 272-276 5 Choral bogen18I:page4
missing
,
289-290 2 Harp 277-278 2 Harp bogen19I:page1
missing
291-292 2 Harp,horn 279-280 2 Harp,oboe bogen19I:page2
missing
293-296 4 (B1)ET 281-284 4 (B1)ET 255-258 4 (B1)ET bogen19IC:page3
(bogen20:page1)
total 96 . . 94 .bogen16II-19II
assumptions
. 74
84(Haas)
.


コーダ(CODA)

m.m. Adagio 1 m.m. Adagio 2 m.m. Adagio 3A,B,C Mus.Hs.40.999
297-298 2 (A1) 285-286 2 (A1) 259-260 2 (A1) bogen19IC:page3
(bogen20:page1)
299-304 6 (A1) 287-292 6 (A1) 261-266 6 (A1) bogen19IC:page4
(bogen20:page2)
305-310 6 (A1,A2) 293-298 6 (A1,A2) 267-272 6 (A1,A2) bogen20IC:page1
(bogen20:page3)
311-316 6 (A2,B1)ET 299-304 6 (A2,B1)ET 273-278 6 (A2,B1)ET bogen20IC:page2
(bogen20:page4)
317-324 8 (B1)ET, (A1) 305-312 8 (B1)ET, (A1) 279-286 8 (B1)ET, (A1) bogen20IC:page3
(bogen20:page5)
325-329 5 (A1) 313-317 5 (A1) 287-291 5 (A1) bogen20IC:page4
(bogen20:page6)
total 33 . 33 . 33 .
TOTAL 329 . 317 . 291
301(Haas)
.

【注記】(Note)
(A1)(A2)(A3)(A4)(A5)(B1)(B2)(B3): Motives 各動機
WT: Wagner-Tuba Theme  ワーグナーテューバ主題
ET: Ending Theme 終結主題
ST: Siegfried Thema ジークフリート主題
Introduction: Most important Rhyhm patarn(Ur-Rhythm) in this Symphony. この作品の最も重要なリズム形「原リズム」が姿を変えて提示される。
Trill: Rising passage with trills.トリルを含む上昇楽節
Horn: Rising passage by Horns. ホルンによる上昇楽節
Fanfare: Wagner-Tuba in Adagio 2, trumpet in Adagio 3.「アダージョ2」ではワーグナーテューバ、「アダージョ3」ではトランペットによるファンファーレ。


______
コピイストによる「アダージョ1」の筆写ボーゲン
Cppy bogens(bifolios) from "Adagio1" by copyist.
. 「アダージョ2」で差し替えられたボーゲン
Bogens(bifolios) replaced in Adagio 2.
. 「アダージョ3」で差し替えられたボーゲン
Bogens(bifolios) replaced in Adagio 3.
ハースによる「アダージョ1」からの10小節の引用
The 10 m.m. quotation from Adagio 1 by Haas.

*表中の背景色の色分けは、Mus.Hs.40.999とA178の稿態から導き出されたものであり、所在不明のボーゲンのうち、「アダージョ2」にブルックナーが新たに挿入したボーゲンはMus.Hs.34614bから導き出し、「アダージョ2」では残存していたボーゲン18とボーゲン19前半は第1稿自筆譜Mus.Hs.19.480/3から引用した。
(Color dividings in the Table are based on Mus.Hs.40.999, Mus.Hs.34.614b and A178. About removed missing bifolios, Bruckner's autograph bifolios for "Adagio 2" were filled from Mus. Hs. 34614 b, and [bifolio 18] and [bifolio 19]first half follow autograph Mus.Hs.19.480 / 3.)
*「アダージョ3」に残されたボーゲン19後半には、新たに[20]が書き加えられ、ボーゲン20を示す本来の[20]は削り取られた。すなわち、ボーゲン20は最終的に6ページ存在することになった。
*以前のボーゲンが継承された場合でも、部分的な貼り付けなどにより膨大な量の修正がなされている。
(Even if the bifolios are keeping same color, they have many alterations, pastings erasures etc.)



改作・修正の例

(1)最初の筆写譜が最後まで保たれた(黄色が継続)部分

上の表の通り、最初の2つの部分とコーダは3つの形態とも、基本的に同じ音楽である。また、真ん中の3つの部分においても、最後まで黄色であるところ、すなわち筆写譜が維持されている部分は、同じ音楽構造が最後まで保たれていると言ってよいだろう。これらの部分は、しかし、細部では非常にヴァラエティーに富んだ細々とした修正が施されている。そのほとんどは聴いても判別のつかないような相違だが、はっきりと違いを聴き分けることの出来る最初のポイントは、第1主部と第1副次部をつなぐホルンのパッセージであろう(45〜46小節)。「アダージョ1」では副次部主題[B1]の最初の複付点リズム形を先取りするような奇妙な第1ホルンの音形が突如現れるという、幾分流れを無視したような移行句だったのだが、「アダージョ2」では第1ホルンがハープの奏するアルペジォの中から浮き立つように現れ、ホルンだけが残った時に下行音形で副次部へスムーズに流れるように変えられ、「アダージョ3」では、副次主題の4小節目の転回形を連想させるような形を第2ホルンが吹くようにに変えられた。このように、このホルンの音形が未確認の演奏での使用稿を判断する最初のリトマス試験紙の役割を果たしている。なお、「アダージョ2」では、第1ホルンがこの移行句を吹くため、副次部の第2ホルンと奏者が変わるため、「アダージョ3」では第2ホルンが吹くように変えられ主部と副次部が、より滑らかに繋がるようになった。

膨大な量の相違点の中から、興味深い変遷を辿ったもう一つの個所を検討してみよう。コーダのホルンによる回想場面での[A1]、[A2]に続く3つ目の素材(私は『終結主題』と名付けた)が現れる部分である。

「アダージョ1」215〜320小節(6小節)
「アダージョ2」303〜308小節(6小節)
「アダージョ3」277〜282小節(6小節)[ハース版は287〜292小節(6小節)]

この『終結主題』というのは、チェロの副次主題(B1)から派生した感動的なメロディーでコーダの直前255〜258小節(「アダージョ3」)に現れる。高い方の音を辿ると(ーミミーシラソーララーファミミーシードーレードレド⇒ドシラソファミレド)と下行音階になるところがミソであり、楽章末のヴァイオリンの下行音階のフレーズ(ドーシラソーファミレードド)に帰結するというわけである。さらに遡れば、4分の3拍子になる直前、77〜80小節で、その変形が現れ『アルプスの威容』と評されることもある。この主題は対比リズム(タタター)【註】で終わるところにその最大の特徴がある。

【註】対比リズム:第1楽章の主要動機を構成する2つのリズム形「タター」と「タタター」を、私は「原リズム」と「対比リズム」と名付けた。2つのリズム形をセットとして考えると、「始まり」と「終わり」、「呼びかけ」と「こたえ」、「疑問」と「解決」といった風に意味付けることができよう。

*「アダージョ1」での『終結主題』
今回ヴァーグナー・テューバにバトンを渡す直前、『終結主題』が3回目に現れるときには、拡大・変奏されていて、まず最初の小節の4拍目が8分音符から16分音符の駆け上がりに変えられ、2小節目は[動機A1]をオーバーラップしているので、気付きにくくなっているが、明らかにこれは『終結主題』の再現である。そして、後半は余韻を懐かしむように繰り返して演奏される。

*「アダージョ2」での変更
@3小節目=279小節(「アダージョ3」)と4小節目=280小節の第3ホルンに16分音符が付加され、原リズム(タター)としての意味づけがなされるようになった。この変更はこれ以降ずっと継承される。
A4小節目から5小節目へのタイがはずされ、5小節目(281小節)1拍目のホルンは全員休止することになった。すなわち、5小節目は6小節目と同じ形ということである。これによって、5小節目と6小節目の間と同様、4小節目と5小節目のメロディーラインも途切れることになった。

*「アダージョ3B」での変更(Mus.Hs.40.999の状態)
A’「アダージョ2」でのホルンの全員休止Aが、さらに1拍前に及び、4小節目(280小節)の4拍目も休止することになった。このため、メロディー自体が1音歯抜けになってしまった(257〜258小節と対応しない)。ただ、逆に「ホルンのメロディーが薄れゆくさま」を上手く表現することを可能にしたともいえよう。
Bホルンのメロディー上声は2本で吹かれていたが、278小節4拍めから2番ホルンは休み、1、3、4番で吹くことによって3声が均一のバランスになるようにした。
C第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4回の合いの手に手が加えられ、第2ヴァイオリンとヴィオラはカット、チェロだけが8分音符のarco(弓で弾く)から4分音符のpizz.(指ではじく)に変えられ、強さもppからpに強められた。

*「アダージョ3B」におけるノーヴァクVIII/2のミス
A’のホルンの音形自体はMus.Hs.40.999に従っているが、ハース版を原版にしていたため、BとCの修正を忘れて「アダージョ1」のままとなっている。

*「アダージョ3C」(初版)での変更
(a)第1ヴァイオリンに付けられたボウイング指示(アップ、ダウン)は削除された。
(b)表情の追加は結構あり、最初の小節(277小節)、3拍目まで演奏する全ての楽器に、漸減させるための松葉記号が加えられた。そして4拍目のホルンの16分音符にはアクセント指示はそのままでpから漸増するよう松葉記号が加えられた。すなわち、この小節のホルンは一旦しぼんだあと急激に盛り上がるように指示されている。
(c)3小節目(279小節)の4拍目のホルンと第1ヴァイオリンにdim.が加えられた。
(d)5小節目(281小節)のホルンにpが加えられた。
(e)補足だが、最初のコントラバスの8分音符は、それ以前のコーダ内の全小節と同様、初版ではpizz.で演奏される。

*「アダージョ3A」(ハース版)の問題点
ここでの問題は、「アダージョ2」のAの変更と「アダージョ3B」のA’の再変更をハースは無視し、「アダージョ1」に復したことである。それにも拘わらず、「アダージョ2」の@の3番ホルンの変更(原リズム)は採用している。要するに「アダージョ1」と「アダージョ3」をごちゃ混ぜにして「良いとこ取り」をしたように見えるのである。なぜなら、こういう時系列を無視した稿態は一連の改訂作業のどの時点にも存在しないからである。
もう一点は、ハースは「アダージョ3B」のB、Cの変更は採用せず「アダージョ1」に復していることである。彼は、アダージョ校訂時、Mus.Hs.40.999を参照できなかっただろうことは、これらの点からも窺える。また、初版の煩雑なテンポや強弱の加筆からは遠いため、初版を無視したことも明らかである。ということは、これらのMus.Hs.40.999での変更は初版出版の直前になされたものであって、こういった末期の変更のない、「アダージョ3」完成直後の未知の筆写譜が存在していて、ハースはそれと「アダージョ1」とを合成して彼の版を作ったとの推定も成り立つのではないかと思われる。とにかく、《第八交響曲》アダージョというのは、ハース版の中でもとりわけ奇妙な存在であることは確かだ。

(2)五線紙が差し変えられた(色変わり)部分

表中の色変わり部分が示すように、3カ所で差し替えが行なわれており、それらの部分の音楽は大きく変えられている。ただ、第2主部と第2副次部での差し替えは「アダージョ2」の形がほとんどそのまま「アダージョ3」に引き継がれているのに対して、第3主部では、ブルックナーは大規模な差し替えを2度行なっているので、3つの形態は全く違ったものとなっている。

*第2主部での差し替え
ボーゲン8、117小節(練習記号Hのところ)でブルックナーは初めて五線紙の差し替えを行なった。筆写譜にこまごまと修正を行なっていたブルックナーは、徐々に楽想が広がり、ついに修正だけでは無理だと判断したのだろう。自筆譜をそのまま筆写した筆写譜Mus.Hs40.999では2管編成であった関係上、木管全部で4段の五線を使用していたのだが、新しく挿入された五線紙では3管編成に増備した関係上、各木管に2段ずつ合計8段の五線が配分された。このことは当然のことながら「アダージョ2」の筆写譜Mus.Hs34.614bにも反映しており、楽章頭から4段で筆写されていた木管楽器群は、このボーゲン8の部分では8段で筆写されている。とはいえ、ブルックナーはこの差し替えにおいて、全く別の音楽を書いたわけではない。元々ある音楽を磨き、風通しの良いオーケストレイションに変えることが目的であった。この部分はバス声部が主体で音楽が進行するが、金管楽器の抑制によって響きを明瞭にするとともに、補助的な上声部の意味づけを図った。というのは、バス声部は[A2動機]の転回形に基づいているが、上声部の分散和音的な対比を、その転回形(すなわち元の[A2動機])に近づけたのである。さらに、「アダージョ3」では、バス声部のメロディーラインを微修正し、ヴァイオリンを8分音符の連続形に改めた。125小節からのクライマックスの4小節では、「アダージョ1」の金管楽器の咆吼は、やり過ぎと見たのか「アダージョ2」では[A2動機]そのものを強調した秩序あるものに変えられている。

続く、アッチェレランドから漸増しながら、最後はリタルダンドしてフォルテッシモへ持っていく部分、「アダージョ2」のために新しく差し替えられたボーゲン8では、アッチェレランド部分はもともと10小節あったものが4小節減って6小節に縮小された。この減らされた4小節というのは、「アダージョ1」の131小節からの繰り返し形を2回(2小節)省いたことと、135,6の2小節をカットしたことによるもので、カットのためのX印は取り除かれた筆写譜にすでに存在する、ごく初期の修正であって、挿入された楽譜にはそれらの4小節は無いものとして記譜されている。。このカットによって、新しいボーゲン8は4ページ目に準備された6小節のうち4小節の空白が生じてしまい、そこにXが書き込まれ、筆写譜のボーゲン9へ繋げられた。したがって「アダージョ2」では「アダージョ1」のワーグナーテューバの[A4動機]や木管とハープの[A5動機]もカットされず、そのまま残された。ところが、ブルックナーは「アダージョ3」で、今度はボーゲン9の差し替えを行なった。ボーゲン8の4ページ目にあったヴァイオリンの2倍に引き延ばされたメロディーの2小節にもXが付けられ、それはボーゲン9のフルートに移された。そして、続くワーグナーテューバとハープのパッセージを短い木管の下降する移行句に変えてしまったのである。この短縮はコーダ前の縮小と連動した措置かも知れないが、[A4動機]や[A5動機]を音色的に変えることが、かえって印象を散漫にするということにブルックナーが気づいたからだと私は推測している。すなわち、筆写譜のボーゲン8は「アダージョ2」で、ボーゲン9は「アダージョ3」で時期を変えて取り除かれたのである。

*第2副次部での差し替え
筆写譜ボーゲン10はMus.Hs.40.999に残され、次に差し替えが行なわれたのはボーゲン11、すなわち第2副次部後半である。印象的なワーグナーテューバの4小節のあと、ボーゲン10の最後にあった推移的なチェロの6小節のパッセージのうちの4小節にXが付され(残り2小節は次のボーゲン11に書かれていた)、ボーゲン11の左半分(2ページ分)が取り除かれた。「アダージョ2」のための新しいボーゲン11は、チェロの移行句なしに直接テューバ五重奏に結びつけられ、小クライマックスから始まる。そのためこの小クライマックスはもともと変ロ長調から始まったものが2度上げられハ長調から始まるように変えられた。それに伴いここでも金管楽器を抑制して、響きの整理を行なわれた。

続く、<より動きをもったテンポで(Bewegteres Tempo)>の16小節も、引き続いて2度高められており(へ音の持続低音からト音の持続低音へ)、長さと使用素材は同一だが内容は意味深さを増している。第1ヴァイオリンのメロディーラインにはもちろん手が加わっているが、まず、このヴァイオリンのメロディーに影のようにくっついていた鏡像関係のクラリネットの音形が廃され、意味深い和声音に変えらた。、第2ヴァイオリンとヴィオラの分散和音のスラー音形がピチカートに変わり整然と進む様が描かれ、チェロの分散和音的な対旋律が意味深い歌に変わっている。そして、このチェロが遂には永遠のなかに溶け込むような至福の時を与えてくれるのである。和声的にも、へ音上の7の和音から三度転調的に主部に戻る「アダージョ1」に対して、アダージョ2ではト音から半音ずり上がった変イ音上の7の和音、すなわち主調の変ニ長調の属7和音から主部へ向かうように変えられ和声構造が強固になった。いわば、単に幻想的で幽玄な「アダージョ1」から、しっかりとした方向性を持った「アダージョ2」に深化したのある。

これら、第2副次部後半での根本的変更は既に「アダージョ2」でなされたのだが、「アダージョ3」ではチェロの旋律線の微調整が行なわれ、コントラバスの弾く回数が減じられて、さらに意味深いものとなった。

この差し替えられたボーゲン11の後には、筆写譜ボーゲン11の右半分(2ページ分)が続くが、使われたのは第3主部が始まる最後のページだけで、その裏の3ページ目は、全ページXで削除されている(差し替えられたボーゲン11で改訂済のため)。このためMus.Hs.40.999ではボーゲン11は6ページ存在することになった(実質5ページ分)。

ちょっと話題がそれるが、Bewegteres Tempo の部分での興味深い点を列挙しておこう。
@実はこの Bewegteres Tempo という指示は「アダージョ1」には存在するが、「アダージョ2」では全く指示がなく、テンポは以前と変わるわけではない。ところが「アダージョ3」の各印刷版では事情は複雑で、ハース版は<より動きをもって(Bewegter)>と指示されているのに ノーヴァク版VIII/2ではMus.Hs.40.999の通り指示がない。ところが、このノーヴァク版VIII/2が1994年に見直されたとき(ノーヴァクの死後)、なぜか Bewegteres Tempo が付け加えられたのである。1994年の編集者が何を根拠にそれを付け加えたのか、何ら出所を示していない。更に、Mus.Hs.40.999の筆写譜を版下にした初版では、当然のことながらテンポ変更の指示はないため、編集者の追加としてかっこ付で<引きずらないように(nicht schleppend)>と指示されている。

Aクラリネットの充填和音は、すでに「アダージョ2」において存在していたのに、ハース版では何故かカットされた。これをカットする必要性がどこにあったのか? この部分はブルックナー自身の差し替え譜であるから「アダージョ1」を引用することは出来ないはずである。ハースは何を根拠にカットしたのか疑問の湧くところだ。このクラリネットもMus.Hs.40.999には興味深い痕跡が存在する。すなわち、最初はそれぞれの音が2倍の長さ(ほぼ全音符分)であった。それが五線紙を削り取って書き直し、2分音符程度の現在の形に変えられているのである。この修正はMus.hs.34.614bに既に採用されているので「アダージョ2」の完成以前、すなわち書かれてすぐになされたものと見られる。

B「アダージョ2」ではチェロのモノローグが終わって、第3主部にはいる直前の小節線上にフェルマータが書かれているが、ハース版やノーヴァクVIII/2にはない。それは初版でまた復活することとなる。このフェルマータはMus.Hs.40.999には各楽器に対して書かれており(すなわち23個も!)、また、「アダージョ2」筆写譜Mus.hs.34.614bにも存在し、決して他人の後からの追加ではないことは明らかである。なぜハースやノーヴァクがこのフェルマータを無視したのか全く不思議である。さらには1994年の編集者たちは、先の根拠の不確かなBewegteres Tempoを加えながら、この明白なミスを訂正しなかったことは不可解極まることである。結局のところ、彼らはMus.Hs.40.999を参照しなかったということなのだろう。

C初版では、このチェロのモノローグはソロで弾くように指示されている。これは、ソロイスティックな効果と、自由なテンポの揺れを容易にするための措置だろう。

Dフランツ・シャルクの所有していた初版の印刷譜には弦のピチカートの伴奏にハープを追加するというアイデアがメモ書きされている。実際に彼がそういう風に演奏したかどうかは不明だが、面白いアイデアとは言える。ピチカートにハープを付け加えることそのものは、あまりブルックナー的であるとは思えず、過剰な効果には違いないが・・・・。

*第3主部での差し替え
第3主部では、ボーゲン16〜19が2度にわたって差し替えられた(VIII/2では217〜254小節)。すなわち、3つのアダージョは、それぞれ全く違う音楽を含んでいるのである。実際のところ、筆写譜のボーゲン19は半分に切られ、前半の《パルシファル》の余韻のようなハープを含む楽節を筆写した部分は失われた。Mus.Hs.40.999には、筆写譜ボーゲン19の後半が残され、新しく挿入された「アダージョ2」のボーゲンや「アダージョ3」のボーゲンから、そこへ直接つながっているのである。その証拠には、残された筆写譜ボーゲン19の後半片の最初の小節には、「アダージョ1」のホルンが消された痕、「アダージョ2」のオーボエが消された痕を見ることが出来る。更に、このページには後からボーゲン20と書き加えられている。すなわちボーゲン20は、本来の4ページを含めて6ページ存在することとなった。

クライマックスへの登坂部は、三者とも全く違っているので比較の対象とはなり得ないが、シンバルの鳴るクライマックスは,ブルックナーがまるまる3回も別々に書いているにもかかわらず、楽想自体は[動機A3]を2倍の音価に拡大した形で終始一貫しており変わらないので、これの変化を見てみよう。
「アダージョ1」269〜276小節(8小節)
「アダージョ2」257〜264小節(8小節)
「アダージョ3」239〜246小節(8小節)[ハース版は249〜256小節(8小節)]

*「アダージョ1」でのクライマックス
ト音を根音としたハ長調(四六の和音)。
強弱指示は一貫してフォルテ3つ。
全弦の32分音符にはトレモロ指示。6小節目は全弦の全ての音符に下げ弓指示。
全ヴァイオリンと第1トランペットがメロディーを担当する。
木管は楽章頭のリズム音形に近いシンコペーション。
2回のシンバル打撃は3発づつ、計6発打たれる。
2回目の縛る打撃に合わせて、トランペットがファンファーレ風の鋭い音形を吹く。このため、テンポを速めることは出来ない。

*「アダージョ2」での変更
変ロ音を根音とした変ホ長調(四六の和音)。
強弱指示は一貫してフォルテ3つ。
中低弦の32分音符にはトレモロ指示。6小節目は全弦の全ての音符に下げ弓指示。
全ヴァイオリンは第3主部でヴィオラに現れる六連符を刻む。そのためテンポは不動。
ヴァイオリンに替わって木管と第1トランペットがメロディーを担当する。
2回のシンバル打撃は1発づつ、計2発打たれる。
トランペットのファンファーレは普通の長音に変更。第2トロンボーンが別の動きをする。

*「アダージョ3B」での変更(Mus.Hs.40.999の状態)
変ロ音を根音とした変ホ長調(四六の和音)。
テンポは、ドイツ筆記体でEtwas bewegter[幾分動きをもって]と指示されている。インテンポを保つべき要素(ファンファーレや六連符)を排除したため、インテンポを維持する必要はなくなった。2倍の音価のまま演奏するより、逆にテンポを速めることによって、元の音価で演奏されたものが遅くなったように聴衆に感じさせようとしたのだろう。
強弱指示は一貫してフォルテ3つ。
全弦の32分音符にはトレモロ指示(Mus.Hs.40.999に明瞭に書かれているtrem.指示をノーヴァクは漏らしている。)6小節目は全弦が全音符下げ弓。
全ヴァイオリンと第1トランペット、さらに木管がメロディーを担当する。

*「アダージョ3C」(初版)での変更
変ロ音を根音とした変ホ長調(四六の和音)。
テンポは、Etwas bewegterをやめて、a tempo(doch lebhaft bewegt)[元のテンポで(しかし生き生きとした動きをもって)]と、変えられた。初版では登坂部で、すでにテンポは速められてきたため、戻し気味のテンポを取りながら、幾分かの流動性を許しているのだろう。その証拠に、4小節目の後半にはpoco rit.[少しテンポを緩める]、5小節目にはErstes Zeitmaass.(Adagio.)[最初のテンポで(アダージョ)]と指示されており、a tempoはErstes Zeitmaassより厳格さを減じているように見えるからである。
強弱指示については、自筆譜及びそのコピーとは全くコンセプトが違う。最初にシンバルが鳴る所で、全ての自筆譜は全楽器fffで埋め尽くされているのに対して、初版では、木管、ホルン、ティンパニ、ハープ及び全弦はff、其の他の楽器はfに弱められている(シンバルでさえ!)。そして、全弦はffを維持するのに対して、その他の楽器はいったん音を弱め(トランペットやトロンボーンはピアノまで)、その後クレッシェンドしてffに到るように指示されている。弦楽合奏の部分も、下げ弓連続は廃され、fやmfから減衰するように変えられた。
テンポやダイナミックスの変更からは、ブルックナーの指示は何か犯し難い巨大で崇高なものを描いているように見えるのに対して、初版では変化に富んだドラマの一場面のようなものを想定しているように見える。
ハース、ノーヴァクと違って、ここではMus.Hs.40.999にある通り全弦の32分音符にトレモロ指示trem.が記されている。
テンポと強弱には大幅に手を入れているが、オーケストレイションはMus.Hs.40.999とほぼ同じである。
ただ、注目に値するオーケストレイション変更は、5小節目、2回目のシンバルが鳴った後のハープのアルペジォの背景がヴァイオリンから木管に移ったことだろう。ヴァイオリンは付点4分音符から8分音符に変えられた。


*「アダージョ3A」(ハース版)の問題点
ここでも『終結主題』で検討したときと同じようなことが指摘される。すなわち初版での修正は全く採用されていないのである。「アダージョ3B」すなわちMus.Hs.40.999とは次の4点が相違する。
@Etwas bewegterの指示はなく、登坂部、クライマックスを通して全くインテンポである。
Aファゴットは「アダージョ1」と同じリズムを採る。(Mus.Hs.40.999ではずっとタイのまま)
B弦以外の五連符音形には5つともアクセントが付いている。(Mus.Hs.40.999では最初の1つの音だけにアクセントが付いている)
上記ABは、Mus.Hs.40.999に変更した痕跡がないため、謎の筆写譜が存在していたとしても、ハース版通りではないだろう。3点とも「アダージョ1」を参照して、ハースの独自の感覚で変更したものと見てよいだろう(3管の場所に2管を引用することは不思議ではあるが)。
C5小節目のヴァイオリンの付点4分音符を8分音符に変えている。この8分音符は初版に存在するが、初版は木管がカヴァーするので、ハープが裸になるのは、「アダージョ1」「アダージョ2」「アダージョ3」を通してハース版だけに見られる現象である。これもハース独特の感覚なのか?

2017・3・15 改稿
2005.8.12 補筆
2004・12.12 補筆
2004・12.2 改稿
2002・2・27 アップ

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