交響曲第3番ニ短調(〇番)
[I]第1楽章
ブルックナーにしてはこぢんまりしていますが、例によって明確に区分された4つの部分(提示部、展開部、再現部、コーダ)から成るソナタ形式を採っています。ただ、展開部とコーダが後の作品に比べて異様に充実していることがこの楽章の特徴でしょうか。このことは、ほぼ似た小節数を持っている、もっと成熟したブルックナーの作品、たとえば「第六交響曲」と比較してみると明白です。
まず、2つの交響曲の第1楽章の各部分の割合を表で比較してみましょう。
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「〇番」 |
「第六交響曲」 |
提示部 |
87小節 |
144小節 |
展開部 |
126小節 |
64小節 |
再現部 |
71小節 |
100小節 |
コーダ |
69小節 |
61小節 |
合 計 |
353小節 |
369小節 |
上の比較から分かるように、「〇番」は、形式的な順序立てをはっきりしなければならない提示部や再現部が割とコンパクトにまとめられているのに対して、比較的自由な着想を披瀝できる展開部やコーダに大きな比重が与えられています。このことが、この楽章の構造が解りにくく、やや散漫に聴こえる最大の原因となっているのでしょう。比率が全く逆転している「第六交響曲」では、見通しの利く、よく整った構造であるのに対して、「〇番」は、どこへ向かっているのかが分かりにくい書かれ方であるといえましょう。
《1》提示部(1〜87小節)
提示部は短いけれども、明確に4つの部分に分かれています。ちょうど「第八交響曲」と同じ構造ですね。しかし、「〇番」の場合は第3主題というものがなく、それに代わる部分は第1主題の主要動機の展開に充てられています。「第八交響曲」では、全く新しい第3主題のあとの小終止部分には第1主題の要素を持ってきているのですが、「〇番」では、すでに第3部分でそれを使ってしまったために、小終止部分にはゆっくりしたコラール風のパッセージが充てられています。もちろん、第3部以下をすべて小終止部分とする考え(すなわち、小終止部分に短い終止パッセージが付いているという見方)も当然出てきますが、後のブルックナーの交響曲の小終止部分の拡大ということを念頭に置くと、ここですでに2つの部分に分割されていると考える方が分かりやすいのではないでしょうか。
第1主題部分 |
32小節 |
ニ短調 |
第2主題部分 |
24小節 |
イ長調 |
第3部分 |
17小節 |
ヘ長調 |
小終止部分 |
14小節 |
ヘ長調 |
合 計 |
87小節 |
|
(1)第1主題部分(1〜32小節)
第1主題部分は2つに明確に分かれています。すなわち主題の提示とその繰り返し(確保といいます)です。各16小節づつで合計32小節になります。通例、提示部を繰り返さない(例外:「ヘ短調交響曲」はブルックナーの第1楽章で唯一提示部に繰り返し記号のついた作品です)ブルックナーは第1主題をきっちり2回提示することが多いのです。この場合、2回目は大体オーケストレイションが増強されるのですが、「〇番」の場合はほぼ最初の形で繰り返されます。途中でちょっとしたフォルテシモの部分があるのが、増強といえば増強なんですが。
「第三交響曲」と関連性の強い、第1主題は3つの要素から成っています。
@4分音符のリズム的動き(記譜上は8分音符と8分休符)
A16分音符の分散和音的刻み。主要動機を含む第1主題本体。
B木管の充填和声。
@この形は、私たちが知っている普通の『ブルックナー開始』とは違いますね。「第一交響曲」や「第三交響曲」(チェロ)も同じ形で動きます。このきびきびとした行進曲調は「第四交響曲」のフィナーレを経て装飾音の付いた「第八交響曲」のフィナーレに引き継がれるのです。また、「〇番」ではヴィオラとバスが別の動きをするところが特徴的で面白い効果を出しています。
Aシューベルトの「未完成交響曲」の弦の刻みに似ていますが、最も「第三交響曲との関連を感じさせる要素です。16分音符のミミララミミララドドシシラという動きが『主要動機』で、あとこの動機の繰り返し、変形によって『第1主題』が形成されています。「未完成」や「第三交響曲」が複数声部で動くのに対して、「〇番」は、複雑なように見えて一貫して単一声部にとどまっているところがこの主題のミソです(一部オクターブで重なっているところがありますが)。第1主題は14小節間ヴァイオリンだけで弾かれるのですが、ダイナミックはちょっと膨らんでしぼんでいくようになっています。最後の方はスラーの音形に変わりますが、これは第2主題の部分で活用されます。最後の2小節でちょっと膨らむのはしゃれていますね。
Bここにはメロディーらしきものはありません。ただ、確保の26小節から全金管が加わるフォルテシモのところで木管とヴァイオリンで『ダブルユニゾン』に似たことをやっていますが、普通の演奏では金管にかき消されてさっぱり分かりません。
さてブルックナーは、「第三交響曲」で「〇番」から何を書き加えたのでしょう?
Cコントラバスの2分音符。
Dヴィオラの16分音符の分散和音。
Eトランペットの主題。
なお、ヴァイオリンの主題はテンポが倍遅くなり、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが掛け合い風に完全に2つの声部に分かれているので、実際は4つの動きが増えたことになります。豪華ですね。しかし、この7つを至当のバランスで再現した演奏など私は聴いたことがありません。コントラバスのためにチェロの4分音符の推進力がほとんどかき消され、ヴィオラの16分音符は始めこそ聞こえるものの、他の楽器が入ってくると殆ど埋没してしまっています。これはちょっとブルックナーがやりすぎたのかも知れませんね。「〇番」ではいくらへたくそな演奏でも曲の始めだけはそういったことが起こりませんね。安心して聴けます。
(2)第2主題部分(33〜56小節)
『第2主題』はシンコペーションの連続ですが、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが呼び交わすような形で歌い継がれていきます。リズム音形は、第1主題のときと同じ8分音符+8分休符の単純なリズムパターンですが、第1主題の分散和音と違って音階的で和声的な流れになっています。ここでは、リズムはまだ弓で弾くアルコですが、後にリズムの対比がピチカートに変わり、「第二交響曲」や「第四交響曲」のアンダンテ、「第五交響曲」の第1楽章第2主題を経て、「第九交響曲」の同種の部分の寂寥感や静寂感に連綿と繋がっているのです。しかし後期の作品のような精神的な深みを持たない「〇番」では、単純な作りの音楽の中にも(あるいは単純であるからなおいっそうと言えるかもしれませんが)、からりと乾いて肌にひんやりと染み渡るような、晩秋の爽やかな風を思わせるブルックナーの語り口が直接私たちの心の中に入り込んできてなんともいえぬ至福感を味わわせてくれます。
やがてホルンが第2主題の本当のメロディーを奏します。実は最初にヴァイオリンで出たのは第2主題の一変形だったのです。しかし、こういった技巧を凝らしたために、逆に主題としてのインパクトが薄れ、若干主題としてのの独自性がぼやけてしまう結果となったのは残念です。主役が今度はチェロに移り、さらに細かいシンコペーションで、重要な音形を歌いつなぎます。この音形は展開部で大活躍します。音楽は、突然活気づき16分音符の細かいシンコペーションの連続になって第3部分に繋がります。
(3)第3部分(57〜73小節)
期待のヘ長調で第3部分が始まるのですが、ここでは後期の作品のような第3の性格をもった、いわゆる第3主題は現れません。弦楽器の刻みを中心に『主要動機』が再度展開しているという感じです。ただ木管楽器には第3主題の萌芽のようなものが奏されるのですが、演奏法にもよりますが、余り目立ちません。
(4)小終止部分(コデッタ)(74〜87小節)
音楽は静まっていき、テンポが落ちたところでコデッタに入ります。コデッタはコラール風のもので、上声部とバスが呼び合うような形で始まり、いったん急激に盛り上がった後、懐かしく弦だけでヘ長調で完全終止し提示部を閉じます。
《2》展開部(88〜213小節)
先に、展開部が他の部分に比べて異様に肥大していると説明しましたが、実はこの展開部は一旦終わったあとに、さらにもう一度展開するという、豪華な二段構えになっているのです。
第1部
83小節 |
@導入 |
7小節 |
A第2主題のリズム |
13 |
B8分音符スラーのリズム |
17 |
C第2主題後半、チェロの
メロディーの変形。(高揚部) |
10 |
D上記チェロのメロディーの
16分音符化(絶頂部) |
15 |
E小終止主題の展開 |
11 |
F結尾(コラール) |
10 |
第2部
43小節 |
G1回目の高揚 |
8小節 |
H2回目の高揚 |
7 |
I嵐 |
25 |
C接続句 |
3 |
@提示部の最後の3小節が高音木管で繰り返されるという常套的な手法で展開部は始まります。伴奏のシンコペーションの音形だけが残り、低い音域におりていきます。
A第2主題のリズム音形が出て第2主題の雰囲気に戻りますが、オーボエは今までに聴かれることのなかった新しい歌を歌います。ヴァイオリンがそれを引き継ぎます。
Bそれをソロチェロが引き継ぐ頃には、第1主題の最後のリズムに由来するスラーのかかった8分音符2つの連続が加わります。このソロの指定は無視されてチェロ全員で弾かれることも良くあります。続いて、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが第2主題の最初でやったようなメロディーのキャッチボールをします。なお、122小節の3拍目で第2ヴァイオリンにトリルが入る演奏もありますが、これは初版(ヴェース版)の引用かもしれません。
C久しぶりに(展開部が始まって初めて)低音部に音が現れます。これは第2主題の最後のチェロの動機に由来します。リズム的に非常に凝った作りで、どんどん幅が狭まってクレッシェンドを助けます。この部分ヴェース版の影響からか、ノーヴァクはもともとある分も含めて、全ての音符をスラーで繋いでいます(括弧をつけて)。しかし、そうすることによって、明澄さと躍動感が失われてしまうのですが、多くの演奏はこのノーヴァクの修正に従っています。
D頂点でヴァイオリンが第2主題の最後のチェロの動機に由来する音形を16分音符の連続で激しく繰り返します。その他の楽器は第2主題のホルンのメロディーの下降音形のところを大々的に増強していると考えて良いでしょう。ここでの管楽器はリズムの表と裏をちょうど半々の人数に割り当てているので、ブルックナーは木管と金管が等しい音量であるとの想定でオーケストレイションしていることが解ります。音楽はどんどん沈静化していき最後のオーボエだけが残ります。
E小終止主題の最初の動機がホルン現れ、フルートが先ほどのヴァイオリンの音形を引き継ぎます。一旦金管で盛り上がったあと静かに弦楽器が和音を奏でます。
F弦の深々とした和声に、時たま小鳥のさえずりのような木管楽器が加わります。これは先ほどの16分音符の音形や、『主要動機』の音形です。この箇所がこの「0番」のもっとも美しいところだと多くの人たちが認めています。
G一転して、『主要動機』のリズムにより動的で強烈なクレッシェンドが出現します。ここではラとミの5度の音だけで出来ており、長調か短調か分からないようになっています。ベートーヴェンの「第9交響曲」の冒頭をまねたと思われる箇所の一つです。最後の音階が出てきてやっとイ短調であることが分かります。この部分でトランペットに複付点音符と32分音符が現れますが、これはブルックナーが特に愛好したリズム的表現です。
H同じことがもう一度、ミとシの5度で行なわれますが、今度は3度の音も入りホ長調の和音が響きます。
I引き続き運動的なリズムの中でトロンボーンが活躍する嵐のような部分となります。オーケストラ全部がフォルテ3つを要求されているところです。低音楽器は半音階的にどんどん上昇していきます。やがて、嵐はおさまり半音階的に下降し静まっていき、イの音、すなわち主調の属音に落ち着きます。
J木管楽器が繋留を伴った和音で静かに主調、ニ短調を待ち望みます。
《3》再現部(214〜284)
第1主題部分 |
16小節 |
ニ短調 |
第2主題部分 |
24小節 |
ニ長調 |
第3部分 |
17小節 |
ニ長調 |
小終止部分 |
14小節 |
変ロ長調 |
合 計 |
71小節 |
|
再現部は、やや縮小されて規則通りの調で進んでいきますが、細かい点では色々工夫されています。特に木管楽器にはたくさんの重要な音形が出てきますが、実際の演奏では無視されること多いようです。第1主題部分は、提示部の提示と確保が合体したような形で再現され、小節数もちょうど半分になっています。第2主題部分はお約束どおり、ニ長調で再現されます。細部にはいろいろ手が加わっていますが、構造上は提示部と全く一緒で、長さも同じく24小節です。第3部分もニ長調になり木管楽器が活躍します。小終止部分に入る前のトランペットの3連符の付いたファンファーレが特徴的です。小終止部分はファンファーレを受けて、金管のフォルテッシモから始まり弦に移り、高揚した後、お定まりの木管のカデンツァでコーダを待ちます。
《4》コーダ(終止部)(285〜353小節)
この楽章はコーダも充実しており、3つの部分から成ります。
第1部分 |
21小節 |
ニ短調 |
第2部分 |
30小節 |
ニ短調 |
第3部分 |
18小節 |
ニ短調 |
合 計 |
69小節 |
|
@第1部分は、1本の線を分解した、4分音符の動き、8分音符の動き、16分音符の動きの3つのリズム運動の合成体から始まります。この神秘的で巨大な空間を持つ独特の楽器法は「第四交響曲」の第1稿のフィナーレでさらに大々的に活用されます。この16分音符分ずれたリズムは、教会の残響によるエコー効果のオーケストラ的表現と解釈さることがよくあります。そういった解釈に従がうと、残響を多く取り入れることも相まって、メロディーの線がなにかもやもやとしたしまりのない演奏になってしまいがちです。私は、これは8分音符と16分音符のリズムのせめぎあいであると思います、それは『主要動機』の16分音符を各パートで分担して割り当てられているだけで、『主要動機』のように、はっきりとそのリズムが現れるべきだと考えています。
音楽は今度は、バスの固執音に乗って第1主題が現れ、急激にクレッシェンドします。トロンボーンは『主要動機』を拡大、変形して提示します。この間、固執低音(4つの音からなる半音階下降:CHBA)は計8回奏されますが、これはベートーヴェンの「第9交響曲」の第1楽章のコーダの模倣であることは確実であり、「第二交響曲」や「第三交響曲」の第1楽章のコーダでも同種の手法が採られており、3曲も同じことをやっていることで注目されています。
A第2部分は、第1部分でやったことを少し変えてもう一度繰り返します。今回はさらに高揚しフォルテ3つになったところで全オーケストラは突然休止し、ブルックナー得意のゲネラルパウゼになります。
B情熱的な弦楽器だけのカンティレーナのあと、金管が荘重にそれを受け、全オーケストラの『主要動機』(直接には先のトロンボーンの拡大された動機の再縮小と見ることが出来る)の快い繰り返しがこの楽章の終末へと導きます。
[II]第2楽章 アンダンテ
緩徐楽章としての第2楽章は、珍しくソナタ形式を採っています。そこで第1楽章と同様、番号付きの交響曲で唯一ソナタ形式である「第六交響曲」と比較して全体の構造を見てみましょう。
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「〇番」 |
「第六交響曲」 |
提示部 |
49小節 |
68小節 |
展開部 |
50小節 |
24小節 |
再現部 |
57小節 |
64小節 |
コーダ |
4小節 |
21小節 |
合 計 |
160小節 |
177小節 |
「第六交響曲」と小節数はほぼ同じで、構造は似ているんですが、かたや「アンダンテ」こなた「アダージョ」と内容的には相当に開きがあって、演奏時間はかなり違います。
《1》提示部(1〜49小節)
第1主題部分 |
26小節 |
変ロ長調 |
第2主題部分 |
23小節 |
ヘ長調 |
合 計 |
49小節 |
|
変ロ長調で始まる穏やかなコラール風弦楽合奏と、これと対照的な繋留とシンコペーションに満ちた神秘的な高音木管合奏のセットで第1主題は提示されます(12小節)。弦楽の方は
「第三交響曲」に幾分似ていますが、それよりさらに純粋無垢で壊れやすそうな処女の雰囲気を醸し出しています。 確保は14小節、ほぼ同じことの繰り返しですが、弦楽、木管とも先の提示の続きを述べているような感じがします。すなわち、2つの音楽が互い違いに別々に進行しているというような印象です。最後は木管楽器が深く沈みこみ静かに第1主題部を終えます。
8分音符の弦の刻みから現れる第2主題は、最初の5度の下降を特徴としています。この第2主題はヘ長調ですが、ニ短調に向かう傾向を強く示しています。この長調のなかの短調的響きにこの曲の『爽やかな寂しさ』の種が隠されているのでしょう。また、シンコペーションが多用され、雰囲気的に第1楽章の第2主題と似ています。最後の方で、第1楽章の時と同様、チェロに美しいメロディーが現れ、2オクターヴ音階下降してヘ長調で提示部を終えます。
小終止部分は、チェロの音階下降の音形を受けて、ヘ長調で木管楽器がこの音形を自由に繰り返します。ホルンが現れてからは転調していき展開部に繋がっていきます。
《2》展開部(50〜99小節)
「第一交響曲」の全集版で出版されている未完のアダージョ異稿を見ると、ブルックナーは当時、緩徐楽章の形式について悩んでいたことが分かります。この曲では、当初ソナタ形式で構想されていたアダージョを、結局完成された『リンツ稿』では、ブルックナーは複合三部形式に変更してしまっています。そして、この問題の一応の結論に達したのは「第二交響曲」の完成時点においてです。この曲のアダージョ(後にアンダンテに名称変更)は当初複合二部形式(四部形式=《ABAB》)で構想されていたと伝えられています。しかし第1稿完成時点ではすでに、大規模な《A》の部分が末尾に追加され、五部形式=《ABABA》に変更されています。これが以後の緩徐楽章形式の基準となったのです。ですから、この2作品の間で作曲された「〇番」においても、緩徐楽章の形式に紆余曲折があっても不思議ではないでしょう。実際、ブルックナーの友人であり後援者でもあったモーリツ・フォン・マイフェルトに宛てた手紙の中でブルックナーは次のように語っています。『アンダンテが、あなたのおっしゃられたのと非常に近い形になったのをご覧になって大変驚かれるでしょう。中間部はすっかり新しくなりました』改訂前の形がどんなものであったかは、草稿が未発見のようで不明です。ですから推測でしか語ることが出来ないのですが、この手紙によるマイフェルトの助言がどんなものであったのかを考えることは、もともとの形がどんなものであったのかということを推測するためには重要であると思われます。ブルックナーを納得させるだけの助言として考えられるのは、『もっと、ベートーヴェンの「第9交響曲」のアダージョに近づけてはどうか』というような提案が有力ではないでしょうか。マイフェルトは『ベートーヴェンのような交響曲』作曲を勧めた人であるし、このころブルックナーは、念願であったベートーヴェンの「第9交響曲」の演奏を初めて耳にすることが出来たのです。またブルックナーが『展開部』ではなく『中間部』と言っているのも注目に値します。ですから改訂は、多分展開部の雑多な部分を整理して、導入部分と2つの主題の展開が明白に分離されるようにしたのではないでしょうか?それによって、この楽章は《ABABAB》という形式に近づいていったのではないかと私は推測します。
@導入部分 |
14小節 |
ヘ長調 |
A第1主題の展開 |
20小節 |
変ニ長調 |
B第2主題の展開 |
16小節 |
ハ短調 |
合 計 |
50 |
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@導入部分は、提示部最後のチェロの音階下降の音形を受けて、ヘ長調で木管楽器がこの音形を自由に繰り返します。ホルンが現れてからは転調していき、第1主題の展開に繋がっていきます。
A変ニ長調で低音だけが第1主題を奏する中、他の弦はチェロの音階音形を展開します。続いて木管のシンコペーションが変化して現れ、次いで変イ長調で同じことが繰り返されます。
A第2部分は第2主題の展開です。8分音符の刻みがないため、かなり雰囲気は違いますが、弦楽器だけで表情豊かに進行します。89小節からは、「第九交響曲」のア ダージョでも使われるブルックナーお気に入りのリズムが繰り返されます。どんどん弱まって音がとぎれとぎれになったところで再現部に入ります。
《3》再現部(100〜134小節)
第1主題部分 |
14小節 |
変ロ長調 |
第2主題部分 |
21小節 |
変ロ長調 |
合 計 |
35小節 |
|
展開部とは逆に、今度は上3声が主題を再現し、低音は8分音符のピチカートで効果的にこれを支えます。このように、バスと上3声を分離して別々に再現するという手法は新鮮で興味深いですね。「第五交響曲」のアダージョにも同じ手法が採られている部分があります。マーラーはこの曲を知らなかったでしょうが、彼の「第4交響曲」のアダージョもなぜかよく似ています。木管のシンコペーションは現れず、すぐに変ニ長調に転調してホルンが主題を吹きます。ここでヴィオラが感動的な対旋律を入れます。これを聴くと私は「第九交響曲」のあの感動的な「天国の声」とでも表現してよいコラールの末尾(157小節)を思い浮かべてしまいます。
第2主題は規則通り変ロ長調ですが、ト短調のようなメロディーは一貫してオーボエが担当します。ここにスコアには不思議な記載があります。オーボエのパートにはsoloと記載されているのに、ずっと2本で吹くように指定されているのです。この再現部では細かい装飾的な動きがいくつも取り入れられていて提示部より華やかになっています。チェロのメロディーが来た後、曲はコーダに入ります。
《4》コーダ(終止部)(135〜160小節)
コーダは第2主題を素材にして作られていますが、なんだか深い森の迷路の中へどんどん踏み込んでいくような、精神の迷いといったものが感じられます。まず、第2主題を変形したような重々しい行進曲調で始まり、一旦高揚した後、木管の寂しげなリズムに乗って、第2主題をカノンのように奏していきます。一転して、ヴァイオリンだけがユニゾンで第2主題の変形を熱く語ります。突然ピアニシモになり、他の弦楽器も加わります。音楽は何かを捜し求めるように高く高くさまよっていきます。ちょうど「第四交響曲」のフィナーレの直前に似た雰囲気です。この間、どんどんリタルダンドしていくのですが、最後の一節の前の1小節のゲネラルパウゼはあまりに長く感じられるようで演奏では省略されることが多いようです。
「第四交響曲」のフィナーレ第1主題再現のような鉄槌が期待されるところですが、現れるのは第1主題がたったの4小節。尻切れトンボのように終わってしまうのは肩透かしを食ったようです。しかし、私はこの部分に夭逝した天才を悼む祈りのような深い悲しみを感じます。指揮者達は、少しでも終結感を持たそうと、相当ゆっくりしたテンポを取ることが多 いようですが、真の哀しみの表現はインテンポにあると思います。ブルック ナーはア・テンポとは記載していないけれども・・・・。デルンベルクの報告によると、初版を編纂したヴェースはここに弱音器をつけて演奏するよう指示しているそうです。
[III]第3楽章 スケルツォ
「第一交響曲」、「第二交響曲」、「第四交響曲」第1稿の3曲と、この「〇番」のスケルツォはコーダを持っています。このことから、これらの4曲のスケルツォは兄弟作とも言えるでしょう。構成面でも似ているところが結構あります。なお「第三交響曲」の場合は、これらの4曲と合わせるためにブルックナーは1878年にコーダを書き加えましたが、最終的には、これを取り除いてしまいました。それは、この曲が構造的に他の4曲とかなり相違しているからと見られます。
《1》スケルツォ
ブルックナー定番の第2主題のないソナタ形式です。
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提示部
62小節 |
主題部分 |
36小節 |
ニ短調 |
小終止部分 |
26 |
イ短調 |
展開部 |
|
44 |
|
再現部
62小節 |
主題部分 |
36 |
ニ短調 |
小終止部分 |
26 |
ニ短調 |
コーダ |
|
25 |
ニ短調
↓
ニ長調 |
合計 |
|
193 |
|
「第九交響曲」のスケルツォと同じリズム(こちらは小節の頭からですが)で始まるのですが、何とこちらは楽しげなんでしょう。ロッシーニに似ているなんて言われることもあります。それは多分、しばしば現れる半音違いのトリルや、再現部のフルートの健康なオブリガードによるものと見られます。 曲は、威勢の良い序奏のあと、リズミックに歯切れ良くヴァイオリンに主題が現れます。小終止部分に入っても気分は変わらず、トランペットが小気味よくアクセントを付け ます。「第四」の場合同じことが複雑な2拍子と3拍子の交錯となっていますが、ここではいたって単純です。やがてブルックナー得意の弦のユニゾンになって元気よく提示部を閉じます。展開部は、お定まりのテュッティと木管ソロの交替で始まり、思わずにやっとしてし
まいますね。やがて8分音符がヴァイオリンに戻るのですが、ここでノーヴァクはスラーを追加してしまいました。これは様式的な誤りであろうと思います。音楽は盛 り上がり、フォルテ3つで「第九」のリズムを繰り返すところが絶頂になります。ユニゾンで再現部に突入します。再現部はオーケストレイションが少し増強されますが、内容はほぼ同じで、小終止部分は定型の5度下のニ短調に変えられています。 コーダも作りが他の曲と似ており定型化されたものです。コーダの最初のチェロとバスは正に「第九」そのものです。
最後はニ長調で元気よく終止します。
《2》トリオ
珍しくレガートの指示のあるトリオは3つの部分からできた三部形式であり、第1部分のみ繰り返されます。主題はト長調から変ホ長調への三度転調を含み、単純さのなかにブルックナー的情感を漂わせています。終止は「第五交響曲」のトリオを思わせる軽やかなものです。中間部分は音色を一転させ弦のピチカートと木管になり、冒頭のタタターのリズムによりスケルツォと結び付けられています。第 3部分は最初の音が1オクターヴ上げられているのが特徴的で、中間部分の気分を受け継いだフルートがさわやかなオブリガートを付け、最後はやはり「第五交響曲」トリオと同じようにかわいらしく終止します。
A |
20小節
繰り返し |
ト長調
↓
ニ長調 |
B |
16小節 |
ニ長調
↓
嬰ヘ長調 |
A |
20小節 |
ト長調 |
合計 |
56小節 |
|
[IV]第4楽章 フィナーレ
このフィナーレは、ブルックナー作品の構造を考える上で、以下のように数多くの問題を提供しています。
@序奏が取り入れられている。 この一風変わった(スラブ風と評する人もいる)序奏は展開部の前にもメロディーを変えてもう一度登場する(フィナーレの序奏については、この曲以外では、唯一 「第五交響曲」にも存在し、両曲に共通する対位法的手法への志向もあいまって、こ の2曲の関連性を指摘する人もいる)。
A第2主題のリズムが第1主題より細かい。この三連符のリズムは第2主題的落ち着きを保っていない。したがって、この楽章のテンポを設定するときに困難を生じる。特に、提示部の小終止部分では三連符から8分音符のリズムに戻るときに緊張感が減ぜられてしまうし、さらには、楽章末は第2 主題が主体にならざるを得なくなってしまっている。
B第1主題の再現が不明瞭である。182小節からの原調での主要動機の繰り返しは、普通、再現部の始まりと見られているが、これは問題がなくはない。まず、その入りが唐突であること。ブルックナーの再現部は、展開部が終わり完全に沈黙した後、あるいは特有のカデンツァで属和音に達した後、さらにはクレッシェンドで高揚した挙句に訪れるものだが、たった
1小節のティンパニの属音で突如登場する点、準備不足の感が否めない。そもそも第1主題とは最初の4小節なのだろうか?これはベートーヴェンの「第2交響曲」のフィナーレのトリルを含んだ動機と同様、一種の『呼びかけ』であり、第1主題の頭に過ぎないのではないだろうか?そうであるなら、第1主題は複数声部の絡みによるその後の部分を含めたものであって、それら全部が再現されない限り、第1主題が再現されたとはいえないのではないだろうか?まあしかし、ブルックナーが不完全な再現で良しとしたのならば、再現部として問題はないのかもしれない。実際、この程度で再現という例は他の作曲家の作品ではたくさん存在するので、几帳面なブルックナーにおいてのみ生じる問題かもしれない。
C第2主題再現後、第2の展開部の様相を呈した高揚部分が続く。 この部分は展開部よりさらに念入りに作られており、ブラームスの「第1交響曲」を思わせる部分もあったりしてかなり劇的である。そして、初期のブルックナー風に突如長調の短いコーダに突入する。
序奏部 |
|
18小節 |
ニ短調 |
提示部
113小節 |
第1主題部分 |
50 |
ニ短調 |
第2主題部分 |
23 |
ハ長調 |
第3部分 |
25 |
ヘ長調 |
小終止部分 |
15 |
ヘ長調 |
序奏部 |
|
16 |
イ短調 |
展開部 |
|
34 |
ハ短調 |
再現部
122小節 |
第1主題部分 |
28 |
ニ短調 |
第2主題部分 |
19 |
ニ長調 |
第2主題展開 |
75 |
ニ短調 |
コーダ |
|
14 |
ニ長調 |
合 計 |
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317 |
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