アラカルト

このコーナーはブルックナー以外の音楽について話題を、個別に取り上げたものです。

1,「五度圏」について


私たちが聴いている西洋音楽のうちでクラシックといわれるジャンルでは、音楽は長短、24の調で出来ているのが普通です。この24の調の関係を一定の法則に従って体系化、図式化したものを「五度圏」といいます。これは一つの円を12等分し、それぞれの場所に長短の二つの調を配置した図なのです。なぜこの円が「五度圏」と名付けられたかといいますと、1つの調に最も近い親類関係の調とは、その調の完全五度上と完全五度下の調だからなのです。この場合、音階の1つの音を変えるだけで次の調に移れるわけで、五線の上ではシャープまたはフラットが1つだけ増えたり減ったりすることによって達成されるのです。ですからそれらを真珠のネックレスのように五度上の五度上、五度下の五度下と順番に繋げて円にしたので「五度圏」と言うわけです。ところで、調の関係をネックレスのような円にするためには一つのからくりが必要なのですが、それはあとで述べましょう。

まあ、この「五度圏」の図を楽典などで見ただけでは『なるほどそんなものか』と感じるだけで、さして問題はないわけですが、ここで私が「五度圏」について取り上げたのは、クラシックのある種の作品のなかでは、調によって性格分けを試みているようなものが存在し、たとえばシャープ系の調ではこのような性格、フラット系では別の対照的性格といったように描き分けられている場合、一つの疑問が発生してくるからです。その疑問とは、仮にシャープ系の調をどんどん先へ移動していった場合、ある時点で突然フラット系に変わってしまうという不都合が生じるということなのですが、これを「五度圏」を使って解明していきたいと思います。

さきほど、最も近い調の繋がりを五度の連続ということで説明しましたが、完全五度というのは、もともと、振動数の比、2:1によるオクターヴ関係に次いで単純な振動数の比、3:2という比率なのですが、その3:2の比率でどんどん新しい音を作っていくとそれは無限に続くことになるのです。これまでに使った音と同じ音になることは決してありません。したがってその音を基準にした調も無限にあるというわけです。具体的に言えば、ハ長調の五度上の調はシャープ1つのト長調ですね。その五度上はシャープ2つのニ長調、そして3つのイ長調、4つのホ長調、5つのロ長調、6つの嬰ヘ長調、7つの嬰ハ長調、8つの嬰ト長調、9つの嬰ニ長調、10の嬰イ長調・・・・と無限に続いていくわけで、ハ長調から五度下に順番に取っていっても全く同様のことが起こるのです。こういった考え方であるとピアノのような鍵盤楽器では非常に困ったことが起こります。そういったたくさんの調を渡り歩く曲を演奏するためには無限に鍵盤が必要になってくるのです。しかしピアノには1オクターヴに12しか鍵盤がありません。それはどこかで妥協をしているのです。その妥協の1つが上への6番目の音、嬰ヘと下への6番目の音、変トを同じ音、同じ調と見なすことなのです。この2つの音は、純粋な3:2の比率の五度のつみかさねで計算すると少し違っているのです(この違いをピタゴラス・コンマといいます。こういったことを詳しく知りたい方は楽理の本を読まれると良いでしょう)。ピアノでは、この2つの音を同じ音であるとみなし、全ての他の音を微妙に調整することによって12個以外の音の存在をなくしているのです。すなわち、嬰へや変トより先へ行くことを拒否しているのです。

これをたとえて言うと、無限に続く五度の鎖は『天動説』であり、大地は平らでどこまでも続き果てがないという考えであるに対して、「五度圏」の世界は、地球は丸く果てはないけれどもいずれは元いたところへ戻ってくるという『地動説』の考えに上手く符合するように思います。大げさに言えば、「五度圏」の考えを明確にするためには、発想の『コペルニクス的転換』を要すると言うことなのです。

このように発想の転換をした上で、シャープ系、フラット系というような調性による性格付けを行なう場合、私は4つのポイントを指摘したいと思います。基本は@とAであり、BとCはいわば補足説明のようなものです。これは「五度圏」という『閉じられた世界』の調性関係を正しく理解するために是非必要なことなのです。

@臨時記号6つの2つの調(嬰ヘ長調=変ト長調)は全く同じ1つの調である。
A両調には臨時記号の存在にかかわらず、シャープ色、フラット色はなくハ長調と同じニュートラルな調である。
B嬰ハ長調や変へ長調など「五度圏」の円を超えた調は、それぞれ「五度圏」円内の調に読み替える。
Cシャープ色の最も強い調はイ長調でありフラット色の最も強い調は変ホ長調である。

@この2つの調は結局同じものであり、見かけが違うだけで本質的には違わないということです。どちらの調を採るかは前後関係によって決められることが多いようです。

Aこの2つの調は対極に位置するハ長調と同様、シャープ系でもフラット系でもないニュートラルな調なのです。ですから、たまたま記譜上で変ト長調なり嬰へ長調なのであって、変ト長調だからフラット系、嬰ヘ長調だからシャープ系ということではないのです。

Bこれはエンハーモニック転換(注)とからむことなのですが、たとえば嬰ヘ長調を越えて転調し元に戻る場合(ロ長調→嬰ヘ長調→嬰ハ長調→嬰へ長調→ロ長調という風に転調する場合)、嬰ハ長調を「五度圏」円内の変ニ長調では記譜せず、わざわざ嬰ハ長調で記譜することが多いのです。なぜなら、すぐに元に戻るのならエンハーモニック転換しない移調のほうが読譜上、演奏上便利だからなのです。また、同じ主音の長調から短調、短調から長調へ移調する場合も「五度圏」の円を越えて記譜した方が便利な場合があります。たとえば、変イ長調(フラット4つ)からは円内の嬰ト短調(シャープ5つ)へ行かずに円外の変イ短調(フラット7つ)へ行った方が便利な場合が多いのです。これら、利便性のために変えられた調については、調の性格を考えるにあたっては、「五度圏」の円内の調に読み替える必要があります。

B感覚的にシャープが多いほどシャープ色が強く、フラットが多いほどフラット色が強いと思いがちですが、臨時記号3つ(イ長調、変ホ長調)を頂点として、それ以上臨時記号が増えるとかえってシャープ色やフラット色が減じると考えるべきです。ですからシャープ度、フラット度はイ長調、変ホ長調を中心として、ホ長調はニ長調に対応し、変ニ長調はヘ長調に対応するということになります。そして、その延長線上に、嬰へ長調=変ト長調はハ長調に対応したニュートラルな調であると考えるわけです。

ここで、1つの疑問が生じてきます。すなわち、作曲家がわざわざ「五度圏」外の調を選んで記譜したのは『記譜された調の性格で表現したいという意思の表れではないか?』と考えられることです。たとえば、嬰ハ長調(シャープ7つ)で書かれている部分はシャープ系の調としたいからわざわざ作曲家が選んだのであるという考え方です。しかし、この考えは無意味なものです。聴衆にとっては嬰ハ長調で書かれたものも変ニ長調(フラット5つ)で書かれたものも全く同様に響くのですから、どのように記譜されたかを知るよすがはないのです(事前に『地動説』方式の調性感で書いていますよと断り書きをして、その様に演奏しない限り)。ですから、「五度圏」の調性感の中で動いている限りはシャープ系はト長調からロ長調までの5つの調、フラット系はヘ長調から変ニ長調までの5つの調に限られるのです。その他の調は、演奏の利便性のためのかりそめの調であると割り切るべきなのです。

(注)エンハーモニック転換とは、ある1つの音には複数の記譜法があるのですが、それを変えることです。たとえば、これまで嬰へとして記譜されていた音を、以後変トと書き替えることです。また、ホと書かれていた音を変へ書き替えることです。これは、同じ音であるにも拘わらず、臨時記号だけでなく音符自体の高さが変わるので、実際の演奏では感覚的に読みにくいものです。

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