音楽談義


[V]五度圏とバレエの調構造の関係

交響曲は、ソナタ形式の第1楽章と続くいくつかの楽章から出来ているのが普通だ。このきっちりした形式観をどのように打破して自己の形式観を創り出していくか、ということからロマン派の数々の名交響曲が生まれてきた。ところがバレエ音楽には、そのような確固たる形式的なよりどころは存在しない。とはいえ、雑多な種類の踊りの音楽を単純に羅列して作られただけというわけでもない。物語の内容を吟味し、調の関係を拠り所として、具体的な情景や出来事を描写しているのである。たとえば、現世と夢の世界や死の世界が対照的な物語の場合、現世にシャープ系の調を選択したなら、夢や死の世界をフラット系の調に変えるとか、正邪が対立するような物語の場合、「正」がシャープ系なら「悪」はフラット系、と描き分けるというわけである。その時には、われわれ平均律に慣らされた耳には、いわゆる「五度圏」の概念が援用されることとなる。ではまず、「五度圏」とはどんなものかについて見てみよう。

西洋音楽のうちでクラシックといわれる古典派・ロマン派を中心とした音楽は、特殊な例外を除いて長短24の調から作られている。この24の調の関係を一定の法則に従って体系化、図式化したものを「五度圏」という。これは一つの円を12等分し、それぞれの場所に長短の二つの調を配置した図である。なぜ、この円が「五度圏」と呼ばれるのかというと、1つの調に最も近い近親関係の調とは、その調の完全五度上と完全五度下の調であって、音階の中の1つの音を変えるだけで次の調に移れるからである。五線紙上ではシャープまたはフラットが1つだけ増えたり減ったりすることによって転調が達成される。例えば、ト長調とニ長調は主音が五度の関係だが、楽譜上でト長調とニ長調を区別するのは、調号のハ音の所ににシャープ(#)が有るか(cis)無いか(c)である。同様に、同じ五度関係のニ長調とイ長調の間も同様である。ト音に#が有るのが(gis)イ長調で、#が無いのが(g)ニ長調である。このつながりを五度上の五度上、五度下の五度下と真珠のネックレスのように順繰りに繋げて円にしたので「五度圏」と言うわけである。ところで調の関係を、ただ単に五度で繋げていっても、物理学的には真っ直ぐの1本の線にしかならず、円にはならない。ネックレスのような円にするためには一つのからくりが必要だが、それはあとで述べよう。とにかく、調の関係を円にするととんでもない不都合が生じるのだ。このことは「五度圏」の図表を見ると一目瞭然だが、仮にシャープ系の調を円に沿ってどんどん進むと、ある時点で突然フラット系に変えてしまわなければならないのである。(五度圏の図表はウィキペディアなどで参照出来る)

さきほど、最も近い調の繋がりを五度の連続ということで説明したが、完全五度というのは、もともと、振動数の比、2:1によるオクターヴ関係に次いで単純な振動数の比、3:2という比率なのだが、その3:2の比率でどんどん新しい音を作っていくとそれは無限に続くことになる。真珠のネックレスのつなぎ目を取って1本の線にしたようなものである。これまでに使った音と同じ音になることは決してない。したがってその音を基準にした調も無限にあるというわけだ。具体的に言えば、ハ長調の五度上の調はシャープ1つのト長調である。その五度上はシャープ2つのニ長調、そして3つのイ長調、4つのホ長調、5つのロ長調、6つの嬰ヘ長調、7つの嬰ハ長調、8つの嬰ト長調、9つの嬰ニ長調、10の嬰イ長調・・・・と無限に続いていくわけで、ハ長調から五度下に順番に取っていっても全く同様のことが起こる。こういった考え方で調律するとピアノのような鍵盤楽器では非常に困ったことになる。たくさんの調を渡り歩く曲を演奏するためには無限に鍵盤が必要になってくるというわけである。しかしピアノには1オクターヴに12しか鍵盤がない。それはどこかで妥協をしているということである。それを平均律という。オクターヴ内の12の半音の音程を均一にして、単純な整数比からなる協和音程を無視して濁りを均一化するというわけである。その結果生じたものの一つが、上への6番目の調の主音、嬰ヘ(fis)と下への6番目の調の主音、変ト(ges)を同じ音と見なすことなのである。この2つの音は、純粋な3:2の比率の五度のつみかさねで計算すると少し狭くなっている。この違いをピタゴラス・コンマという(楽理の本には詳しく解説されているが、ウイキペディアで概要を知ることが出来る)。ピアノでは、この2つの音を同じ音であるとみなし、全ての他の音を微妙に調整することによって12個以外の音の存在を無くしているのである。いいかえると、嬰へや変トより先へ行くことを拒否しているのである。

これを例えて言うと、無限に続く「五度の鎖」は『天動説』であり、大地は平らでどこまでも続き果てがないという考え方であるに対して、ネックレスの「五度圏」の世界は、地球の様に果てはない。いずれは元いたところへ戻ってくるという『地動説』の考え方に上手く符合する。大げさに言えば、「五度圏」の考えを明確にするためには、発想の『コペルニクス的転換』を要するということだろう。「五度圏」とは地球のようなものだと考えて、シャープ系、フラット系の性格付けを行なった場合、私は次の3つのポイントを指摘したいと思う。これらは、見た目の調号の数による印象とは大きく異なって「五度圏」という『閉じられた世界』すなわち『全体が1つの輪であると考える調性観』に立った時の各調の関係を理解する上で是非必要なことである。

@臨時記号6つの2つの調(嬰ヘ長調=変ト長調)には、見かけはたくさんのシャープやフラットが記載されているが、本質的にはシャープ色もフラット色もなく、調号の無いハ長調と同じニュートラルな調であると見なす。
A嬰ハ長調や変へ長調など「五度圏」の円を超えた調は、それぞれ「五度圏」円内の調に読み替える(嬰ハ長調⇒変ニ長調、変へ長調⇒ホ長調などなど)。すなわち、嬰ヘ長調=変ト長調を超えた調は存在しないと見なす。
B結果的に、シャープ色の最も強い調はイ長調でありフラット色の最も強い調は変ホ長調であると見なす。それ以上にシャープやフラットが増えても、逆にシャープ色やフラット色は減じると考える。

この3つの原則についての補足:
@への補足:嬰ヘ長調と変ト長調はハ長調と同質のものであるから、どちらの調号で記譜されるかは、調の性格とは無縁であり、単に前後関係から来る記譜上の都合により選択される。
Aへの補足:エンハーモニック【註】で転調した場合、実際にはAを厳格に適用すると不便なケースが存在する。たとえば嬰ヘ長調を越えて転調し元に戻る場合(ロ長調→嬰ヘ長調→嬰ハ長調→嬰へ長調→ロ長調という風に転調する場合)、嬰ハ長調を「五度圏」円内の変ニ長調では記譜せず、わざわざ嬰ハ長調で記譜することが多い。なぜなら、すぐに元に戻るのならエンハーモニック転換しない移調のほうが読譜上も演奏上も便利だからである。また、同じ主音の長調から短調、短調から長調へ移調する場合も「五度圏」の円を越えて記譜した方が便利な場合がある。たとえば、変イ長調(フラット4つ)からは円内の嬰ト短調(シャープ5つ)へ行かずに円外の変イ短調(フラット7つ)へ行った方が便利である。これら、利便性のために変えられた調については、調の性格を考えるにあたっては、「五度圏」の円内の調に読み替える必要がある。そのためにも折り返し点である嬰へ長調=変ト長調というのはニュートラルであるという意識をハッキリと持たなければならない。
B感覚的にシャープが多いほどシャープ色が強く、フラットが多いほどフラット色が強いと思いがちだが、臨時記号3つ(イ長調、変ホ長調)を頂点として、それ以上臨時記号が増えると、かえってシャープ色やフラット色が減じると考えるべきである。したがって、シャープ度、フラット度はイ長調、変ホ長調を中心として、ホ長調はニ長調に対応し、変ニ長調はヘ長調に対応するということになる。そして、その延長線上に、嬰へ長調=変ト長調はハ長調に対応したニュートラルな調であると考えるわけである。

ここで、1つの疑問が生じる。作曲家がわざわざ「五度圏」外の調を選んで記譜したのは『記譜された調の性格で表現したいという意思の表れではないか?』と考えられることである。たとえば、嬰ハ長調(シャープ7つ)で書かれている部分はシャープ系の調としたいのでわざわざ作曲家が選んだのであるという考え方だ。しかし、この考えは平均律に慣らされた聴衆にとっては、嬰ハ長調(シャープ7つ)で書かれたものも変ニ長調(フラット5つ)で書かれたものも全く同様に耳に響くのだから、無意味だろう。(事前に『天動説』方式の調性感で書いていますよと断り書きをして、その様に演奏しない限り)。「五度圏」の調性感の中で動いている限りはシャープ系はト長調からロ長調までの5つの調、フラット系はヘ長調から変ニ長調までの5つの調に限られるし、その他の調は演奏の利便性のためのかりそめの調であると割り切るべきである。

ところが、聴衆の受け取り方とは関係なく、作曲者が、物語の中で必要な調と実際に流れている調とをわざと一致させないようにして書かれた楽譜もある。チャイコフスキーの《白鳥の湖》の中でも、いくつか実例を見ることが出来る。演奏する側には物語の意味が明瞭になるとはいえ、聴衆は果たしてそれを理解できるのだろうか? 更には、《白鳥の湖》第2幕の有名な《パダクシオン》(グランパドドゥ)のヴァイオリンソロの記譜法はたいへん奇妙なものである。曲は変ト長調(♭6つ)で書かれており、途中ホ長調(#4つ)、ロ長調(#5つ)に転調するが調号を変えずに記譜されているので、臨時記号の嵐になっていてたいへん読み難い。これを見ると、チャイコフスキーは変ト長調をニュートラルな調ではなくフラット系の調であるとの認識で作曲したのだろう。フラット系の曲の中にわざとシャープ系を潜り込ませて、ある種劇的なもの(根底に邪悪な要素を持つものに清純な要素を見出すとか・・・)を表現したかったのだろう。もしそうでなかったら、ホ長調を変ヘ長調(♭8つ)、ロ長調を変ハ長調(♭7つ)で記譜した方が、よほど楽だからである。しかし、このような楽譜上の小細工が、音として聴く観衆にはたしてちゃんと伝わるのだろうか?

【註】エンハーモニックとは、日本語では異名同音と言われるもので、平均律において、ある1つの音には複数の記譜法が存在することである。たとえば、ピアノの真ん中のドの音は、普通ハ(c)と記譜されるが、嬰ロ(his)とも重変二(deses)とも記譜できるわけで、調として考えると、これまで嬰へ長調(#6つの調)として記譜されていたものを、以後変ト長調(♭6つの調)と書き替えることである。この2つの調は平均律上は同一の調であって、記譜の仕方が違うだけである。同様のことは、ロ長調(#5つ)と変ハ長調(♭7つ)や変ニ長調(♭5つ)と嬰ハ長調(#7つ)の関係も同様である。これらの音自体は同じ調であるのに記譜法を変えることをエンハーモニック変換という。その場合同一の調であるにも拘わらず、臨時記号だけでなく音符自体の高さが変わるので、実際の演奏では感覚的に読み辛いものである。



[IV]マーラー《第1交響曲》第3楽章での違うテンポの同時進行?

この楽章は、初演当時から物議をかもし出したと言われている。とにかく風変わりな音楽である。現在見るスコアには一切標題は書かれていないが、元々の《2部から成る(5楽章の)音詩》と題されていた時、この第4楽章は『カロのスタイルによる葬送行進曲』と題されていた。カロというのは、幻想的で怪奇的であり風刺的な作風のフランスの銅版画家で、ETAホフマンの怪奇小説集のタイトルの1つに《カロ風幻想作品集》があるように、ドイツでもその種の作風を表すための象徴としてよく知られていたのだろう。要するに、第3楽章【註1】はパロディーに満ちた『幻想的で怪奇的な葬送行進曲』ということだ。ところで、実際にこの楽章の標題に直接影響を与えたのは、まさにカロのスタイルで作られたモーリッツ・フォン・シュヴィント(1804ヴィーン生〜1871ミュンヘン没)による銅版画【註2】だと言われている。そこには「狩人の死体が入った棺を、狩られる立場の動物たちが背負って葬送行進をしている情景」が描かれていて、周りにいる司祭や楽隊、さらには泣き女も全て動物たちである。したがって、音楽自体も風刺の効いたパロディー風のものとなっている。というのは、この葬送行進の部分は、ヨーロッパでよく知られた《フレール・ジャック》という題名のわらべ歌に基づいているからである。この歌は、カノン(輪唱)で歌うことが出来るごく単純な歌なので、アメリカや日本でも替え歌でよく歌われる。元歌は次のようなものである:

https://www.youtube.com/watch?v=136q_6OfbFE

フランス語の「フレール」というのは「ブラザー」すなわち「兄弟」だが、ここでは修道院の修士あるいは教会の雑役をする人、いわば寺男を意味する。歌詞を訳すと『♪ジャック兄さん、まだ寝てるの? (はやく起きて)朝の鐘を打ちなさいよ、ゴーン、ゴーン!』といったところか。マーラーは、4度の低音オスティナート(♪ラミラミ)の上でこの歌をニ短調のカノンにして、途中にオーボエの奇妙な合いの手を入れている。まさにパロディーだ。マーラーは、このカノンに対して常に増幅することなく粛々と淡々と演奏するように『あまり引きずらずに』とか『クレッシェンドせずに均質のピアニシモを保つように』といった指示を与えている。テンポや強弱に細工をしないということによって、この部分に銅版画のような凄味を持たせようとしたのだろう。具体的な速度の指示(メトロノーム指示)はないが、中間部(第2部)に指示された<4分音符=72>と、主部に戻った時(第3部)の指示<Wieder etwas bewegter, wie im Anfang.(テンポを少し速めて、最初と同じ速さに戻りなさい)>から、<4分音符=80>程度と推測される。音楽は葬送行進のあと、辻音楽師や軍楽隊の音楽が点描的に目まぐるしく交替し、いかにも皮相的である。

ところで、この交響曲には声楽部分は存在しないが、2か所に《さすらう若者の歌》と同じ音楽が使われている。歌詞は無くとも、歌詞が意味するものと同じものが表現されているということだ。《交響曲第1番》と《さすらう若者の歌》は、どちらかが先にあってそこから次の作品が生まれたという親子のような関係ではなく、双子のようにお互いに影響しあいながら成長していった同じテーマをもつ作品なのである。それは《第2交響曲》や《第3交響曲》のような歌詞を持ったある意味総合的な交響曲としてではなく、一方は叙述的なオケ伴歌曲集、もう一方は抽象的な絶対音楽の交響曲として2つの別ジャンルの作品として結実した。このような成立事情から、2つの作品を対照することによって何故『マーラーはこの交響曲から一切の標題を削除したのか?』という理由の1つを推察することも出来るかも知れない。少なくともマーラーは、《第1交響曲》の素材を標題的要素から得たとは言え、最終的には交響曲形式の絶対音楽として、すなわち標題に縛られない自由な音楽そのものとして聴衆に聴いてもらいたかったのだろう。したがって、CDの標題や演奏会のプログラムによく表示されている『巨人(Titan)』という副題は営業政策上のものであって、それが存在したハンブルク稿では有効であっても、最終的なマーラーの意図には忠実ではないということだ。そういった意味では、この交響曲と同様、一切の標題が取り除かれた《第3交響曲》においても、第4楽章と第5楽章を別の作品として分離し、器楽のみの4つの楽章からなる完全な絶対音楽の交響曲として捉える可能性も出て来るのではないだろうか。結局のところ、マーラーはそうはしなかったのだけれども・・・

ところが、この交響曲を全くの絶対音楽だと捉えると、指揮者や演奏家にとって、この作品の中に存在する奇妙な指示群(それは後述するように、特に標題色の濃い第3楽章に顕著に現れる)は、いったい何を意味するのか? という疑問から、突出した奇妙な指示の意味が理解できず、往々にしてそれらをないがしろにしてしまう傾向があるように私は思う。結局、演奏するにあたっては削除された標題を無視することは出来ないということなのだ。要するに、『聴衆』に対しては『絶対音楽』として聴いて欲しいが、『演奏家』に対しは『標題音楽』として作られた時のまま演奏して欲しいということをマーラーは求めているということなのだ。そうでないと、楽譜に記された『奇妙な指示』を的確には再現出来ない。ありていに言えば、聴衆はどのように聴こうと勝手だが、指揮者はスコアに記された指示の真意を標題から汲み取って、そこから外れた演奏はするなということだ。

そこで、もう一度標題に立ち返ってみよう。伝記に語られているところによると、マーラーの若い時代の恋愛と失恋が作品に反映していることが分かる。削除された《花の章》もその1つである。それらの中では上述したように交響曲と双生児的作品である《さすらう若者の歌》との関連が最も重要だ。一種の私小説的傾向を呈しているとさえ言えるのである。その第2曲《朝に野辺を歩く》は第1楽章の主要主題と同じで、両曲の主人公は同じ若者であることを示しており、マーラー自身でもあることをも表しているというわけだ。また、第3楽章の中間部は《さすらう若者の歌》の終曲《2つの青い目》の後半部分であることから、自分の思いが届かず結婚してしまった金髪碧眼の娘に対して若者は死によって安息を得るのである。

《さすらう若者の歌》には恋人の結婚相手、すなわち恋敵については何も語られていないが、よく知られているように、この作品はシューベルトの《美しき水車小屋の娘》をオーバーラップした作品であり、そこでは若い粉職人の恋敵として狩人の存在が歌われている。これがパロディーの源泉なのであって、ここでシュヴィントの絵と若者の恋敵が結びつくのである。3つの部分から成る第3楽章の第1部は、シュヴィントの絵に描かれた狩人のための葬送行進曲なのだ。ということは《美しき水車小屋の娘》での修行中の粉職人(主人公)の恋敵である狩人をパロって音楽にしたというわけである。ところが、第2部(中間部)に夢のような美しい部分が挿入されているのは何故かというと、葬られる人はパロった狩人ではなくて、実は第1楽章の主人公の若者自身だったということを表しているのだ。安らかな音楽が流れるときの歌詞「菩提樹の下」は死の安息を意味し、109小節と110小節のハープの強調は弔鐘であり、続くフルートの三重奏は《2つの青い目》の歌い出しの部分、「愛しい人の2つの青い目」と歌われる個所を回想している。ベルリオーズの《幻想交響曲》で、断頭台の露と消える直前に現れる「恋人の主題」と同工のものである。

第3部での主人公自身のための葬送行進をもって《さすらう若者の歌》との関連は終わるが、交響曲では第4楽章が続くため、この第3楽章自体は『若者の恋を葬る』といったことを意味しているのかも知れない。第4楽章は一種の再生あるいは転生への決意の表明という風に理解することが出来よう。あるいは、もっと考えを進めて、削除された標題の中で第4楽章は『地獄から天国へ!』と題されていたということから、《幻想交響曲》のように、終楽章は死後の世界を描いたものなのかも知れない。とにかく、こういった視点で捉えると第3楽章への理解が深まるのではないだろうか。

このように標題的に第3楽章を考えてみると、葬送行進が回帰する第3部が特に重要であることが解る。傍で見ていた葬送行進は、実は自分のためのものだったのだから。この部分は異様に奇怪である。まず第1に、当初の調、ニ短調の半音上の変ホ短調でカノンが再現するのだ。何故半音上げたのか?何か標題的な意味がありそうだが私は知らない。ドップラー効果(向かって来る音源は高く、去っていく音源は低く聴こえる)の感覚でも取り入れたのかな? 実際は、パトカーくらいの速度を持った音源でないと効果は出ないと思うが、「向かって来る」という『感覚』だけを表現したのかもしれない。とにかく、最初よりもっとひそやかに演奏されるべきことをマーラーは求めている。それは楽章頭ではピアニシモ(pp)が基調であったのに対して、今回はピアニッシシモ(ppp)が基調になっているからである。

さらに、第3部ではティンパニにはgedämpft(弱音器を着けて)と指示されている。これは布で太鼓面を覆って響きを無くすことを意味する【註3】。葬送のときにはそういうふうにする風習があるらしい? 葬送にちなんでということから、このgedämpftの指示は、初版では第1部の葬送行進の場面にもなされていた。ところが、第1部と第3部の差をつけるためか、ワルター所持のスコアにマーラー自身が書き込んだ指示を、校訂者エルヴィン・ラッツはマーラーの最終意図として採用したので、旧全集版では楽章頭のgedämpftは消された。このことは29小節の所に存在するdämpfer ab(弱音器を外して)の指示を消し忘れて、印刷されたママになっているミス(着けてもいないものは脱せない)からも分かることである。さらに、新全集版ではラッツの考えは覆り、フュッスルは初版同様に第1部の葬送行進の場面にもgedämpftを復活させた。消し忘れたdämpfer abが生きてきたというわけである。

第3部では、カノンはすぐに終わり、続いて《フレール・ジャック》の単旋律(フォルテのハープとピアニシモのホルンというこれまでとは全く違た音色)と新しく現れたトランペットによるエレジーとの対話が変ホ短調で奏され、128小節からは平行長調の変ト長調に寄り道する。すると今度は、軍楽隊の音楽が変ロ長調で再現する。そこでは下手な軍楽隊のようにトロンボーンが異様に出しゃばる。さらに、ヴァイオリンにコル・レーニョ(普通は弓の木の方で弦を叩くのだが、ここではマーラーは木で弦を擦るように指示している)のギスギスした異様な音を出させたりして無理やりニ短調に戻るのだ。もう一度、ハープの《フレール・ジャック》とトランペットのエレジーが今回は半音下がって原調のニ短調で戻ってくるのだが、そこで極めつけの奇妙なことが起こる。その葬送行進にかぶせて、突然『獅子舞の囃子』のような素っ頓狂で場違いな音楽が絡んでくるのだ。それはフルート、オーボエ、すでに持ち替えが済んでいるC管クラリネットとEs管クラリネット等の木管群が担当する。この闖入者に対してマーラーは<Äusserst rhythmisch(極端に違うリズムで)>と指示している。この闖入者が入って来たとき、マーラーは<Plötzlich viel schneller(突然これまでよりかなり速く)>と指示している。フォルテの闖入者に対応して、チェロ・バスはメゾフォルテになる。そして、葬送行進の4度のオスティナート(♪ラミラミ)は途中で無くなって変ホ短調の時と同様エレジーの伴奏に転じる。さらに今度はハープの《フレール・ジャック》も変形されてしまう(♪ミッファミレドシラー→♪ミッファミレドーソー)。

ここで特に注目すべきは、ハープの用法である。最初の特異な個所は、先に弔鐘と譬えたように、第2部の最後109小節と110小節、打楽器群を従えてハープだけ突出したフォルテで極めて低いト音が4回鳴らされる。マーラーは<klingen lassen(余韻を止めず鳴らしっぱなし)>と指定している。同様のことは、146〜148小節でも起こる。ここでは他を圧してハープだけがフォルテでカノンの最終節♪ミー↓ミーラーを3度繰り返す。しかし多くの演奏では、ミュート付きトランペットのピアノ!のスフォルツァンドにかき消されてしまっているのが実情だ。さらには、ここには3小節にわたってrit.の指示があるので、少なくとも直前144小節のpoco rit.より効果的なリタルダンドが求められているように見えるが、オーボエの辻音楽師のメロディーとの関係からか、テンポに変化のない演奏がほとんどだ。また、第1部、第2部ではハープも普通の強弱指示(pまたはpp)であるのに対して、第3部のカノンの後からは、152小節のpの指示を除いて常に突出するように指定されているのも異常だ(他がppやpppでも常にfまたはmf)。ただ、第3部でのハープの突出は、いくつかの録音演奏を聴いてもあまりはっきりとは強調されていない。厚い管楽器の音が指定の様には小さくならないからだろう。音量操作が自由な録音演奏では、マーラーの指定通りに再現することは至って簡単なことだと思えるのだが、そういったことを意図的に操作している録音を私は聴いたことがない(楽章全体にわたってハープを大きめに録っている演奏は時々見うけるが、第1部と第3部に差を付けている演奏は、まあ無い)。

この第3部だけでのハープの強調には、常にホルンによる余韻が付いている。それはビゼーの《組曲アルルの女》の第4曲《カリヨン(鐘)》と同様、ハープとホルンによる鐘の模倣を意味している。そしてホルンは、ここでは鐘の余韻に過ぎないのだと思う。この鐘の効果は決して無視されるべきものではない。第1部で他人のための葬列だと思っていたものが、第3部では実は自分のための葬列だったことが解ったことは、音楽の上で特に強調されるべきなのだから。

ところで、139小節からの葬送行進と『獅子舞の囃子』が同時進行するのはよいとして、ここでマーラーは<Plötzlich viel schneller(突然これまでよりかなり速く)>と指示しており、闖入者のテンポの方が支配してしまうことになるのだ。そのため葬列は突然駆け足で進むことになる。何故葬送行進のテンポが闖入者に影響されなければならないのか? と私はかねてからこのテンポ変更を非常に疑問に思っている。それは、当初の指示<Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen(荘重で控え目に、あまりにダラダラしない)>と、その注意書き<Sämmtliche Stimmen vom Einsatz bis zu "Langsam" in gleichmässigem pp ohne crescendo.(「ラングザム」の所まで[カノンのあいだ中]全ての声部はクレッシェンドすることなく一様に淡々と演奏せよ)>に、いささか矛盾するのではないだろうか? 実際のCD演奏などを聴くと、指定されているほどにはテンポに激烈な変化を与えず、木管の闖入者とトランペットを中心に音作りをしているので、そんなに違和感は起こらないが、もしスコア通り、大幅にテンポを変えてハープを前面に出すと、かなり奇妙なことになるのではないだろうか。マーラーはどのように指揮したのだろう? ちなみに、ハンブルク稿では一般的なPiù mosso(より速く)と指示されていたが、マーラーはその指示では生ぬるいと感じてPlötzlich viel schnellerに変更したということであり、この場面でのテンポ差は、よりはっきりしたものであるべきだ。

そこで私の勝手な妄想を披歴しよう。Plötzlich viel schnellerをやめて、この部分をインテンポで押し通してしまってはどうだろうかという提案である。そのためには139小節にチェロ・バスに指示されたmfを無視してppを継続することが前提となる。テンポは<4分音符=80>が持続するのだから、『獅子舞の囃子』を吹奏する楽器群に<4分音符=150>あたりの全然違うテンポを取ってしまうと全く早く終わってしまう。それを調整するために、スコア上の場所ではなく、142小節あたりから吹き始めるのである。もちろん正確な2倍速ではなく、それに近い全くかみ合わないテンポで、両者は全く無関係に演奏されるのである。そして最後のpoco rit.によって微調整し、全体が同時に145小節に入るようにする。そうすると、これらの楽器に指定された<Äusserst rhythmisch(極端に違うリズムで)>という指示も実現するというわけだ。このような、スコアの縦線を無視したような記譜法は、他にも実例が無いわけではない。第1楽章の47小節で、オーケストラが遅いテンポに戻った時、カッコウのクラリネットだけは、それまでのPiù mossoのテンポを維持するようにと指示されているし、《第3交響曲》の第1楽章635小節からのチェロ・バスにも存在する。そこではマーラーが「冒頭のテンポで出て来る小太鼓を無視して、チェロ・バスはそれまでの速いテンポを維持する」ように指定している。チェロ・バスは途中で消えてなくなるので不都合は生じないということだ。

この演奏法の最大のネックは、139小節にmfと指示されているコントラバスの強弱指示である。このmfは『獅子舞の囃子』の参入を前提とした指示だからである。しかしスコアをよく見ると、このmf以降の長丁場(26小節間)には強弱指示が全くないことが分かる。スコアをそのまま演奏すると、他の楽器がppやpppになってしまってもひたすらmfでピチカートを続けるということになるのだ。この不可解な処理は新全集版においても改善されていない。マーラーが書き落したのか? 印刷段階で脱落してしまったものがそのまま見過ごされたのか? それとも、マーラーがそのように意図したのか? とにかく強弱指示には強烈なこだわりを持つマーラーにしては不思議な現象だ。他の声部とのバランス上分かり切ったことだからか、解説などで誰も指摘しないのも不思議である。古典派の作曲家なら簡単にミスで片付けられるところだが、マーラーの場合は疑ってみる必要がありそうだ。そこで、ヴァインバーガーから出版された最初の版を見てみると、そこにはチェロにもコントラバスにもmfは存在しない。要するに、コントラバスは最後までppを保っていて何ら問題は無いということなのだ。してみると、139小節の奇妙なmfの追加は、フォルテの『獅子舞の囃子』がそこから始まるため、音量バランスの調整のためにあとから付け加えられたものと考えられよう。したがって、この不可解な処理を合理的にするためには、『獅子舞の囃子』が終わる154小節の所にディミニュエンドとppを付け加えればよい。これは、29小節のティンパニのdämpfer abの消し忘れと同様、改訂版での修正のため初版をいじった時のイージーミスだったのだ。このことから、前項での私の妄想は、マーラーの最終意思としては有り得ないということが分かるとともに、逆に言えば、初版を使えば強弱上の矛盾なく私の妄想を実現することが出来るということにもなるのである。

マーラーの奇妙な強弱指示は、何も第3楽章だけに限ったことではない。たとえば、第1楽章84小節からや117小節からの、pp基調の中でのハープに付けられたfやffの突出も、もともと何か標題的意図があったのかもしれない。とは言え、117小節などは初版のffから改訂版では普通のpに変えられて、初版に残存していた標題的表現の痕跡が消されてしまっている。これは誤植の訂正などではなく、同時に修正されたティンパニの削除やコントラバスのmfからpへ変更と連動していることからして、標題的意図を消し去り、表現を抑制したものと見て間違いない。ところが第3楽章では、そういった配慮はなされていない。標題は削ったにも拘わらず、標題から導かれた特異な表情(特にハープに付けられた強弱指示)がそのまま残存いるところが問題なのである。したがって、特異な強弱指示をどのように再現するかが指揮者に問われることとなる。すなわち、この楽章を印刷されている指示通り標題的に見て、第1部での『狩人の葬送』、第2部での『恋に破れた若者の死』そして第3部での『実は若者の葬送であった』というパロディーの流れから、第3部は第1部とは全く違った風に再現されなければならないと考えるかどうかである。第1部や第2部でのハープには常識的な強弱指定がなされているので問題はない。考慮すべきは第2部の最後109小節からである。そこでは当然ハープだけが目立って他の打楽器は控え目に叩かれるべきだ。110小節の《2つの青い目》を吹くフルートは、一種の『幻影』なのであって、ハープより大きな現実的な音で響いては興ざめだ。

では、この楽章を標題的に『カロのスタイルによる葬送行進曲』と捉えて、新全集版にも標題の痕跡をとどめる第3部におけるハープの突出をどのように実際演奏上で再現していけばよいのかを考えてみよう。オプションでハープを2、3台追加するという案では、なるほどハープはそれなりの音が出るかも知れないが、管楽器の音量は指定ほども小さくならないので結果的に指定のバランスにはなり得ないだろう。さりとて管楽器を減らしたのでは葬列としての重みと意味をなさない。であるとすると、第1楽章の序奏部でのトランペットのように、該当する管楽器を舞台裏で演奏させるしかないだろう。何故マーラーはこの方法を採らなかったのか? 大勢の管楽器奏者の出入りが煩わしかったのかも知れない。あるいは、現状のままで強弱の差を十分表現できると考えたのかもしれない。しかし、現在実際に行なわれている演奏を聴くと、スコアの通りに演奏するにはいささか無理があるとしか考えられない。

そこで舞台裏で演奏するための具体的な方法を次に述べてみよう。第4楽章に音量補強のアシスタントを採用する場合は、その人たちを舞台裏で吹かせれば事足りるわけだが、ここでは第4楽章指定の楽員(この曲の最大の楽員)だけでカヴァーする方法を考えてみよう。フルート4名、オーボエ4名、クラリネット4名、ファゴット3名、ホルン7名、トランペット4名である。その他の管楽器、打楽器および弦楽器は移動することはない。舞台上での音量調整だけで事足りるというわけである。
○トランペット:充分出入りに余裕がある。1、2番奏者が90小節あたりで舞台裏へ行き、第3部の音符を全て舞台裏で吹く。吹き終わると第4楽章が始まるまでに舞台に戻る。
○ホルン:1、2番を舞台に残し、残りの5人が90小節あたりで舞台裏へ行く。カノンは6人指定だが舞台裏の5人が2部に分かれて吹く。133〜4小節は舞台上の1、2番が吹く。136〜7小節は3、4番が舞台裏でゲシュトッフトで吹く。138小節からは舞台裏の5人がオッフェンで吹く。145小節後半からの1、3番は舞台上の1、2番が吹く。その他のパートは舞台裏の5人が分担する。153小節でこの5人は舞台に戻る。
○フルート:93小節からは1番だけが吹く。その間、2、3、4番は舞台裏へ移動する。110〜9小節は舞台裏の2、3、4番が吹く。122小節からは1番が舞台上で吹く。その間に2番は舞台に戻る。132〜135小節前半は舞台上の1、2番が吹く。135後半〜136小節は舞台裏の3番が吹き、4番はEsクラリネットのパートを吹く。139小節以降は指定通り舞台上で吹く。その間、3、4番は舞台に戻る。
○オーボエ(3番は楽章を通してイングリッシュ・ホルンを担当):舞台裏へ行くのは3番と、第3楽章では吹く指定のない4番である。4番奏者は最初から舞台裏でスタンバイ。3番はフルートと一緒に90小節で舞台裏へ移動する。116〜155小節を3番(イングリッシュ・ホルン)が舞台裏で演奏。135〜8小節は1、2番の音符全てを4番が舞台裏で吹く。146〜149小節前半は4番が2番のパートを舞台裏で吹く。両者は演奏終了後舞台へ移動する。その他の1,2番に指定されている音符は全て指定通り舞台上で演奏する。
○ファゴット:2、3番は90小節あたりでフルートとともに舞台裏へ移動する。114小節からは舞台裏の2、3番が演奏する。131〜5小節は、1番は舞台上で、2番は舞台裏で演奏する。136小節からは2、3番が舞台裏で演奏する。149小節のあと、2、3番は舞台へ戻る。この間、1番はずっと舞台上で演奏する。
○クラリネット:1、2番および3番(バスクラリネット)は90小節あたりでフルートとともに舞台裏へ移動する。3人のカノンは舞台裏で演奏する。118〜122小節の4番(Esクラリネット)は舞台裏へは行かず舞台上で演奏する。1,2番はすぐに舞台へ戻り、131小節からはC管に持ち替えて舞台上で演奏する。135小節後半〜137小節は舞台裏の3番がC管クラリネットに持ち替えて1、2番の両パートを演奏する。3番は152小節を吹いた後、舞台上に戻り162〜166小節は舞台上で弱く演奏する。(なお、舞台裏の1、2番については、可能ならば舞台裏のアシスタント奏者2人が演奏する方が望ましい。)

【註1】その後第2楽章《花の章》がカットされたため、第4楽章であった《葬送行進曲》は第3楽章に繰り上がった。しかし、音楽自体は、最初の《2部からなる音詩》(ブダペスト稿)から変わっていない。
【註2】下記の新交響楽団のホームページで、この銅版画の映像を見ることが出来る:

http://www.shinkyo.com/concert/p218-2.html

【註3】布で覆うという方法は、大太鼓や小太鼓では有効だろうが、ティンパニでは音程が無くなってしまうという欠点があるようだ。そのため実際の現場では撥を変えることによって音色を変えているようだ。
【註4】《第1交響曲》の成立過程:
(1)1889:ブダペスト稿《2部の音詩》(自筆譜の約80%はハンブルク稿に流用されたため自筆稿は存在しないが、筆写譜が現存するらしい) https://www.youtube.com/watch?v=cjh2pucllRQ
(2a)1893:ハンブルク稿《交響詩巨人》(自筆譜現存)
(2b)1893:ハンブルク演奏《交響詩巨人》(実際演奏時、冒頭の弦の保続音は既にフラジオレットに変えられたとみられる)
(3)1894:ヴァイマール演奏《交響詩巨人》?(内容の詳細は不明だが、ここまでは標題的説明書きが存在した)
(4)1896:ベルリン演奏《交響曲第1番》(内容の詳細は不明だが、初版に近いといわれており標題は一切ない)
(5a)1899:初版ヴァインバーガー社《交響曲第1番》(標題なし)Doverから再刊されている。
(5b)1906:改訂版ユニヴァーサル社《交響曲第1番》(標題なし)
<以上マーラーの生前、以下校訂版>
(5c)1967:旧全集版ユニヴァーサル社《交響曲第1番》(標題なし)(ラッツ校訂:第3楽章冒頭ティンパニの弱音器使用を削除)全音版はこのコピーである。
(5d)1992:新全集版ユニヴァーサル社《交響曲第1番》(標題なし)(フュッスル監修:第3楽章冒頭ティンパニの弱音器使用を復活)ユニヴァーサル社から出版されている。
(?)クービク版(2014初演:「花の章」付きで、ハンブルク稿と初版のごちゃ混ぜ?)
<なお、(5)のb,c,dは、全て同じ原版から作られたもので、細部に微妙な違いがあるが、五線の割り付け等は全く同じものである。>

2017・8・26
2018・1・29 改訂


[III]バッハ《無伴奏チェロ組曲》の奏法

この6曲は、プロ・アマを問わず、チェロを演奏する人にとっては誰もが生涯座右に置くべき作品群であることは疑いのないところであり、ギターやその他の楽器で演奏されたりもする。したがって、校訂譜も編曲譜もたくさん存在する。研究されつくされていると言っても過言ではない。とはいえ、研究者たちにとっては、まだまだ疑問のネタが尽きることはないのも事実だ。ここで取り上げるような奏法も、すでに研究しつくされているのかもしれない。また、この奏法は、出て来る音それぞれのバランス上に大きな問題があり、実際演奏には役に立つものとも思えないが、私が練習するとき実践している方法であり、練習段階では面白い試みのように思えるので、ここで紹介しよう。

試みてみるべき奏法とは、指で弦を「はじく」ように(ピチカートのように)、弓で弦を「はじく」というやり方である。要するに、ギターでやっていることを弓を使ってやるということ。最も重要なことは、弓で「はじいた」あと、弓は弦の上にとどめない、弦の響きを止めない点にある。すなわち、弓を弦の上に置かない、弓で弦を「こすらない」ことである。また、スピカートのように弓を弦の上で「跳ばす」ことでもない。あくまでも、弓で弦を「はじく」のである。『こすった時間』が音価(音符の長さ)ではなく、はじかれた弦が『響く時間』が音価であると認識することである。そんなことをするとスラーは弾けないのではないか? ということになるが、スラーの場合は、弓を「こすって」、スラーのかかった最後の音をスラーが無い音と同じように処理するのである。ギターでは、スラーが付された音は、スラーが無いものと同じように殆どは「はじかれる」が、チェロにとっては非常に重要なアーティキュレーションを含むので、ギターのように「はじいて」しまうわけにはいかない。たとえば、16分音符4つが並んでいるとき、スラーを付けてそれらを1対3に分けたり、3対1に分けて演奏することからは、非常に躍動的なリズムが生み出されるが、ギター演奏では、そのようなことはほぼ無理である。チェロは、弓を使う以上その特性は維持されるべきであって、やはりスラーは「こすらざるを得ない」のだ。ただ、どのようにスラーを付けるべきかは熟考を要する。印刷譜に各版まちまちに書かれている多くのスラー指示(かっこや点線のあるなしを問わず)は、本当はどうだったのだろうか? 研究者を悩ますところである。バッハの自筆譜が現存しない以上、校訂の基になった筆写譜などを参考に(↓はその一例)、自分でこの奏法に合ったスラーの付け方を考えてみることも不可能ではないように思う。

https://www.youtube.com/watch?v=wBhq2Gomupg

とにかく、弓で「こすって」いる間は開放弦が共鳴していることに関心が向かいにくいが、弓で「はじく」という感覚に意識転換すれば、開放弦の共鳴に自然と耳が向くようになるのである。

さて、実際にどういう風に演奏するのか、《組曲第3番》から『ブーレ』を見てみよう。
《ブーレI》
@この曲は、アウフタクトの8分音符2つから次の小節へ入る上行音形が特徴の曲である<♪ミファ/ソー>。この3つの音をダウン・アップ・ダウンで、弓で「はじく」。<ソ>の音が4分音符だからと言って、強く「はじい」たり、すこし長めに「こすっ」たりすべきではない。<ソ>の音はG線やC線が良く響くからである。開放弦の響きをより多く利用することが、この奏法の主眼点でもある。
A次の、<♪ドシドー>も、同じように処理すればよいのだが、私は、3小節目の<♪シラシー>にスラーが付いていることを援用して、ここは3小節目と同じように、<ド>と<シ>をスラーで結ぶことを推奨する。<ド>は「こすり」、「はじく」のは<シ>だけ。具体的に言えば、<シ>は、音価全部を「こする」のではなく、「はじいた」時と同じように弓は弦から離す。ただ、「こする」<ド>より「はじき上げる」<シ>の方が強い音になってはならない。こうすることによって、同じリズム形の<♪ミファ/ソー>が差別化され、より明瞭に引き立つことになる。
B2小節目の和音<ソレシ>も、一気に「はじく」わけだが、上声の<シ>を長めにはしない。4小節目の<ドソミ>の和音は<♪ファミレミ>と「こする」ことになるが、最後の<ミ>を「はじく」ことを忘れない。
C5小節目のアウフタクトからはト長調へ移調する場面だが、<♪ドシ/ラーソ#ファーミ/レードシ>との下行音階形を強調するように、「こする」と「はじく」を上手く併用していくと良いように思う。ここでのスラーは、「大きくはじく」という感覚で対処すると効果的に音階が浮き立つ。
Dフィンガリングは、基本的には開放弦の音がある場合、それを使うが、6小節目の<♪ドシレ#ファラ/レー>は音の粒を揃えるため開放弦を使わず、第3ポジションで演奏する方が良いように思う。
上記CDの2項は、原調のハ長調に戻った25小節<♪ソミ/レードシーラ/ソーファミ>も、26小節<♪ファミソシレソー>も同様に扱う。
E10小節のアウフタクト<♪シド/レー>は曲頭と同様に「はじく」。以下、17小節<♪ラシ/ドー>、21小節<♪シド/レ>も同様。スラーが付いている版があるが、常に曲頭と同じように。
F13小節の<♪ドラ#ソラ>と14小節の<♪レシラシ>は対になっており、最初の音をA線で「はじき」、続く3つの音をD線でスラーにすることが望ましい。
Gその他、版によってスラーの加筆の仕方はさまざまだが、この奏法の場合、筆写譜などを参考にて、スラーが必要な部分を見なおしてみる必要がある。たとえば、18小節のスラー<♪ソレドラ>はいろいろ解釈があるが、<♪ドラ>の2つの音にだけスラーを掛けるのが、この奏法には合っているように思う。
《ブーレII》
@《ブーレI》のハ長調に対して《ブーレII》はハ短調である(当時の習慣で、調号は属調よりに1つズレたト短調になっているが)。この明確な調の対比とともに、《ブーレI》の<♪ミファ/ソー>と同じリズム<♪ラシ/ドー>(移動ド読み、以下同様)で始まっている。この素晴らしいバッハの対比と協調の妙は、実際演奏上でも生かされなければならない。すなわち、アウフタクトを含む1小節目にはスラーは無いということだ<♪ラシ/ドーシラ#ソーラー>。
Aこの1小節目に明瞭に対比し、1小節目を浮き立たせるために、以下4つづつスラーを付け、滑らかに演奏するという解釈はアリだと思う。
Bアウフタクトを含む5小節目、変ホ長調の<♪ミファ/ソーファミレードー>は、1小節目と同様当然スラーなしであり、9小節目、17小節目も同様である。ただ、アウフタクト付きの7小節目<♪ラシ/ドーシラソファミレ>は考慮を要する。1小節目を生かして、スラーは<ソファ>と<ミレ>だけにとどめるべきか、1小節目を引き立てるため「4つスラー」を継続するかである。どちらを採るかは趣味の問題だろう。
C実際、筆写譜と対照すると、「4つスラー」の連続というのは、ほとんど解釈の結果であり、スラーの範囲が狭かったり、付いていたり、いなかったりと、いささか根拠に乏しいようにも思える。たとえば、23小節<レドシラドシラ#ソ>には、2つの小さなスラー指示が書かれているが、4つづつにスラーを付けたり、2つづつにスラーを付けたりと版によりさまざまである。筆写譜をそのまま見て、2つ目と3つ目の音<ドシ>と6つ目と7つ目の音<シラ>にだけスラーを付けるというやり方も躍動的で良いのかもしれない。
D18小節の2分音符+8分音符の<D>の音は、この奏法ではいささか長すぎるが、あきらめずD線G線の共鳴を頼ってヴィブラートを掛けながら頑張るべきであろう。

この奏法は、もちろんその他の曲にも適用でき、スラーの少ない速めの曲には取り掛かり易いが、サラバンドのようなゆったりした和音の多い曲にも、予想外に効果的だと思う。

2017.6.10

[II]《新世界から》の弱音器

《家路》で有名な第2楽章ラルゴの弦楽器には弱音器が使われている。今回はそのことについて。
弦楽器の弱音器とは、駒の所に器具(多くはゴム製)を挟んで音質を変えるもので、音が弱まり、音色が和らぐ効果がある。英語でミュート(mute)、イタリア語でソルディーノ(sordino)という。

1970年頃入手した日本楽譜出版社のスコアを見てみよう【註】。《交響曲第5番新世界より》と題されている! これはジムロックの初版を引き写したものなのだろう。第2楽章の、最初に全弦楽器が出るところに、全てのパートに con sordino (弱音器を装着せよ)と指示されている。これは con sordini の方が正しい。ソルディーニとはソルディーノの複数形であり、複数の弦楽器奏者が着けるからである。そして105小節、各パートが2人づつで演奏するように指定された個所で、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンおよびヴィオラのパートに、今度は con sordini と指示されている。チェロとコントラバスにはこの指示はない。いったん全パートに指示しながら、なぜここで再度指示を重ねたのか? そして、チェロ・バスへの指示が最初と2回目で違うのはなぜだろうか? さらには、弱音器を外す指示も見当たらない。いささか胡散臭く、疑問である。

そこで、自筆譜ではどうなっているかを見てみよう:
@弦楽器全部が同時に演奏を始める5小節の直前に(すなわち4小節のところに)、ドヴォルザークは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラおよびチェロの4つの五線を貫通して太い縦線を1本引いた。その上には、書体を90度転回して XXX sordini  と大きく書かれている。すなわち1つの指示で『全弦楽器は弱音器を着けよ』と指示しているのである(コントラバスにまで線が及んでいないのは、たぶん杜撰な書き方をしたためだろう)。なお XXX とは、もともとインクで書いてあったものを削り取った痕を意味するのだが、常識的に見て、そこには con と書かれていたと推測される。なぜ、この3字を削ったのかという謎は、5小節にある再度の指示の仕方で明瞭となる。というのは、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンおよびヴィオラの段の上に、すなわち3か所にだけに3つの con sordini の指示がご丁寧にももう一度書かれているのに対して、チェロとコントラバスにはその指示が無いからである。これらは全てインクで書かれている。ということは、最初『全弦楽器は弱音器を着けよ』とドヴォルザークは指示したが、作曲途上で、第1、第2ヴァイオリンとヴィオラだけが弱音器を着けるように、考えを改めたのだろう。

しかし、話はそこで終わらない。実は、チェロとコントラバスの間の狭い空間に1つだけ、鉛筆のようなものを使って、薄くて雑な筆記体で走り書きのように con sordini  の指示が別のタイミングで書き加えられているのである。これは、明らかに先に述べた4ヶ所の正規のインクの指示とは性質が異なる。あとから書き加えられたものだ。しかも、指示は1つだけなので、コントラバスに対するものなのか、チェロも含めるのか、厳密には判断に迷う杜撰さである(たぶんチェロを含めてのことだと思うが)。したがって、この部分全体から読み取れるのは、最初、全弦楽器、次に、ヴァイオリンとヴィオラだけ、そして最後に、全弦楽器とドヴォルザークの考えが移り変わっていったこと示しているのだろう(自筆譜上の書き込みを見ただけの判断で、また、それらの記述全てがドヴォルザーク自身の考えを表明したものであると仮定してのことだが・・・)。

A自筆譜には、もう1ヶ所、105小節の所に、弱音器使用の指示が存在する。実は、これが問題を複雑にしている元凶なのである。これさえなければ、余計な詮索などせずとも、第2楽章を通して弱音器を付けっぱなしにしておけば何も問題は起こらなかった。
ここでは、各パート2人づつが演奏するよう指示されており、各パートには@のときと同じインクによる同じ書体で、次のように指示されている。
第1ヴァイオリン: 2 Viol con sordini
第2ヴァイオリン: 2 Viol con sord
ヴィオラ: 2 Viola: 弱音器指示なし
チェロ: 2 Celo: 弱音器指示なし
コントラバス:I Contrabasse: 弱音器指示なし(後に鉛筆で、奏者の数だけを1人から2人に変更している)
ということは、少なくともここで演奏するヴァイオリンの人たちは、ここ以前のどこかで弱音器を外しているということが前提となる。この個所だけ特別に注意喚起のため二重に指示したと考えることも出来なくはないが、その考えはこの個所では非常に不自然である。というのは、中間部末の高揚から主部へ戻った部分(101小節以降)で、ドヴォルザークは、弦楽器の奏者の人数に強くこだわっているからである。
各4人→各2人→各1人→全員。
五線上で指定するだけでなく、欄外に薄い鉛筆書きで人数についてさらに注意を喚起しているのである。奏者の人数がころころ変わるこういった場所で弱音器の使用を指定するのなら、当然必要な個所すべてに記載すべきだろう。逆に言うと、各2人の部分だけに指定しているということは、その部分だけが有効だと考える方が自然である。

弦楽器に対する弱音器使用に関する指示は、たったこれら2ヵ所だけである。ドヴォルザークは杜撰にも弱音器を外す指示(senza sordini=センツァ・ソルディーニ)をどこにもしていない。

管楽器についても見てみると、これもたった1ヶ所、42小節からの5小節間、第1、第2ホルンのホルン五度を含む一種の回想部分で con sordini と指示されている。この場面では、ホルンの特殊な音色効果を狙ったゲシュトップトではなくて、紗幕の向こうから聴こえてくるような距離感を求めたものと思われる。このホルンの次の出番は、クライマックスの96小節からであり、その間50小節ほどは全く休止する。このかなり間を置いたフォルテシモの再登場には、当然弱音器は使われないだろう。しかし、これもドヴォルザークは作曲当初は何ら指示をしていない。自筆譜には、この96小節のところにクレヨンのような太いぼやけた書体で senza と書き加えられている。誰が書いたのかは不明だが、ここに senza sordini の指示が必要なのは明白である。 

自筆譜からの情報はこれらで終いである。自筆譜と日本楽譜のスコアとは、細部に微妙な違いがあるものの、結局のところ、どうしたいのかよく分からない点で同質だということである。当時の人たちは弱音器の着脱についてあまり厳密には考えていなかったのだろうと言うほかない。したがって、実際に演奏するときには、弦楽器の弱音器着脱に関しては何らかの解釈が必要となる。

それでは次に、スプラフォンのスコア【註】は、弱音器についてどのように対応しているか見てみよう:
@5小節に、全弦楽器の5つのパートそれぞれに con sord. と指定されている。
A次に、90小節以降の、クライマックスに向かって盛り上がる部分で、順次それぞれのパートが出るとき [senza sord.] と指示されている。
第1ヴァイオリン: 93小節
第2ヴァイオリン: 92小節
ヴィオラ: 91小節
コントラバス: 94小節
ただ、チェロだけは休みなく五度の保続音を演奏しているので、90小節に [senza sord. success.] (順次弱音器をはずす)と指示されている。
この方法は、一般によく採用されているが、自筆譜はもちろんのこと、ジムロックの初版にも存在しない指示である。スプラフォン版の編集報告によると、プラハのチェコ・フィルハーモニーのアルヒーフに保管されている文書番号46のパート譜に従ったということであり、ドヴォルザークは1894年10月13日にプラハで指揮をしたときにこのパート譜を用いたと推測している。
B中間部末の高揚の後、105小節には自筆譜に従って次のように指示されている。
第1ヴァイオリン: 2 Violini con sordini
第2ヴァイオリン: 2 Violini con sordini
ヴィオラ: 2 Viole [con sordini]
チェロ: 2 Violoncelli [con sord.]
コントラバス:2 Contrabassi [con sord.]
ヴィオラ以下は弱音器指示をドヴォルザークが省略したとの解釈である。
C全弦楽器が演奏する112小節のところに、5つのパートすべてに Tutti [con sord.]と指示されている。これも解釈である。
D楽章末あるいは次のスケルツォ冒頭に[senza sordini]の指示が欠落している。ドヴォルザークのような「外す指示をしない」という主義なら話は別だが、全集版としては、一旦外す指示を追加しておきながら、2回目に付けた時には外す指示を忘れている。統一が取れていないという観点から、いささか不親切と言わざるを得ない。[senza sordini]を楽章末かスケルツォの最初に補うべきである。

この、スプラフォン版の解釈を現実の演奏に当てはめてみると、次のようになるだろう:
@第2楽章に入る前に全弦楽器は弱音器を装着する。
A90小節以降に、全弦楽器が、各自適当なところで弱音器を外す。
B101小節で、各パートの2、3プルト(4人づつ16人)だけが弱音器無しで演奏しているときに、休んでいる他の奏者は弱音器を着ける。
C105小節で、各パートの1プルト(弱音器装着済)が演奏しているときに、それまで演奏していた2、3プルトが弱音器を着ける。
D第2楽章が終わった時に、全弦楽器は弱音器を外す。

スプラフォン版は、第2楽章全体に弱音器を着けることを前提としているように見える。そして、その矛盾(強音部にも弱音器を着けたまま)を解消するための演奏習慣を追認しているように見える。編集報告は、その根拠を『チェコ・フィルハーモニーのパート譜に従った』としている。ドヴォルザークがそのようにパート譜に書かせたのか? あるいは後のとある指揮者が矛盾を解消する方法として書き加えさせたのか? という疑問は依然として残ったままである。全ては、ドヴォルザークが弱音器を外す指示をしていないことから生じたものである。

そこで、視点を変えて考えてみよう。ホルンの場合のように、ある特定の風景や雰囲気を醸し出すためだけに限定的に弱音器を使ったと考えてみてはどうだろうか。そうすると次のような演奏法が考えられよう:
@第2楽章に入る前に全てのヴァイオリンとヴィオラは弱音器を装着する(チェロとコントラバスは楽章を通して弱音器を使用しない)。
A44小節までに、ヴァイオリンとヴィオラは演奏が終わったところで弱音器を外す(中間部は全弦楽器弱音器無し)。
B101小節で、各パートの1,2プルト(4人づつ16人)だけが弱音器無しで演奏しているときに、休んでいる第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの3プルトの奏者(4人)は弱音器を着ける。
C105小節では、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの弱音器を着けた3プルトの奏者(4人)と弱音器を着けていないヴィオラ以下の1プルトの奏者(6人)が演奏する。
D110小節で、4人は弱音器を外す(この時演奏しているソロ3人は弱音器無しのまま)。

5小節からの、弱音器使用は、コーラングレのソロに対応したものであると考えよう。したがって、中間部では使用しない。101小節からのコーラングレのソロでの弦楽器奏者の削減は、弱音器を使用できないための補完処置と考えられよう。
5小節の、低音楽器の con sordini の鉛筆書き追加は出版時の安易な見直しとも推測され、ここでは無視しよう。もし、これを採用したとしても、中間部ではヴァイオリン、ヴィオラと同様弱音器を外すべきである。
105小節からの5小節間は、27小節からの弦楽合奏の残影と見ることはもちろん可能だろう。そのために弱音器を使ったのだということで十分説明がつく。しかし、私が魅かれるのは、ハーディーガ―ディーの模倣だという説明の方である。すなわち、シューベルトの《冬の旅》の辻音楽師の世界である。ここでは、チェコでの生活を思い出しているのである。奏者の人数にこだわり、チェロとコントラバスの音高が逆だったり、途中で音が止まったりするのは、模倣のための処置なのだと思う。コントラバスを1人から2人に増員したのもそのためだろう。ヴァイオリンの弱音器の使用もそれらの処置の一環としてとらえることが出来るように思う。前後の部分と音色が違っていることが求められたのだ。この5小節は、27小節からの残影だと感じて、非常にしめやかに演奏されることが多いが、私は反対の意見である。ハーディーガ―ディーのように機械的に演奏されるべきである思う。ヴァイオリンとヴィオラに強弱指示が欠落しているのがその証拠であるし、sempre più diminuendo (一貫して、どんどん弱くなっていく)というのも機械的に弱くなっていくことを意味している。こういった場合、感情過多に演奏されるよりも、機械的にスパッと演奏された方が人の心に響くものなのである。

https://www.youtube.com/watch?v=ndZvzs2AE_g

【註:参考文献】
@ドヴォルザーク作曲《交響曲第5番『新世界より』》総譜 岡本種穂解説 日本楽譜出版社刊
Aアントニーン・ドヴォルジャーク作曲《交響曲第9番ホ短調『新世界より』》総譜 「作曲者の手書きの楽譜に基づき新たに改訂された校訂版」(EDITIO SUPRAPHON PRAHA 1988)の日本語版 財団法人ジェスク音楽文化振興会刊

2017・5・28



[I]シューベルトの《弦楽五重奏曲ハ長調D956》のフィナーレ
この長大な作品は、4つの楽章から出来ている。それらは全て非常に簡明な形式によって作られている。
第1楽章はソナタ形式、第2楽章とスケルツォは三部形式である。ところが第4楽章は各部分が明瞭に区分されているにもかかわらず、既知の形式にはぴったりとは適合しない。
ここでは、この第4楽章が採る一見奇妙な形式は、一体どんなのもなのかについてせまっていこう。

そもそもシューベルトの晩年の多楽章の器楽曲は、全て4つの楽章から出来ているのだが、それらの最後の楽章、すなわち第4楽章「フィナーレ」は、どれもソナタ形式のようでソナタ形式ではない。ソナタ形式は、主要主題(第1主題)を中心として構成される。全ては主要主題との関係によって、その存在意義がもたされるのである。ところがこの楽章では、展開部の前に第1主題が再現したり、第2主題以降がやたら長かったりと、ソナタ形式と見ると構造的欠陥が目立ち、非常に奇妙で理解し難く、不思議の森に迷い込んでしまったような気がするのである。そこで見方を変えて、ソナタ形式では第2主題や終止主題に相当する部分、すなわち下表の2つのB部分に着目してみよう。

シューベルト《弦楽五重奏曲ハ長調》フィナーレ
  1〜 45小節 (45小節) A部分(第1主題):ハ短調→ハ長調
 46〜168小節(123小節) B部分(第2主題):ト長調
169〜213小節 (45小節) A部分(第1主題):ハ短調→ハ長調
214〜267小節 (54小節) C部分(展開部)
268〜369小節(102小節) B部分(第2主題):ハ長調
370〜429小節 (60小節) A部分(コーダ):ハ短調→ハ長調

上記分析表に示した通り、B部分は他の部分の倍以上の規模を持つ。特に最初のB部分は長い第2主題の繰り返し(28小節)を含むため、直前のA部分の3倍の長さにもなるという形式的いびつさを露呈している。さらにシューベルトらしい美しい場面は、B部分の終わりの方でチェロの二重奏が登場するところである。1回目は変ロ長調→ト長調、2回目は変ホ長調→ハ長調で演奏される夢のような部分だが、両者はヴィオラのト音によって覚醒されるのである(1回目:153小節、2回目:354小節)。この形式をソナタ形式の変形と見なすと稚拙さだけが目立ってしまう。分析表で示した【A・B・A・展開・B・A】という構造を、出来損ないのソナタ形式と見るのではなく、視点を変えてロンド形式由来であるとすればどうだろう。こちらの方が、よりスッキリと受け入れられるような気がするのである。実際のところ、モーツァルトの《ピアノ四重奏曲ト短調K478》の終楽章は、ト長調でRondeau(ロンド)と題されているが、その形式は下記の分析表の通り明確に【A・B・A・C・B・A】である。両者は、内容はともあれ、外面は全く同一である。したがって、シューベルトの《弦楽五重奏曲》のフィナーレを、ソナタ形式の一種の変形と捉えるのではなく、ロンド形式とソナタ形式が融合した新しい別個の形式と考え、私は『フィナーレ形式』と名付けたいと思う。

モーツァルト《ピアノ四重奏曲ト短調》フィナーレ(ロンド形式)
  1〜 43小節 (43小節) A:ト長調
 44〜135小節 (92小節) B:ト長調→ニ長調
136〜166小節 (31小節) A:ト長調
167〜224小節 (58小節) C(展開的):ホ短調
225〜321小節 (97小節) B:ト長調→ト長調
322〜360小節 (39小節) A:ト長調

ロンド形式というのは、クラシックでは小ロンド形式【ABACA】と大ロンド形式【ABACABA】という2つの形に分析するのが一般的である。ということはモーツァルトは、この曲で大ロンド形式【ABAC(A)BA】の(A)を削除したと考えることが出来る。4回も出る(A)の重複感を緩和したかったという意味合いがあるのだろう。そして、このロンドではC主題として全く新しい材料が提示されるのだが、それはメロディー的な他の主題と違って短く動機的であり、ここではこの動機を使って展開的操作が行なわれるのである。こう見てみると、シューベルトの《弦楽五重奏曲》は、モーツァルトのこの楽章の形式をほぼそのまま受け継いでいることが解る。違いは、C主題を使って展開するか、A主題を使って展開するかだけなのである。

展開というとロンドソナタ形式という折衷的な形式がすでに存在する。これは、大ロンドのC主題の代わりに展開部を置くという形式であり、【A(主調)ーB(関係調)ーA(主調)ー展開部ーA(主調)−B(主調)−A(主調)】という構造である。ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第5番変ホ長調》の第3楽章などがこれに該当する。主題重複の少ない小ロンドの方がロンドソナタ形式に相応しいようにも思えるが、そうは成り得ないのは、小ロンドでは【A(主調)ーB(関係調)ーA(主調)ー展開部ーA(主調)】のように、B(主調)の再現が無いという、ソナタ形式としては決定的なダメージ、すなわち形式破壊が行なわれてしまうからである。ソナタ形式が、ソナタ形式として存立し得るためは、実は、主要主題(第1主題)よりも第2主題を含む小終止部分の方が重要なのである。

ロンドソナタ形式と『フィナーレ形式』の違いは、ロンドソナタがあくまで主要主題(A主題)中心のいわば「安住の形式」に固執しているのに対して、『フィナーレ形式』はB主題(終止部分)の方に形式的重要性を与え、第1楽章とは違った「別の美味しい料理」を聴衆に提供しようという意図が汲み取れるのである。それは、A部分の三現に色濃く表れる。ここでは、ロンド主題としての機能は充分残しながらも、コーダとして、別途作品の終結に向けて変容されていくということになる。

この『フィナーレ形式』と名付けた形式は、驚くべきことにブラームスの《第1交響曲》のフィナーレにも採用されている。この楽章は長大な序奏を持つが、主たる部分をなす楽章本体は序奏の要素をエピソード的に盛り込みながら、異様に変形されたソナタ形式と分析されることが多い。しかし、そう考えると、展開部の無い、再現部第1主題を膨らませて、その中で展開もやってしまうという、一種の奇形としか見えないのである。ところが、これは実はシューベルトが《弦楽五重奏曲》の第4楽章で採った形式に、さらに磨きをかけ完成度を高めたものであると考えるとしたら腑に落ちるのである。第2主題と目される部分に着目すれば、それは容易に理解出来よう。2つのB部分、すなわち明瞭なバッソ・オスティナート(低音での♪ファミレドの固執)で始まりホ短調(1回目)やハ短調(2回目)で完全終止する間の118〜183小節と302〜367小節の2つの66小節間は、オーケストレイションに違いが見られるものの、音楽自体はそっくりそのまま同一なのである。同じ音楽をわざとそのまま繰り返すB部分こそがこの楽章の核であることを示しているのである。

ところで、この交響曲のB部分には調的に不思議な相違が1か所存在する。1回目はト長調からホ短調(平行調関係)へ向かうのだが、2回目はハ長調からハ短調(同主調関係)へ向かっている。ハ長調からハ短調へ向かう方が本来の調関係であるとしたら、その関係を並行移動すれば、1回目はト長調からト短調(同主調)へ向かうべきである。ところが実際にはホ短調(平行調)へ進んでしまうのだ。それはほんの瞬間のマジックでなされる。変化を求め単純さを嫌うブラームスのちょっとしたひねりわざである。この変化球は141小節vs325小節のところで投じられる。

また、A部分の三現は、シューベルトの考えをさらに押し進めて、ほとんど原形を示さない。主題の断片は、まず経過部分に不安定に現れ、コーダに入ってさらに切り刻まれて使われている。作品の終結に完全に奉仕させているのである。なお、以下の分析は移行句などを含むため、核となるB部分の小節数とは一致しない。

ブラームス《第1交響曲ハ短調》フィナーレ
  1〜 61小節 (61小節) 序奏
 62〜117小節 (56小節) A部分(第1主題):ハ長調
118〜185小節 (68小節) B部分(第2主題):ト長調→ホ短調
186〜231小節 (46小節) A部分(第1主題):ハ長調
232〜300小節 (69小節) C部分(展開部)
301〜374小節 (74小節) B部分(第2主題):ハ長調→ハ短調
375〜390小節 (16小節) 経過部分
391〜457小節 (67小節) コーダ:ハ長調

この表を見て分かるように、コーダ直前の経過部分を除いて、各部はほぼ60小節程度から構成されていて非常に均整が取れている。シューベルトの場合のようなアンバランスさは解消されているのである。各部のバランスの良さは、『フィナーレ形式』という解釈がブラームスの意図に合致したものであることを窺がわせる。そして、この形式の中で、同じ小節を持ち、同じ音楽が66小節も繰り返して演奏されるB部分こそが形式存立上最も重要なファクターであることを、ブラームス自身が実際の創作を通して証明しているとも言えるだろう。

ブラームスはシューベルト全集の編集にも参加していたように、深くシューベルトを研究していた。例えば、コーダの最初に弦楽器等で非常に印象深く出るドッシドドッシド・・・という音形は、もちろん主要主題【ソ(ドーシド)ラーソ】の縮小形であるのだが、一方でシューベルトの《弦楽五重奏曲》のドーレドドーレド・・・を強く意識し、リスペクトしたものであることも疑うべくもない。

人は、普段歩き慣れた道ではそんなに遠く感じないのに、見知らぬ道を歩くと非常に遠く感じてしまうものである。それと同様に、聴き慣れたソナタ形式の曲を聴くと道筋がはっきりしているので今どこを通っているか迷うこと無く聴き続けることが出来るのだが、ここで取り上げたような馴染めない形式の曲に遭遇すると、今聴いている所は、いったい全体の中のどの部分に当たるのか把握出来なくて、曲がどこまで続くのか不安になってしまう。結果、実際の演奏時間以上に長く感じてしまうものなのである。シューベルトやブラームスは、なぜここで言う『フィナーレ形式』という馴染みの薄い形式で書いたのだろうか? 長大さや複雑さを演出することを狙ってこのような形式を採ったと考えることも出来なくはないが、逆に、より多くのものを盛り込むために、削ぎ落せる部分を取り去った結果がこのような形を採るようになったということではなかっただろうか。

上述分析法からは、長さを感じさせるもう一つの要因として《弦楽五重奏曲》におけるB部分の異様な長大さ、すなわちアンバランスな状態が目に付く。それは、モーツァルトのやり方を敷衍したとも取れようが(すでにモーツァルトおいてB部分の長大化の傾向はあった)、ブラームスの場合と比較すると一目瞭然にいびつさが見て取れる。シューベルトは何故このような長々しいB部分を書いたのだろうか? その答を探るにあたって、実はB部分は明瞭に2つの部分に分かれていることに着目してみよう。「第2主題」と「挿入主題+移行部分」である。それぞれ、1回目は81小節と26+16小節、2回目は52小節と34小節+16小節である。「第2主題」自体は普通にシューベルトらしい歌が飛翔する世界である。問題はチェロの二重奏による「挿入主題」の方である。ここで音楽は不思議な異次元に突入する。この別世界に触れることによって、音楽に深みと奥行きが格段に増すことになる。それとともに、聴きようによってはダルさが耳につくわけである。いわば両刃の剣。シューベルトは敢えてそれを挿入したというわけである。最後の「移行部分」の16小節は、1回目、2回目とも全く同じ音楽が書かれている(調的にも)。それは異次元から帰還を意味し、ロンド的形式観を補強するのに役立っている。ちょうど連弾のための《ロンドイ長調Op.107》D951の90〜102小節と258〜268小節の、ロンド主題に戻るための2回の『永遠のパッセージ』と類似した働きをしているように思える。

とにかく、この『フィナーレ形式』を肯定的に見る人にとっては、その長いという感覚は全く問題にはならず、逆にその浮遊感が愛されているのだが、これを否定的に見る人にとっては、「無駄に長い」とか「形式観の欠如」などといった揚げ足取りのネタにされてしまっている。こういう人たちに対して、この楽章は確固たる形式に基づいて作られていることを、評価に先立ってまず認識してもらうことが肝要であると思われる。また、この作品に取り組もうとしている演奏家たちには、聴衆が形式的理解を容易に得られるよう、工夫を凝らして演奏することが求められる。

シューベルトの、このフィナーレの形式に対するさまざまな試みは、単に《弦楽五重奏曲》だけで行なわれたものではない。《ピアノソナタ変ロ長調D960》や《弦楽四重奏曲ニ短調『死と乙女』D810》など、彼の晩年(と言っても30歳頃)の諸作品も、細部に僅かな相違があるものの、同じ形式観のもとに作られている。要するに《弦楽五重奏曲》のフィナーレは、シューベルトがフィナーレに対して求めていた形式の最終結論を示したものであると言えよう。

2017・5・15
2017・10・9 補筆

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